小児がんの遺伝的・発生生物学的特性の解明と診断への応用

文献情報

文献番号
200000136A
報告書区分
総括
研究課題名
小児がんの遺伝的・発生生物学的特性の解明と診断への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
恒松 由記子(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
  • 恒松由記子(国立小児病院)
  • 佐伯守洋(国立小児病院)
  • 宮内潤(国立小児病院)
  • 藤本純一郎(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 水谷修紀(東京医科歯科大学)
  • 谷村雅子(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 東範行(国立小児病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、国立小児病院が2年後に成育医療センターとなることを射程に入れて計画された。研究目的は小児がんの遺伝学的・発生生物学的な特質ならびに小児がんの臨床的な特質を基礎的、臨床的、臨床疫学的、社会心理学的なアプローチにより明らかにすることにある。また、基礎研究、疫学情報の収集、心理社会的研究を行う上での基盤づくりも目的とし、今年度から小児がん全国登録に網膜芽細胞腫の登録研究を組み込み、情報発信の役割を重視した。
研究方法
1)親子でがんを発症した10家族への電話調査:調査項目をあらかじめ郵送し、IC後30~40分の半構造化電話インタビューを一人の調査員により個別に延べ20回行った。調査対象者は5人の15歳以上の小児がん生存者(生存者は8名、そのうち、3名は15歳未満)、6人の親のがんの生存者と10人の親のがんの配偶者で調査項目は「告知について」「最もショックなこと」「遺伝カウンセラーの必要性」であった。2)神経芽腫の微小残存腫瘍:チロシンヒドロキシレースをマーカーとしたRT-PCR法を用いた神経芽細胞腫の微小転移に関する遺伝子診断法を開発し、遺伝子診断結果と予後との関係を検証した。3)神経芽腫のクローン性:材料は1歳未満の低分化神経芽腫5例、1歳以上の低分化神経芽腫1例、
1歳以上の分化型神経節芽腫4例の手術切除標本を用いた。女性の2本のX染色体上のhuman androgen receptor(HUMARA)遺伝子の多形性を利用し、さらにメチル化および非メチル化遺伝子鎖を異なった塩基配列に変換した後にそれぞれの塩基配列に特異的なプライマーを用いて遺伝子を増幅し(MSP法)、制限酵素を使用せずにHUMARA遺伝子のメチル化様式の違いを解析した。4)B細胞性腫瘍の架橋刺激によるアポトーシス機構: CD24陽性ヒトpro-B ALL細胞株4株(うちPh1+2株)、pre-B ALL4株を用いた。特異抗体を用いて細胞表面上のCD24 およびその他の膜表面分子を架橋刺激した。アポトーシス細胞の検出は蛍光標識アネキシンの結合を指標とし、フローサイトメトリーを用いて解析した。細胞内刺激伝達関連分子の活性化状況について、これらの分子がリン酸化(活性化)された場合にのみ反応する抗体を用いたウエスタンブロット解析により検討した。5)小児がんの遺伝的背景(ホジキン病とATM遺伝子):健常者4例・成人発症ホジキン病2例・小児発症ホジキン病9例・AT患者2例・AT保因者2例を対象として、末梢血をEBウイルスを用いて株化した細胞株、もしくはCD3抗体およびIL2を用いて増殖したT細胞を材料とした。6)網膜芽細胞腫登録:1995-1998年の登録総数は359例について、登録票にもとづき臨床経過を検討した。7)小児がん全国登録:肝芽腫が極低出生体重児に多く発生する。酸化ストレスの有無を推定するため、肝芽腫未発生の50例の極低出生体重児からランダムに15名選出し、正常出生体重児16名について、尿中8オキシグワニン量の測定を数日おきに3回から10回測定した。
結果と考察
1)親子のがん電話面接:10家族のうち、4家族はLi-Fraumeni症候群であった。米国で社会心理学的調査の主流である電話による調査を初めて行った。「病名告知」については5人の小児がん生存者は全員がんを告知されていて、大半は告知するべきとした。「最もショックを受けたできごと」は5人の子どもは自分のがんに関して、治療中の苦痛やその後の脱毛等、自分のがんに関してであったが、6名の罹患親と10名の悲罹患の配偶者とも、「子どもががんになったとき」であった。「遺伝カウンセラーの必要性」では、全員が必要性を感じていた。がんに罹患した親より、むしろ、子どもと配偶者のがんを経験した、非罹患の親が、やり場のない不安や悩みを抱えていることがわかった。調査対象者が日常の診療や勉強会を通して、がんと遺伝子、小児がんの晩期障害などの情報交換を行ってきたことは、こうした調査を行うことの前程として必要であったと考えられる。2)神経芽腫の微小残存腫瘍:27例、50検体の検討より、骨髄において遺伝子診断された神経芽細胞腫の微小転移の消長が臨床的な治療反応性と良く相関することが示唆された。遺伝子診断の結果は従来の検査法より詳細な臨床指標となりうることが示唆された。3) 神経芽腫のクローン性:1歳未満の低分化神経芽腫5例すべてにおいて多クローン性パターンが認められた。分化型神経節芽腫4例ではいずれも、従来法では遺伝子多形が乏しく判定が困難であったが、MSP法では2例に多クローン性が認められた。神経芽腫の自然退縮はがんとしての遺伝子的不安定性が起因している可能性が考えられ、このことと関連するかも知れない。分化型腫瘍の多クローン性は、Schwann細胞が腫瘍でなく正常細胞に由来することを示している。4)B細胞性腫瘍の架橋刺激によるアポトーシス機構:pro-B、pre-B ALLいずれの細胞株においてもCD24の架橋によって約3分の1から半数以上の細胞にアポートーシスの誘導が認められた。CD24の架橋によってアポートーシスが誘導されるという現象が、同分子を強く発現する小児ALLの予後が比較的良好であることと関連している可能性も考えられる。また、将来的にはこの現象が小児ALLに対する新規治療法の開発に結びつく可能性も期待される。5)小児がんの遺伝的背景(ホジキン病とATM遺伝子): 5例の小児ホジキン病の末梢血のEBウイルスで株化した細胞でATM遺伝子の遺伝子多型が認められた。多型アレルをサブクローニングし、その機能解析を行ったところp53セリン15番目の燐
酸化が3例で障害されていた。ATMのヘテロ接合体のがん易罹患性については注目されていたがホジキン病との関連の報告は最初で注目されている。6)網膜芽細胞腫全国登録:出生当たりの発症率は1: 16,787で両眼発症は32%、片眼発症は68%で、両眼性の方が早期発見の傾向にあり、初発症状は白色瞳孔と猫眼が過半数を占めた。治療は眼球摘出が46%に保存療法も46%であり、進行例でも保存療法を選択する場合があり施設間の技術の差と考える。7)小児がん全国登録:尿中8オキシグアニン量は、満期出生児16名の1.09±0.79μmol/creに比して、極低出生体重児で1000g未満で2.95±1.64、1000-1500g群で2.38±1.49で有意に高かった。低出生体重児の未熟性が酸素ストレスと関連があることが示唆された。
結論
1)親子のがん電話調査:遺伝性腫瘍ハイリスク患者に対し遺伝カウンセリングを行い、研究のための試料採取を行うための予備調査として親子でがんを発病とした家族を対象に意識調査を行い、時間を有効に使え感情に流れず有意義な調査であった。2)神経芽腫微小残存腫瘍:チロシンヒドロキシレースをマーカーとしたRT-PCR法を用いた神経芽細胞腫の微小転移に関する遺伝子診断法は有用である。3)神経芽腫のクローン性:乳児の低分化神経芽腫の多クローン性が示され、これらは特殊な腫瘍ないし腫瘍様病変と考えられた。高分化神経節芽腫にみられるSchwann細胞は正常細胞に由来することが確認された。5)B前駆細胞とアポトーシス:B前駆細胞性ALL細胞ではCD24の架橋によってアポートーシスが誘導される。この現象は同ALLおよびその発生母体であるB前駆細胞の特性の一つと考えられ、その詳細の解明は同ALLの発生機構や病態解明、ならびに新規治療法開発において有用と考えられる。6)小児がん遺伝的背景:ATヘテロ接合体は人口の1%前後でがん易罹患性が注目されている。ATMのミスセンス変異が小児ホジキン病発症のリスク因子であることを明らかにした。7)小児がん全国登録:低出生体重児と肝芽腫との関連が観察されていたが、極低出生体重児で尿中8オキシグアニン量が高値を示し酸素ストレスと関連があることが示唆された。8)網膜芽腫登録:1995-1998年の網膜芽細胞腫登録359例を検討した。出生当たりの発症率は他国における報告と一致した。治療は眼球摘出が半数におよぶ一方で、進行例でも保存療法を行っている施設もあり、施設間の差がみられた。

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