ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000135A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
崎山 樹(千葉県がんセンター研究局)
研究分担者(所属機関)
  • 中川原 章(千葉県がんセンター研究局生化学研究部)
  • 竹永啓三(同化学療法研究部)
  • 古関明彦(千葉大学大学院医学研究科発生生物学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの発生ならびに転移に対して抑制的に関与する遺伝子を単離し、その構造解析、産物の機能を解明する。これら遺伝子の発現や存在様式をがんの組織型や悪性度との関連で把握することにより、各遺伝子産物の役割を明らかにし、それらを指標にして、がんの診断、治療、予後の判定や転移の予知および抑止をすることを最終目的とする。12年度の具体的な目的は以下の通りである。1) 細胞の増殖ならびにがん化を抑制する機能を持つ分泌性蛋白質DANの役割を分子レベルで解明する。2) DAN ノックアウトマウスを作成しその表現型を解析する。3) p73のC-末端側の転写活性調節機構を解明する。 4)複数のがん抑制遺伝子が存在することが推測されている1番染色体短腕遠位領域(1p34-pter)におけるがん抑制遺伝子の同定を行う。5) 低酸素応答性のVEGFプロモーターの自殺遺伝子療法としての有用性を検討する。6)がんの転移能と正に相関するS100A4の機能を解析する。
研究方法
1) BMPとDANの結合様式を解析するためにDANの欠損変異体を作成した。免疫沈降・Western法によりDAN結合タンパク質を解析した。また、マウス骨芽細胞(MC3T3E1)の分化誘導時におけるDANの発現量を解析した。2) DAN遺伝子のエクソン領域のマッピングを行った後、置換型ターゲテイングベクターを作成し、R1ES細胞に導入し後、DAN遺伝子を欠損したマウス系統を得た。ヘテロ接合体を交配して、ホモ接合体を得た。3) p73 の機能解析は、各機能ドメインの欠失変異体の作製、c-Ablとの共発現系でのゲルシフトアッセイ、リポーターアッセイ、コロニー形成能などの方法を用いて行った。4) 1p36.2ホモ欠失領域上のがん抑制候補遺伝子の探索は、PACコンティグから選んだゲノムのシークエンス結果に基づき、ESTより候補遺伝子を同定した。がん細胞における変異の有無をRT-PCR SSCP 法にて検索し、がん抑制遺伝子としての活性はアンチセンスを用いたgenomic suppressor elements(GSE)法によって調べた。5) VEGF遺伝子のプロモーターをHSV-TK遺伝子に繋いだものを導入したがん細胞におけるGCVに対する感受性を調べた。6) S100A4に結合する蛋白質を酵母のtwo-hybridの系で検索した。倫理面への配慮:実験動物の使用時は、千葉県がんセンター実験動物管理規定を遵守し、実験動物の生命の尊厳性を重んじて実験を行った。臨床材料については、多くの場合病理診断後の材料を用いた。また、研究のための検体の使用については、千葉県がんセンター倫理委員会で承認された基準に基づき、プライバシーの保護を厳守し患者の同意の得られた検体に限定して研究を行った。
結果と考察
1) in vitroにおいてDANとBMP-2が結合することを確認した。DANのC末端側の欠損変異体を用いた解析からBMP-2との結合に必要な領域はアミノ酸80-140にあることが判明した。マウス骨芽細胞(MC3T3E1) の骨分化の開始後の初期(4日目)からDANの発現が誘導されてくることを見い出した。 DANはツメガエルの発生の初期にBMP-2のアンタゴニストとして働くことが報告されたが、その後BMP-2との結合の親和性は他のDANファミリーメンバーのそれに比して高くはないことが分かってきた。生体内でのDANの役割を解明するために、その標的分子ならびにDAN に結合するリガンドの同定が早急に求められている。2) DANのヘテロ接合体間での交配から、80匹の仔を得、6週齢でゲノタイプを決定したところ、+/+:+/-:-/-の比はほぼ1:2:1に分離した。また、ホモ接合体の仔を得ることも可能であったことから、DAN遺伝子産物はマウスの生存と生
殖には必須でないことが示された。6週齢マウスについて、系統組織学的な解析をおこなったところ、結腸について9/9の頻度で異常が観察された。結腸内腔の拡張、筋層のひ薄化、腸管上皮の形成不全、腸管神経叢の神経細胞 数の減少が観察された。3) (a) p53にはなくp73に固有なCOOH-末端領域に注目し、p73aの最もCOOH-末端領域を欠失する変異体であるp73a(1-548)と、p73aのSAMドメインを含むCOOH-末端領域を欠失する変異体p73a(1-427)を作製した。免疫沈降法により、両変異体ともc-Ablとの結合能は保持していたが、c-Ablはp73aとp73a(1-548)によるルシフェラーゼレポーター(p21WAF1, Mdm2, Baxそれぞれのプロモーターを使用)を用いた転写活性化能および細胞増殖抑制能をともに促進する一方、p73a(1-427)によるそれらの機能には影響を及ぼさなかった。 (b) Two-hybrid 法によるp73結合蛋白質の同定: SAM ドメインを含む COOH-末端領域に結合する2個のクローンを同定した。両者とも p73 の転写活性化能とコロニー形成能を負または正に制御したが、そのうちのひとつはRACK1であった。本年度の結果から、c-Ablがp53 と異なる形でp73を制御し、それにはSAMドメインが必要であること、また、p73に結合しその機能を修飾する分子としてRACK1があることが判明した。RACK1は活性化されたC-キナーゼの受容体として発見された分子で、その機能は多彩であるが細胞増殖の調節に深く関わっている可能性があり、p73並びにRACK1の機能解析の進歩に大きなステップとなる可能性がある。4) 神経芽腫細胞株(NB-1)の 1p36.2-3 領域にホモ欠失を見出し、この領域を完全にカバーする約 800 kb の PAC コンティグを作製して、現在までに 80% のシークエンスを終了した。その結果、500 kb のホモ欠失領域に6個の遺伝子(HDNB1/UFD2, KIF1Bb, CORT, PGD, DFF45/ICAD, PEX14)を同定した。現在までのところ、これらの遺伝子の変異頻度は低く、エピジェネティック な制御がかかっているものと推察された。HDNB1/UFD2, KIF1Bb, DFF45/ICAD, PEX14 の4遺伝子は予後不良な神経芽腫で明らかに発現が低下していた。また、アンチセンス cDNA をレトロウイルスベクターに組み込んだ genetic suppressor elements 法を用いた解析により、1つの遺伝子で腫瘍形成が見られ、今後その詳細な分子機構の解明が待たれる。5) VEGFプロモ-タ-制御下HSV-tk遺伝子を導入したマウスの高転移性肺がん細胞は常酸素下でのみならず低酸素下でもGCV処理により効率良く殺されることが明らかとなった。また、in vivoにおいて低酸素状態であると考えられる部位においても、VEGFプロモ-タ-の下流につないだGFP発現の増強が見られることや上述の肺がん細胞の移植実験でその造腫瘍性はGCV 投与によりほぼ完全に抑えられることが判明した。低酸素状態にあるがん細胞の治療法の開発はがんの遺伝子治療の中でも重要な位置を占めていると考えられる。また、高転移性のがん細胞でVEGF遺伝子の発現が亢進している事実もあり、VEGFプロモーターの活用は転移抑制のための遺伝子治療法の新たな展開を示唆している。6)S100A4がmethionine aminopeptidase 2 (MetAP2)とカルシウム依存性に結合することを見い出した。MetAP2はタンパク質のアミノ末端のメチオニンを除去する機能を持つが、全ての標的分子やその生理的意義が解明されてはいない。MetAP2は血管内皮細胞の増殖に重要であることが明らかにされており、S100A4との複合体形成により、その酵素活性が調節を受けている可能性が考えられる。
結論
1) DAN欠損マウスでは、結腸の腸管神経叢の維持に障害が生じていることが明らかになった。2)1p36.2-3 にマップされたp73について解析を行い、c-Ablがp53と異なる形でp73 の機能を促進することを明らかにし、また、神経芽腫と肺がんで変異の見られたCOOH-端領域に結合する蛋白質としてRACK1を同定した。3) 神経芽腫細胞株の1p36.2領域に見出した0.5 Mbのホモ欠失に関しては、PAC コンティグ作成後これまでに約 80% のゲノムシークエンスを終了し、その領域内にマップされた6個の候補遺伝子について解析した。これまでの変異検索では
その頻度は低かったが、その内の1つの遺伝子のアンチセンスDNA導入で腫瘍形成能が見られた。4)VEGFプロモ-タ-制御下HSV-tk遺伝子を用いて高転移性肺癌細胞の遺伝子治療を試みた。その結果、常酸素下でのみならず低酸素下の細胞もGCV処理により効率良く殺すことが可能であることを明らかにした。5) S100A4と相互作用する蛋白質の検索を酵母two-hybrid systemを用いて検索した。その結果、S100A4がmethionine aminopeptidase 2 (MetAP2)とカルシウム依存性に結合することを見い出した。

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