ヒト腫瘍の分子病態の解析と臨床応用のための基盤研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000134A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト腫瘍の分子病態の解析と臨床応用のための基盤研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高橋 利忠(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 瀬戸加大(愛知県がんセンター研究所遺伝子医療研究部)
  • 高橋隆(愛知県がんセンター研究所分子腫瘍学部)
  • 稲垣昌樹(愛知県がんセンター研究所発がん制御研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒト腫瘍の分子病態の研究は近年急速に進み、造血器腫瘍では転座関連遺伝子が、また、固型がんでは、がん遺伝子、がん抑制遺伝子が既に多く単離されてはいるが、腫瘍発生に於ける役割は不明な点が多く残されている。また、浸潤・転移に関する研究も進みつつあるが、その制御に関する研究は、緒についた所である。(a)造血器腫瘍では、申請者らが単離に成功した転座関連遺伝子(MALT1、LTG9、LTG19)を指標とした遺伝子診断を試み、更に腫瘍発生に於ける役割を検討し、将来の遺伝子治療の基盤の形成を目的とする。(b)難治がんである肺がんや肝がんでは、TGF-βによる増殖抑制効果がこれらがん細胞に於いて欠除している要因を検索し、新しい治療法を目指す。更に、肺腺がんに過剰発現しているCyclooxyganese-2(COX-2)を標的とした治療を検討する。(c)がん細胞の増殖・浸潤に関わる細胞骨格蛋白質として、新規の中間径フィラメント結合蛋白質の同定と機能解析を試みる。更に、抗体作成と診断への応用を計る。
研究方法
(a)MALTリンパ腫に特徴的なt(11;18)染色体転座の結果、API2-MALT1キメラ遺伝子が形成されるが、診断に有用なRT-PCR法や染色体DNAを検出する新しいPCR法を開発する。また、これら転座関連遺伝子については、発現誘導系を樹立し、遺伝子産物の解析及び標的遺伝子の同定をcDNAアレイ法等を用い行う。(b)肺がん細胞に於いて、COX-2特異的阻害剤(ニメスライド)による増殖抑制、アポトーシス惹起を検討し、さらに抗がん剤との併用効果についても検討を加える。また、肝がん細胞株からTGF-βによるアポトーシス誘導に関する感受性亜株と抵抗性亜株を得て、cDNAアレイ法等を用い、アポトーシスに関わる刺激伝達機序の相違について検討する。(c)単層上皮で発現している中間径フィラメント蛋白質であるケラチン8/18と結合する新規の蛋白質を、ヒト肝臓cDNAライブラリーより、酵母Two-hybrid法を用いて同定し、さらにその生理学的意義を解析する。
結果と考察
(1) 粘膜関連型(MALT)型Bリンパ腫に認められるt(11;18)(q21;q21)は、アポトーシス阻害蛋白群の一員であるAPI2と新規遺伝子MALT1がキメラ遺伝子を形成することを以前明らかにした。その結果、5種類のキメラmRNAが発現することを示し、更に染色体DNAレベルでのキメラ遺伝子を検出するため、Long and accurate(LA)-PCR法を確立した。3組のプライマーを用いることにより、従来のRT-PCR法より検出された16症例の全例の検出に成功し、本法の遺伝子診断への有用性を示した。(2) API2, MALT1, API2-MALT1キメラ遺伝子の発現ベクターを構築し、トランスエクタントを作成することにより、これら産物の蛋白レベルでの解析を行った。API2,MALT1は共にその半減期は短いが、API2-MALT1では安定した発現が認められた。酵素阻害剤を用いた解析により、キメラ蛋白を形成することによりプロテアソーム蛋白分解酵素系からの発現制御回避が蛋白安定化の機序である可能性を示した。(3) p53遺伝子変異の有無に関わらず、COX-2を発現している肺がん細胞株では、臨床的に到達可能な濃度のCOX-2特異的阻害剤(ニメスライド)のin vitro添加により、アポトーシスの誘導が観察された。更に注目すべきことに、副作用が軽微なCOX-2特異的阻害剤の併用によって、現在肺がん治療に用いられつつある各種抗がん剤(アドリアマイシン誘導体SM-5887、CPT11活性型SN-38等)のIC50値を顕著に低減し得ることを明らかとし、臨床応用への可能性を示唆した。(4) 肝がん細胞株Hep3Bより、TG
F-β刺激に対し、アポトーシス誘導性並びに非誘導性の亜株を樹立し、cDNAアレイ解析を進めた結果、TGF-β処理により、前者ではTNFファミリー遺伝子群が、一方、後者では増殖因子遺伝子群が発現誘導されることを見出し、これらの遺伝子群がアポトーシスへの反応性を決定している可能性を示した。(5) 単層上皮で特異的に発現している中間系フィラメントであるケラチン18と結合する新規の蛋白質の同定を酵母Two-hybrid法を用いて進めている。その結果、DnaJ/Hsp40ファミリーに属するMrj蛋白質およびTNFレセプターのアダプター蛋白質であるTRADDを同定した。MrjはそのN末端側のJ domainを介して、Hsp70と結合し、一方、そのC末端側ではケラチン18と結合することにより、Co-chaperoneとして、ケラチン8/18フィラメント構築の制御に関与していることを見出した。また、TRADDは多くの上皮細胞で、Type 1ケラチンに特異的に結合していることを示した。また、ケラチン欠損株にケラチン18を発現させることにより、TNFに対するアポトーシスの感受性が著減することを示した。本結果により、ケラチンは、TRADDとの結合を介して、TNFによるアポトーシス誘導を減弱させている可能性が示唆された。
結論
(a)(1)MALT型Bリンパ腫に認められるt(11;18)転座の結果、5種類のAPI2-MALT1キメラmRNAの発現が認められた。遺伝子診断に応用すべく染色体DNAを用いたLA-PCR法を開発し、従来のRT-PCR法により検出された16症例の全例の検出に成功した。(2) API2-MALT1キメラ遺伝子産物を蛋白レベルで解析した結果、API2(アポトーシス阻害蛋白)とMALT1産物は、共に半減期が非常に短いが、キメラ産物の半減期は延長しており、アポトーシス阻害の増強による腫瘍化への関与が推定された。(b)(3)臨床的到達可能と考えられる濃度のCOX-2特異的阻害剤の添加により、肺がん細胞株のアポトーシスを伴う増殖抑制が惹起可能なことを示した。更に、COX-2阻害剤と肺がんに用いられている各種抗がん剤との併用によって、抗がん剤のIC50濃度を最大77%低減しえることを示した。(4)肝がん細胞株Hep3Bから、TGF-β依存性アポトーシス誘導に対する感受性と抵抗性の亜株を樹立・解析することにより、TNFファミリー群と増殖因子群の遺伝子発現と各々の亜株との関連性を示唆する結果を得た。(c)(5)単層上皮に特異的に発現している中間系フィラメントであるケラチン18と結合する蛋白質として、Mrj及びTRADDを見い出した。MrjはDnaJ/Hsp40ファミリーに属するシャペロンとしてケラチン8/18フィラメント構築を制御していること、また、TNFレセプターのアダプター蛋白であるTRADDがケラチンと結合しているため、上皮細胞においては、TNFによるアポトーシス誘導が減弱していることを見出した。

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