ヒトがんウイルスによる発癌の分子機構と免疫学的治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000132A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんウイルスによる発癌の分子機構と免疫学的治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
佐多 徹太郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 西連寺剛(国立感染症研究所)
  • 松田道行(国立感染症研究所)
  • 松倉俊彦(国立感染症研究所)
  • 牧野正彦(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトウイルスが発癌に及ぼす影響、発癌機構、さらに免疫系による腫瘍細胞排除機構を解析することを目的とする。ウイルスが関与する癌は免疫学的ないしウイルス学的手法により、予防治療を確立することが可能と考えられる。そのためにはウイルスが癌の発生にどのような役割を果たしているかを明らかにすることが必要である。ウイルス感染と癌化との因果関係が明らかにされれば、ウイルスはワクチンにより予防可能となり、関連癌におけるウイルス抗原の発現検出は癌の早期発見にも役立つ。高齢化社会においてこれらのウイルスが関与する癌の発生が増加することが予想されるので、本研究は国民の健康と医療費の削減に寄与しうるものと考えられる。
ヒトヘルペスウイルス8 (HHV-8) はカポジ肉腫や原発性体腔液性リンパ腫から非常に高率に検出され、これらの悪性腫瘍の原因ウイルスと考えられている。その感染後の発癌機構については不明なので、ウイルス蛋白発現と潜伏感染機構との関連について検討した。
胃癌におけるEBV感染及びその病因的役割を明らかにするため胃癌組織でのEBV感染の実態を調べ、その組織からEBV感染細胞株を樹立し、その細胞株及びEBVについて胃癌との関わりを解析する。
多様な性器関連型HPVと種々の子宮膣異形成(VAIN)及び子宮頚部異形成(CIN)との病因学的関連をこれまで明らかにして来た。しかし、PCRを用いた検索により皮膚関連型HPVが正常子宮膣部に存在する事、更にはCINの起因子であるとの報告があるので、VAIN 及びCINに皮膚型HPVが存在するか否か調べた。
HTLV-IはATLを発症させる。ATL患者由来DCは未熟DCおよび成熟DCも機能異常を示し、成熟化が著しく阻害されていることを示してきた。一方、DCの成熟化にはDC上のCD40抗原とT細胞上のCD40リガンド(L)抗原の結合が不可欠であるため、ATL患者にみられるDCの機能異常を是正し免疫療法を開発するには、CD40L抗原の発現を誘導することが重要である。そこで、HTLV-I感染CD4陽性T細胞へのCD40L抗原の発現の有無を検索し、さらにDCの成熟化および活性化に及ぼす影響を検索した。
アダプター型癌遺伝子Crkによる癌化の機構を明らかにする。そのために、Crkの活性化を生細胞で観察できるバイオプローブを作成する。
研究方法
1) HHV-8: HHV-8の血管内皮細胞への感染実験においてはウイルスの供給源としてHHV-8感染リンパ腫細胞であるBCBL-1を用いた。標的細胞としてヒトの初代培養の臍帯血管内皮細胞を用い、BCBL-1と共培養した。ウイルス蛋白の発現は免疫蛍光染色で確認した。HHV-8の初期蛋白K8蛋白と細胞側因子PMLの関連を調べるために組換えK8蛋白を作製し、抗K8ウサギポリクローナル抗体を作製し、蛍光免疫染色で細胞内での局在を調べた。細胞内蛋白同士の相互関係は免疫沈降により検索した。p53とK8蛋白の相互関係についてはin vitroで合成したp53と大腸菌で作製したK8を反応させ、ウエスタンブロットで解析した。
2) EBV: 摘出胃癌組織及び細胞株について解析した。EBV感染は、EBV-DNAを検出するPCR法、RNA発現を検出するRT-PCR法、感染細胞はEBV核抗原(EBNA)蛍光抗体法及びEBER in situ hybridization法で検出した。細胞内EBV-DNAは環状DNA及び線状DNAをサザン解析した。蛋白発現はウエスタンブロット法を用いた。細胞株の樹立は胃癌組織を細切し、ヌードマウスに接種及び直接in vitroで培養した。
3) HPV: 子宮膣部および頸部病理検体は、一部はホルマリン固定パラフィン包埋して病理組織学的に軽・中・高度異形成に分類した。凍結保存した組織より全DNAを抽出し、制限酵素で切断後、電気泳動して膜に転写した。種々のHPV型をプローブとしTm-40?Cでハイブリダイゼ?ション行った。現在までに同定されている80種HPVのうち38種の皮膚型を対象とし、塩基配列の相同性及び関連皮膚病変の類似性によって8群に分類し、各群から少なくとも一種のHPV型をプローブとして使用した。
4) HTLV-1: ATL患者、HAM/TSP患者および正常健常人より、末梢血リンパ球(PBMC)の供与を受けた。プラスティック付着性単球は、PBMCから非付着性細胞を除去して得た。DCの分化誘導には、 rGM-CSF とrIL-4を用いた。T細胞およびDCの細胞表面抗原の解析は、市販の抗体を用いFACScan(tm)にて行った。HTLV-I産生細胞株MT-2の細胞外ウイルス粒子をDCに感染させた。また、マイトマイシン処理したMT-2細胞からHTLV-IをCD4+ T細胞に感染させ、HTLV-I感染はPCRおよび細胞表面へのHTLV-Igag抗原の発現を検出した。成熟DCの抗原提示能は、自己のCD4およびCD8 T細胞の増殖応答能にて検索した。
5) CT10レトロウイルスのCrk癌遺伝子: pFRETベクター構築は、緑色蛍光蛋白(GFP)の黄色変異体(YFP)と青色変異体(CFP)をPCRにて増幅し、N末側にYFPをC末側にCFPが来るようにタンデムに結合させた。CrkII遺伝子をpFRETベクターのYFPとCFPの間に挿入した。これをHEK293Tにリン酸カルシウム法でトランスフェクトし、48時間後に可溶化し、その上清を回収した。可溶化液は、励起光433 nmにおける蛍光スペクトラムを調べた。サル腎細胞由来COSにトランスフェクトし、24時間後にタイムラプス顕微鏡にて解析した。430 nmの励起フィルターを通した励起光で細胞を照射し、475 nmおよび530 nmの蛍光をそれぞれ冷却CCDカメラに画像として取り込み、励起光の比率を調べた。
(倫理面への配慮)実験に用いたヒト由来組織・細胞は、使用目的と使用方法および医学上の貢献予測を充分に説明しインフォームドコンセントを得て採取された。胃癌組織は倫理委員会承認済で、直接患者とは関らないこと、およびデータないし細胞株に関して個人が特定されないよう配慮した。また、遺伝子組換え実験は国立感染症研究所の承認後、遺伝子組換え実験ガイドラインに沿って行われた。
結果と考察
1. HHV-8: 1)HHV-8感染リンパ腫細胞と共培養した臍帯血管内皮細胞(HUVEC)細胞においてHHV-8の潜伏感染蛋白LANAの発現と、血管内皮細胞のマーカーであるvon Willebrand Factorの発現を免疫蛍光染色でみると、VWF陽性細胞にLANAが発現していることがわかった。また、培養上清にウイルス粒子を加える方法と比較すると、感染効率は感染細胞と直接接触させたほうが高いことがわかった。このHHV-8感染血管内皮細胞を検索することはカポジ肉腫の発症機構の解明に役立つ。2)HHV-8の初期蛋白であるK8蛋白が核内の構造物であるND10とよばれる場所でPMLとともに存在していることを見出した。この局在はK8蛋白のC末のロイシンジッパードメインに依存していた。また、遺伝子導入の実験よりK8蛋白はPMLをND10から解離させる働きを持っていないことを明らかにした。K8蛋白はND10でp53と結合していることを明らかにした。さらに、遺伝子導入の実験からK8蛋白にはp53をND10に運び込む機能があることもわかった。K8蛋白とPMLの関連はHHV-8の潜伏感染維持の機構を考える上で重要な所見である。K8はHHV-8が複製する際の最初の部分に関わり、PML解離の機能を持っていないことから、むしろHHV-8の増殖感染に抑制的に働いていることが考えられる。
2. EBV: EBV-DNAが極めて少なく、胃癌の一部の細胞にのみEBERが検出される胃癌が見出された。その癌部を接種したヌードマウスで腫瘍が形成され、それを培養して上皮様細胞株PTが樹立された。PT細胞でのEBV感染はもとの胃癌と同様に一部の細胞に限局し、クローニングでEBV陽性及び陰性細胞クローンが得られた。一方同胃癌組織の非癌部を直接in vitroで培養し線維芽様細胞PN株が樹立された。 PNは全ての細胞にEBV感染が見られ、モノクローナルな環状及び再活性化を示す線状EBV-DNA及び蛋白が検出された。EBV潜伏感染様式は、PTはI型、PNはIII型で、両者とも軟寒天内コロニー形成能、及びSCIDマウスでの腫瘍形成能を有していた。EBV陽性及び陰性PTクローン間の細胞性状の比較が重要な今後の課題である。非胃癌部からのPN株は、EBV感染も潜伏III型で、胃癌での潜伏I型とは異なっている。EBVと胃癌との関わりにおいて有用な細胞株となると考えられる。
3.HPV: 104例のVAIN (71 VAIN I, 27 VAIN II, 6 VAIN III)及び386例のCIN (98 CIN I, 100 CIN II, 188 CIN III)を調べた。しかし、38種の皮膚型HPVは一例も検出されず、これらのHPVDNAは一細胞当たり0.05コピー以上は存在していない事が明らかとなつた。HPVは、従来我々が皮膚型に分類して来たIa群:HPV 2, 27, 57とIc群:HPV 3, 10, 28, 29, 77は系統樹解析では性器型に分類されていて、HPV 16に類似している。高感度なPCR法で膣スメア?検体に性器型のみならず皮膚型HPVが検出されている事から、全てのHPVは膣ないし頚部の重層扁平上皮に感染し複製はするが、病変形成にまで至るのは性器型HPV感染に限られると考えられる。
4.HTLV-1: CD40L抗原はPHAブラストの7%にのみ発現を認めたが感染T細胞では60%に陽性であった。Cell-free HTLV-Iウイルスをimmature DCに感染させた後、CD40L抗原を発現するHTLV-I感染T細胞をDCに作用させると、DCは自己のCD4陽性およびCD8陽性T細胞を強く刺激し活性化・増殖させた。また正常健常人由来のCD4陽性T細胞にHTLV-Iを感染させ樹立した細胞株は、全例で感染後3ヶ月まではCD40L陽性であった。一方、IL-2非依存性となった細胞株および白血化した細胞株では、全例がCD40L抗原陰性であった。ATL患者の末梢CD4陽性T細胞も全例でCD40L抗原陰性であった。CD40L抗原陽性T細胞で刺激されたHTLV-I感染DCは、自己のCD4およびCD8陽性T細胞を強く活性化したのに対し、CD40L抗原が陰性となったT細胞で処理したDCはT細胞を強く刺激することはできなかった。CD40L抗原陽性T細胞を非ウイルス感染DCに作用させたところ、DCは自己のCD4およびCD8陽性T細胞を増殖させた。非感染DCに対しCD40L陰性T細胞をまず作用させ、ついでCD40L陽性のJurkat細胞を作用させたところ、DCは自己のT細胞を増殖させることが可能となった。CD40L抗原陽性のT細胞を予めCD40L抗体で処理した後作用させたところ、DCの抗原提示能は抗CD40L抗体の濃度依存性に減弱した。以上より、CD40L抗原が陰性となったT細胞はDCの活性化因子として働くことができず、その結果DCを充分に活性化し得ないと考えられた。
5.CT10レトロウイルスのCrk癌遺伝子: CrkII蛋白は、チロシンリン酸化の活性化に伴いチロシン221がリン酸化され、CrkIIのSH2ドメインと分子内結合する。このことを利用して、CrkII蛋白の両端にYFPとCFPを結合させてプローブを作り、CrkIIのリン酸化をモニターできるようにした。トランスフェクトした293T細胞の可溶化液を用いて分光光度計で蛍光スペクトラムを測定したところ、CFPの蛍光である475 nmの蛍光以外に530 nmをピークとする蛍光が観察された。同時にチロシンキナーゼであるc-Ablの発現ベクターを共発現したところ、475 nmの蛍光が減弱し、530 nmの蛍光が増強された。次に、cAbl発現ベクターの存在下、および非存在下にCOS細胞にトランスフェクトし、FRETの変化を生細胞で観察した。Abl非存在下では、FRET効率が低く、Ablを入れるとFRETが起きるのが確認できた。シグナルは核も含めてほぼ均一に存在しており、細胞全体にわたりCrkのリン酸化の活性化をモニターできることがわかった。
結論
1)HHV-8の血管内皮細胞に対する効率的な感染実験系を確立し、また、HHV-8の初期蛋白であるK8蛋白とPMLの関連を明らかにした。これらの結果はHHV-8の潜伏感染と造腫瘍性を考える上で重要な示唆を与える知見である。2)胃癌の一部の癌細胞にのみに限局したEBV感染を伴うEBVの新しい感染様式を見出し、癌部及び非癌部より性状の異なる2つのEBV感染細胞株PT及びPNの樹立に成功した。3)80種のHPV遺伝子型の内38種の皮膚型HPVはVAIN及びCINに関与せず、42種の性器型HPVがこれら病変の起因子と結論された。4)HTLV-I感染CD4陽性T細胞は、感染初期においてはCD40L抗原を発現し、DCの活性化に重要な役割を果たした。しかし、感染後3ヶ月を経過すると陰転し、DCの成熟障害ひいては抗原特異的免疫不全症の発症に関与すると考えられた。5) CT10ウイルスの癌遺伝子Crk産物のリン酸化状態を生細胞でモニターするプローブを開発し、観察することに成功した。

公開日・更新日

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