がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000131A
報告書区分
総括
研究課題名
がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
内富 庸介(国立がんセンター研究所支所)
研究分担者(所属機関)
  • 内富庸介(国立がんセンター研究所支所)
  • 下山直人(国立がんセンター中央病院)
  • 西野卓(千葉大学医学部)
  • 大田洋二郎(国立がんセンター中央病院)
  • 岡村仁(広島大学医学部)
  • 山脇成人(広島大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、難治性疼痛の存在が明らかになり、更に呼吸困難、倦怠感、不快な口腔症状、身体活動度の低下などが、終末期に限らずあらゆるがん治療の経過において患者のQOLに関連することが明らかになってきた。またインフォームド・コンセントが前提となるがん医療が推進される中、がんという生命を脅かす危機的な情報を伝えられたり、がんやがん治療などの不快な外傷的体験を経験した患者には、しばしば無力感、絶望感、不快な体験が生じ、大きな負担を強いている。更にがん患者を抱える家族の身体的・精神的負担もがん患者のQOL低下の原因となっている。そこで、がん患者とその家族に生じる身体的・精神的負担の出現頻度及びその背景要因の解析を第一の目的とし、その苦痛発生の病態機序を科学的に解明し、病態機序に基づいた支持療法の開発・改良を第二の目的とした。
研究方法
1)難治性疼痛およびその他の身体的苦痛に関する研究:BALB/c miceの座骨神経にMeth A sarcoma cellを50,000個移植し、腫瘍による神経圧迫モデルの疼痛の評価を座骨神経の糸による拘厄モデルと比較して行った。2)呼吸困難研究のための慢性呼吸負荷ラットモデルにおける呼吸性および行動性代償に関する研究:生後10週のSDラットの気管内に内径1mm、外径2mmのシリコンチューブを慢性的に気管内に留置し、慢性的気道抵抗負荷ラットを作製した。呼吸量、呼吸パターン、動脈血液ガス分析、昼夜の行動量、体重や摂食・摂水量を経時的に測定した。3)がん患者の口腔ケアに関する研究:国立がんセンター中央病院で1988年から2000年に造血幹細胞移植が施行された232例を対象とした。口腔ケアプログラム導入前後における、移植前治療から移植後100日までに出現した口腔内の不快な症状の頻度を調査した。4)がん患者のリハビリテーションに関する研究:国立がんセンターで実施されたプロトコール研究に参加した対象者のうち、痛みの評価とProfile of Mood States (POMS)およびMental Adjustment to Cancer (MAC) Scaleが施行されている432例を対象とし、痛みと感情状態およびコーピングとの関連について検討を行った。5)無力感、不快な体験、呼吸困難及び倦怠感に対する支持療法に関する研究:国立がんセンター東病院で初発乳がんの手術を受け、術後3年以上経過した55歳以下の女性患者を対象とした。サンプリングは連続的に行った。がんに関連する不快な体験の想起は半構造化診断面接により評価した。海馬体積は頭部3D-MRIを用いて測定し、記憶機能はWechsler Memory Scale改訂版で評価した。6)がん患者の家族に対する支持療法に関する研究:広島大学医学部附属病院乳腺外来に通院中で、乳がんの告知がなされた20歳以上の早期乳がん患者とその配偶者(夫)計46組を対象とした。患者にはMAC ScaleとFamily Assessment Device (FAD)を、配偶者にはFADを、それぞれ施行した。
結果と考察
1)難治性疼痛およびその他の身体的苦痛に関する研究:腫瘍による神経障害性疼痛の動物モデルを作製し、徐々に神経過敏性を獲得するという結果を得た。これは即座に神経過敏性を獲得する従来の拘厄モデルとは異なる特徴である。2)呼吸困難研究のための慢性呼吸負荷ラットモデルにおける呼吸性および行動性代償に関する研究:ラットモデルにおいては高度の気道抵抗負荷に対して、極めて迅速に血液ガスを代償すると同時に徐々に換気量を増大させることが明らかになった。呼吸努力の増大は呼吸困難発生の最も大きな因子であることを考慮す
ると、気道閉塞に伴う血液ガス異常を血液内にそなわる緩衝作用により迅速に対処し、呼吸による代償を緩徐に働かせる作用は極めて合理的と言える。換気努力量の増大が行動量の増大、摂食・摂水量の増大と平行して変化するという結果は、気道抵抗負荷に対してエネルギー消費を最少にするような順応が存在することを示唆するものであるが、同時に気道閉塞によって生じる呼吸困難の増大を最小のものにする機序に関与することが示唆された。3)がん患者の口腔ケアに関する研究:移植後の不快な口腔症状としては、口内炎194例(84%)、歯性感染症40例(16%)、真菌感染症19例(8%)の順に頻度が高かった。口腔ケアプログラム導入前後における不快な口腔症状の頻度を比較したところ、口腔ケアプログラム導入後で歯性感染症が有意に低いことが示された。今回の結果から口腔ケアプログラムを徹底して施行すれば、移植治療に関連する歯性感染症の発生を予防できる可能性があることが示唆された。4)がん患者のリハビリテーションに関する研究:痛みの存在および強さの程度が、がん患者の感情状態やコーピングに関連していることが示された。同時に、痛みをわずかにしか感じていない患者においても同様の結果が示されたことから、痛みがわずかにでも存在していれば、がん患者のQOL、特に感情状態に影響を及ぼす可能性が示唆された。5)無力感、不快な体験、呼吸困難及び倦怠感に対する支持療法に関する研究:42%にがんに関連する不快な体験の想起を認めた。がんに関連する想起有り群は無し群に比して、左海馬体積が5%有意に小さいこと、視覚性記憶指数が8%有意に低いことが示された。欧米の先行研究によると、がん患者における不快な体験の想起の頻度は約20~44%と報告されており、我が国のがん患者でも同等であることが示唆された。更に不快な体験の想起と海馬が形態的にも機能的にも関連することが示唆された。不快な体験の想起と海馬体積との関連に左右差が認められたことに関しては、先行研究の結果を考えると、神経発達障害の影響や性差の影響が一つの可能性として推測された。6)がん患者の家族に対する支持療法に関する研究:患者の前向きなコーピングには低学歴が、悲観的なコーピングには患者からみた家族内の「意志疎通」の低下が有意に関連していた。本研究の結果から、患者とその家族を含めた視点から患者-家族間の良好な意志疎通を促すような介入を行うことにより、早期乳がん患者のコーピングを改善させうる可能性が示唆された。
結論
患者のQOLを著しく低下させる身体症状に関しては、難治性疼痛と呼吸困難の病態機序解明のための動物モデルの作製及び造血幹細胞移植治療を受ける患者に対する口腔ケアプログラム導入の有用性の予備的検討を行うことができた。心理社会的負担に関しては、不快な体験の想起出現に海馬が形態的にも機能的にも関連すること、わずかな痛みであってもQOLを阻害することや、家族機能の重要性を示すことができた。引き続き、基礎と臨床を包括した研究を進め、症状のもたらす不快な感覚の脳局在や身体症状の病態機序を明らかにしていく予定である。そしてこれら知見により画期的な創薬開発を含め、病態機序に基づいた支持療法(予防法、薬物療法、カウンセリング法)を開発・改良していく予定である。

公開日・更新日

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