機能を温存する外科療法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000130A
報告書区分
総括
研究課題名
機能を温存する外科療法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
海老原 敏(国立がんセンター東病院)
研究分担者(所属機関)
  • 小宮山荘太郎(九州大学)
  • 波利井清紀(東京大学)
  • 名川弘一(東京大学)
  • 斉藤典男(国立がんセンター東病院)
  • 鳶巣賢一(国立がんセンター中央病院)
  • 佐々木寛(東京慈恵会医科大学)
  • 野口昌邦(金沢大学)
  • 光嶋勲(岡山大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
61,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、がん治療にあたって生存率をさげることなしに、治療後の種々の障害を軽減してQOLの低下を防ぐことにある。頭頸部では日常生活に欠くことのできない経口摂取、会話などの機能を温存することは治療後の社会復帰、QOLの維持の観点からも重要なことである。同様の観点から骨盤内のがんでも、排尿・排便・性などの機能障害を軽減する治療法の開発を目指す。乳がんでは治療後の変形や、上肢のリンパ浮腫の予防あるいは治療について有効な方法を見出す。これらの機能を維持する手術法の開発を目指した。
研究方法
頭頸部がんにおいては、これまで開発された機能温存手術の適応と限界について検討すると共にさらに中咽頭がんに対する新しい術式を開発するためこれまでの症例の分析を行った。いずれの術式についても、その適応と限界を明確にすることを目的として、臨床例に施行した。また、ヒト口腔、咽頭の知覚および味覚誘発磁気を超電導量子干渉装置により記録した。放射線治療中の味覚障害を全口腔法により調べた。
食道再建に用いた空腸片の一部で気管断端と食道再建空腸の間に、下咽頭・喉頭全摘例で音声管を作成術式の改良をする。
進行下部直腸がん51症例を対象として、術前に50Gy照射し、側方リンパ節非郭清群(D1群)と郭清群(D2群)の2群に分けて手術を施行した。両群間で術後合併症発生率、生存率、再発率、術後排尿障害、性機能障害の頻度を比較検討した。
肛門括約筋部分温存の概念を導入し、直腸切断術による切除標本を用いて括約筋部分温存した場合、切断端の安全性について検討した。 括約筋部分温存術を臨床で実施し、本法の臨床応用の可能性について検討した。
浸潤性膀胱がんのために膀胱全摘術が実施され、術後2年以上観察した109例を対象に神経血管茎温存について検討した。
卵巣腫瘍では、腫瘍表面に傘形状の薄い膜を外科用アロンアルファ-で接着し、その膜に連結するチュ-ブを通して穿刺を行う方法を試みた。
乳房温存療法の適応とならない患者に、Skin-sparing mastectomy with immediate breast reconstructionを行った。また、上肢リンパ浮腫に対し保存的治療法として圧迫治療を行なった。外科的治療法としては、リンパ管とこれに隣接する真皮下細静脈の吻合をおこなった。
結果と考察
1.頭頸部:中咽頭上壁と側壁の複合欠損となった40例に対する切除範囲を、上壁の欠損が正中に及ばないものをa群、正中までの欠損b群、正中を越えるc群に分けて術後機能を評価した。a群12例・b群12例では、b群にやや不良の1例があるものの他は全て鼻咽腔閉鎖機能、会話機能ともに良好であった。切除が正中を越えるc群の16例では両機能とも良好なもの5例、会話機能は良好であるが鼻咽腔閉鎖機能がやや不良のもの5例、両機能ともやや不良のもの2例、会話機能はやや不良で鼻咽腔閉鎖機能不良なもの1例、日常生活は可能であるが両機能とも不良なもの3例であった。全体として見れば、機能を温存する切除再建が可能になったといえる。
味覚刺激の知覚野は島部に存在した。放射線治療中の味覚障害のパターンは照射野に含まれる味蕾の分布に依存した。
空腸による音声管作成法を11例に施行した。全例において発声が可能となったが、その程度にはばらつきがあり、言語によるコミュニケーションがとれると判断された症例は6例であった。また、一時的に多量の水分を摂取すると音声管への逆流がみられた。
2.骨盤臓器:直腸がんでは、50Gy術前照射後、郭清をD1・D2の2群に分けて検討したところ、排尿障害(D1群27%vs.D2群65%:p=0.02)および性機能障害(D1群45% vs.D2群92%:p=0.02)は、ともにD1群が有意に低率であった。以上より、術前照射により根治性を損なわず、神経温存の側方リンパ節非郭清の縮小手術が可能であることが明らかにされた。一方、53例の直腸切断術の切除標本による検討では、全例に肛門括約筋部分温存による安全性が確認された。この結果から、殆どの症例で直腸切断術が回避可能と考えられた。この括約筋部分温存術を13例の症例に臨床応用した。術後機能では、一時的人工肛門閉鎖した5例全例でcontinenceは保たれた。
膀胱がんでは、神経温存操作を実施した19例で、血管茎切除断端から再発したと思われる症例はなかった。
卵巣腫瘍では、アロンアルファ-の接着時間は4分以上、接着剤量は 0.1~0.12mlが最適であった。傘状部面積は 3.5cm径で 2.5kgの接着力を得た。この条件下で漏出試験を行ったところ、目視では 100%漏出がなかった。
3.乳房:合理的な乳癌手術と美容的に優れた乳房再建を両立させたSkin-sparing mastectomy with immediate breast reconstructionについてその安全性を確認するため、現在60例余りの症例を集積中である。また、原発巣が径1.5cm以下の症例でセンチネルリンパ節が正確に同定され、転移を認めない症例35例に腋窩リンパ節郭清を省略した。
上肢リンパ浮腫については、弾性ストッキングによる圧迫を用いた保存療法12症例では、平均62歳,浮腫発生後平均3.5 年で治療開始。初診時の前腕部の周径は健側に比し平均+6.4cm過剰であった。平均11カ月(1 ~1.9 年)の外来での圧迫療法で-0.8cm(11.7% )の周径の減少が得られた。 リンパ管細静脈吻合術12症例では、平均57歳,浮腫発生後平均8.2 年で手術がなされ,初診時の前腕周径は健側に比し+8.9cm過剰であった。術後平均2.2 年(1 カ月~6 年間)の経過で平均-4.1cm(47.3% )の周径減少が得られた。
結論
これまでの外科療法としては喉頭を取らざるを得なかった下咽頭がん症例に対して、喉頭と下咽頭を部分切除し、その欠損を自己組織の遊離移植により再建する術式の術後機能に関する安全性、機能の良好さは、これまでの9例の経験でほぼ証明できた。
術後機能を保持するのが困難であった中咽頭がん症例の中でも特に機能保持の困難な上壁・側壁の複合欠損例に対する切除・再建術について検討し術後日常生活に支障のない術式の施行可能であることが判明した。
超伝導量子干渉装置によりヒト口腔、咽頭の知覚、味覚の他覚的検査の可能性が示された。また放射線治療中の味覚障害のパターンは照射野に含まれる味蕾の分布に関連した。空腸片による音声管を作成することで、約60%の症例で言語によるコミュニケーションが得られた。反面、誤嚥等も危惧され、症例の選択を含め今後、さらに開発を進める必要がある。 
進行下部直腸がんに対する外科治療において、術後の排尿機能および性機能を温存し、患者のQOLを向上させるために、術前放射線療法は有効である。また、下部直腸進行癌で従来直腸切断術が必要とされた症例において、殆どの症例で直腸切断術の回避が可能であると判明した。
膀胱の深部浸潤癌でも膀胱全摘術の適応と判断される限り、勃起機能を温存する術式が実施できる可能性が示唆された。
腹腔鏡下手術にも応用可能な卵巣腫瘍内容漏出防止装置付穿刺針の開発ができた。
一期的乳房再建術やセンチネルリンパ節生検の確立と普及は、患者のQOLの改善にとって急務となっている。
上肢のリンパ浮腫の治療に関して吻合術と保存療法の併用では改善は極めて高度の例が多くみられた。また術後6年でも周径は減少し続ける例もあることがわかった。

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