新しいがん薬物療法の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000128A
報告書区分
総括
研究課題名
新しいがん薬物療法の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
西條 長宏(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 西條長宏(国立がんセンター中央病院)
  • 江角浩安(国立がんセンター研究所支所)
  • 桑野信彦(九州大学大学院医学研究院)
  • 佐々木康綱(国立がんセンター東病院)
  • 杉本芳一(財団法人癌研究会癌化学療法センター)
  • 田村友秀(国立がんセンター中央病院)
  • 西尾和人(国立がんセンター研究所)
  • 福岡正博(近畿大学医学部)
  • 松本邦夫(大阪大学大学院医学系研究科バイオメディカル教育研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
65,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
早期発見・早期切除および技術の粋を集めた重粒子線治療の導入などにも拘わらずがんによる死亡は急速に増加しつつある。全身化したがんは薬物療法の対象にしかなりえない。すなわち薬物療法の向上はがん治療成績向上のための鍵を握っていると言える。「新しいがん薬物療法の研究班」はわが国における抗悪性治療薬開発を推進するための最も重要な研究班であり、わが国の抗悪性腫瘍薬による治療がどうあるべきかの方向性を示す。本研究班では抗悪性腫瘍薬および分子標的治療薬の効果や感受性を左右する未知の分子標的を同定するとともに既知の分子標的の発現レベルを検討する。がんの血管新生浸潤転移に関連する分子標的としてHGFを同定してきたが、そのアンタゴニスト(NK4)投与、NK4遺伝子治療によりがんの悪性化阻止に根ざした新しい治療法を確立する。またがん細胞が栄養飢餓耐性となる機構を明らかにしその耐性克服を検討する。薬力学の分析とともに第I相試験、第I/II相試験を実施し適正かつ効率のよい評価法を確立する。これらの研究は新しい分子標的治療法を含む抗悪性腫瘍薬の効果を適正に評価しがんの薬物療法の治療成績を向上させる上で必須である。また、分子標的の同定に基づき新しいがん治療薬を開発する糸口をつかみうるとともに、新しい手法の導入により臨床における抗悪性腫瘍薬によるがん治療の個別化を進めることが可能となる。さらにこの研究班で臨床第I相試験のモデル的研究体制を確立することによりがんの臨床試験の活性化に寄与しうると思われる。
研究方法
分子標的薬との接触によるがん細胞の細胞周期集積に及ぼす影響をDNAヒストグラムを用い検討した。分子標的薬を接触した際の肺がん培養細胞における標的分子の発現をNorthern, Westernブロット等で検討した。また各種キナーゼの活性におよぼす分子標的薬の影響を検討した。一方、細胞増殖に関わる標的を検討する目的で、耐性細胞を樹立し、母細胞と比較することにより、分子標的薬の作用点の同定をおこなった。一方、標的分子およびサロゲートマーカー分子のスクリーニングの目的でcDNA発現アレイを用いた遺伝子発現の評価を行った。cDNA発現アレイはマクロアレイを用い、評価対象遺伝子を薬剤感受性、耐性に関わる遺伝子約850とした。探索的統計処理は、クラスタリング解析をおこなった。薬剤接触、未接触時の肺がん細胞、ヒト末梢血リンパ球、肺癌、胃癌、大腸癌手術切除組織を対象とした。
血管新生・浸潤に関与する分子標的に関して①マクロファージの浸潤がヒト腫瘍において血管密度や悪性度と関連する否かをCD68、第8抗原などの抗体を用いた免疫染色法で検討した。さらにチミジンフォスホリラーゼ(TP)やヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)の発現について各々の酵素の特異的抗体で免疫染色法やNorthern blot法で検討した。②血管新生のモデル系としてin vitroでは血管内皮細胞を用いた遊走やコラーゲンゲル内の管腔形成で、in vivoではラット角膜、マウス角膜、背部皮下法やマトリゲル法などを用いた。P-糖蛋白質やMRPをはじめとするABCトランスポーターを主な対象として薬剤感受性の分子標的となるか否かに関して、①Northern blot法と定量PCR法、さらに免疫染色法で各種ABCトランスポーター遺伝子の発現をヒト腫瘍やがん細胞株で検討した。さらにP388白血病担がんマウスでビンクリスチン治療を行い治療感受性から抵抗性に変化する時期に白血病細胞を単離し多剤耐性遺伝子の発現をみた。②単離した遺伝子のプロモーターはルシフェラーゼ活性で、遺伝子再編成についてはSouthern blot法で各々解析した。さらに様々なABCトランスポーターの抗がん剤特異性についてcDNA導入株やアンチセンス導入株を樹立した。
マトリゲル基底膜成分をコートしたフィルター上に膵癌細胞を培養し、下層にHGFならびに NK4を添加し、24時間後の浸潤細胞数を測定した。また、同様の方法で、下層に線維芽細胞を培養する co-culture系においても、癌細胞の浸潤ならびに癌細胞浸潤に対するNK4の作用を検討した。
ヒト膵癌細胞SUIT-2を6 週齢のヌードマウス膵臓に同所的に移植した。NK4の膵癌への効果をみるために、膵癌細胞移植後3日目より25日間連日、あるいは24日目より連日NK4をマウス腹腔内に30 μg/dayにて投与した。原発腫瘍の腫瘍体積、腫瘍血管新生、癌細胞のアポトーシス、腹膜への播種性転移、肝臓への転移などを検討した。
ヒトBCRPの全長cDNAの5'側にMycあるいはHA epitopeを付加したHA-BCRPおよびMyc-BCRPを作成し、これらをpHa vectorに組み込んで細胞に導入して抗癌剤感受性の変化を検討した。HA-BCRPのcDNAにPCR-directed mutagenesisあるいはsite-directed mutagenesisを用いて種々の変異を導入し、pHa-IRES-DHFR bicistronic retrovirus vectorに組み込んだ。これを細胞に導入してmethotrexateで選択することにより、multiclonalな遺伝子導入細胞を樹立して、抗癌剤耐性の変化を検討し、抗癌剤耐性を示さないHA-BCRP変異体をMyc-BCRP導入細胞に共導入し、不活性型BCRPの発現が活性型BCRPの機能に与える影響について解析した。ヒト大腸癌細胞HT-29のcamptothecin耐性株HT-29/CPTでは野生型より短いDNA topoisomerase I mRNAが発現している。HT-29/CPTのDNA topoisomerase I遺伝子の構造を分析するとともに欠損型DNA topoisomerase I蛋白の活性を検討した。
がん細胞の栄養飢餓耐性のメカニズム解析に関しては、顕著な栄養飢餓耐性を示すPANC-1細胞を中心に、栄養飢餓時における細胞の反応を解析し、耐性のメカニズムへの関与をアンチセンス RNA発現ヴェクターや、阻害剤を用いて解析した。
治療法の開発に関しては、簡便なスクリーニング系を作り幅広く薬剤を探し出し、これが治療に使いうるか否かを検討した。
進行非小細胞肺癌に対するカルボプラチン、ドセタキセル併用療法の第I/II相試験を行った。対象は進行非小細胞肺癌患者で、未治療例、既治療例では前治療から4週間以上の間隔を有する例、年齢75歳以下、performance status (PS) 0-1、適当な臓器機能を有し、患者本人からの同意が得られた症例とした。カルボプラチンの投与量はCalvertの式を用い目標AUCを設定した。24時間クレアチニン・クリアランスをGFRの代用とした。ドセタキセルとカルボプラチンの投与量はそれぞれ、level I: 50mg/m2、AUC=4mg/ml x min、level II: 50, 5、level III: 60, 5、level IV: 60, 6、level V: 70, 6である。3-4週毎に投与した。用量制限毒性(DLT)はgrade 4の白血球、血小板減少、grade 4の好中球減少に伴う発熱、7日間を超えて持続するgrade 4の好中球減少、grade 3以上の非血液毒性(脱毛、悪心・嘔吐を除く)とした。カルボプラチンはドセタキセルの投与後に行った。各薬剤は250mlの生理食塩水等に溶解し1時間で点滴静脈内投与した。同一用量において3症例の検討を行い、3例中2例以上にDLTの出現をみた場合はこれを最大耐量(MTD)とした。1例にDLTの出現をみた場合はさらに3例追加し、6例中2例以上にDLTの出現をみた場合はこれをMTDとした。推奨用量はその他の毒性、奏効等から総合的に判断し、MTDあるいはその一つ下のレベルとした。
標準的治療法のない固形癌を対象として、R115777臨床第I相試験を1日2回、21日間の経口連続投与後7日間の休薬期間を置く1サイクル28日間の投与スケジュールにて実施した。200 mg/body/dayを初期投与量とし漸次増量した。各ステップ3例を登録し、1例のDLTを認めた場合更に3例を追加し、全体で2例以上のDLTが出現する用量の一段階低い投与量をMTDとした。本試験においては、薬物動態学的検討を実施すると同時に、腫瘍組織におけるRas遺伝子の点突然変異の有無、末梢血リンパ球中におけるファルネシール・トランスフェレース活性の変化、およびリンパ球中における約800遺伝子の遺伝子発現プロファイルの変化をマクロアレイを用いて解析した。
国立がんセンター東病院で施行された抗悪性腫瘍薬第Ⅰ相試験もしくは第Ⅰ・Ⅱ相試験を同一薬剤の海外での開発状況との比較検討を行うことによりそれらの位置づけを考えるとともに、現時点における理想的な“Bridging Study"のあり方につき考察した。本解析の対象となった薬剤は、Paclitaxel 1), JM-216 2), SDZ-PSC833 3), Rituximab, Trastzumab, Flavopyridol, NB-506, TOP-53, Interleukin-12, UCN-01, DX-8951fの各薬剤であった。また一部併用第Ⅰ・Ⅱ相試験についても検討した。
新規抗悪性腫瘍薬とりわけ分子標的薬剤もしくはcytostatic Agentと称される薬剤の薬力学を評価する目的でPETの“biological marker"としての役割を検討する作業に着手した。本研究では、flavopyridolの第Ⅰ相試験に登録されている症例を対象として治療前後におけるPETの評価を行った。
1996年以来国立がんセンター中央病院第I相試験チームにより実施された新規抗悪性腫瘍薬の第I相試験の実施体制、試験デザイン、参加症例の背景と予後、試験結果について解析した。
(倫理面への配慮)
動物実験においては必要最小限の動物数を用いるとともに適正な飼育を行う。ト殺は苦痛を伴わないよう配慮するとともに大きな腫瘍を担がん状態で長期飼育し苦痛を与えるようなことはしない。臨床試験はGCPに準じ全てのプロトコールはICを含み各施設の臨床試験審査委員会の許可の下に行う。また効果安全性評価委員により研究の続行の可否に関するアドバイスをうける。
結果と考察
細胞周期作用薬は分子標的薬の1つであり、治療効果の評価には適切なマーカーの同定が必要と思われる。細胞周期制御薬UCN-01の耐性細胞を樹立し、IGF-1、サイクリン等が耐性・感受性に関わる因子であると示した。UCN-01の細胞周期進行阻害作用による細胞増殖抑制の定量的評価を行った。UCN-01によるリンパ球減少のリンパ球活性化誘導型アポトーシスであり、CD95等がそのマーカーであると示した。海洋由来のアラグステロールA、スルホンアミド化合物E7070が細胞周期をG1期に停止させる細胞周期制御薬であり各種サイクリンがそのマーカーとなること、オンコプロテイン18がビンカアルカロイドによる細胞のM期阻害を増加し、感受性を増強すること、肺癌細胞において癌抑制遺伝子p16INK4によりトポI阻害剤によるS期での細胞周期進行の遅延からアポトーシスを誘導すること、プラチナ製剤ネダプラチンはトポI阻害剤との併用により相乗効果が期待されることを示した。臨床検体による解析では、MRP5が肺癌患者において、プラチナ製剤の投与により発現の誘導されること、p53、p27KIP1がプラチナ製剤に対する反応性と相関すること、肺、胃、大腸癌組織の遺伝子発現をcDNAアレイを用い評価し、腫瘍部の血管新生関連遺伝子群の発現亢進等を示した。同アレイによる分子標的薬評価を目的として遺伝子を選択し、感受性・耐性アレイを作成した。また再現性、定量性の評価、クラスタリング解析ソフトの作成、増幅方法の確立と評価、臨床検体の保存方法の画一化とマニュアル化をおこなった。
細胞周期制御による抗腫瘍効果を、増殖抑制効果として評価可能であった。また細胞周期に関わる分子特にサイクリン蛋白質が予測因子と考えられ、それらの発現状態を測定することにより分子標的薬の効果の評価に用いる可能性が示唆される。cDNAアレイを用いた臨床検体における遺伝子発現解析の評価が可能になった。
血管新生・浸潤能に関する分子標的について、がんの間質に浸潤してくる血球細胞や微小環境はがんの血管新生においても極めて重要な役割を果たすが、その分子機構については明らかでない。そこでマクロファージや肥満細胞や環境pHに注目し、血管新生や癌の悪性度との関連性について解析した。マクロファージの浸潤がメラノーマの悪性度や微小血管密度と深く相関すること、ならびに活性マクロファージから生産されるTNFαやIL1がパラクライン的にメラノーマの血管新生を促進している可能性を示唆した。活性マクロファージはTPやHO-1を活発に生産しており、血管新生マクロファージの酵素マーカーとなる可能性を示唆した。さらに、IFNγが強くマクロファージのTPの発現を転写レベルで上昇させ、プロモーター上のGAS/TPエレメントが関与していることを見出した。肥満細胞やリンパ球などから生産されるIL4やIL13に血管新生誘導活性があることを見出した。さらにこの血管新生にはsVCAM/α4インテグリン系の活性化が関与することを見出した。腫瘍を取り巻く微小環境の一つの重大な要素にpHがある。抗血管新生作用を示す、アンジオスタチンのプラスミノーゲンからの生産に酸性pHで働くカテプシンDが関与していることを見出した。
薬剤感受性を制御する分子標的としてABCトランスポーターの関与について、ATP依存的に排出される抗がん剤とABCトランスポーターとの対応ならびにヒトがんでの特異的発現を明確にすることが分子標的による個別化には大切である。我々は、MRP2の発現がヒト大腸がんで特異的に上昇していること、MRP1、MRP2 ならびMRP3の大腸における発現レベルに1000倍近い個人差があることなどを観察した。さらにMRP3がエトポシドならびにシスプラチンの感受性とATP依存性排出に関与すること、脳腫瘍の症例でがん部位にMRP1とMRP3の発現上昇などを見出した。ヒトMDR1遺伝子のがん細胞における発現上昇にプロモーター領域でのAlu配列や他遺伝子の挿入などによる再配列が観察された。膀胱腫瘍において再発症例でのMDR1発現上昇にはプロモーター領域のCpGの脱メチル化が関与していることを明らかにした。
抗がん剤の解毒抱合体などを含め、細胞外への排出を担うABCトランスポーターの発現や腫瘍特異性を明らかにすることも“がんの個別化"に重要と考えられる。膀胱がんや白血病でのMDR1遺伝子/P-糖蛋白質プロモーター上のCpGのメチル化の有無は重要な鍵を握っている。今後、分子診断へ寄与することが大切である。さらにMRPファミリーについても正常部位とがん部位の発現の特異性についての分子的背景を明らかにしていくことも重要と思われる。
抗がん剤や放射線などによって誘導されるMDR1遺伝子の発現に関与するプロモーター上のY-boxを結合するYB-1はp53と結合することならびに一本鎖RNAにも結合しエキソヌクレアーゼ活性を示すことを明らかにした。
8種類のヒト膵癌細胞におけるc-Metレセプターの発現を調べたところ、ほとんどの細胞にc-Metレセプターが発現されていた。ヒト膵癌細胞のin vitro浸潤はHGFによって強く促進されるとともに、癌?間質相互作用を反映する間質線維芽細胞とのco-cultureによっても強く促進された。一方、HGFによって引き起こされる癌細胞浸潤ならびにco-culture系での癌細胞浸潤は、NK4によりほぼ完全に阻害された。上記の結果をふまえ、NK4がin vivoにおいて膵癌の悪性形質を阻止できるか検討した。SUIT-2ヒト膵癌細胞をヌードマウス膵臓に移植すると、移植後2週間を過ぎると癌の成長が著明になり、その後ヒトにおける膵癌の進行と同様に28日後には多数の腹膜播種、腹水の貯留、肝転移が認められた。これに対して、移植後3日目から、NK4を連日腹腔内に投与したところ、14日目までには癌細胞の正常組織への浸潤が抑制され、28日目には移植膵癌の成長がNK4投与によって抑制された。このとき、NK4によって腫瘍血管新生が阻害され、これにより癌細胞の細胞死が促進されていた。一方、腹膜播種、腹水の貯留、肝臓などへの遠隔転移は膵癌の末期に特徴的な悪性の症状として知られているが、NK4は腹膜播種、腹水の貯留、肝転移を強力に抑制した。さらに、膵癌の早期発見が困難であることを考慮して、癌の成長、播種性転移をきたす移植24日目からNK4を投与開始したところ、NK4は播種性転移や腹水の貯留を抑制し、著明な延命効果を示した。
膵癌の成長阻害は主にNK4の血管新生阻害作用によってもたらされると考えられる一方、癌の浸潤や播種性・遠隔転移阻害にはNK4のHGFアンタゴニスト活性が関与していると考えられる。したがって、膵癌特有の悪性形質に対するNK4の阻止効果は、NK4のもつ二機能性(HGFアンタゴニスト/血管新生阻止)によりはじめて達成されたものと考えられる。最も予後不良の膵癌に対し、NK4が浸潤・転移・腫瘍血管新生といった癌の悪性化阻止に基づく著明な制癌効果を発揮したことは、NK4は膵癌を含め、転移能の高い悪性癌に対する新しい制癌剤となる可能性を示している。
BCRPに関しては、以下の知見を得た。(1) MycあるいはHA epitopeをN末に付加したBCRPは野生型と同じ抗癌剤耐性を示した。(2) BCRPのATP結合部位の活性中心と推定されるLysに変異を導入すると、抗癌剤耐性は失われた。(3) 5番目のtransmembrane regionに変異をもつBCRP cDNAクローンNo.108を導入した細胞は、mitoxantroneに対しては、野生型HA-BCRPを導入した細胞とほぼ同程度の耐性を示したが、SN-38に対しては野生型HA-BCRPを導入した細胞に比べて明らかに低い耐性しか示さなかった。よってこの部位に抗癌剤認識に関与するdomainが存在すると示唆された。(4) 野生型Myc-BCRPを導入して抗癌剤耐性となった細胞に、それ自身の発現では抗癌剤耐性を示さない、5番目のtransmembrane regionに変異をもつ不活性型のBCRP cDNAクローンNo.15を導入したところ、野生型Myc-BCRPによる抗癌剤耐性が失われた。
HT-29細胞のcamptothecin耐性株HT-29/CPTには、exon 3からexon 9までが欠損したDNA topoisomerase I mRNAが発現していた。これは、細胞のDNA topoisomerase I遺伝子のゲノムの一方のalleleの欠損によるものであり、その結果としてcamptothecin感受性なDNA topoisomerase Iの量が減少し、抗癌剤耐性を獲得したと推定された。
MDR1遺伝子の導入と発現が細胞機能にどのような影響を与えるかについて調べた。白血病細胞のレチノイン酸耐性には影響しなかった。白血病細胞のFasによるapoptosisにも影響はなかった。
Mitoxantrone、SN-38などの抗癌剤耐性に関与するBCRPは、N末側の1個のATP結合領域とC末側の1個の膜貫通領域を持つhalf-molecule型のABC transporterである。BCRPの変異体の解析により、BCRPの5番目のtransmembrane regionの重要性が示された。P-糖蛋白もtransmembrane regionの5、6と11、12が抗癌剤認識に関与することが示されており、両者の相同性がうかがえる。BCRPなどのhalf molecule 型ABC transporterは通常はhomodimerまたはheterodimer型構造をとることにより輸送活性を発揮すると考えられており、不活性型のBCRP cDNAクローンNo.15の導入による野生型Myc-BCRPの抗癌剤耐性の阻害は、BCRPとそのカウンターパートとの結合を阻害したためと考えられた。
細胞を低酸素や一酸化窒素発生試薬で処理するとグルコース欠乏に対して顕著に耐性となることを見いだした。この反応は、培地中に少なくともグルタミン、アルギニン、アスパラギン酸など数種類のアミノ酸の一つが存在することを要求し、薬理学的検討と、アンチセンスRNA発現ベクターを用いた検討から、5'-AMP activated protein kinaseに依存した反応であること、PKB/Aktがその反応に一部関与することを見いだした。HIF-1とは独自の経路の反応と考えられた。
がん細胞の一部は既にグルコース欠乏耐性である事を見いだした。膵臓がんは代表的なhypovascular tumorである。膵臓がんの細胞株を6種類グルコース欠乏の培地で培養すると増殖を示すものさえあった。胃がん、大腸がん、肝臓がんでも同様に検討すると、肝臓がんはすべてグルコース飢餓に感受性であったが胃がん、大腸がんの未分化なものは耐性であった。PANC-1を例にそのメカニズムを検討すると、上に述べたAMPK, PKB/Aktのアンチセンス発現ヴェクターでグルコース依存性が回復した。
新しい、がん治療の標的になると考えられ薬剤の簡便なスクリーニング系を開発した。このスクリーニング系を用い、troglitazone, LY294002が候補薬剤であることを見出した。とくに、troglitazoneは20μMと経口投与でも到達可能な、またヒトでの使用経験のある濃度に近い濃度で有効であり臨床導入も可能であると考えられた。
カルボプラチンとドセタキセルの併用I/II相試験には1998年1月から1999年4月まで27例が登録された。年齢中央値は68歳(範囲;36-74歳)、男性15例、女性12例。全例PS 0:9例、PS 1:18例、腺癌21例、扁平上皮癌4例、非小細胞癌2例、臨床病期はIIIB期9例、IV期18例であった。前治療;無し 17例、手術6例、手術+放射線2例、化学療法1例であった。Level I, II, IVでDLT各1例出現したが、level 5では6例中DLTは認めなかった。主な有害反応は好中球減少(grade IV:11例)、肝機能障害(grade III:1例)、感染(grade IV:1例)であった。奏効率は22%であった。MTDには到達しなかったが、ドセタキセルは75mg/m2と100mg/m2との比較でむしろ75mg/m2で良好な成績が報告されており、これ以上の増量は行わなかった。推奨用量はlevel 5(ドセタキセル70mg/m2、カルボプラチンAUC=6mg/ml x min)と考えられた。
Docetaxelとcarboplatin併用療法の主な有害反応は好中球減少であった。しかし、これに伴う感染の頻度は低く、grade IVの感染を発症した症例は治療開始後4日目に発症した肺炎で、治療との関連は少ないと考えられた。Grade IIIの肝障害を認めた症例はgrade IVの感染例と同一症例である。本療法は外来投与可能なレジメンになる可能性があり、未治療例を対象とした第II相試験が望まれる。
R115777の臨床第I相試験には、15症例の登録があり、600mg/dayがMTDと決定された。DLTは白血球減少、および好中球減少であり、その他の毒性としては疲労、下痢、食欲低下が認められた。本研究にては、リンパ球中のファルネシールトランスフェレース(FT)活性が経時的に測定された。R115777の投与直後に末梢血リンパ球中のFT活性の低下が認められ、その低下は濃度依存性であった。また、末梢リンパ球中における遺伝子発現の変化がcDNAマクロアレーを用いて検索された。現在、メラノーマの癌組織での遺伝子発現の変化を含めて解析中である。
FT阻害剤であるR115777の早期臨床試験の結果は解析中であるが、cDNAマクロアレーを用いた遺伝子変化のデータは新しい薬剤開発の在り方を提示するものとして期待されている。
海外での開発状況を考えた場合抗悪性腫瘍薬の我が国での臨床試験は以下の三群に大別された。ⅰ)海外の臨床試験が先行しそれらの結果を受けてもしくはそれらの臨床試験の中途において我が国での臨床試験が開始された事例:Paclitaxel, JM-216, SDZ-PSC833, Rituximab, Trastzumab, Flavopyridol。ⅱ)我が国の臨床試験が先行し海外での開発が行われなかったか後に開始された事例:NB-506, TOP-53。ⅲ)我が国と海外との臨床試験がほぼ同時期に開始された事例:Interleukin-12, UCN-01, DX-8951f。この中でとりわけ DX-8951fについては、最初から3極同時開発を意図して臨床開発戦略が立てられていることは注目すべき点であった。一方docetaxelについては、海外での第Ⅰ相試験を受けて我が国での臨床開発が開始された。本剤の第Ⅰ相試験には国立がんセンターは参加しなかったが、その至適用量が欧米のそれと比較して低用量に設定された。この事実は、我が国と欧米でのdocetaxel第Ⅱ相試験の投与量とその臨床成績の乖離、さらに、併用第Ⅰ・Ⅱ相試験においてもdocetaxelの上限が設定されてしまうことなど深刻な問題を残すことにもなる。この場合、後付でpopulation pharmacokinetics (PPK) 等の手法により“Bridging Study"としての解析を行うことが可能であるもののこれらの問題は依然として解決されていない。
Flavopyridolの第Ⅰ相試験に登録された症例を対象としてPETの“biological marker"としての役割を検討する作業に着手した。PETの撮影体制および患者に対する説明と同意の取得には問題はないものの最大の課題は薬剤に応じて撮影タイミングを変化させる必要があるか否かである。また。至適撮影タイミングを決定するための方法論が必ずしも前臨床研究との結果を踏まえて明らかにされていないことも問題である。また、現時点では従来の腫瘍マーカーとPET所見には相関を認めていない。
サイトカインによって誘導される新しい血管新生モデルがどれだけヒトがんに実際に関与しているかは不明である。さらにIFNγがマクロファージのTP活性を上昇させることを見出したが、ヒトがんでどれだけ反映しているかもこれからの課題である。血球性の間質細胞が何れのがんの血管新生や浸潤に関与し、さらにその主役を演じているサイトカインや因子を明らかにすることは“がんの個別化"に新しい貢献ができると示唆される。
新規抗悪性腫瘍薬の早期臨床試験では、“Bridging Study"を意識した開発戦略を採用することで速やかな薬剤の臨床評価と至適投与量の国際的標準化が可能であり、海外からの大規模臨床試験の結果を我が国へ外挿する事が容易となる。
今後抗悪性腫瘍の薬力学評価の指標としてのPETの検討課題として、ⅰ)抗腫瘍効果の判定基準、ⅱ)PET撮影のタイミング、ⅲ)高度先進医療としての認可が下りた状況で臨床研究としての検査費用のあり方、などが考えられる。
国立がんセンター中央病院の第I相試験チームは効率的かつ質の高い第I相試験実施のため各臓器診療科の枠を越えて1996年に結成された。当初のスタッフ医師2名、レジデント2名の構成から現在はスタッフ医師3名、レジデント3名に加え治験管理室よりCRC1名が参画した。1999年からは早期臨床試験のために開設された計画治療病棟の8-12床を使用し、治験薬投与は病棟内の特別処置室で実施、隣接するナースステーションの1部にECGモニター、検体の処置台、冷却遠心機を設置してガラス越しに患者を観察しながら検体処理も行えるようになった。実際には病棟看護婦1名を含め、最低3名以上の実施体制をとっている。1996年より2000年9月までに分子標的薬剤4剤を含む新規抗悪性腫瘍薬10剤の第I相試験を計108症例に実施した。第I相試験参加症例数は1996年から1999年まで年間12、19、23、32例で、2000年は9か月間で31例と増加している。2000年は常に参加希望症例が待機して、症例登録は最短のスピードで実施できた。108例の背景は、年令中央値57才(範囲31-74)、PSはほとんどが0-1で、PS2の症例は3例のみであった。性別では、男/女が58/54でほぼ同数であり、原疾患では肺、大腸が7割以上を占め、頭頚部、胃がこれに次いだ。用量規制毒性は16例(15%)に認め、血液毒性6例、非血液毒性10例であった。抗腫瘍効果では、PR/NC/PD/NEがそれぞれ4/60/41/3で、奏効率3.7%であった。生存期間中央値は全例で7.2月、非小細胞肺がん44例で9.6月、大腸がん32例で8.5月と良好である。現在まで4剤の分子標的薬剤の第I相試験を実施している。細胞周期作用薬UCN-01および上皮増殖因子(EGF)受容体チロシンキナーゼ阻害剤ZD1839の第I相試験はすでに終了しており、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体チロシンキナーゼを阻害する血管新生阻害剤2剤の試験は進行中である。いずれの試験も毒性をエンドポイントとしたデザインであり、その中で前臨床データを参考に血中濃度、生物学的指標をモニターして進められている。これらの試験でみられた用量規制毒性は、下痢、血圧低下、嘔吐、肝障害で、すべて非血液毒性であった。終了している2試験では、いずれも最大耐用量が決定でき、得られた血中濃度は前臨床での有効血中濃度を上回ったが、標的阻害・効果・毒性に直結するマーカーは得られなかった。投与前後の末梢単核球を用いたcDNAマクロアレイによる関連遺伝子の発現変化については現在解析中である。現在進行中の血管新生阻害剤剤の第I相試験では、生物学的指標としてE-selectin、t-PA、IL-8、血漿および尿中VEGFをモニターし、またcDNAマクロアレイにて同様に検討している。
国立がんセンター中央病院では第I相試験のための病床設置と実施専門チームの結成などの体制整備により、実施症例数は飛躍的に増加し、試験実施のクオリティも向上した。参加症例の予後は病状を考慮すると極めて良好であり、第I相試験参加患者は予後良好者が多いこと、また我々の患者選択が適切であったことが示されたと考える。
分子標的薬剤の第I相試験の方法論については議論の多いところであるが、現状では毒性を指標として最大耐用量を決める従来のアプローチの中で血中濃度、生物学的マーカーをモニターする手法が妥当と判断される。腫瘍組織を治験薬投与前後で得ることは困難であり、生物学的マーカーは主に末梢血を用いた検討とせざるを得ないが、真の標的を確認することも含め当面は可能性のあるマーカー全てをモニターすべきと考える。
結論
細胞周期制御薬(UCN-01, E7070, YTA0040等)を中心とした分子標的薬に対する腫瘍および正常細胞の反応性を予測する特定のマーカー分子の発現状態を測定することにより分子標的薬の評価に用いる可能性が示唆される。臨床検体を用いたcDNAアレイによる遺伝子発現解析が可能になった。
血管新生・浸潤に関して、マクロファージや肥満細胞がヒト腫瘍で重要な働きを担っていることを示唆された。さらに関連するサイトカインであるTNFα/IL1さらにIL4/IL13が血管新生の誘導に関与していることをin vitroとin vivoの血管新生モデル系で示した。ABCトランスポーターの中で代表的なMDR1/P-糖蛋白質についてはプロモーターを含む、遺伝子発現制御領域の遺伝子再配列ならびにCpGのメチル化がヒト腫瘍の発現上昇に重要であることを示した。ABCトランスポーターの中でMRP3がエトポシドやシスプラチンの細胞外排出に関与していることや、脳腫瘍においてMRP1とMRP3が、さらに大腸がんにおいてMRP2が各々がん部位で上昇していることが観察された。
NK4は二機能性によって、浸潤・転移・腫瘍血管新生を標的とした癌細胞の“静細胞的"な効果をもたらす。このような制癌効果はNK4によって初めて達成され、浸潤・転移のみ、血管新生のみを標的とした制癌剤には認められない。NK4は従来の抗癌剤や癌治療の難点を克服し、癌の悪性化阻止に根ざす新しい制癌剤となることが期待できる。
Half-molecule型ABC transporterであるBCRPは、5番目のtransmembrane regionを含む領域で抗癌剤を認識して排出する。BCRPは複合体構造をとることが予想され、不活性型BCP遺伝子の導入による耐性の克服が可能である。また、癌細胞のcamptothecin耐性の獲得のメカニズムとして、細胞のDNA topoisomerase I遺伝子のゲノムの一方のalleleの欠損が示された。新しい生理反応を見つけ、この反応ががんでは固定化されたものが存在し、がんの治療標的と成りうることを見出した。ヒトに適用可能な候補の薬剤を見出した。
我が国での第Ⅱ相試験以降の速やかな薬剤開発と、至適用量を海外にあわせることを考えた場合、同時期に海外と同様の早期臨床試験を行うことが必須である。Non cytotoxic agentの薬力学評価指標としてのPETの位置づけを明確にするために解決しなければならない問題が明らかになるとともに、この領域の研究がこれまで我が国で皆無であったことが問題であると認識された。第I相試験を科学的かつ高い質で実施するためには実施専門チームの結成や専用病床設置などの体制整備が必須である。分子標的薬剤の第I相試験も従来の方法論のバリエーションで対応可能であり、薬剤の作用のサロゲートマーカーの検索が重要である。

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