疫学に基づくがん予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000125A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学に基づくがん予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
富永 祐民(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菊地正悟(愛知医科大学)
  • 立松正衞(愛知県がんセンター研究所)
  • 祖父江友孝(国立がんセンター研究所)
  • 大島 明(大阪府立成人病センター調査部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
これまでの疫学的研究からヒトの発がんには喫煙や食習慣などの生活習慣の寄与度が大きいことが明らかにされているので、本研究では食生活などの生活習慣と密接な関係があり、日本で罹患率が最も高い胃がんと近年わが国で急増し、死亡率が1位となった肺がんを対象として、危険因子解明のための大規模な疫学的研究、疫学的研究を補完するための病理学的研究、がんの1次予防に向けての介入研究を行う。(1)胃がんについては、食生活などの生活習慣、Helicobacter pylori(Hp)感染と胃がん、その高危険病変である萎縮性胃炎との関係を明らかにするために、大規模なコホート研究を行う。さらに、動物実験によりHp感染と胃がんの因果関係、除菌による胃がん発生の予防効果を調べる。(2)肺がんについては、大規模な患者・対照研究の結果を詳細に解析して、組織型別に喫煙以外の危険因子、予防因子を明らかにする。また、肺がんの1次予防を目指して、これまで喫煙対策が進んでいない職域での禁煙支援システムを開発し、喫煙行動に対する介入試験を実施し、その効果を評価する。
研究方法
(1)胃がんの予防に関する疫学的研究としては、1985年から1989年にかけて愛知県がんセンター病院消化器内科を受診し、胃内視鏡検査を受けた患者の内、胃がんの既往、胃切除術を受けた者などを除く5,373人を追跡対象として、病院における病歴調査、対象者に対する定期的なアンケート調査、地域がん登録資料との照合などにより新発生胃がん患者を把握し、ベースライン検査実施時の生活習慣、萎縮性胃炎所見などとその後の胃がんリスクの関係を多変量解析法(比例ハザードモデル)を用いて解析した。さらに、某職域の健診受診者の内、1989年と1998年に2回検診を受診し、残余血清を用いてHp抗体を測定し得た39-83歳の3,007人を追跡対象とし、Hp感染の陽転率と陰転率を規定する因子を調べた。Hp感染の有無の判定はPilika Plate G Helicobacter IIを用いて測定したHp IgG抗体に基づいた。Hp Ig抗体価が12.5以上で20.0未満のHp感染の境界値の症例を除き、Hp感染の明らかな陰性者と陽性者2,193人を解析対象とした。胃がんの疫学的研究と併せてHpと胃がんの関係を解明するために、7週齢の雄生スナネズミ(Mongolian gerbilis)を用いてHp感染単独による高度増殖性の胃粘膜病変に対する除菌(Lanprazole, Amoxillin, Clarithromycinの3剤併用)の効果を調べた。(2)肺がんの予防に関する疫学的研究としては、肺がん死亡率が高率な大阪府と沖縄県および死亡率が低率の長野県の3地域において組織型別に肺がんの危険因子を解明するために行った大規模な肺がんの患者・対照研究(肺がん症例1,324例、病院対照患者3,600例の内、対照群から喫煙関連疾患、喫煙歴不明例、40歳未満と79歳以上の症例を除いた肺がん症例1,177例、病院対照患者870例を解析対象)の結果に基づき、性別、組織型別に喫煙に対する肺がんの年齢調整オッヅ比と寄与度を計算した。さらに、喫煙以外の因子と肺がんの関係を明らかにするために、肺疾患の既往、職業、食事摂取頻度質問票から推計したカロテン、ビタミンC摂取量などと肺がんリスクの関係を解析した。また、肺がんの1次予防を目指して、喫煙対策が十分進んでいない大都市の標本として、1職域の2工場(1工場を介入群、他の1工場を対照群)を対象として、喫煙行動に対する介入試験を開始し、1年目の中間調査の結果に基づき介入効果を評価した。(倫理的配慮)疫学調査の対象者については研究目的、方法などを十分説明し上で調査を行った。職域にあって
は保健組合、衛生管理者とも十分相談して承諾を得た上で調査を行った。また、質問票などの調査資料は厳重に保管・管理し、保存血清を用いた検査では氏名を伏せて番号、略号化するなど、プライバシーの保護に十分配慮している。動物実験にあっては必要最低限の動物を使用し、動物管理規約に基づき、動物に苦痛を与えないように配慮した。
結果と考察
(1)胃がんの予防に関する疫学的研究については、1病院の消化器内科を受診し、胃内視鏡検査を受けた5,373人の対象者を長期間(平均追跡期間11.0年)追跡し、新発生胃がん患者122例を把握した。多変量解析法を用いて、ベースライン検査時の萎縮性胃炎所見、性、年齢、その他の生活習慣因子など、統計学的に有意な9因子(延べ13カテゴリー)を選び出し、これらの因子を同時に考慮して、胃がん発生リスクを個人単位で計算した結果、胃がんリスクが極めて高い集団(胃癌リスクが最高の10%集団のリスクは最低の10%集団に比べて15倍高率)を同定することができた。この方法により対象者毎に胃がんリスクが計算できるため、きめ細かいオーダーメードの胃がん予防のための指導が可能となる。また、9年間隔に2回採血し、保存血清を用いてHp抗体値を測定し得た者の内、陽性、陰性の境界域値の者を除く2193人について、血清Hp感染の陽転、陰転と関連する要因について分析したところ、Hp抗体の陽転率は、胃に症状がある者、内視鏡検査の既往のある者で高く、Hp抗体の陰転率は、喫煙者、飲酒者、十二指腸潰瘍の既往のある者で低かった。さらに、便→口感染することが知られているA型肝炎ウイルス(HAV)抗体とHp抗体の関連を調べたが、両者の間に全く関連がないことがわかった。この結果はHpの便→口感染、または口→口感染を否定するものではなく、HAVと異なった便→口感染、または口→口感染経路が存在することを示唆するものである。スナネズミを用いた実験から、Hp感染単独で発生する高分化腺がんに類似した増殖性病変は除菌により消退すること、これらの高度の増殖性病変は可逆性病変であること、つまり、真の腫瘍でないこと、Hpは胃がん発生のプロモーターではあるが、イニシエーターではないことを証明した。(2)肺がんの予防に関する疫学的研究については、大規模な症例・対照研究から、喫煙と扁平上皮がん・小細胞がんの間に密接な関係があること、男女の腺がんおよび女性の肺がんでは喫煙で説明されない部分が大きいことがわかった(全肺がんに対する喫煙の寄与率は男で65.8%、女で12.4%)。そこで、喫煙以外の肺がんの危険因子を解明するために、栄養摂取や肺疾患既往歴と肺がんリスクの関係を調べたところ、女の腺がんではカロテン摂取量が最も少ない群に比べて最も多い群で肺がんリスクが有意に低下していた(地域・年齢・喫煙調整オッズ比=0.49, p=0.04)。また、肺疾患の既往については、男の腺がんで肺炎既往の年齢・喫煙調整オッズ比が2.0となり、促進的に働いていた。さらに、肺がんをはじめとする喫煙関連がんの1次予防を目指し、1職域(H金属)のW工場(従業員数692名)を介入職場、K工場(従業員数777名)を対照職場として、職場での喫煙習慣に対する介入試験を行いつつある。介入開始後1年目の中間調査の結果、禁煙率は介入職場では10.6%、対照職場では5.9%であり、介入効果が示唆された。この研究により職域での喫煙対策の方法が確立し、その効果が証明されると、他の職域にも応用することが可能となり、そのインパクトは大きい。
結論
わが国で最も多い胃がんと現在急増しつつある肺がんを対象とし、疫学的立場からがん予防に関する研究を行った。胃がんについては、1病院における胃内視鏡検査受診者約5,400人長期間追跡し、ベースライン検査時の萎縮性胃炎と種々の生活習慣因子などとその後の胃がん発生リスクの関係を解析した。多変量解析法で多数の因子を同時に考慮することにより、胃がんリスクが極めて高い集団と低い集団を選別することができた。また、某職域で9年間隔で2回検診を受診し、保存血清を用いてHp抗体を測定し得た者約3,000人を対象としたコホート研究から、Hp感染の陽転率は、胃に症状がある者、内視鏡
検査の既往のある者で高く、Hp抗体の陰転率は、喫煙者、飲酒者、十二指腸潰瘍の既往のある者で低いことがわかった。スナネズミを用いた動物実験から、Hp感染単独で発生した高度の増殖性病変は除菌により消退すること、これらの病変は可逆性病変であり、真の腫瘍でないことを証明した。一方、肺がんについては大規模な患者・対照研究から、男女共喫煙と扁平上皮がんならびに小細胞がんの間に密接な関係があること、腺がんとの関係は弱いこと、女性のカロテンの多量摂取者で腺がんリスクが低く、肺炎既往者で男の腺がんリスクが高いことがわかった。また、肺がんの1次予防を目指して、大都市の1職域の2工場を対象とした喫煙習慣に対する介入試験から、1年目の中間調査の結果、禁煙率は対照工場より介入工場で高く、介入効果が示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)