ウイルスを標的とした発がん予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000124A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスを標的とした発がん予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉倉 廣(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究所)
  • 井廻道夫(自治医科大学大宮医療センター)
  • 十字猛夫(日本赤十字社中央血液センター)
  • 林紀夫(大阪大学大学院医学研究科)
  • 下遠野邦忠(京都大学ウイルス研究所)
  • 加藤宣之(岡山大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
56,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスが原因となるヒトのがんは少なくない。子宮がんにはヒトパピローマウイルス(HPV)が、肝臓がんにはB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)が関与する。又、ヒトがんに関係するウイルスは血液を介して感染するものが多い。本研究事業では、HPVとHCVに的を絞り、ウイルスの増殖或いはその機能への介入によるがん予防の手法を開発することを目的とした。本年度は、HPVについては、粘膜免疫の誘導によるウイルス感染防御の検討、及びウイルス遺伝子発現に関わる宿主細胞の分化因子の解明を目的とした。HCVについては、HCV増殖機構解明とワクチン或いは抗ウイルス薬開発の為の効率の良い培養系の開発、液性、細胞性免疫の標的となるウイルスエピトープの解析と免疫反応のHCV持続感染への関与、HCVによる発がんの分子経路の解明を目的とした。血液を介したウイルス感染のモニターについては、従来の頻度解析に加え、1999年に開始した輸血用血液のHBV、HCV、HIVを対象としたミニプール核酸増幅検査の評価を行った。
研究方法
HPV16型L2蛋白質のアミノ酸108-120領域と同じアミノ酸配列を持つ合成ペプチドを、マウスに経鼻接種した。4、8、12週後に血清及び膣洗浄液を回収し、特異抗体の存在とその中和活性を測定した。hSkn-1a発現プラスミド導入によるHPV後期プロモーターからの遺伝子発現を調べた(神田)。HCV持続感染患者より得たPBMCをEBVで不死化させ、抗HCV抗体産生細胞株を得た(吉倉、清水)。HCVRNA陽性肝細胞癌由来FLC4をバイオリアクターで大量増殖させた(宮村)。肝癌患者の手術切除標本から癌部、非癌部のホモジネートを調整し、Bcl-xLの発現、BADのリン酸化、ならびにcaspase-3活性を検討した。HCV コア蛋白質を恒常的に発現するマウス肝細胞株を作り、細胞周期及びIL-6刺激によるJAK-STAT経路の活性化を調べた(林)。HCVコアおよびNS5A蛋白質を一過性、恒常的ないし誘導的に発現させ、細胞の増殖に及ぼす影響を調べた(下遠野)。HCV各蛋白質の発現ベクターと各種シグナル応答配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子をつないだプラスミドを細胞に導入し、2日後にルシフェラーゼ活性を測定した(加藤)。HCV蛋白質を個別に発現する組換ワクシニアウイルスに感染した自己B細胞株を標的とし、HCV感染慢性化早期の患者の末梢単核球からCD8陽性,CD45RA陰性T細胞を選択した後、限界希釈法によりCTLクローンを得た(井廻)。2000年1月から1年間に、全国から中央血液センターに輸血後感染症として自発報告された例、ならびに献血者の献血後情報の報告があった例を対象とし、保管検体を精査した。中央(東京都)、茨城、栃木、神奈川、福岡血液センターにおける初回献血者のHBs抗原、HBc抗体、HCV抗体、HTLV-I抗体の陽性率を調査した(十字)。
結果と考察
HPV16L2蛋白質のアミノ酸108-120領域に中和エピトープが存在するが、この領域のペプチドの経鼻投与により、血中と膣洗浄液に特異的なIgGとIgAが誘導された。これらの抗体はHPV6、11、16を中和した。また、HPVの増殖は上皮細胞分化に依存し、ウイルス後期遺伝子は感染細胞の分化によって発現を開始する。ケラチノサイトの分化誘導に関わるhSKn-1aがYY1による抑制を解除して、後期遺伝子プロモーターを活性化することがわかった(神田)。HCV感染により、中和活性のない特異抗体が産生され、当該抗体がHCVウイルス粒子に結合すると、Fcレセプターを介して血液細胞に感染することを見い
出した。抗体非存在下よりも感染効率が10倍、産生ウイルス量も10-1000倍位高くなる。このような抗体は、HCV感染の慢性化にも寄与すると考えられる(吉倉、清水)。バイオリアクターでは、FLC4細胞を100日以上の長期に渡り、肝細胞の形質を維持したまま培養することができた。リアクター内細胞に患者血清ないし感染性クローンRNAを導入することで、HCVを増殖させることができた(宮村)。約30%の肝癌症例で非癌部に比し癌部での Bcl-xLの発現亢進があった。BADのリン酸化は非癌部に比し癌部において亢進しており、またBADリン酸化レベルとcaspase-3活性の癌部/非癌部比とには負の相関が認められた。HCVコア発現細胞では、G1期からS期への移行が阻害され、増殖が低下した。また、IL-6刺激後のJAK1、JAK2のリン酸化、ならびにSTAT3のリン酸化が抑制されていた。コア蛋白質とJAK1、JAK2との結合が認められた(林)。HCVコア蛋白質が小胞体でNFkBを活性化し、Cox-2のプロモーター活性を上昇させ、Cox-2蛋白の上昇がプロスタグランジンE2の産生を高め、結果として炎症が誘導されることを示唆するデータを得た(下遠野)。HCVのコア蛋白質が、インターフェロン(IF)応答配列を介しIF誘導性2'-5'オリゴアデニル酸合成酵素遺伝子を活性化することを見い出した。この機構で細胞内のウイルス量が減少し、宿主免疫の活性化を回避している可能性がある(加藤)。C型肝炎患者末梢血単核球からHCV特異的CTLをクローン化した。1つのクローンはHLA B*5603拘束性にHCV NS5Bアミノ酸残基2987-2995の9アミノ酸のペプチドをエピトープとして認識した。複数のHLA拘束性にHCV NS5B抗原を認識するCTLも存在した。これらクローンが認識するエピトープおよびそのHLA 拘束性の解析は、HCV特異的CTLを誘導し,HCV増殖を抑制するようなワクチンの開発に寄与する(井廻)。輸血後感染症の疑いがある119症例のうち、保管検体の精査や献血者の情報から、5例はHBV感染の可能性が高いと考えられた。原因と推定される血液はすべてRC-MAP(赤血球製剤)だった。輸血日からHBV関連マーカーが陽転するまでの期間が一般的な感染経過に比べて長く、しかも原因血液に含まれるウイルス量が少ないためと考えられた。HBs抗原、HBc抗体、HCV抗体およびHTLV-I抗体の陽性率は、関東地域の4血液センターに比べ福岡県血液センターで高かった。HBs抗原、HBc抗体およびHCV抗体の年齢別陽性率は10歳代、20歳代で低率であるのに対して、30歳代以降は加齢と共に陽性率の上昇が認められた。HTLV-I抗体の陽性率は各年齢層とも、関東地域の4血液センターに比べ福岡県血液センターで高かった。2001年には1985年から始まった厚生省の「B型肝炎母子感染防止事業」以降の出生児が献血年齢に達する。そこで2000年と過去5年間の16歳初回献血者の地域別陽性率を比較したところ、関東地域の4血液センターでは2000年の陽性率が極めて低いことがわかった(十字)。
結論
HPV16型L2蛋白質のアミノ酸108-120領域に相当するペプチドの経鼻投与により、血中と膣洗浄液に、複数のHPV型を中和できるIgGとIgAが誘導された。またケラチノサイトの分化誘導に関わるhSkn-1aがHPV後期遺伝子のプロモーターを活性化した。抗HCV抗体にはFcレセプターを介した感染促進能を持つものがあった。バイオリアクターによって大量に肝臓がん由来細胞を培養し、HCVを増殖させることができた。HCVコア蛋白質は小胞体でNFkBを活性化し、Cox-2の転写を上昇させ、プロスタグランジンE2の産生を高めること、ならびにインターフェロン応答配列を介しインターフェロン誘導性2'-5'オリゴアデニル酸合成酵素遺伝子を活性化することがわかった。C型肝炎患者末梢血単核球から得たHCV特異的CTLクローンはHLA B*5603拘束性にHCV NS5Bアミノ酸残基2987-2995に相当するペプチドをエピトープとして認識した。厚生省の「B型肝炎母子感染防止事業」がHBV感染阻止に有効であったことが示唆された。

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