文献情報
文献番号
200000120A
報告書区分
総括
研究課題名
がん細胞における悪性形質獲得の分子機構の把握およびその制御機構の解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
横田 淳(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
- 齋藤政樹(国立がんセンター研究所)
- 口野嘉幸(国立がんセンター研究所)
- 神奈木玲児(愛知県がんセンター研究所)
- 宮崎香(横浜市立大学木原生物学研究所)
- 久保田哲朗(慶応大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
がんは、細胞内に蓄積する遺伝子の異常によって発生し、その悪性化の過程で、増殖制御機構の破綻、細胞死からの回避、脱分化、さらには、浸潤能・転移能の獲得など、がん細胞に特有な様々な悪性形質を獲得していく。これまでの研究で、多くのがんで複数のがん遺伝子・がん抑制遺伝子に異常があることが分かってきた。しかし、個々の遺伝子異常による悪性形質獲得の機構は未だ不明の点が多く、現在までに同定された遺伝子の異常だけでは個々の悪性形質を十分に把握できない。本研究の目的は、浸潤、転移、細胞死、脱分化の分子機構を解明することであり、がん細胞における悪性形質獲得過程を遺伝子異常との関連で把握し、その制御法を検討していくことである。
研究方法
1.ヒトがんの悪性化に伴って蓄積する遺伝子異常の把握:mRNA Differential Display法で各組織型の肺がんに特異的に発現している遺伝子を探索した。58のSTSマーカーを用いて肺がん細胞株における第22染色体ホモ欠失の有無を検討した。検出されたホモ欠失領域から遺伝子を探索し、変異・発現について解析した。8-ヒドロキシグアニンによる突然変異の誘導とOGG1蛋白質による突然変異抑制能について検討した。2.転移・浸潤に関わるプロテアーゼと細胞外マトリックス分子の解析:マトリライシンを大腸がん細胞に作用させ、細胞へのマトリライシンの結合、細胞形態の変化、ヌードマウスにおける転移性の変化を調べた。ラミニン-5産生細胞の培養上清からa3鎖の切断断片を精製し、N末端配列を決定して細胞接着活性と運動活性を測定した。g2鎖にMT1-MMPやMMPインヒビターを作用させ、g2鎖の切断と生理活性の変化を調べた。3.転移・浸潤に関わる接着因子の解析:シアリル6-スルホルイスx、シアリルルイスx、6-スルホルイスxの大腸がん組織での発現を比較した。大腸がん細胞株をionomycinで刺激してシアリル6-スルホルイスx発現の変化および異化代謝産物を解析した。4.プログラム細胞死に関与する分子の同定とその制御機構の解明:Rat-1細胞にc-myc遺伝子を、ヒトグリオーマ細胞に野生型H-ras, 活性型rasV12, 優性抑制型rasN17遺伝子を導入した。細胞死はdye- exclusion assayで、アポトーシスはアクリジンオレンジ染色法、TUNEL法および細胞形態観察などで判定した。5.脱分化に関与する遺伝子の同定とその制御機構の解明:GM3合成酵素遺伝子のプロモーター活性領域を同定した。3LL並びにHCT116細胞に本遺伝子を強制発現させ産物の生物活性を解析した。エクソン2、3を欠損したベクターを作成し、胎児性幹細胞の本遺伝子欠損株を樹立した。6.転移モデルの作製とそれを用いた新しい抗転移治療法の開発:マウスに胃がん細胞株TMK-1 を腹腔投与し、治療群にはmarimastat を、対照群には溶媒のDMSOを持続皮下投与し、腹膜播種結節の検討を行った。marimastatおよびmitomycin Cの投与による生存期間を評価した。
結果と考察
1.ヒトがんの悪性化に伴って蓄積する遺伝子異常の把握:肺小細胞がんでは発現せず、非小細胞がんで高発現している遺伝子としてLAMB3を同定した。この遺伝子はラミニン-5のb3鎖をコードしているので、g2鎖をコードするLAMC2遺伝子の発現を確認した。その結果、LAMB3とLAMC2は非小細胞がんの66%(21/32)で共発現しており、小細胞がんでは8%(1/13)でしか発現していなかった。この結果からラミニン-5の発現動態が、転移や薬剤感受性など、肺の非小細胞がんと小細胞がんの生物学的性状を規定している一
因子であると考えられた。小細胞がんの1例でD22S310マーカー領域のホモ欠失を見出し、欠失は約428kbに及んでいることを明らかにした。この領域内の遺伝子としてSEZ6L遺伝子を同定し、遺伝子の全構造を決定して肺がんにおける発現とゲノム異常について検討した。発現は肺がん細胞株の約30%(14/46)に検出され、変異は細胞株3例と臨床検体1例で検出された。この結果から、肺がん細胞の一部でSEZ6L遺伝子の異常が発生あるいは進展に関与していることが示唆された。supF遺伝子内に8-ヒドロキシグアニンを挿入したベクターを作製し、ヒト肺がん細胞における突然変異の頻度と特異性を検討した。その結果、変異の頻度は130倍増強し、その90%以上がGT変異であった。この細胞にOGG1遺伝子を強発現させるとGT変異が有意に抑制された。これらの結果から、ヒトの細胞においても8-ヒドロキシグアニンは特異的にGT変異を誘導し、OGG1蛋白質はこの変異を特異的に抑制することが明らかになった。2.転移・浸潤に関わるプロテアーゼと細胞外マトリックス分子の解析:大腸がん細胞にマトリライシンを処理すると細胞が大きな凝集体を形成した。マトリライシン処理した大腸がん細胞をマウス脾臓に注射すると肝臓への転移能が顕著に亢進した。マトリライシンによる細胞凝集の上昇が血管内でのがん細胞の着床効率を高め、転移を増大させると推測された。がん細胞で分泌されたラミニン-5はa3鎖のG3とG4ドメインの境界で内在性プロテアーゼによって切断を受け、このG4-G5断片はラミニン-5から遊離して細胞運動を促進した。g2鎖はN末端部分がMT1-MMPによって限定分解されると細胞運動促進活性が上昇した。がん細胞がIV型コラーゲンなどを分解しながら基底膜を浸潤する際、g2鎖が限定分解されて細胞接着促進型から細胞運動促進型に変化してがん細胞の運動性を刺激し、浸潤を促進すると考えられた。3.転移・浸潤に関わる接着因子の解析:大腸がんにおいてシアリル6-スルホルイスx、6-スルホルイスxはがん組織より非がん組織に、シアリルルイスxはがん組織に有意に発現していた。大腸がん細胞株のシアリル6-スルホルイスxの発現はionomycin刺激後数分以内に低下し、その代謝産物の発現が誘導された。中間代謝産物N-デアセチルシアリル6-スルホルイスx、最終代謝産物サイクリックシアリル6-スルホルイスxはがん組織より非がん組織に有意に発現していた。以上から、この代謝系はセレクチンとの接着を抑制する機構と考えられた。フコース転移酵素アイソザイムVI、VIIによってシアリル6-スルホルイスxの発現が誘導され、IV、VIによって6-スルホルイスxの発現が誘導され、上皮細胞ではフコース転移酵素VIが主要なシアリル6-スルホルイスx合成酵素と推定された。4.プログラム細胞死に関与する分子の同定とその制御機構の解明:紫外線照射や抗がん剤処理によって細胞内のストレスキナーゼカスケードが活性化され、活性化されたJNKがc-MycのN末端から62および71番目のセリン残基を特異的にリン酸化し、c-Mycの安定性と機能昂進をもたらすことを明らかにした。c-Myc依存的アポトーシスに対して抑制的に働くH-rasの発現によってヒトがん細胞にカスパーゼ非依存的にアポトーシスと異なった機構でプログラム細胞死が誘導されることを見い出し、ヒト細胞に分子機構を異にする2種類の細胞死プログラムが存在していることを示した。5.脱分化に関与する遺伝子の同定とその制御機構の解明:GM3合成酵素遺伝子上流のSp1結合部位の転写における重要性を示した。本遺伝子の発現でHCT116細胞にアポトーシスが誘導され、3LL細胞で腫瘍性増殖が刺激された。6.転移モデルの作製とそれを用いた新しい抗転移治療法の開発:結節総重量、結節数 、血管密度は治療群において有意 に少なかった。生存期間はマリマスタット投与により延長し、mitomycin Cの併用でさらに延長した。marimastatの抗腫瘍効果には血管新生阻害が関与していることが示唆された。
因子であると考えられた。小細胞がんの1例でD22S310マーカー領域のホモ欠失を見出し、欠失は約428kbに及んでいることを明らかにした。この領域内の遺伝子としてSEZ6L遺伝子を同定し、遺伝子の全構造を決定して肺がんにおける発現とゲノム異常について検討した。発現は肺がん細胞株の約30%(14/46)に検出され、変異は細胞株3例と臨床検体1例で検出された。この結果から、肺がん細胞の一部でSEZ6L遺伝子の異常が発生あるいは進展に関与していることが示唆された。supF遺伝子内に8-ヒドロキシグアニンを挿入したベクターを作製し、ヒト肺がん細胞における突然変異の頻度と特異性を検討した。その結果、変異の頻度は130倍増強し、その90%以上がGT変異であった。この細胞にOGG1遺伝子を強発現させるとGT変異が有意に抑制された。これらの結果から、ヒトの細胞においても8-ヒドロキシグアニンは特異的にGT変異を誘導し、OGG1蛋白質はこの変異を特異的に抑制することが明らかになった。2.転移・浸潤に関わるプロテアーゼと細胞外マトリックス分子の解析:大腸がん細胞にマトリライシンを処理すると細胞が大きな凝集体を形成した。マトリライシン処理した大腸がん細胞をマウス脾臓に注射すると肝臓への転移能が顕著に亢進した。マトリライシンによる細胞凝集の上昇が血管内でのがん細胞の着床効率を高め、転移を増大させると推測された。がん細胞で分泌されたラミニン-5はa3鎖のG3とG4ドメインの境界で内在性プロテアーゼによって切断を受け、このG4-G5断片はラミニン-5から遊離して細胞運動を促進した。g2鎖はN末端部分がMT1-MMPによって限定分解されると細胞運動促進活性が上昇した。がん細胞がIV型コラーゲンなどを分解しながら基底膜を浸潤する際、g2鎖が限定分解されて細胞接着促進型から細胞運動促進型に変化してがん細胞の運動性を刺激し、浸潤を促進すると考えられた。3.転移・浸潤に関わる接着因子の解析:大腸がんにおいてシアリル6-スルホルイスx、6-スルホルイスxはがん組織より非がん組織に、シアリルルイスxはがん組織に有意に発現していた。大腸がん細胞株のシアリル6-スルホルイスxの発現はionomycin刺激後数分以内に低下し、その代謝産物の発現が誘導された。中間代謝産物N-デアセチルシアリル6-スルホルイスx、最終代謝産物サイクリックシアリル6-スルホルイスxはがん組織より非がん組織に有意に発現していた。以上から、この代謝系はセレクチンとの接着を抑制する機構と考えられた。フコース転移酵素アイソザイムVI、VIIによってシアリル6-スルホルイスxの発現が誘導され、IV、VIによって6-スルホルイスxの発現が誘導され、上皮細胞ではフコース転移酵素VIが主要なシアリル6-スルホルイスx合成酵素と推定された。4.プログラム細胞死に関与する分子の同定とその制御機構の解明:紫外線照射や抗がん剤処理によって細胞内のストレスキナーゼカスケードが活性化され、活性化されたJNKがc-MycのN末端から62および71番目のセリン残基を特異的にリン酸化し、c-Mycの安定性と機能昂進をもたらすことを明らかにした。c-Myc依存的アポトーシスに対して抑制的に働くH-rasの発現によってヒトがん細胞にカスパーゼ非依存的にアポトーシスと異なった機構でプログラム細胞死が誘導されることを見い出し、ヒト細胞に分子機構を異にする2種類の細胞死プログラムが存在していることを示した。5.脱分化に関与する遺伝子の同定とその制御機構の解明:GM3合成酵素遺伝子上流のSp1結合部位の転写における重要性を示した。本遺伝子の発現でHCT116細胞にアポトーシスが誘導され、3LL細胞で腫瘍性増殖が刺激された。6.転移モデルの作製とそれを用いた新しい抗転移治療法の開発:結節総重量、結節数 、血管密度は治療群において有意 に少なかった。生存期間はマリマスタット投与により延長し、mitomycin Cの併用でさらに延長した。marimastatの抗腫瘍効果には血管新生阻害が関与していることが示唆された。
結論
肺がんの悪性度を規定する遺伝子としてラミニン-5を同定し、ラミニン-5はプロセシングによって機能変換が起こることが明らかにした。悪性化の過程で変異を起こし
て遺伝子としてSEZ6Lを同定したが、変異の頻度が低く、第22染色体には他に標的遺伝子がある可能性がある。細胞内での8-ヒドロキシグアニンの産生ががん化へのリスクを上昇させていることが示唆された。活性型マトリライシンによる転移促進作用はマトリライシンが細胞膜に結合して細胞の凝集性を増加させるためと考えられた。がん細胞のセレクチンへの接着は硫酸化の低下によって引き起こされ、硫酸化糖鎖が持っている細胞接着の調節機能ががん化によって失われることがその要因と考えられた。アポトーシスとは異なった分子機構で制御される細胞死プログラムが存在していることを明らかにした。ガングリオシド生合成代謝系酵素遺伝子の発現制御に関わるプロモーター領域の構造を明らかにした。胃がんの腹膜播種に対する抗転移治療法の可能性を示した。
て遺伝子としてSEZ6Lを同定したが、変異の頻度が低く、第22染色体には他に標的遺伝子がある可能性がある。細胞内での8-ヒドロキシグアニンの産生ががん化へのリスクを上昇させていることが示唆された。活性型マトリライシンによる転移促進作用はマトリライシンが細胞膜に結合して細胞の凝集性を増加させるためと考えられた。がん細胞のセレクチンへの接着は硫酸化の低下によって引き起こされ、硫酸化糖鎖が持っている細胞接着の調節機能ががん化によって失われることがその要因と考えられた。アポトーシスとは異なった分子機構で制御される細胞死プログラムが存在していることを明らかにした。ガングリオシド生合成代謝系酵素遺伝子の発現制御に関わるプロモーター領域の構造を明らかにした。胃がんの腹膜播種に対する抗転移治療法の可能性を示した。
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