ヒト多段階発がんの基盤となる遺伝子異常の総合的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000118A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト多段階発がんの基盤となる遺伝子異常の総合的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
広橋 説雄(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
  • 白石昌彦(国立がんセンター研究所)
  • 大木操(国立がんセンター研究所)
  • 村上善則(国立がんセンター研究所)
  • 菅野康吉(栃木県立がんセンター研究所)
  • 今井浩三(札幌医科大学)
  • 坂元亨宇(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
225,541,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトがんの発生・増悪の過程を正確に把握して個々の症例に最適な診断・治療法を選択可能とすると同時に、新たな診断・制御法開発のための基盤として、多段階発がんのメカニズムの研究を遺伝子・分子・細胞レベルで総合的に推進する。これまでの研究で、少なくとも一部のがんにおいては、異形成・腺腫から上皮内がんそして浸潤・転移能を有する進行がんへと多段階的に発生・増悪する過程が明らかになり、その過程で、いわゆる古典的ながん抑制遺伝子の不活化、がん遺伝子の活性化以外に、カドヘリン細胞接着系をはじめとする様々な機能分子の異常が生じていることを明らかにしてきた。本研究では、このような多段階発がん過程における、ジェネティックならびにエピジェネティックな遺伝子異常をさらに解明するとともに、発がん初期過程における細胞極性の喪失や浸潤過程での原発巣からの離脱に深く関与すると考えられる細胞接着系の異常が、そのような様々な遺伝子異常と如何に連携してがん化・悪性化に関与しているか解明する。                                         
研究方法
1.ゲノム解析を基盤とするがん関連遺伝子の把握とその機能の解析:子宮体がん試料を用いて11q23領域内に最小の共通欠失領域を同定するための解析を行った。このLOH解析の結果をもとに、q23.2の子宮体がん領域(肺がん領域に含まれる)について、PAC、BACクローンコンティグの作製、ESTマッピングとcDNAクローンの単離、一部領域についてはゲノムシークエンスの決定を行った。また、単離同定された領域内の遺伝子については、遺伝子変異の有無を検討した。2.ヒト肺非小細胞がんの新規抑制遺伝子の単離と解析:前年度までに単離した新規候補遺伝子TSLC1 cDNAを肺腺がん培養細胞 A549に導入し検討した。原発性腫瘍におけるTSLC1遺伝子の構造異常、ヘテロ接合性の消失、遺伝子プロモーター領域のメチル化の有無を、手術材料を用いて解析した。3.MS-RDA法によるエピジェネティックな乳腺発がん機構の解析:MS-RDA法により得られたクローンについて塩基配列の決定とデータベースの解析、さらに免疫組織染色を行った。4.発がんのエピジェネティクスに関する研究:9人のヒト男性肺腺がん由来の高分子DNAを用いて、メチル化DNA結合カラムクロマトグラフィー、CpGアイランド単離技術SPM法により、CpGアイランドに由来するDNA断片を単離し、メチル化の状態を解析した。5.発がん・転移に関わる遺伝子変異ならびに遺伝子発現変化:β-cateninとTCF4転写複合体形成により発現される標的遺伝子群を同定するために、テトラサイクリンの添加でβ-cateninとの結合部位を欠きdominant-negativeにTCF4の転写活性を抑制するTCF4BΔN30を発現誘導できる大腸がん細胞DLD-1 Tet-ON TCF4BΔN30を樹立し解析した。6.発がん・転移に関わる細胞接着制御分子:PLC/PRF/5肝がん細胞株の産生するdysadherinに付加した糖鎖構造を解析するため、可溶型キメラ分子を作製精製し、加水分解後HPAEC-PAD によるchromatographyを行った。また、Two-hybrid法を用いて細胞内領域に結合する分子の同定と、得られた分子の解析を進めた。7.がん関連遺伝子異常の診断への応用:Blunt-End SSCP法を用いて、膵がん切除組織、初発膀胱がん組織および術前および術後に得られた尿を対象として、17p, 18q, 9p,
9qについて多型マーカーを用いた解析を行い、予後因子としての有用性を検討した。8.がん関連遺伝子を標的としたがん制御に関する研究:散発性胃がん397例、大腸がん503例、HNPCC64例を対象にマイクロサテライト不安定性(MSI)を検索し、MSI陽性腫瘍を対象に、BAX遺伝子、beta 2 microglobulin遺伝子など、様々な遺伝子におけるフレームシフト変異を検討した。9.膵がんの臨床病理学的特性の基盤となる分子・細胞機構:浸潤性膵管がん67例の肉眼ならびに組織学的所見と、生存率などの臨床病理学的因子について、特に腫瘍結節内のIDPC(膵管内乳頭状発育を示すがん成分が腫瘍結節内に複数あるもの)の有無に着目して検討した。
結果と考察
多くのがんで染色体部分欠失が見られる11q23領域内における詳細なLOH解析を子宮体がんで行い、共通欠失領域を0.3 Mb領域に限定し、その中に体細胞遺伝子変異を起こしている新規の遺伝子を見出した。第11染色体q23領域に存在するヒト肺非小細胞がんの新規抑制遺伝子TSLC1を、ヌードマウス皮下の腫瘍原性の抑制を指標として単離した。methylation-sensitive-representational difference analysis (MS-RDA)法ならびにメチル化DNA結合カラムクロマトグラフィーとCpGアイランド単離技術SPM法を用いて、ヒトがんで過剰にメチル化されたDNA断片、CpGアイランドを網羅的に単離した。ヒト乳がんで過剰にメチル化されている遺伝子として、三量体G蛋白質の一つであるGNA11遺伝子を同定した。ヒトがん組織におけるWntシグナル系の発がんと転移への関与を示してきたが、β-cateninとTCF/LEFの転写複合体の新しい標的遺伝子の一つとして、Multidrug resistance gene-1 (MDR1)を同定した。さらに大腸上皮細胞におけるβ-catenin /TCF4経路の活性化が、細胞極性の喪失に関わっていることを示した。がんで発現が亢進し、カドヘリン機能を不活化することで転移を更新する新規分子Dysadherin につき、細胞外糖鎖構造の解析ならびに細胞内領域と結合する分子の解析を行った。Blunt-End SSCP法を用いてallelotypingを行い、17pの欠失は膵がんの約75%に認められ予後因子として有用であること、 表在性膀胱がんでは約70%で尿および組織中の9番染色体の欠失が認められ、TUR術後の再発の予測に有用であることを示した。DNA修復遺伝子の異常を示す消化器がんに、beta 2 microglobulin等の異常を見出し、この群では、生命予後が悪いことを示した。浸潤性膵管がんの中で、腫瘍結節内部に膵管内乳頭状成分を認める症例は、良好な予後を示すことを見出した。
結論
本研究は、多段階発がん過程における、ジェネティックならびにエピジェネティックな遺伝子異常をさらに解明するとともに、発がん初期過程における細胞極性の喪失や浸潤過程での原発巣からの離脱に深く関与すると考えられる細胞接着系の異常が、そのような様々な遺伝子異常と如何に連携してがん化・悪性化に関与しているか解明し、ヒトがんの発生・増悪の過程を正確に把握して個々の症例に最適な診断・治療法を選択可能とするものである。本年度は、11q23領域内に存在する子宮体がん、肺非小細胞がんの新規抑制遺伝子の単離、独自に開発した方法によるヒトがんで過剰にメチル化されたDNA断片、CpGアイランドの網羅的単離、β-catenin/TCF4転写複合体の標的遺伝子の検索、新規転移関連遺伝子dysadherinの機能解析、Blunt-End SSCP法を用いたLOHの予後因子としての有用性の検討、DNA修復遺伝子の異常を有する消化器がんにおける標的遺伝子変異の検討、膵がんの臨床病理学的特性とその分子機構の検討等を行った。今後さらに、遺伝子・分子・細胞レベルでの変化とがんの発生初期から浸潤・転移性増殖を示すに至る臨床・病理像との対応を直接明らかにするとともに、新しいがん治療の標的になると考えられるがんの発生・増悪の分子機構の研究を重点的に行う予定である。

公開日・更新日

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