包括的指標による地域の健康状態の評価とその利用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000100A
報告書区分
総括
研究課題名
包括的指標による地域の健康状態の評価とその利用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
矢野 栄二(帝京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小林廉毅(東京大学)
  • 野中浩一(帝京大学)
  • 石崎達郎(京都大学)
  • 渋谷健司(帝京大学)
  • 橋本英樹(帝京大学)
  • Richard L. Himsworth(ケンブリッジ大学公衆衛生研究所)
  • Ichiro Kawachi(ハーバード大学公衆衛生大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 統計情報高度利用総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
地域集団の健康状態を増進/維持するため、検診や医療サービス、衛生、健康教育、そして社会経済的な環境整備を複合的に推進する重要性が認識されている。中でも90年代最も検討が進められてきたのが社会経済的因子による健康影響であり、地域レベルでの収入格差と地域健康指標の有意な関係が欧米を中心に報告されている。
地域集団の健康状態を量(例えば平均余命)と質(自覚的健康度やADLレベル)両面について統合した評価を行う一方で、これら健康状態の量・質にどのような因子が影響を与えているのかを明らかにすることは、健康政策を立案していく上で有用な基礎情報を与えることにつながると期待される。昨年度研究までで、我々は都道府県別・性別に年齢調整死亡率・早期死亡損失年数・ADL良好調整健康余命・自覚的健康度調整健康余命などの試算を行ってきた。一方で、社会的構造因子として地域ごとの世帯収入中央値や収入格差指数(Gini係数)の算出など合わせて進めてきた。本年度はこれらの結果を用いた社会疫学的応用分析を進めることで、集団健康状態に影響する医療・保健・社会経済的因子の検討を行うことを主たる目的とした。一方、こうした分析の持つ可能性と問題点についても合わせて検討を行うこととした。ことに社会構造的因子の検討に際しては、いわゆるエコロジカルファラシー(Ecological Fallacy)の影響を考慮しなくてはならない。そこで、エコロジカルレベルでの分析に加えて個人レベル・エコロジカルレベルの両者を含めた多階層モデルによる分析による比較検討も行った。
研究方法
1)余命の質と量に関する都道府県比較研究
平成7年度指定統計(国民生活基礎調査健康票、患者調査病院票ならびに一般診療所票)のほか平成7年・8年度の老人保健施設調査、社会福祉施設等調査のデータを用い、65歳時ADL調整健康余命と自覚的健康度調整健康余命を男女別・都道府県別に得た(算出法の詳細は昨年度研究報告に記載)。それぞれ平均余命に占める割合を計算し、それぞれおADL良好余命比、健康度良好余命比とした。平均余命・ADL良好余命比・健康度良好余命比それぞれについて男女別・都道府県ランキングをつけた。これらランキングの順位相関に基づく因子分析(主因子解・Varimax回転)を行い、2因子(余命ランキングの質成分と量成分と解釈)を抽出、因子得点を算出し、都道府県のマッピングをおこなった。次いで質・量の2成分と平成7年度医療費地域差指数(国民医療費マップ)・基本検診受診率指数(平成10年度橋本修二班報告書より)・高齢人口あたり介護関連施設許容数指数(保健施設床数とデイケア定員数の全国平均比、老人保健施設実態調査より算出)の関係をcanonical correlationを用いて検討した。
2)活動平均余命の推定に関する研究。
昭和63年と平成元年の2回にわたり長野県佐久市に住民登録していた65歳以上の全住民(9,548名)を対象に、生活機能に関する調査を実施した。ADLはKatzの指標を参考にして、入浴、食事、起立、用便、更衣の5項目を、IADLについては、古谷野らによって開発された「老研式活動能力指標」のうち手段的自立に関する5項目を用いた。「ADL(またはIADL)5項目すべてが自立の状態」を「ADL(またはIADL)自立」と定義、それ以外を、「ADL(またはIADL)非自立」とした。生命表法に当てはめるKatz法(double-decrement life table法)を用いた。
3)地域健康指標と社会経済指標との関連の分析。
地域健康指標として平成7年度人口動態統計をもとに都道府県別・年齢・性調整死亡率(全死因、悪性新生物、脳血管障害、心疾患)を算出、これを被説明変数とする回帰モデルを作成した。独立変数は;ア)予防・健康教育領域:基本検診受診比率(平成10年度橋本修二班報告書)、男性喫煙者比率(昨年度当班報告書より)、イ)医療介護サービス領域:人口10万人あたり医師・歯科医数(H6年医師・歯科医師調査概況)・病床数(H7年度医療施設動態調査)・高齢人口あたり介護関連施設許容数指数(前述)、医療費地域差指数(前述)、ウ)産業化・都市化:下水道普及比率(建設省都市局資料に基づく民力97)エ)経済的領域:世帯員数調整済みの世帯収入の都道府県中央値、ならびに収入格差(Gini係数)(昨年度当班報告書より)を用いた。
4)主観的健康状態と社会経済指標との関連の分析
平成7年度「国民生活基礎調査」の所得票と健康票をID番号でリンクさせ、個人の主観的健康状態に関する質問から2値変数を作成し、それを従属変数として多階層ロジットモデル(GEE)を用いて解析した。分析モデルとしては、独立変数としてジニ係数と地域世帯収入中央値のみを用いたもの(モデル1)、それに生態収入と個人の属性(性、年齢、婚姻状況、検診の有無など)を加えたもの(モデル2)、さらに地域特性を示す項をダミー変数として加えたもの(モデル3)、について検討した。
結果と考察
1)余命の質と量に関する都道府県比較。
平均余命の量的順位では沖縄や長野がトップとなるが、質情報を加味したところ、山梨県・静岡県が上位に浮上、長野・沖縄は質面での余命内容や、その男女差(女性の健康余命が相対的に短い)の影響で順位が後退した。また、量的には上位にありながら、質的には下位に位置する県やその逆を示す県が見られた。因子分析で得られた余命の量的指数は医療費の地域差指数(年齢調整済み)と有意に正相関(p<0.001)、介護施設量とは有意には至らないものの正相関を示した(P=0.05)。検診受診率は有意ではなかった。一方余命の質的指数とは、逆の関係を示した。余命の質的・量的比較を同時に行うことでこれまでの都道府県ランキングとは異なった様相が得られた。また、医療費などの医療・保健・介護資源の投入量が余命の質・量と異なった相関を示すことは、今後保健資源の配分を進める上で、資源投下による地域集団健康への効果を量と質の各側面に分けて検討する必要があることを示唆するかもしれない。今回は横断的検討にとどまるが、今後時系列パネルデータを用いて、資源投下量の増分と健康の質・量の増分との関係を検討することが必要となるだろう。
2)活動平均余命の推定。
男性と女性を比較した場合、平均余命の長い女性では、絶対量としての活動平均余命は長いものの、比率的にみると、男性よりも女性は活動性の低い状態ですごす余命の割合が2倍になることが明らかになった。
3)地域健康指標と社会経済指標との関連の分析。
平成7年度における県別Gini係数の平均値は0.36であり、0.31から0.45までの幅を示した。都道府県を単位としたエコロジカルな分析では、全死因・脳血管障害・心疾患・悪性新生物いずれの年齢調整死亡率とも、60歳以上では経済的格差(Gini係数)と有意な正関係が見られたが、65歳未満ではむしろ世帯収入中央値と負の相関が見られた。社会経済的指標と地域集団健康との関係は高齢者と非高齢者で異なり、その傾向は死因によらないことから、地域の社会経済政策による集団健康への非特異的影響の存在が示唆された。なお、結果の解釈には「Ecological Fallacy」への配慮が必要である。
4)主観的健康状態と社会経済指標との関連の分析
個人の主観的健康状態と社会経済指標との関連の分析では、地域経済指標のみを用いたモデル1では、Gini係数と世帯収入の都道府県中央値は有意であったが、世帯収入と個人の特性で調整すると(モデル2)、5%の有意水準で統計的有意性は認められなかった。地域特性で調整すると(モデル3)、さらに有意性は減少した。
地域レベルでの収入格差と地域健康指標の有意な関係が欧米を中心に報告されているが、集団・個人レベルの双方において適切な統計的手法を用いて本邦における分析を試みたことは初めてであり、また欧米における研究結果との国際比較を行う上できわめて重要な知見をもたらしたと考えられる。特に、米国での分析とは異なった結果が認められ、社会経済的要因と健康状態との関連に関して新たな解釈と方向性を示したと考えることができる。本研究は平成7年度のデータに基づく横断的研究であるために、医療保健的・社会的・経済的要因と健康状態の因果関係を示すことはできない。それゆえ、今後は医療介護資源投入量・収入格差・収入などと健康状態の関係を時系列分析を用いて行う必要がある。また、本研究は先行研究と異なる結果が示されたことでこの分野における新たな解釈を提供するものであり、近日中に国際専門誌に論文をとして投稿する予定である。
結論
地域集団の健康状態を増進/維持するため、社会的構造要因と健康との関連が国際的に注目されている。今回本邦のデータでも集団レベルでは社会経済指標や医療資源投下量と健康指標の関連が示唆されたが、個人の主観的健康状態との関連は棄却された。前者における有意な関係は、少なくても本邦においては、経済的不平等やそれによる共同体崩壊などの社会的要因そのものよりも、健康・福祉政策を含めたなんらかの地域特性による非特異的な健康影響を反映しているという解釈が可能である。

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