大量殺傷型テロ事件発生時における地方衛生研究所等の対応能力の現状と課題

文献情報

文献番号
200000092A
報告書区分
総括
研究課題名
大量殺傷型テロ事件発生時における地方衛生研究所等の対応能力の現状と課題
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 一夫(福島県衛生公害研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 林皓三郎(神戸市環境保健研究所)
  • 畑山善行(長野県衛生公害研究所)
  • 加藤一夫(福島県衛生公害研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
大量殺傷型テロ事件として、想定されるものとして核物質、生物剤、化学物質によるものが考えられている。これら3物質に関して地方衛生研究所の検査・分析能力を調査し、現状でこれら異常事態対応上での問題点の洗い出しとその解決法について検討を行った。
研究方法
核物質、生物剤および化学物質による健康危機が発生した際に、初動体制として求められる保健所のこれらに対する探知・診断能力について、全国保健所長会(川本会長)の了解と協力を得て、全国全保健所にアンケート調査を施行した。バイオテロ対応に関しては、海外での先進的テロ対策を調査研究し、本邦における対策作成の参考資料を得ると共に、現状での地方衛生研究所の取り組み状況との比較検討をした。化学物質テロ対策に関しては、松本サリン事件では、その原因究明に地方衛生研究所が大きな役割を演じたが、現場における対応には幾つかの課題が残されていたため、それらの点を明らかにすべく検討を行った。核テロ対策に関しては、核関連施設を有する自治体における緊急時対応状況を調査し、テロ対策上の問題点を検討した。
結果と考察
1.病原微生物による大量殺傷型テロ事件発生時における地方衛生研究所等の対応能力の現状と課題(林):大量殺傷型テロ事件(特に病原微生物による)発生時に当該地方衛生研究所の対応能力を調査した。今回調査対象とした1都12指定都市3府県については、2指定都市1府で講演・研修会が行われた以外にはバイオテロを想定した対策を具体的に行っている所は皆無であった。今後この問題に対応する為に自治体・国の関係機関による早急な体制整備が望まれる。CDCによるバイオテロ対策体制整備プランを参考に:1)研修・情報の関係機関関係者への教育、シミュレーション研修、2)想定される微生物の迅速・正確な検出・同定のための技術研修3)検査レベルに応じた検査調査ラボの位置ずけとネットワークの構築、4)検査施設と機器の整備、5)検出試薬・ワクチン・治療薬・抗体の整備・防具の配布、6)疫学情報解析能力の向上と自治体・国の関係機関との情報ネットワークの構築整備、7)バイオテロをも視野に入れた日常サーベイランスの強化と異常事態検出能の向上(特に大きな国際イベント時。アクティブサーベイランスを行うことを含む)、8)いたずらに市民にパニックを起こさせないような、正確で必要な情報を早く知らせるためのシステム作りをマスコミを含めて構築すること、などがなされなければならない。なお、調査したいずれの衛生研究所ともP3の実験室を保有していたものの、Bioterrorismを想定した用意を特別にしている所はない。2.化学物質テロ対策の研究(畑山):化学テロに対する地研の主な役割は、原因物質の究明であると考えられる。原因物質の検索に迅速且つ的確に対応するには、分析機器の整備並びに情報の収集が必要である。分析機器については、広範な化学物質の検索に備えて、地研において整備が進んでいないLC/MS、ICP-MS、GC-AED等の導入及び現場出動のための防御装置の整備が必要である。情報収集については、多数ある情報源からの迅速且つ広範な入手が不可欠であり、地研間においても危機対応に関わる部署とのインタ-ネットによるタイムリ-且つクロ-ズドな情報交換を可能にすることが望まれる。また、原因物質究明等の迅速・的確な対応には、地研内における組織体制づくり、都道府県の関係機関の明確な役割分担と日頃からの円滑な連携体制及び地域を越えた化学テロの専門家の具体的なリストづくりが重要である。3.核テロ対策の研究(加藤):原子力関連施設を保持する自治体
においては、原子力防災計画に従って、緊急時対応体制(緊急時連絡体制、緊急時測定体制、監視体制および医療体制等)は十分にとられている。しかしながら、これらはあくまでも原子力関連施設の事故対応のものであり、監視体制も原子力関連施設周辺に限られていることから、対テロとしては、充分であるとは言い難いものと思われた。4.保健所の大量殺傷型テロ事件対応能と問題点並びに課題(加藤):全国保健所594ヵ所に対し、現在保有する核物質、生物剤、化学物質による大量殺傷型テロ事件に対応する検査能力を中心にアンケート調査を行った。回答は、549機関より得られ、回収率は92%もの非常に高いものであり、関心と問題意識の高さが示されたものと考えられた。検査実施可能機関数;一般的検査を含め自施設で施行していたのは338機関(62%)であったが、211機関(38%)では検査機能を保持していなかった。検査機能を保持していない理由は、保健所検査課の機能集中化および衛生研究所等との役割り分担が各地で進められていることに起因していることが推測され、またそうした結果との意見が多く寄せられた。ほとんどの場合は、ウイルス検査が必要な際には衛生研究所に依頼していた。微生物の検査はほとんどの保健所が実施しているものの、その内容は細菌検査では対象菌種を限定した分離同定が主であり、ウイルス検査はさらに限定的であり、多くは衛生研究所との連携にて処理していた。化学物質検査体制は、シアン化合物を中心とする検査可能施設が150ヵ所(44%)であり、微生物検査体制と比較すると体制整備状況は乏しいものであった。検査可能と回答した施設の過半数(77ヵ所)では、毒劇物迅速検査キットによる測定体制であった。また検査機器の整備状況は、高い検査機能を有している施設が少数ながら存在しているとはいえ、全体としては微生物検査体制より充実度が低いものであった。なお、ケミカルハザード対策は不十分で、ドラフト使用での対応ですら半数を下回る状況であった。化学物質による健康被害対策として、医薬品の備蓄を行っている保健所は皆無であったが、病院、薬局との契約により、或いは地方局単位で備蓄している自治体が4ヵ所認められた。放射線測定体制では、81施設が何らかの測定装置を保持していたが、その多くはサーベイメータの配備のみ(68施設)であり、除染クリーナーや防護服等も備えていたのは3施設認められた。放射線事故対応として、ヨウ素剤の備蓄をしていた施設は、病院に依託備蓄を含み12地域であった。大量殺傷型テロ事件対応等の健康危機管理が求められた場合における、保健所から見た現状での問題と考えられる点は、1.危機管理マニュアルを含め、危機管理組織体制(指揮系統を含む)、2.未経験や専門家が少ないことによる、早期診断並びに的確な初動体制、3.検査機能集中化による対応の迅速化、4.機器、人員等での対応能力(精度を含む)、5.関係機関との連携等に対する危惧が挙げられていた。
結論
大量殺傷型テロ事件発生時における保健所並びに地方衛生研究所の対応能力について検討したところ、核物質、生物剤および化学物質によるいずれに対しても、検査機器及び検査能力が不十分で、対応マニュアルの整備も不備であるところがほとんどであった。唯一核物質に関しては、対テロ対策はないものの原子力防災計画に従って緊急時対応体制は十分に整っている。早急なテロ対応を含む健康危機対応体制(機器整備、対応マニュアルの作製、指揮系統の整理等)の構築が望まれる。

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