精神保健法第32条による通院医療費公費負担の増加要因に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000086A
報告書区分
総括
研究課題名
精神保健法第32条による通院医療費公費負担の増加要因に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
竹島 正(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松下幸生(国立久里浜病院)
  • 三宅由子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神障害者通院公費負担制度創設の理由は、①精神障害者の社会適応性が著しく低い、②家族の蒙る精神的・経済的損害が著しい、③適正な医療が行われないと措置入院を要する程度に増悪する可能性が高い、④急速に発達した精神科医療を普及する必要がある、の4点であった。利用者数は、制度創設時(昭和41年)には約3万3千人であったが、平成元年には30万人と、年々増加の一途を辿り、平成11年には60万人を超えた。公費医療費についても平成10年度には予算額が360億円を超えており、本制度の利用の実態と効果等に関して早急に調査・分析することが求められている。本研究の目的は精神保健福祉法第32条による通院医療について、現在の実態を把握し、制度創設の趣旨と照合しながら、通院公費の増加要因を明らかにすることである。
研究方法
全国規模で公費負担の実態を把握するためには、診療報酬明細書の内容を検討することが最も適切である。全国の保険診療機関6,706施設から無作為に325施設(抽出率4.8%)を抽出し、各都道府県の社会保険診療報酬支払基金に協力を求めて、抽出された保険診療機関325施設から提出された平成12年10月分の診療報酬明細書(医科レセプト)、調剤報酬明細書(調剤レセプト)、訪問看護医療費明細書(訪問看護レセプト)のうち、通院公費制度を利用しているものの中から、系統抽出によって20%を選び、氏名をマスクしてコピーしたものを入手した。全国から集められた診療報酬明細書は、医科レセプト1759件、調剤レセプト792件、訪問看護レセプト44件であった。集められた医科レセプト、調剤レセプトに記載された処方については、精神科医が1.向精神薬の含まれた処方、2.主診断の精神障害に付随した処方、3.明らかに合併症への対応、4.その他・不明、に分類した。また医科レセプト、訪問看護レセプトに記載された傷病名についても、精神科医がICD-10の分類により1.主たる精神障害、2.合併精神障害、3.副作用による傷病、4.関係の乏しい傷病、に分類した。
また本研究結果と比較対照するための資料として、精神科通院医療の普及状況、「精神障害者通院医療費公費負担制度の適正化のあり方に関する検討会」(以下、検討会という)において提出された資料を活用した。
結果と考察
医科レセプト:医科レセプト1759件のうち、「処方箋なし」は1081件、「処方箋あり」は678件であった。通院公費分と公費分以外を区分して請求しているレセプトは26件(1.5%)であった。診療機関の種別では、病院(精神病床あり)48.7%、病院(精神病床なし)15.0%、診療所(精神科)28.9%、診療所(精神科以外)7.4%で、精神科から77.6%が出されていた。主たる精神障害(医科レセプト全体、処方箋なし)は、「精神分裂病(F2)」(42.8%、47.8%)が最も多く、「感情障害(F3)」(18.1%、16.4%)、「神経症性障害(F4)」(17.7%、14.6%)、「てんかん」(12.4%、11.8%)がこれに次ぐ。レセプト1件当たり平均請求点数(処方箋なし)は、全体では2172点、主たる精神障害別では、「器質性精神障害(F0)」1795点、「精神作用物質による精神障害(F1)」3288点、「精神分裂病(F2)」2559点、「感情障害(F3)」1892点、「神経症性障害(F4)」1825点、「てんかん」1138点等であった。公費への請求点数の内訳(処方箋なし)は、全体で投薬が37.9%、通院精神療法20.9%、精神科デイケア(精神科ナイトケア、精神科デイナイトケアを含む)20.3%であった。精神科デイケアの利用のある医科レセプトは96件(5.5%)で、そのうち68.8%は主たる精神障害が精神分裂病であった。利用回数は83.3%が月15回以内であった。「精神分裂病(F2)」においては、投薬の割合がやや低く、精神科デイケアが全体の請求点数の26.8%を占めていた。処方された薬剤のうち、向精神薬とそれに付随する処方薬剤の請求点数は、投薬の請求点数の26.9%、明らかに合併症への対応と確認できるものは 6.9%で、器質性精神障害(F0)と精神作用物質による精神障害(F1)で、当該精神障害と関連の乏しい傷病への対応の割合が高く、それぞれ14.5%と、44.7%であった。傷病名に当該精神障害と関連の乏しい病名の含まれているレセプトは573件(53.0%)あり、傷病名が精神障害とそれに関連する病名のみの508件と比較すると、レセプト1件当たりの請求点数は、2464点と1843点であり、前者は後者の1.34倍であった。
調剤レセプト:調剤レセプト792件について、処方された薬剤のうち、向精神薬とそれに付随する処方の請求点数は、請求点数の73.5%、明らかに合併症への対応と確認できるものは23.9%であった。
訪問看護レセプト:訪問看護レセプト44件の平均値(単位:円)は29,807円、主たる精神障害は「精神分裂病(F2)」が72.7%であった。
通院公費の増加要因を、①通院公費制度の利用状況は制度創設の趣旨を反映したものであるか、②公費負担の対象となっている医療費の範囲は適正であるか、③今後増加する要因は何か、の3点について考察した。
通院公費制度の利用状況は制度創設の趣旨を反映したものであるか:診療報酬明細書における傷病名(ICD-10による)と、臨床的にみた診断とは必ずしも一致しない場合がある。たとえば「精神分裂病(F2)」でありながら、傷病名としては「心因反応(F4)」と付されるなど、診療報酬明細書に、実際よりも軽症の傷病名診断が付されることも多い。その点を考慮すると、「精神分裂病(F2)」が4割以上であること、「神経症性障害(F4)」の割合が精神障害外来受療患者一般よりも低いことからも、比較的重症で通院継続の必要な患者に利用されていると考えられた。精神科デイケアの医科レセプトにしめる利用割合、利用回数もおおむね適切と考えられた。しかし検討会における資料に示されたように、通院公費の審査体制が弱体な都道府県等があること、「神経症性障害(F4)」「てんかん」などの疾患別で、通院公費の利用対象と考える患者の範囲についての共通理解が不足していることは問題であり、制度創設の趣旨を超えて、利用状況が拡大していることも考えられた。
公費負担の対象となっている医療費の範囲は適正であるか:医科レセプトのうち、通院公費分と通院公費分以外を分けて請求したレセプトはほとんどなかったこと、傷病名に精神障害と直接関係のない病名の含まれている医科レセプト約半数存在したことからも、通院公費で対応する医療の範囲が、精神障害による受診継続中に発生する合併症まで、広く適用されていることが示唆された。
今後増加する要因は何か:主たる精神障害で区分した場合、「器質性精神障害(F0)」「精神作用物質による精神障害(F1)」「神経症性障害(F4)」は、国民全体における有病率がかなり高い精神疾患であるが、これらの障害への利用増大に対応した通院公費適用範囲の明確化が求められる。痴呆性疾患が代表である「器質性精神障害(F0)」は、国民全体の高齢化とともに有病率がさらに高くなり、通院公費の利用者も増加することが予想される。また「精神作用物質による精神障害(F1)」は1件あたりの請求点数は高く、現在は件数で3%程度を占めるにすぎないが、今後件数が増加した場合の影響は大きい。
以上のように、通院公費制度は制度創設の趣旨に沿って運用されてきたが、通院公費適用の範囲は、制度の趣旨をこえて拡大している恐れがあり、特に、適用範囲(対象となる精神障害や状態像、制度の対象となる医療の範囲)、制度適用審査体制の充実が必要と思われた。また通院公費制度にかかる国費の大きさからみても、制度運用についてのモニタリングを継続的に行なう必要性が強く示唆される。特に平成14年度からは、通院公費申請事務の窓口が市町村に、審査事務局が精神保健福祉センターにかわることとなっており、平成13年度中に制度運用の原則を明確にしておくことが必要である。
結論
通院医療公費負担制度は、通院医療の継続困難な精神障害者の、医療確保に重要な役割を果たしてきており、制度利用者は比較的重症で継続治療の必要な精神障害者が中核をなすことが明らかになった。しかし通院医療公費負担制度の適用範囲(対象となる精神障害や状態像、制度の対象となる医療の範囲)が不明確なことが、公費負担の増加要因となってきた可能性も否定できないと考えられた。このため貴重な国費が必要な対象に適切に向けられるよう制度運用の原則を明らかにするとともに、審査体制を充実し、さらに制度運用のモニタリングを行う必要があると考えられた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-