PTSD等に関連した健康影響評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000069A
報告書区分
総括
研究課題名
PTSD等に関連した健康影響評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武彦(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 金吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 岡田幸之(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
  • 加藤 寛(兵庫県長寿社会研究機構こころのケア研究所)
  • 藤森立男(横浜国立大学経営学部)
  • 荒記俊一(東京大学医学部労働省産業医学総合研究所)
  • 古野純典(九州大学大学院医学研究院社会医学講座)
  • 川上憲人(岡山大学医学部衛生学講座)
  • 藤田正一郎(財団法人放射線影響研究所)
  • 明石真言(科技庁放射線医学総合研究所)
  • 佐藤元(東京大学医学部公衆衛生学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
長崎市への原爆投下によって、自分または他人の身体に危険が迫る体験をしたりその状況を目撃したために、PTSD症状を発症したと考えられる人で、その後も長期的に精神的苦痛をおぼえている人を対象にして、現在の心理状態について面接調査を行う。なお調査は長崎県及び長崎市の協力を得て調査対象を選定する。さらに被爆者調査対象と比較のために原爆投下後に同地域に移住してきたものとの両方を調査対象とし前例に面接調査を行う。これによりPTSD等のトラウマ体験を発症させる要因との関連と健康影響に関して総合的に検討を行い住民の精神健康の長期予後について検討を行う考えである。
研究方法
長崎市の行った被爆者調査に関する科学的な検討を行い、研究班としてさらに調査すべき点について意見をまとめ、厚生省の検討委員会に提出した。またそれを踏まえて研究計画を作成し、同検討委員会で承認された。その計画に従い、平成13年3月12日より30日にかけて長崎市内合計17カ所の会場において全体で754名の住民と面接を行った。 面接者は総数で55名延べ日数で228名を動員した。面接に当たっては住民における被爆トラウマ体験を扱うことから面接自体が侵襲的な性格を帯びないように十分に配慮し住民の感情が高まったときなどは面接のための質問を中断してでも心理的な対応に努め面接を行ったことが住民にとって心理的な満足感をもたらすように配慮することを原則とした。また面接の後にはその後不安定になったもののために電話連絡先が明記してあったが長崎市経由のものを含め実際に連絡があったのは数件であった。その内実は面接で十分に話すことができなかったことへの懸念であり、それについては多数例をを対象とした調査であることを改めて説明し納得を得た。面接は市内17箇所の主として公民館で行われ調査への影響を排する意味からマスコミにも十分に配慮を求め理解を得られた。
結果と考察
①長崎市ならびに長崎県より提供された「証言調査報告書」及び「証言集」につき医学的見地から精査した結果、被爆体験と精神・身体健康度との間の因果関係は、これらの資料によるのみでは的確に判断できないとの結論に達した。②そのため、資料をさらに補完する目的で、現地の地域住民及び地方公共団体の協力の下、原爆被爆体験が実際にPTSD並びに関連する健康影響をもたらすか否かについて、面接を含む実態調査を当該長崎地域において実施した。その結果、体験群住民は今日に至るもなお、被爆体験に基づくトラウマ症状に影響を受けている可能性が示唆され、また身体的にも、体験群では同地域の非体験群に比べて疾患の既往が多く、現在も自覚症状の頻度が高く、自覚的健康状態が悪いことが判明した。総合的に、SF36で評価された健康状態及び社会機能は、いずれも数値が低かった。しかしながら、先行研究をふまえるとそれらの原因が原爆に由来する放射線被曝によるものであるとする考え方には、以下の理由により否定的である。ア:原爆由来の直接の放射線による被曝線量は、爆心地からの距離と共に急速に減少することから、当該地域における調査対象者の直接の放射線による被曝線量は、実質上ゼロと見なしうる。イ:誘導放射線、すなわち
原爆からの直接放射線(中性子線)が土壌や建造物に当たって誘導される放射性物質からの放射線による被曝線量も、爆心地からの距離及び原爆投下後の経過時間と共に急速に減少する。計算上、何れをもってしても、当該地域内の対象者が受けた誘導放射線による被曝線量は、実質上ゼロと考えられる。ウ:核分裂生成物や、分裂しなかったプルトニウムなどの放射性降下物による残留放射線の影響についても考察したが、残留放射線による健康影響は考えられない。③原爆被爆体験と不安との関係について他方、今回の実地調査において、原爆被爆体験が特に大きな不安を人々に与えたであろうことが、以下の事実によって明白となった。ア:種々の自覚症状、自覚上の健康状態、並びにSF36によって評価された自己申告に基づく健康水準調査結果では、体験群が最も悪く、次に認定群、対照群の順になっている。したがって、原爆被爆体験に由来する不安による影響が大きく関与しているものと考えられる。イ:GHQ及びIES-Rによる精神上の健康度調査においても、原爆被害により有害な放射線を浴びたかもしれないという心理的不安の強度との間に有意の相関が得られた。④免疫機能については、今回の調査により有意の差を示す結果は得られなかった。対象者数が少ないという点も考慮し、さらに今後検討の余地がある。以上の総括として、体験群に見られた種々の健康水準の低下は、原爆投下時に発生した放射線の直接的な影響によるとは考え難く、むしろ被爆体験に起因する不安に基づく可能性が高いと判断される。特に、「有害な放射線に被曝したかもしれない」、「その後遺症が病気になって現れるかもしれない」といった不安、並びに被爆者に対する社会の偏見(と本人たちが感じるもの)が重要な要素であったと考えられる。
結論
当該地域住民のうち、体験群では、原爆体験がトラウマとなり今も不安が続き、精神上の健康に悪影響を与えている可能性が示唆され、また身体的健康度の低下にも繋がっている可能性が示唆された。このような健康水準の低下は、原爆投下時に発生した放射線による直接的な影響ではなく、もっぱら被爆体験に起因する不安による可能性が高いものと判断された。なお、研究班はその与えられた使命により、指定された地域内の住民につき原子爆弾の影響を調査した。したがって他種の戦争、災害体験に基づくPTSDについては全く調査を行わず、当然、それらとの相互間の比較も試みられていない。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-