中毒発生時における中毒原因物質同定のための機器分析体制の構築ならびに情報提供体制の構築に関する研究

文献情報

文献番号
200000067A
報告書区分
総括
研究課題名
中毒発生時における中毒原因物質同定のための機器分析体制の構築ならびに情報提供体制の構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
屋敷 幹雄(広島大学医学部法医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 奈女良 昭(広島大学医学部法医学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高度救命救急センターおよび救命救急センターに薬毒物分析機器の配備が完了して1年以上が経過する。その間、中毒情報ネットワークを主宰している主任研究者 屋敷幹雄のところには、中毒患者の検体から中毒原因物質を分析する際の技術的な質問等が多く寄せられ、中毒分析現場での戸惑いと不安があることを痛感している。ある機関では高速液体クロマトグラフはアジ化ナトリウム、蛍光X線分析装置はヒ素のみを分析する機器であり、他の薬毒物は分析できないとさえ理解し、また、分析担当者の多くは、業者の指定された方法で分析しさえすれば結果が得られるというスタンスで、薬毒物の分析を考えていたようである。このように薬毒物の分析経験が乏しく、指導者の整っていない環境で中毒原因物質を同定することは非常に困難であり、治療に誤った指針を与えることなどが危惧される。そこで、実際に生体試料を用い、配備された分析機器を使用して、分析実務者を育成することは極めて重要かつ急務であると考えられる。幸いにも、昨年度の研究で検討した薬毒物検査トライアルにおいて、分析者自体が積極的に情報収集などの行動をおこす必要があるといった意識改革が見られたが、第一歩を踏み出したにすぎず、更に継続してこの研究を行うことへの要望が全国の機器配備された機関より寄せられ、反響の大きさを痛感した。
本研究の目的は、機器が配備された各施設の活用状況を把握するとともに、実地訓練を通して、人的に分析環境の整わない中で分析実務者の薬毒物分析への意識ならびに技術レベルの向上を図り、配備された機器を有効に利用して、如何にすれば中毒原因物質の同定に貢献できるかを検討することである。薬毒物分析技術者の育成に関する研究、インターネットを利用した分析評価システムの構築に関する研究と薬毒物分析支援体制の整備に関する研究を遂行するために、以下の3項目について検討した。
1)薬毒物分析技術者の育成に関する研究として薬毒物検査講習会の開催
2)インターネットを利用した分析評価システムの構築に関する研究として薬毒物トライアルの実施
3)薬毒物分析支援体制の整備に関する研究として機器配備施設に対するアンケートによる調査
研究方法
1)薬毒物検査講習会:中毒原因物質検査の進め方ならびに分析技術を習得することを目的として、簡易検査法の講習会を企画した。講習会の内容は、比較的中毒例の多い化学物質を生体試料から検出するための実習を行った。(1)尿中のグルホシネートの検査(バスタ定性キット)、(2)血清中の薬毒物の簡易検査(Toxi-Lab)、(3)尿中の有機リン系農薬の簡易検査、(4)尿中の規制薬物などの簡易検査(Triage)、(5)血清中のアセトアミノフェンの簡易検査、(6)血液中の青酸イオンの簡易検査である。一人が数種類の検査を経験し、実習の後に全体によるディスカッションを行った。
2)薬毒物トライアル:市販のヒト血清に薬毒物(農薬)を添加した分析試料を配布し、原因不明の中毒が発生したと仮定して、配備された分析機器を使用し、模擬的な薬毒物検査(薬毒物検査トライアル)を実施した。その検査過程や結果を基にして、人的に分析環境の整わない中で分析担当者の技術レベルの向上を図り、配備された機器を有効利用して、如何にすれば中毒原因物質の同定に貢献できるかの検討を行った。分析試料(ヒト血清)は、凍結した状態で各分析者に配送し、約1ヶ月後に分析結果の回答を求めた。分析途中での連絡や分析結果の返送については、E-mail および FAXを使用した。
3)機器配備施設に対するアンケート調査:平成12年9月に厚生省から分析機器を配備した施設に対し、利用状況等の実態調査の下命を受けた。配備完了から1年以上が経過し、これらの機器がどのように活用されているかを明らかにするために、各都道府県の担当者、全国8カ所の高度救命救急センターおよび65カ所の救命救急センターの医療担当者、分析担当者に対し、調査票を送付し,現時点の運用状況および問題点を検討した。
(倫理面への配慮)
本研究にあたり、講習会や薬毒物トライアルに用いた擬似中毒例の検査試料は、標準血清や尿に中毒原因物質を添加した。アンケートに関しては回答者に不利益にならないように名前を伏せて集計した。
結果と考察
1)薬毒物検査講習会:80名の参加があり、一人が数種類の検査を経験することができた。生体試料中の薬毒物分析のノウハウを習得し、実習の後に全体によるディスカッションを行った。講習会後のアンケートによれば、情報だけでなく実際に手を動かすこと、疑問を直接問えることなどが大切であると記されている。大半が自費で参加しており、このような講習会を定期的に開催することを望む声が多かった。参加者のネットワークを作り、実習後もインターネットの分析メーリングリストを通じて、技術情報の交換を行っている。
2)薬毒物トライアル: 66名から参加の応募があり59名から回答が返送されてきた。この回答の中で予めヒト血清に添加した薬毒物を定量できたと報告してきた分析者は、39名(65.5%)であった。また薬毒物を推定できなかったと報告してきた分析者も依然9名(15.5%)いた。しかし何らかの結果が得られても、検査結果の信頼性や前処理の操作法について不安を持っている分析者が多く、このようなトライアル(分析の精度管理)を継続して実施する必要性が示唆された。
このトライアルを行った結果、配備された分析機器の稼働状況だけでなく、各分析者のおかれている現状を把握でき、今後如何にすれば、各施設においてこれらの分析機器を有効に活用できるか等の問題点も浮き彫りとなった。また限られた量の分析試料を使用して、如何に効率的に予試験や前処理を行うかが重要であるが、前回行ったトライアルを参考として各研究者なりの操作マニュアルを作成し、分析を行っているようであり、このような経験を積むことによって一層薬毒物分析のノウハウが蓄積されるものと期待される。
3)機器配備施設に対するアンケート調査: 回答は47都道府県、73医療機関の全ての担当者から得られた。これらの集計結果より、各行政機関、医療機関で、毒劇物対策、薬毒物中毒対策、中毒治療に関する意識の差が大きいことがうかがわれた。機器配備された73機関のうち、配備機器が順調に稼働し、定性、定量の薬物分析が良好に行なわれている機関は全体の2割程度であり、定量は行われていないが定性がほぼ順調に行われている機関が2割程度であった。しかし、残りの機関においても、全く分析が開始されていない1割の機関を除いては、何らかの形で薬物分析をスタートさせていた。かなりの中毒症例が各医療機関に搬送されており、分析結果を望んでいる臨床側の声も多いことがわかった。日本中毒学会より、分析が治療に直結する中毒として、解毒、拮抗剤が存在する中毒、定量分析値が治療法の選択基準となる中毒、予後の推定が分析により可能となる中毒が検討され、15種類の薬毒物が選定されている。日々の中毒の診療に薬毒物分析を取り入れていくことで、薬毒物テロが発生した場合にも迅速な対応が可能になると思われる。今後、すべての機関で薬毒物分析が恒常的に行われ、患者の治療がスムーズに行えるようにするため、また薬毒物テロに備えるためには、費用面や制度面での厚生省や各自治体のさらなる支援に負うところが大きいと考えられる。分析機関や医療機関においては、簡易分析法のマニュアル作成と普及、HPLC分析法の標準化など、機関同士の努力や分析に携わる他機関との連携により、分析レベル、治療レベルを向上させることが可能であり、薬毒物中毒に携わる人々のネットワークが極めて重要になると推測される。
結論
機器配備された施設の2割程度しか機器を十分に活用していないが、分析担当者は技術支援を切望しているという実態が浮き彫りにされた。中毒起因物質の検査体制の裾野を広げ、今後発生が危惧される大規模化学災害や薬毒物中毒事例への迅速な対応を図るうえで、分析技術の向上のために講習会や分析トライアルなど具体的な技術支援を行った。薬毒物分析の訓練、さらに検査実施機関への情報提供を行い、中毒情報(分析)ネットワークの充実を図っていくことが必要と考える。

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