心筋梗塞・脳卒中などの疾病登録方法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000066A
報告書区分
総括
研究課題名
心筋梗塞・脳卒中などの疾病登録方法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
有賀 徹(昭和大学医学部救急医学)
研究分担者(所属機関)
  • 井上徹英(北九州総合病院救命救急センター)
  • 伊藤弘人(国立医療病院管理研究所医療経済研究部)
  • 梅里良正(日本大学医学部医療管理学)
  • 上嶋権兵衛(東邦大学医学部第2内科学)
  • 坂本哲也(東京大学医学部救急医学)
  • 鈴木荘太郎(東邦大学医学部病院管理学)
  • 前田幸宏(日本大学医学部医療管理学)
  • 益子邦洋(日本医科大学千葉北総病院救命救急センター)
  • 山本修三(済生会神奈川県病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成12年度における本研究の目的は表記心筋梗塞と脳卒中における効果的な診療評価指標(臨床評価指標またはクリニカルインディケーター)の抽出に向けた、該当症例の登録方法の開発である。従って、この分野の歴史的な背景に鑑みて、クリニカルインディケーターの開発に関する研究を含めて、我が国における救急医療の質を客観的に評価する目的で行われてきた、いくつかの先行する試みを検討し、その後に登録項目と登録フォーマットの決定を行う方法を選択した。
研究方法
(1)救急医療の質を客観的に評価する方法についての検討
我が国において病院機能が何らかの基準に従って客観的に評価される、第三者評価の方法としては、医療の質に関する研究会によるものと(財)日本医療機能評価機構によるものが知られている。
一般的に質を評価する“物差し"の意味について人や物のハード面である「構造」、それらを活用するソフトウェアとも言える「過程」と「結果」の3つに分類して議論することが多い。上記の方法論では医師や看護スタッフの存在や病床等の構造に関する設問が多く、過程を評価しようとする評価項目が少ない。さらに結果を評価しようとするものは全く含まれていない。
医療の質に関する研究会による「救急医療評価スタンダードVer.1.0」が、本年度末に公表された。ここでは各診療領域での過程と結果とを評価しようとする強い主張が感じられる。このような実践的な試みを参照すると、診療の質を測ろうとするこのような物差しが利用されるという標準化への作業そのものと、症例の登録の手法を開発し、有効な診療評価指標を求めようとする本研究とがその主旨において共通の価値観によっていることがよく理解される。
(2)救急医療分野におけるクリニカルインディケーターの現況についての検討
米国で1996年にIndicator Measurement System(IMSystem)が発表された。そのような臨床評価指標は結果の指標ではあるが、必ずしも最終的結果ではないとされる。例えば5年生存率はよい臨床評価指標であっても、日々の医療の改善には利用しにくい。つまり臨床評価指標は、多くが言わば“中間的な結果"に注目しようとするものである。臨床評価指標を選ぼうとすれば、多くの病院にそのような例があり(high volume)、比較的高い危険度(high risk)で問題を起こしやすい(problem prone)領域からがよいとされる。
我が国でも以上の動向を受けて、我が国の医療に適した臨床評価指標の開発が試みられている。その第1段階として、日本病院管理学会では臨床系医学会がどのような臨床評価指標を適切と考えているかについての調査を行った。その報告書では臨床評価指標として適切と思われるものを抽出し、「過程」と「結果」の範疇にそれらを分類した。それぞれ「救急における即応性に関する指標」と「予後から判断する治療の適切性に関する指標」において救急医療に有用と思われるものを見いだすことができる。
平成9年度以来の日本病院管理学会からの問い掛けに応じる経緯で、日本救急医学会では、診療の質評価指標に関する委員会を組織し、計10項目の臨床評価指標(候補)を作成して、あらかじめそれらを伏せた形でのprospectiveなアンケート調査を行い、各指標の適性を検討した。このpilot studyでは日本救急医学会指導医指定施設と救命救急センターの計80施設からの症例報告があり、それらの一次集計を報告した。そこでは、臨床評価指標について十分な症例数を確保できるようにすれば、各指標候補が救急医療全般でどのように利用され得るかを解析できるであろうから、そのためには情報システムによる症例データを収集する仕組みが必要であるとしている。
一方、島崎等による研究を基にして、厚生省が全国の救命救急センターの充実度評価を目的として現況調査を行い、救命救急センターをA・B・Cの3ランクに分類した。平成12年度の評価項目については19の項目各々の計算方法(スコアリング等)が明確に示された。その結果、151ヶ所の内BとCの充実段階とされた救命救急センターは、それぞれ26ヶ所、9ヶ所であった(平成11年度は計142ヶ所の内、28ヶ所ずつであった)。確かにこれらは客観的ではあるが、評価項目はこれで充分なのか、過不足はないのか、また項目の間で点の重み付け(つまりスコアリング)は妥当なのか等々、恐らく指摘されるであろう問題点が多々あると思われる。しかしそのようであっても少なくとも(財)日本医療機能評価機構による救命救急センターの評価体系が、補助金の分配という厳しい観点から救命救急センター間の差異を明らかにできなかった可能性を認めるべきであろう。
(3)症例登録のフォーマット作成について
上記の検討を経て、主たる対象は救命救急センターに搬入される症例であることを想定し①心筋梗塞、②脳卒中、③外傷について症例登録フォーマット作成を試みた。
①東京都におけるCCUネットワークのように、都市圏においては救急患者に関する情報体系が整備されれば、心筋梗塞患者が救命救急センターに搬送されるとは限らない。また、地域の救命救急センターに搬入されても、そのまま循環器専門医に委ねられることは少なくない。そこで、救命救急センターが地域の循環器専門施設と円滑な連携を保っている事例から、小倉記念病院循環器内科(北九州総合病院救命救急センターと連携している)が施設内にて症例の登録に利用しているフォーマットを原案として、協力研究者を交えた討論等を行った。
②虚血性(主幹動脈閉塞)と出血性(クモ膜下出血、高血圧性脳内出血)の各病態について、国立病院東京災害医療センター脳神経外科と昭和大学病院脳神経外科からの原案提出に引き続き、協力研究者を交えた討論等を行った。救命救急センターで扱う脳卒中が極めて重篤であるという特徴等から、脳卒中という一つの範疇から症例登録の過程で主幹動脈閉塞等に分類されていく方法とした。
結果と考察
①心筋梗塞、②脳卒中について各々表1および表2を得た。
表1 
病院ID番号、総ベッド数、CCUもしくはICU病床数 
総医師数、循環器専門医数、救急認定医数、心臓外科医数 
救急患者数、救急車搬入台数、急性心筋梗塞患者数、死亡率、心臓死のみの死亡率、心臓カテーテル件数、心臓手術件数 
急性心筋梗塞へ即時対応可能(診断と救命治療)な医師数;9時、20時、0時、3時 
心血管造影の即時施行の可否
心血管造影に従事可能な医師数;9時、20時、0時、3時 
症例の発症日時 
発症時の症例;胸痛、嘔気嘔吐、失神意識消失、呼吸困難、動悸 
発症時の状況;労作時、事務労働、入浴中、睡眠中、飲酒中 
受診時の主な身体所見;意識障害、チアノーゼ、呼吸不全、冷汗・生汗、ショック 
既往歴;心筋梗塞、心筋梗塞以外の心血管疾患、脳血管、喫煙、喫煙指導、糖尿病、高脂血症、透析を必要とする腎不全、アスピリン内服、β-ブロッカー内服 
血液検査値;RBC、Hb、Ht、WBC、GOT、GPT、CPK、BS、CRP、BUN、Cr、コレステロール、中性脂肪、HDL心電図所見;不整脈、梗塞部位、心臓超音波所見 
今回の梗塞;新規、再発、不明 
来院時Killip分類;Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ 
SWG検査;Forrester分類、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ 
緊急冠動脈造影;TIMI分類、0、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、1 75%、2 完全閉塞 
推定発症時刻から冠動脈造影開始までの時間、主たる病院受診もしくは搬入から冠動脈造影開始までの時間、再潅流療法開始までの時間、再潅流に成功するまでの時間 
4週間後の転帰、退院時の状況、退院時処方 
表2 
病院ID番号、総ベッド数、NICUもしくはICU病床数 
総医師数、神経内科専門医数、脳神経外科専門医数、救急認定医数、救急指導医数 
救急患者数、救急車搬入台数、脳卒中患者数、死亡率、脳死のみの死亡率、脳血管撮影件数、脳神経外科手術件数 
脳卒中へ即時対応可能、(診断と救命治療)な医師数;9時、20時、0時、3時 
脳血管撮影に従事可能な医師数;9時、20時、0時、3時 
疾患名;脳梗塞、クモ膜下出血、脳内出血、発症日時 
発症時の症状;意識障害、頭痛、眩暈、嘔気嘔吐、麻痺、言語障害 
発症時の状況;労作時、事務労働、入浴中、睡眠中、飲酒中 
受診時刻、初期医療機関への受診方法、主たる医療機関への転送手段 
救急隊到着時の所見;意識レベル、瞳孔径、対光反射、麻痺、呼吸、脈拍、血圧 
受診時の主な身体所見;意識レベル、瞳孔径、対光反射、麻痺、呼吸、脈拍、血圧 
退院日時 
既往歴;心筋梗塞、高血圧、不整脈、脳血管障害、喫煙、糖尿病、高脂血症、肝硬変、透析を必要とする腎不全、常用薬 
緊急治療;気管内挿管、降圧薬、鎮痛・鎮静薬、脳降圧下薬 
来院時CT;年月日、脳梗塞、クモ膜下出血、脳内出血 
治療;カテーテル室または手術室入室日時、再潅流成功または血腫除去日時、脳梗塞(略)、脳内出血(略)、クモ膜下出血(略) 
入院後管理;人工呼吸管理、気管切開術、体温管理、理学療法 
頭蓋内合併症;脳血管痙縮、術後出血、水頭症、髄膜炎、痙攣 
頭蓋外合併症;肺炎、血小板減少、肝機能障害、心不全、不整脈、消化管出血、イレウス 
転帰;退院時、3ヶ月後、6ヶ月後 
表1以下の症例登録フォーマットの決定に引き続き、それに従ったデータの入力が各救命救急センターから必要となる。それらの具体的な登録作業については来年度以降となるが、救命救急センターのスタッフは多くが日本脳神経外科学会等の該当する学会に所属しているので、大学病院医療情報ネットワークUniversity hospital Medical Information Network(UMIN/東京大学医学部附属病院医療情報部内)を利用することが決定された。
本研究は現在①心筋梗塞、②脳卒中についてであるが、いずれ何らかの臨床評価指標を得て、直接的または間接的にでも救急医療の結果を測定するという評価に至る可能性を有する。また、そのようであれば決められた形式に沿った報告による全国的な規模での集積と分析とにより、個々の施設で評価(全体における位置付けなど)を踏まえた質の向上を計ることが可能となる。そのようにすればいずれ治療法の評価(比較・検討)からひいては治療基準の策定といったテーマにまで展開し得る。つまり、例えば作成されたpathとその結果の評価といった方法論に結びつくと思われる。結局評価という問題について考察を進めて行けば、議論は我々の診療の方法論全体を含むに至る。
結論
診療の質を測ろうとする主に我が国における一連の試みに加え、関連する学会からの疾病登録に関する報告やその他の資料を参考にし、本研究の主たる対象が救命救急センターに搬入される症例であることを想定して検討を進め、①心筋梗塞、②脳卒中について症例登録のフォーマットを作成した。具体的な登録の作業は来年度以降となる。
決められた形式に沿った報告による全国的な規模での集積と分析とにより、有効なクリニカルインディケーターの開発が可能となる。また、それらを利用した個々の施設での評価により医療の質的向上を個々に計ることが可能となる。このような方法をすすめることにより、いずれは治療法の評価ないし証拠に基づいた治療基準の策定も可能となる。

公開日・更新日

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