少子高齢社会に対応した社会保障制度の構築に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000058A
報告書区分
総括
研究課題名
少子高齢社会に対応した社会保障制度の構築に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
植村 尚史(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 尾形裕也(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 府川哲夫(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 高橋重郷(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 西岡八郎(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の主たる目的は、21世紀の少子高齢社会に適応した社会保障制度の設計を行うことにある。このため、以下の2つのテーマに大別して研究を行った。
(1)少子化に関する実証研究のサーベイ
日本の少子化や出生率の低下を分析した研究は、これまでに数多く行われてきており、様々なファクターと関連づけて論じられている。しかし、それらの研究内容およびその実証結果の知見は未整理のままである。そのため、日本の出生率や少子化に関する研究では、これまでに一体、何が明らかにされているのか、また、今後どの部分に焦点を当てて実証研究を進めることが必要なのかについて、はっきりしておらず、研究の方向性の明確化が必要とされている。特に、少子化に対する政策対応の重要性が近年高まっており、過去の研究知見に基づき、確固たる方向性をもった研究が強く求められている。そこで、本プロジェクトでは、日本の少子化・出生率低下に関する文献を1990年以降のものに絞り、少子化・出生率低下との関連要因、という視点から整理し、今後の研究の方向性を探ることとした。
(2)少子高齢化社会と社会保障制度のあり方に関する総合的研究
社会保障制度の将来に対する不安感や不信感が若い人たちの間で大きくなっている。特に年金制度に関しては、「負担しても給付が受けられない」といった不信感が広がり、そのことが制度の将来に対する不安ともなっている。年金制度は、国民の信頼の上に成り立っている制度であり、制度への不安と不信は、制度自体の運営にも大きな障害となる。制度当局においても、制度不信を払拭し、信頼できる制度の確立のための努力が積み重ねられているが、残念ながら、説明と説得だけでは信頼を取り戻すことは難しい状況にある。国民の不安と不信は、制度が今日の社会の状況に適合しなくなったことの現れであり、将来にわたって安心で信頼できる制度とするための構造的な改革が不可欠である。しかし、年金制度をどのように改めていくべきかについての国民的な合意形成が図られるには至っていない。
本研究は、国民の不安、不信の背景にある現行制度の問題点を分析し、すべての世代が負担を納得でき、安定的に運営できる制度とはいかなるものであるのかを明らかにすることを目的としている。このために、本研究においては、まず、現行の年金制度の問題点として指摘されている点について、さまざまな角度から分析を行うこととした。また、税法式の年金制度を持っている国と、最近注目すべき制度改革を行った国について調査し、諸外国の制度改革の方向性についても検討した。これらの検討を踏まえ、年金制度を支える理念に忠実で、かつ、社会経済状況の変化を踏まえた、あるべき制度の姿を具体的な制度モデルとして提案することとした。また、単なる政策提言にとどまらず、制度モデルの論理的な整合性、今後の経済・社会情勢との関係、財政試算も含めた財政面での実現可能性等の検証をも行った。
研究方法
本研究は、「少子化に関する実証研究のサーベイ」及び「少子高齢化社会と社会保障制度のあり方に関する総合的研究」の2つの研究班を設けて、それぞれ研究事業を実施した。
(1)少子化に関する実証研究のサーベイ
まず、1990年以降の日本の少子化・出生率低下に関する著書および学術論文約80件の著書および学術論文について、論文テーマおよび論文内容(概念・変数、使用データ、分析方法、結果)を整理した。次にその内容に基づいて、テーマ別に分類し、テーマごとに、現時点までに行われている実証研究の内容を要約し、研究の問題点や今後の課題を見出し、今後の研究の方向性を明らかにすることを手がけた。
(2)少子高齢化社会と社会保障制度のあり方に関する総合的研究
まず、研究班において、既存の研究、データ等を分析し、現行の年金制度の問題点を明らかにした。また、海外の年金制度に関する文献調査により、諸外国の年金制度改革の状況を把握した。さらに、年金制度改革に関する最近の学者、政党、団体等の議論を11の論点に整理してレビューを行った。
これらを踏まえ、2つの制度改革モデルを設定し、それぞれについて財政試算と利点、問題点の検討を行い、最終的に1つの制度改革案の提案をまとめた。
結果と考察
(1)少子化に関する実証研究のサーベイ
論文の分類項目および各論文サマリーの書式は以下のとおりである。
【論文の分類項目】
1 児童手当と出生率  2 保育・育児施設と出生率  3 女性の就業と出生率
4 子育てコストと出生率  5 住居・居住形態と出生率  6 育児休業と出生率
7 ジェンダーと出生率  8 家族(親子)関係と出生率  9 教育水準と出生率
10 所得・賃金水準と出生率  11 その他
【サマリーの書式】
○論文のタイトル及び著者 ○出典・出版社・出版年 
○論文テーマ 論文タイプ 論文の目的、課題、仮説
○論文の内容
・論文で使用されている概念、変数
・使用データ、分析方法
・結論(著者の主張のポイント、今後の課題など)
【対象論文】
対象となる論文については、当初約85件をリストアップしていたが、収集段階で入手不可能な論文もあったため、最終的に78論文について整理を行った。
(2)子高齢化社会と社会保障制度のあり方に関する総合的研究
現行の年金制度について、ア、世代間の不公平 イ、「空洞化」の実態と課題 ウ、女性の年金問題 エ、就業形態の多様化と適用拡大 オ、積立金の役割 カ、保険料の凍結と国庫負担引き上げについて の観点から、問題点を明らかにした。また、ア、税法式をとる国の制度、 イ、先進諸外国の年金改革の動向の観点から、諸外国の年金制度改正等の状況を調査した。
これらを踏まえ、理論的に導き出される年金制度の在り方について、具体的な制度「モデル」というかたちで提案を行った。具体的には、「ライフサイクルにおける所得分配」を基本理念とする制度と「世代間扶養」を基本理念とする制度の2つの理論的なモデルを設定し、それぞれについて、負担の公平性、制度の安定性等の観点からの問題点と評価、現行制度からの移行の可能性や財政的な問題も含めた実現可能性を検証するという手順で検討を進め、実現可能性の高い方の制度を最終的に提案することとした。
結論
(1)少子化に関する実証研究のサーベイ
○児童手当と出生率
児童手当については、「出生率回復に大きな効果は期待できない」という意見と、「各世帯のニーズに対応した制度となれば効果は期待できる」という意見に分かれている。前者は、児童手当の上昇は出生確率を有意に高めることができるが、児童手当が現行水準にある限りはその効果は小さく、大きな効果を望めば莫大なコストがかかってしまう、と主張している。一方後者は、子どもが増えることにより家計状況は大きく変動し、子育てに係る経済的負担感が重くなるため、妻の就業状況や世帯の所得水準などに応じた効果的な制度となるよう、積極的な議論が必要だと主張している。
○保育・育児施設と出生率
保育・育児施設の充実は女性(妻)の就業を促進するが、現状では保育・育児施設のサービス水準は、働く女性のニーズに対応しているとはいえず、その不足分を同居の親(夫または妻の親)に頼らざるを得ないといった現状認識においてほぼ共通している。保育・育児施設と出生率の関係については、「保育施設の有無よりも、子育てにかかる経済的負担の方が出生行動に影響している」と主張しているものもあるが、直接的な因果関係を明らかにしたものは少ない。
○女性の就業と出生率
出生力と女子就業との間には明確な背反関係が存在するという見解ないし実証結果は、ほぼすべての論文において共通している。また、その明確な背反関係を明確に実証していない論文においても、就業と出産・育児の両立を支援する政策の必要性を主張しているが、これも多くの論文に共通した内容である。ただし、出生力と女子就業との背反関係の内容については、いくつかの見解・実証結果が提示されている。いわゆるキャリア化・高学歴化こそが結婚・出産を抑制しているとするもの、そうしたこと以上に年齢がより強い要因であるとするもの、夫の所得や同居の親の存在などの家族の属性が大きな要因であるとするものなどである。
○子育てコストと出生率
子育てコストを費用としてみた場合、その効果については両論文とも認めているが、一方はそれを限定的効果とし、むしろ時間コストをより重視すべきだとしている。他方は児童手当をはじめとする費用面での保障を重視しているが、同時に就労と育児の両立支援策の必要性も認めており、両者に大きな見解の相違はないものとみられる。
○住居・居住形態と出生率
住宅事情とくに、規模(費用コストに影響)と位置条件(通勤時間に影響)が出生率に与える影響が大きいということが明らかにされている。ただし、徹底した実証分析が不足していることが指摘されており、既存の実証分析結果も、例えば「住宅水準の上昇に伴う居住コストの高さが少子化現象を助長している可能性があり」などと、ややえん曲な表現にとどまっているものも見受けられることから、まだ未解明の部分が大きいテーマであるということがいえそうである。
○育児休業と出生率
育児休業制度が結婚や出産後の継続就業を促す効果をもつという仮説は実証されたものと捉えることができそうである。制度の存在そのものが、結婚や出産を促すことに結びついているかどうかについては、「結婚や出産に対する阻害要因を和らげる効果がある」とするものと、「結婚の選択に影響を与えない」とするものとがあり、必ずしも専門家に共通の通説が確立されているとはいえない。なお、育児休業と出生率との因果関係については、いずれの論文も明確な分析を行ってはいない。
○ジェンダーと出生率
ジェンダーをテーマとする論点はきわめて多様であり、著者の見解・主張も多様であるということがいえる。その中でも比較的共通性の高い論点は、性的役割分業観を前提とした社会システムへの批判・改革提言と、結婚や出産に対する女性の意識分析である。前者については、自己実現欲求を高める女性に対して、新しい夫婦像、生活像を提示できず、依然として「結婚・出産か、仕事か」という二者択一的な選択を迫る社会の有り様を批判している。後者については、現在の我が国女性の意識には、いわゆる伝統的な母親観・女性観が宿っている一方で、自分らしく生きることを求める人生観が育ってきたことを挙げているが、こうした意識の有り様が結婚・出産という行動の決定に対してどのようなメカニズムで影響するかは、必ずしも明らかにされてはいない。
○家族(親子)関係と出生率
家族観や親子観といった価値観が結婚や出産に影響していることを共通に強く認識しているが、価値観についての解釈は大きく2つに分かれている。実際に起こっている新しい現象(例えばシングル化・脱青年期=シングル独身貴族)はまさしく価値観の変化の現れであり、こうした新しい価値観が未婚化・少子化の原因であるとする解釈と、根強い役割分業観などの伝統的な結婚観・家族観が依然として変化していないことが原因であるとする解釈とに分かれている。
○所得・賃金水準と出生率
所得・賃金水準と出生率の関係については、2つの論点がある。ひとつは、経済的な負担の大きさが及ぼす出生率低下への影響であり、いまひとつは、妻の賃金水準と出生率との因果関係である。前者の論点については、就業形態の変化に伴って世帯の所得水準が変化することにより経済的な負担の重さが増し、これが出生行動に負の影響を及ぼしているという見解で一致している。後者の論点については、妻の賃金水準の上昇が出生率を低下させるとするモデルの実証結果と、本人の賃金率の上昇には時間費用仮説とは異なり、結婚・出産を遅らせる効果が見いだせないとする結果とに分かれている。
○その他
家族政策と出生率との相関関係をめぐるテーマはきわめてバラエティに富んでいる。ここで挙げる論文の主なテーマは、出生力低下要因を総合的に分析した論文、社会経済的総合政策やマクロ経済と出生率との関係に着目した論文等のほか、晩産化・晩婚化、家族計画、生活満足度、若年の勤労観・就業行動などと出生率との関係に着目した論文がある。
(2) 少子高齢化社会と社会保障制度のあり方に関する総合的研究
「ライフサイクルにおける所得分配」を基本理念とする制度モデル(第1案)としては、サラリーマン、自営業者等の区別のない、完全所得比例型の年金制度を提案することとした。(ただし、国庫負担による最低保障がある。)このモデルでは、個人レベルでは完全積立型と同じ計算方法で給付を行うが、過去の期間に対応した給付は旧制度に基づく計算とすることから、財政的には賦課的な要素の強い方式で運営することになる。このため、財政的に不足が生じる場合には国庫により補填する。このモデルでは、給付と負担が個人レベルで均衡するため、「払っただけはもらえる」ことが確保され、世代間の不公平という問題も解決される。また、国庫負担のための税負担、高齢者の所得と相続に負担を求めることとすれば、若い世代への負担は生じない。しかし、世代内の所得再分配機能は持たない。
「世代間扶養」を基本理念とする制度モデル(第2案)としては、税法式の基礎年金(1階部分)+サラリーマンに対する所得比例年金(2階部分)という制度を提案することとした。このモデルは、所得のあるところに広く負担を求めるものであるが、そのためには公平な税制度が前提となる。また、基本的に賦課方式で運営されることになるため、過去債務の償却は将来の負担で行うことになり、世代間の負担の不均衡は避けられない。また、未納、未加入者にもフルペンションを保障するため、フルペンションの水準が下がることになる。
制度提案に基づく財政収支の見通しについても試算し、両案のメリット、ディメリットを検討した結果、本研究の成果として、第1案の制度改革モデルが、年金制度の信頼を確保し、将来にわたって安定的な制度としていくために最も有効であり、かつ、十分に実現可能なものであるとの結論に達した。

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