要介護状態予防手法の効果実証に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000056A
報告書区分
総括
研究課題名
要介護状態予防手法の効果実証に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 岡山 明(岩手医科大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人口の高齢化とともに、わが国では介護を必要とする高齢者が急速に増加している。これに対して、要介護状態となることを予防するための対策として、運動訓練や社会参加などによる健康増進、脳卒中や骨粗鬆などの疾病予防、そして基礎疾患を抱えた者や虚弱高齢者に対する障害予防(重度化の予防も含む)など、様々な手法が示されている。また、要介護発生の危険因子に関する疫学研究も進んでいる。本研究の目的は、これらの疫学研究・臨床医学研究の知見に基づいて介護予防の可能性を定量的に示すことである。そのため以下の2つの研究を行う。第1に、わが国で行われているコホート研究をもとに、心身機能障害の発生を予防することの可能性を検討する。第2に、介護予防の手法について、これまでの研究に対する文献考察を踏まえて、その効果を定量的に検討する。
研究方法
(1) 高齢者の機能予後と生命予後を規定する要因に関する研究:宮城県大崎保健所管内に住む国保加入者で70歳から79歳の男女全員に対して、1994年9月から12月に生活習慣などの調査を実施した。回答者10,216人のうち、運動機能に支障がないと回答した4,334人に対して、1999年12月までの5年間の死亡・転出状況を調査し、生存者には運動機能などを調査した。以下の2つの解析を行った。第1に、機能予後に影響を及ぼす要因を検討するため、機能を維持できた群1,998人とそうでなかった群1,807人(機能低下群1,333人と死亡群474人の合計)との間で、ベースライン調査時の回答を比較した。第2に、生命予後に影響を及ぼす要因を検討するため、生存者3,331人(機能維持群1,998人と機能低下群1,333人の合計)と死亡者474人との間で、ベースライン調査時の回答を比較した。解析項目は、年齢、性、既往歴、喫煙・運動などの生活習慣、食品や飲料品の摂取頻度、心理的要因であった。(2) 高齢者のADL低下・死亡に生活習慣・健康診断結果が及ぼす影響に関する研究:日本全国から無作為抽出された1980年循環器疾患基礎調査の対象者を用いて、1994年現在65歳以上の高齢者に対して基本的な日常生活動作能力(ADL)に関する調査を行った。調査対象者2,792名に対して2,671名(95.7%)より有効回答を得た。食事、排泄、着替え、屋内移動の5項目が全て自立と回答した者をADL自立者、そうでないものをADL低下者とした。1980年の回答より、性別、年齢、食事摂取状況(卵の摂取頻度、肉の摂取頻度、魚の摂取頻度、漬け物の摂取頻度)、最大血圧値、血清コレステロール値、喫煙習慣、飲酒習慣、Body Mass Index (BMI, kg/m2)および随時血糖値について、その後15年間の生命予後および機能予後(ADL遂行能力)との関連を多重ロジステックモデルにより解析した。(3) 転倒予防対策の有効性に関する文献的検討:転倒骨折は高齢者におけるADL低下の大きな要因となっている。一方、転倒予防対策は世界中で広く試みられており、その有効性なども報告され始めている。そこで、転倒予防を目的とした介入の有効性に関して過去の研究報告について文献検索を行い評価した。そのため、MEDLINE、医学中央雑誌及びコクランライブラリーの報告4)から、転倒予防に関する介入研究の報告を検索した。MEDLINEではfalls、accidental falls、intervention、intervention study、Hip protectorを、医学中央雑誌では転倒、骨折、介入研究、費用効果を キーワードとし検索し、1990年以降に報告された原著のみを検討の対象とした。
結果と考察
(1) 高齢者の機能予後と生命予後を規定する要因に関する研究:70歳以上の地域住民に対する5年間の追跡により、身体運動能力の維持と関連する要因を検討した。脳卒中、高血圧、心筋梗塞、糖尿病の既往があることは、機能維持と生存の双方につい
て阻害作用を及ぼしていた。中でも脳卒中と糖尿病の影響が大きかった。一方、関節炎や骨粗鬆症の既往は、機能維持のオッズを有意に下げたが、生存には影響を及ぼさなかった。生活習慣では、非喫煙、適量の飲酒、活発な身体活動、BMI22-24レベルが機能維持を有意に促進する要因であった。食品では、以下の食品の摂取頻度と機能維持との間に有意な関連があった。卵、牛乳、チーズ、魚介類、トマト、白菜、大豆類、みかん、その他の果物である。週に3-4回以上摂取している野菜の種類数と機能維持との間にも有意な関連があった。心理的要因では、「生きがい」や「はり」を感じている者、物事の判断が早い、日常のストレスが少ない、日常の仕事を急ぐといった自己イメージを持っている者、主観的健康度が高い者において、運動機能が高頻度で維持されていた。(2)高齢者のADL低下・死亡に生活習慣・健康診断結果が及ぼす影響に関する研究:日本人の無作為集団に対する調査成績を用いて、65歳以上の高齢者の日常動作維持能について検討した。男女ともに年齢が高くなるほど日常生活動作は低下し、75歳以上では男性で14.8%、女性で19.6%が日常生活動作に支障を来していた。ADL低下の原因疾患は、男女で異なっていた。ADL低下にしめる脳卒中の人口寄与危険度割合が男性で54%、女性で21.7%であった。一方、下肢骨折の人口寄与割合は、男性では関連がみられなかったが、女性で30.4%であった。さらに前期高齢群と後期高齢群で区分してADL低下状況をみると、後期高齢群で女性のADL低下の割合が高かった。これらのことから、年齢に伴う女性のADL低下の増加は、下肢骨折が増えている可能性がある。従って女性の後期高齢群での下肢骨折の予防と適切なリハビリテーションが、ADL低下を抑えるための重要な課題だと考えられる。ADL低下の危険要因は年齢、高血糖であった。総死亡の危険要因は、高血圧、高血糖、喫煙、禁酒であり、予防要因は血清総コレステロールの上昇、飲酒であった。肥満は生命予後には予防的に働くが、非自立には促進要因となっていた。食事摂取状況では、卵の摂取と肉の摂取が、有意にADL低下の有意な危険要因であった。有意ではなかったが、魚の摂取がADL低下の予防要因であった。(3) 転倒予防対策の有効性に関する文献的検討:諸外国の介入研究では、地域居住者に対するものと施設入所者に対するものに分けられた。地域居住者に対する介入プログラムには、運動、行動変容・健康教育、環境改善といった3種類のアプローチがあった。施設入所者に対しては環境を含めた危険因子に焦点をあてた取組みや、大腿骨頚部骨折予防装具を装着させる試みが行われている。その効果を報告した論文を要約すると、個人の危険因子を検討した上で、内的因子および外的因子に対する介入を行うことは、その後の転倒の発生予防に効果が見られると考えられた。また、高年齢の中でもより高齢者で効果が高いと報告しているものもある。高年齢においては、転倒により骨折、入院、寝たきりに至りやすいため、介入は、寝たきり予防、医療費削減の点からも大きな意味を持つと考えられる。しかし、運動プログラム及び健康教育プログラム等は週2回以上数ヶ月の期間実施しているものが多く、(単発の事業実施を主としている)わが国の現状に照らして実施が可能かどうかは検討の余地がある。そして、研究報告のほとんどが欧米人を対象とした研究であり、日本で同様の効果が認められるかどうかは追試の必要である。今後は、わが国で行われている転倒予防に関する様々な事業・研究に関する情報を収集し、評価するとともに、転倒予防の科学的評価を行うことのできる体制を整備することが緊急の重要課題と思われる。
結論
人口の高齢化が進むなか、介護予防への期待が高まっている。本研究では、コホート研究により介護予防の可能性を検討するとともに、介護予防の手法と有効性を検討した。高齢者における運動機能・ADL遂行能力の維持に関する促進因子として、非喫煙、適量の飲酒、活発な身体活動、BMI22-24レベルなどの生活習慣に加えて、「生きがい」や「はり」を感じているなどの心理的要因
が重要な影響を及ぼしていた。転倒予防対策の手法と有効性を文献的に検討した結果、運動、行動変容・健康教育、環境改善や、大腿骨頚部骨折予防装具を装着させる試みが行われている。その効果を報告した論文を要約すると、個人の危険因子を検討した上で、内的因子および外的因子に対する介入を行うことは、その後の転倒の発生予防に効果が見られることが示された。

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