覚せい剤精神病の症候学に関する多施設間共同研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000055A
報告書区分
総括
研究課題名
覚せい剤精神病の症候学に関する多施設間共同研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
和田 清(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 和田 清(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 小沼杏坪(国立下総療養所)
  • 津久江一郎(瀬野川病院)
  • 梅津 寛(都立松沢病院)
  • 石橋正彦(十全病院)
  • 藤田 治(府立中宮病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
第一次覚せい剤乱用期以来、わが国が提唱してきた「覚せい剤精神病」という概念の正当性をタイ、フィリピン、日本、オ-ストリアによるWHOの"Multi-site Project on Psychiatric Disorders among Methamphetamine Users" プロジェクトにより明らかにする。
研究方法
Study Protocolに基づいて、覚せい剤精神病で入院した患者に対して、同意を得た上で、尿からアンフェタミン類等の検出検査とParticipant Interview Scheduleによる構造化面接調査を5施設にて実施した。
結果と考察
このプロジェクトは現在も進行中である。同意をとることが困難なため、未だに症例数は少ないが、現時点で明らかになったことは以下の通りである。①対象は明らかに男性に多く(84:16)、独身者、離婚者が多かった。単身者も少なくはないが、半数強は親と同居していた。最終学歴は高校中退以下が68%と低く、68%の者が失業中であった。②来所経路としては、家族からが42%と最も多いが、警察経由の者も26%いた。③身体的にはC型肝炎罹患者が56%もおり、針の共有問題が危惧された。また、刺青のある者が28%おり、社会的に逸脱した者が少なくないことが確認された。④精神病の家族負因は6%の者にしか認められなかったが、物質関連障害の家族負因は16%の者に認められた。⑤80%の者の尿からアンフェタミン類が検出された。このアンフェタミン類はおそらくメタンフェタミンと推定できるが、その初回使用年齢は平均21.5歳であり、使用年数の平均は9.1年であった。また、最高一日使用量は平均0.08gであり、ほぼグラム・パケ1袋と換算できる。アンフェタミン類の注射経験は95%の者にみられ、週2~3回注射していた者が42%と最も多かった。週日と週末とでの使用量は、週末の方が僅かに多かった。入院前1週間での使用日数は平均2.1日であり、その間の1日最大使用量は平均0.33gであった。また、その間の睡眠時間は平均4.0時間であった。また、その間に併用した違法性薬物は全くなく、乱用はアンフェタミン類に限られていた。過去12ヶ月間をみると、アンフェタミン類の使用により、情動・感覚・気分の不調を経験した者が多く、仕事/学校を休んだ者も多かった。また、21%の者はアンフェタミン類の入手のために違法行為を働いたことがあり、37%の者はアンフェタミン類の作用下で違法行為を行った既往があった。渇望は週2~3回以上覚えた者が53%おり、1ヶ月に1回以上の(使用に関する)自己コントロール困難を経験した者が58%にのぼった。しかし、耐性を自覚した者は予想外に少なかった。⑥アンフェタミン類以外に経験の違法性乱用薬物としては、有機溶剤が42%、大麻が26%、コカインが10.5%であったが、過去90日間に限れば、有機溶剤のみであった。結局の所、アンフェタミン類のみの乱用に絞られる結果であった。また、薬物乱用者との交友関係をみても、上記と同じ種類の薬物の乱用者との交友のみであった。⑦ 逮捕・補導歴のある者が84%、有罪判決を受けたことのある者が63%にのぼった。また、矯正施設入所歴のある者が63%にのぼった。⑧性行動では同性と関係を持った者はいなかったが、売春経験のある者が1人いた。⑨過去1ヶ月間の健康状態は47%の者が「悪かった」と自覚しており、活動の制限、仕事量の低下等が認められ、社会活動に影響が出た者が半数を超えていた。⑩精神病性障害としては、MINI PLUSの使用により、74%の者に追跡・被害・関係妄想が認められ、63%の者に幻聴、53%の者に幻視が認められた。一方、思考吹入・させられ体験(32%)、
テレパシー体験(32%)、思考伝播(26%)も認められたが、高率とは言えず、覚せい剤精神病の特徴が表現されていた。併存障害としては物質誘発性の気分障害が2名(10.5%)に認められたのみであった。また、MANCHESTER SCALEでも、まとまりをもった妄想、幻覚、不安がそれぞれ84%、69%、68%と高率に認められ、覚せい剤精神病の精神症状が表現されていた。しかし、そうであるからこそ、今回のPlotocolでは、患者の同意をとることが難しく、結果的に症例がなかなか集められなかった。⑪全症例中44%の者はアンフェタミン類による障害の治療は今回が初めてであったが、中には既に4回、7回、10回と治療歴のある者もいた。また、覚せい剤精神病の治療に限れば、同じく44%の者が今回が初めての治療であったが、既に2回以上の治療歴を持つ者が33.3%おり、わが国が提唱する再発準備性の亢進という点での覚せい剤精神病観からは、むしろそのような患者の方が研究対象として妥当な面があると考えられた。これは今後の課題の一つといえる。また、覚せい剤使用のための障害に対する治療的社会資源として、わが国では矯正施設を除けばDARC(Drug Addiction Rehabilitation Center)しかなく、その貧困さが明らかになった。また、覚せい剤精神病の原因がアンフェタミン類以外の物質であった症例、ストレスが原因であった症例は、今回は少なかった。これも今回のプロジェクトの対象の選び方に起因するところが大きいと考えられた。
結論
覚せい剤精神病のそれなりの病像はとらえることができた。しかし、アンフェタミン類の使用及び覚せい剤精神病の発病を繰り返せば繰り返すほど再燃準備性が亢進するというわが国の覚せい剤精神病観からは、今回の対象選択法が妥当だとは言えない面がある。今後のWHOプロジェクトでは、再発準備性の亢進に焦点をおいて、対象を選ぶ必要がある。

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