輸血事故(過誤)の防止に関する効果的な方策及び社会経済学的観点からの政策選択に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000054A
報告書区分
総括
研究課題名
輸血事故(過誤)の防止に関する効果的な方策及び社会経済学的観点からの政策選択に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
柴田 洋一(東京大学医学部附属病院輸血部)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋孝喜(虎の門病院)
  • 比留間潔(東京都立駒込病院)
  • 河原和夫(東京医科歯科大学大学院医療管理学分野)
  • 松崎道男(横浜市立大学医学部附属市民医療センター)
  • 吉田道雄(熊本大学教育学部)
  • 中村幸夫(国立国際医療センター)
  • 梶原道子(東京医科歯科大学附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班では重篤な医療過誤の代表的なものである輸血過誤に関して、危険因子を解析し、防止対策を検討し、輸血医療の安全性を向上させることが目的である。
研究方法
以下の項目について、医療過誤の発生に至る背景、危険因子を解析し、有効な防止対策について検討した。
1) 輸血過誤の背景の検討
輸血過誤事例の危険因子を検討するため、日本輸血学会のABO型不適合輸血実態調査の結果を解析した。
2) 小児領域の輸血の特殊性の検討
小児の輸血療法、検査の問題点について検討し、輸血過誤防止対策上の特殊性について考察した。
3) 周産期における大出血ならびに輸血の問題点の解析
国立病院等総合情報ネットワークシステム(HOSPnet)による臨床産科情報ネットワーク(Clinical Obstetric Information network:COIN)の5年間の臨床統計データを解析した。
4) 輸血インシデントの調査・解析
都立駒込病院の輸血に関するインシデントレポートの内容及び神奈川県内検査技師を対象にした「今までに遭遇した輸血に関連するインシデント」に関するアンケート調査(複数回答可)を解析した。
5) 輸血時の「ヒヤリハット体験」に関する調査
熊本県内の看護婦30名を対象に実施した輸血時の「ヒヤリハット体験」に関する調査結果を解析した。
6) 管理体制のアンケート調査
神奈川県内の病院を対象に平成11年、12年に実施した、輸血療法委員会や輸血部門の設置、責任医師、担当技師の配置に関する実態アンケート調査を解析した。
7) ベッドサイドにおける輸血実施時の血液型照合確認システムの利便性の検討
横浜市大総合医療センターの看護婦を対象に、コンピュータによる輸血管理のアンケート調査を実施した。
8) ABO不適合輸血による年間死亡者数、遺失利益に関する推定
前述のABO型不適合輸血実態アンケート調査及び平成10年に実施された厚生省「血液製剤使用状況調査」結果から、ABO不適合輸血による年間死亡者数、さらに直接的な経済損失を推定した。
結果と考察
1) 輸血過誤の背景
前述のABO型不適合輸血実態ア調査では、時間外、緊急時に発生した輸血過誤が、各々、60.2%、47.0%を占め、人員の手薄な場合に、輸血過誤が発生し易いことを示している。ベッドサイドでの患者・血液バッグの照合確認のミスが全体の54%を占め、輸血直前の最終チェックの重要性が改めて明らかになった。
2) 小児領域の輸血の特殊性
特に年少児の場合、輸血直前の患者確認について本人の協力を得難い。「自分に対する医療行為への注意と関心」を成人と同様に期待することは難しい。輸血副作用が発生した場合も、その症状を医療者に的確に訴えることが少ないようにコミュニケーション能力の問題が大きい。ABO型不適合輸血は輸血開始5分以内に初期徴候が現れることが多く、小児に対しては、「麻酔中の患者」等に対すると同様、体格が小さいため、一定量の血液が与える影響が成人よりも大きい。ABO major mismatchの赤血球が仮に50ml輸血された場合、15kgの小児と60kgの成人では与える影響は異なる。導入が期待されるバーコード入りリストバンドと小型バーコードリーダーによる患者と製剤の照合についても小児装着可能な素材、充分な情報を盛り込む技術を要する。
3) 周産期における大出血ならびに輸血の問題点
COIN annual report for 1999に集計された国立病院36施設の総分娩数は13193件で、分娩時異常出血は3261件(24.7%)に認められた。各施設の頻度には数十倍の開きが見られた。輸血は43件(0.3%)に実施されていた。分娩時出血の多寡に関与する因子は多く、出血量の予測はほぼ不可能であった。初回の分娩時に500g以上の出血例は、2回目や3回目の分娩時にも500g以上の出血を繰り返す場合がほとんどであった。一般献血者の不規則性抗体の陽性率は女性0.92%、男性0.40%と性差がある。経妊婦と初妊婦の不規則抗体、抗白血球抗体および抗血小板抗体の陽性率は、いづれも経妊婦が初妊婦の3倍~10倍以上高く、経胎盤出血による抗体産生の可能性が示唆された。輸血を受ける場合、男性に比べて女性はハイリスクであり、経妊婦はさらにハイリスクといえる。
4) 輸血インシデントの解析
医療機関全体の輸血に関するインシデント報告を見ると、少数ながらABO不適合輸血に結びつく過誤として、請求伝票の血液型記載過誤、検体取り違え、検査結果の記載過誤が認められた。複数のチェックによって幸い赤血球の型違え輸血は未然に防ぐ体制にあると考えられるが、インシデント事例に関する医療スタッフ間の充分な情報交換に基づく防止策の徹底が重要である。ヒューマンエラー防止策としてコンピュータ照合確認方式が有用と考えられるが、Wenzらの開発したBloodloc Safety Systemの問題点を改良し、実用的で費用対効果などの面から小規模病院でも導入し易い「輸血錠」を開発することも重要である。輸血錠は、患者の同定を行なわなければ輸血をできないようにする方法で、患者や輸血バッグの取り違えの防止に有効と思われた。検査技師に対する調査では、34名中、24名(70.5%)が輸血事故及びインシデントを経験を回答し、計66件のインシデントが集まった。ABO不適合輸血に結びつく過誤として、輸血検査ミス(ほとんどが医師の検査ミス)、輸血請求伝票記載ミス、採血時の患者の取り違え(ほとんどが看護婦)、ラベルの貼り間違え、同時採血などを認めた。
5) 輸血時の「ヒヤリハット体験」調査
体験が「全くない」が60%、「ほとんどない」が33.3%と、ほぼ問題がないようであるが、現実にはいくつかの事例を経験が報告されている。必ずしも輸血が頻繁に実施されない中小規模病院の看護婦を中心とする小規模の調査であるが、輸血過誤を含む医療過誤の危険が小さくないこと、また、医療スタッフの医療過誤に対する不安も大きいこと、「ヒヤリハット体験」が職場の状況や回答者の主観的な判断によって評価が異なることが判明した。医療過誤防止対策を考える上で、組織風土や人間関係など心理的な側面を重視する必要性がある。
6) 管理体制のアンケート調査
神奈川県内の病院を対象にした平成11年、12年の調査では、輸血部門の設置、輸血責任医師の任命、輸血担当技師の配置、輸血業務の24時間体制に関して、それぞれ、33%から37%、13%から31%、36%から58%、71%から81%と、いづれも増加する傾向を認めた。他方、両年度とも時間外の輸血検査は医師が実施するとの回答が5%に見られた。体制整備が進みつつある中で、輸血過誤を含む医療過誤防止に積極的でない医療機関も存在することは問題である。
7) ベッドサイドにおける輸血実施時の血液型照合確認システムの利便性の検討
コンピュータによる輸血管理に対しては、コンピュータの煩雑さと医療行為の実感が少ないなど抵抗感をもっていることが判明した。特に有望視されているベッドサイドのバーコード照合確認方式に関しても、医療スタッフに利用し易い汎用性のあるものが必要と考えられる。
8) ABO不適合輸血による年間死亡者数、遺失利益に関する推定
平成10年に実施された厚生省「血液製剤使用状況調査」および日本輸血学会ABO不適合輸血実態調査結果から、ABO不適合輸血が年間、推定輸血実人数の0.015%、76.3件(男性42.3件、女性34.0件)発生していると推定される。他方、米国ニューヨーク州の調査結果から不適合輸血事例の1/20が死亡すると仮定すると、年間3.82人が不適合輸血により死亡していると推計される。
各年齢階級に同等の確率でABO不適合輸血が発生するものとし、死亡する患者は原疾患の影響はないものとして、経済分析を実施した。ABO不適合輸血による致死的な合併症である急性腎不全及び播種性血管内凝固(DIC)などが発生する場合と、重篤な合併症がない場合を想定し、各々の入院期間、治療費用、死亡時の遺失利益を計算すると、ABO不適合輸血による総経済損失は95,227,062円?334,625,804円の範囲にあると考えられる。
結論
ABO型不適合輸血が今日なお繰り返され、多くは患者・血液バッグの取り違えが原因であり、また、体制不充分な時間外、緊急時の発生も多く見られる。現実に中規模以下の医療過誤が比較的起こり難いとされる医療機関に於いても「ヒヤリハット」事例は存在し、医療スタッフは医療過誤に対する不安をかかえたまま、具体的な解決策は提示されていない。バーコード入りリストバンドの利用によるコンピュータ照合などを含む輸血関連体制の整備、リスクマネージメントの充実が緊急課題と思われる。輸血時の患者と輸血用血液の照合確認として、先ず、スキャナー付き携帯端末で患者リストバンドのバーコードを読みとり、次に輸血適合票の輸血用血液の適合情報(バーコード)を読みとり、さらに血液バッグから輸血用血液の情報を読みとる、3点で認証する方式が考えられる。導入、普及に際して、経済性、簡便性、汎用性が鍵となる。
Institute of Medicine(IOM)の報告を踏まえたクリントン前米大統領の2000年2月22日の談話では、年間44,000人から98,000人の米国人が医療事故で死亡し、医療事故は米国における死因の第8位であるという。上記の米国の状況から考えると、本研究班で推定した我が国の輸血過誤の発生確率は低いように思われる。また、推定される総遺失利益も輸血の中心が高齢者であることを反映した比較的小さな金額となっている。しかし、医療過誤の頻発から医療不信を招いている現状を改善するために、最も象徴的な課題である輸血過誤を含む医療過誤の防止策を構築することは緊急課題であると考えられる。
献血推進、血液の安全性確保など、輸血は国家が最終責任を持つべき医療である。技術集積性が高い輸血医療の標準化、レベルアップのために、安全で合理的な輸血を推進している医療機関に対する診療報酬加算等による政策誘導なども必要と思われる。民間の市場メカニズムに依存した医療の安全性向上には一定の限界があると考えられ、医療に於けるリスクマネージメントの重要性を認識した政策展開が今後益々必要になると考えられる。

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