保健所等における地域健康危機管理のあり方に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000045A
報告書区分
総括
研究課題名
保健所等における地域健康危機管理のあり方に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
藤本 眞一(県立広島女子大学生活科学部人間福祉学科)
研究分担者(所属機関)
  • 小窪和博(岐阜県東濃地域保健所)
  • 藤田信(静岡県志太榛原健康福祉センター)
  • 織田肇(大阪府立公衆衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
保健所は、知事・市長の権限のうち、長年健康危機管理業務を出先機関として遂行しており、わが国の第二次世界大戦後の健康水準の維持に、特に結核をはじめとする感染症対策を中心として昭和時代を通じて大きく貢献してきた。しかしながら、衛生水準の向上による急性感染症の罹患率の大幅な減少や、結核死亡の大幅な減少により、衛生行政における健康危機管理的な要素は表面的には見えにくくなり、保健所があたかも単なる公立の保健サービス提供機関であるかのように考えられることも多くなってきた。その一方で腸管出血性大腸菌感染症や砒素中毒事件などの事件による大規模な健康危機管理事例が多発してきており、そのための対応機関としての保健所の役割に注目が集まりかけている。過去、保健所においては様々な議論や動向があったが、地方自治体における健康危機管理の役割は、このたび地域保健法で規定されている基本指針で明確に位置付けられた。そこで本研究では、保健所を中心とした地方自治体及びその出先機関における健康危機管理の役割について詳細に研究し、もって今後の地方衛生行政機構の構築の一助とすることを目的とする。また保健所とともに地域の健康危機管理において必須の機関である地方衛生研究所の最も大きな役割は原因の究明であるが、地域における健康危機に際し、地方衛生研究所が迅速かつ的確にその原因究明を行うことが重要であり、平常時から検査についてマニュアルを整備する必要がある。また今後の地方衛生研究所の機能として保健所と共同した疫学的調査能力の向上が求められており、今後の対応に資するために疫学解析事例の収集調査を行った。
研究方法
1 全国の保健所及びその統合組織の実態とその権限についての研究
まず全国の保健所設置都道府県市区120か所にアンケートを実施し、保健所が、福祉事務所または他の出先機関と統合されているか調査した。また上記の統合組織実態調査に合わせて、保健所を設置している各都道府県知事、市長及び特別区長が、保健所長へ事務委任している規則を収集した。それらの事務委任規則の中から健康危機管理業務に着目し、その事前管理と事後管理に相当する法規を抽出し、関連法規を特定した。地方自治体ごとにどのような事務が保健所長またはセンター長に委任されているか、あるいは委任されず首長の権限のままであるか調査し、それぞれを比較検討して保健所やその統合組織の機能上の問題点を指摘した。
2 保健所健康危機事例に関する研究
全国の保健所に、過去5年間に発生した保健所健康危機管理事例等とその対応、問題点などをアンケート調査し、さらに事例によっては健康危機管理上の問題点等について精査した。
3 保健所結核対策にみる健康危機管理事前管理の在り方に関する研究
健康危機管理の事前管理として結核予防対策に着目し、全国の保健所の結核予防対策等について往復郵送による自記式のアンケート法により調査した。
4 健康危機管理における地方衛生研究所の役割に関する研究
検査マニュアルについては、水、土壌、空気、食品、血液・胃洗浄液などの生体試料など試料の種類に応じ、毒物、農薬、医薬品、その他の化学物質のスクリーニングのための検査マニュアルを作成した。また、細菌性食中毒において他とは異なる検査手法が必要なエンテロトキシンについて実証的な検査法の検討を行った。疫学事例の収集に関しては、国内外の危機事例の報告から疫学的解析の行われたものを抽出・調査した。
結果と考察
1 全国の保健所及びその統合組織の実態とその権限についての研究
保健所と福祉事務所などの統合は、平成5年に広島県が全国で初めて実施して以来、全国的に実施されてきた。この研究では、統合組織の実態を調査た。その結果、統合は46道府県中20府県と過半近くを占めていた。このことは、今後地域保健行政を議論する際に保健所という組織を単独として考えることにあまり意味がないことを示しており、保健所の議論は慎重かつ実態に即して行うべきであると考える。また統合組織における保健所の兼務発令上の問題として、保健所職員が発令上全く存在しないところや保健所長のみのところが半数であったことが指摘される。これらについては、健康危機発生時の混乱を防ぐため、保健所の職員に相当する統合組織職員には、保健所職員への兼務発令等を行い、保健所長の指揮監督下にもあることを明確に規定しておく必要があると考える。首長の保健所長への事務委任は、全国様々な形態があった。また新たに構築された統合組織のセンター長への委任し直しはあまり行われていなかった。このことは健康危機発生時の責任の所在に関する重要事項であり、地方自治体において、それぞれ再検討が必要な事項と考える。本当に想像もつかない危機事例もあることを考えると、最後に頼れるのは既存のマニュアルではなく、フリーハンドで事態の収拾に当たることのできる能力の醸成ということになろう。この醸成は、未知の問題に対する問題解決能力が地域健康危機管理のリーダーとしての保健所長に求められていると思う。今後の保健所長の採用に当たっては、各地方自治体の採用担当者が真剣に考える必要のある問題と思われる。
2 保健所健康危機事例に関する研究
平成7年から11年までの5年間の保健所における健康危機事例を収集したところ、全国から377件の事例を収集することができた。事例は食中毒と感染症で全体の7割を占め、これらの多くの事例には適切なマニュアルが有効と考えられる。しかし保健所が直接関与しない自然災害やその他の健康危機管理事例も散発しており、これらにはマニュアルがないものがほとんどである。今まで経験したことのない危機が、本当の健康危機管理であり、その際は、リーダーであるべき保健所長の腕が問われている。また危機管理発生に備えて、日常業務遂行に当たり多少疑って考えてみる習慣をつけたり、地域の情報を積極的に入手する努力を怠らないことが重要であると考える。
3 保健所結核対策にみる健康危機管理事前管理の在り方に関する研究
健康危機管理の事前管理の観点から、結核に対する平常時の組織体制について全国の保健所にアンケート調査を実施したところ、以下のようであった。①放射線技師は、ほとんどの保健所に配置されていたが、配置のない保健所は8ヶ所、自治体内にもいないところが6ヶ所あった。②定期外検診を全て自前で行っている保健所は約1/3であったが、事務効率を目的とした委託は望ましくなく、保健所が主体的に運営することが必要である。③結核診査協議会は、ほとんどの保健所で月2回開催されていた。④結核診査協議会の中で、結核の集団発生時に事務処理困難なところが若干認められた。⑤診査患者等の健康情報の収集が不十分である保健所が1割前後認められた。これからは、コホート情報の積極的な収集が望まれる。長年慣例となっている業務でも、保健所として最小限対応すべきことと、経済的な効率による節約とを区別して考える必要があると思われる。
4 健康危機管理における地方衛生研究所の役割に関する研究
地域の健康危機管理において地方衛生研究所の最も大きな役割は原因の究明である。このため平常時から原因物質に関する検査マニュアルを整備しておく必要がある。本研究においては、毒物、農薬、医薬品、その他の化学物質について、水、土壌、空気、食品、血液・尿・胃洗浄液など、試料の種類に応じた検査マニュアルを作成した。また、細菌性食中毒において他とは異なる検査手法が必要なエンテロトキシンについてその検査法の検討を行った。さらに、原因究明において保健所等と共同しておこなう疫学調査が、今後地方衛生研究所としても重要になると考えられることから、内外の健康危機において、本格的な疫学解析の行われた事例を収集調査した。この中で可能な限りの物質について検査マニュアルを作成することは重要である。また平成12年度に話題となった黄色ブドウ球菌による細菌性食中毒において他とは異なる検査手法が必要なエンテロトキシンについてその検査法の検討を行い、報告されていることは大変有意義である。
結論
地域における健康危機管理について、4人の主任・分担研究者により様々な検討を行った。全国の保健所及びその統合組織の実態とその権限についての研究では、全国的に増加している福祉事務所などとの統合組織において健康危機管理が円滑に推進できない恐れについて指摘している。とのような組織であろうと、住民にとって有用な組織でなければ、組織を構築する側の自己満足になってしまうことを改めて指摘しておきたい。また、中央官庁においても、健康危機管理の発生に備えて、たとえば厚生労働省にフリーに活動できるような組織(たとえば健康危機管理機動隊)を常駐させておくなどの方法も有効ではないかと考える。健康危機の発生に際して直ちに現地入りし、地方自治体や保健所を支援するようになれば、健康危機の規模に応じて柔軟な対応ができると考える。

公開日・更新日

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