DS86の見直し及びDS01の基礎的モデル形成に係る研究

文献情報

文献番号
200000044A
報告書区分
総括
研究課題名
DS86の見直し及びDS01の基礎的モデル形成に係る研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
長瀧 重信(放射線影響研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 葉佐井博巳(広島国際学院大学工学部)
  • 星正治(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 静間清(広島大学工学部)
  • 小佐古敏荘(東京大学原子力研究総合センター)
  • 柴田徳思(高エネルギー加速器研究機構放射線科学センター)
  • 丸山隆司(放射線影響協会)
  • 平良専純(放射線影響研究所)
  • 藤田正一郎(放射線影響研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
原爆被爆者の被曝線量の評価には、1986年に日米合同の委員会によってまとめられたDS86(1986年線量評価体系の略)が現時点における最良のものとされ、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準の根拠として用いられるなど、世界の放射線防護の基本的資料となっている。一方、厚生行政においても、広島・長崎における原子爆弾による放射能や熱線等に起因する病気やけがについて、全額国庫負担での医療給付を受けるためには厚生労働大臣の認定を受ける必要があり、この認定の過程でもDS86は個々の申請者の被曝線量評価に用いられている。しかしこのDS86に関しては、広島の中性子に関する計算値と測定値の不一致を中心とする不確定性が存在する。そこで、本研究は、この中性子に関する計算値と測定値の不一致問題を解決すると共に、DS86に関するその他の不確定性を解消し、新しいモデルによる新しい線量体系を日米共同で作成するために, 新しいモデルを開発することを目的とする。本報告書では、この問題を解決するために行った最近の日本での研究成果を報告すると共に、日米の研究成果の検討と新しい線量評価体系の作成の方向性を討議するために広島で開催した日米の線量評価実務研究班による合同会議の要約について報告する。
研究方法
現在使用されている原爆線量評価体系DS86は、核物理学の理論に基づく空気中カーマ、遮蔽カーマ、臓器線量の計算モデルを統合した線量計算方法に、被爆者の遮蔽データを入力として被爆者の被曝線量を計算するコンピュータ・システムである。この計算値の妥当性は、実際に広島・長崎で被曝した物理学的な試料(瓦、タイル、岩石、鉄、コンクリート、硫黄、など)の中の残留放射能の測定値対応する計算値との比較により検討された。現在提起されている広島の中性子に関する計算値と測定値の不一致の問題を解決するために、日米の物理学者により、日本側は主として測定、米国側は計算を中心にしてDS86に関するすべての要因について再検討を行ってきた。不一致問題を中心とするDS86の不確定性を早急に解消し、新しい原爆線量評価体系を作成するために、本年度、日米両国に線量再評価実務研究班を設置して研究活動を行い、日米合同会議を開催することにより話し合いを密にして共同歩調を確認してゆくこととした。具体的には、測定面からすると、これまでに得られた多くの測定値から見られる爆弾からの距離とDS86からのズレの傾向の変動幅を減少させるための測定のみに今後は限定し、計算面からすると、コンピュータの進歩による爆弾のスペクトルの再計算を手始めに、計算値を測定値に一致させる理論的に可能な計算を追及して行く、ことにより問題解決に対処する。
結果と考察
原爆線量評価体系DS86について、2000年3月13-14日放射線影響研究所主催により広島で日米線量ワークショップが開催された。この会議では、広島の中性子に関する計算値と測定値の不一致を中心とする問題解決の方策と方向性が討議された。これを踏まえて、日米双方に線量再評価のための実務研究班が両国政府の援助のもとに設置され、DS86線量再評価の研究活動を行ってきた。2000年12月4-5日には、日米線量実務研究者代表会議を広島で開催し、これまでの研究項目の簡単な検討と今後の研究方向および時間的な予定について討議した。2001年3月21-23日には放射線影響研究所主催により広島で、日米線量実務研究班の合同会議を開催した
。問題解決のための研究方向と今後の研究の日米分担と予定表などについて討議し合意した。さらに、DS86報告書(グリーン・ブック)を更新する方法、DS86報告書の改訂版について日米双方の執筆責任者および協力者の選出、についての討議もなされた。
特に最近の研究を中心に詳細な検討を行い、中性子不一致問題に関しては、測定値と計算値が一致する部分、学術的な不一致と不確実性が認められる部分、および、このような不確実性を解消するための方策を確認し、これについて検討を行った。近距離(概ね、爆心地から1km以内)の測定データについては、その距離との関係(DS86との不一致の傾向)がはっきりしており、測定値と計算値を一致させる方向へ努力することで合意したが、遠距離(爆心地から1km以遠)の測定値については、その距離との関係(DS86との不一致の傾向)についての変動幅が大きく、先ず、測定値の側だけでこの変動幅を縮小させる努力をし、その後に合意した合理的な測定値の傾向に対して計算値を合わせる努力をすることとなった。
遠距離で測定データがDS86からずれることに関して、1)放射能の測定データは間違っていないだろう、2)但し、放射能は原爆からの直接の中性子線によるのではないだろう、というのが遠距離の測定データに対するアメリカ側の解釈である。その理由として、遠距離での放射能の減衰が中性子の減弱距離から説明できないこと、塩素-36の深さ分布が表面で高く、距離とともに急激に減少していて中性子の減衰で説明できないこと、これを説明できる可能性として他のところで作られた放射能が運ばれて表面に付着したことが考えられること、また、塩素-36の深いところの放射能はDS86に近いこと、などをあげている。この説明は説得力があるが疑問点もある。主としてアメリカ側が測定している塩素-36の場合は自然界にたくさんあると思われるが、日本側が測定しているコバルト-60やユーロピウム-152について、表面に他のところのコバルト-60やユーロピウム-152が付着したと考えるのは無理がありそうだ。他のところで作られたものとして宇宙線起源の中性子が考えられるが、検討結果からすると説明に無理がある。重要な論点であり、今後検討を深めて行く必要がある。
研究成果については、再評価の最近の研究項目を見るためにも、合同会議での報告項目を以下に示す。日本側からは、1)環境中性子により誘発された自然界Eu-152、Eu-154、Eu-155、Co-60およびそれらの広島・長崎原爆被爆試料への寄与、2)ND標識を付けた原爆被曝鉄試料のCo-60比放射能の解析、3)長崎原爆の爆発点から約1.6km地点におけるEu-152比放射能:実測値とDS86との比較、4)低バックグランド液体シンチレーション計数器を用いたNi-63の測定、5)Si-NaI反同時分光計による銅中のNi-63の測定、6)63Cu(n,p)63Ni反応の断面積の測定、7)亀裂モデルを用いたNi-63出力の計算、についての報告があり、米国側からは、1)米国ワーキンググループのプログラム計画、2)ソースタームの計算、3)空中輸送、4)測定値データベースおよび不確定性の計算、5)試料のモデリング、6)塩素とニッケルの測定および結果、7)家屋および地形による遮蔽、8)長崎の工場遮蔽、についての報告があった。
米国側の報告の中で特に注目すべきものとしては、世界最速のコンピュータを用いて行われた広島型爆弾のソーススペクトルに関する詳細な計算結果、および、このスペクトルに基づいて現在計算中である放射線の空気中輸送計算に関する結果の一部である。アメリカ側が今回の再評価実務班の研究活動により絶対に問題を解決するのだとの覚悟が感じられる。今回のもっとも新しいことは、1km以内で、爆発の高度を変えずに、計算値を測定値に合わせてきたことである。これにより、少なくとも測定データは輸送計算で合わせられるということである。米国側が考えている計算からの測定データとの一致への方向付けに関する要点を以下に列挙する。
1)今回の改善は全面的であり、窒素と酸素の断面積を変更したことである。今まで日本側ではENDF-B 6 を使っていたがENDF-B 6.2を使って計算すると近距離が合ってくることである。爆心で30%熱中性子を減少させ、その反応による塩素36などの生成量を減らし、測定値に合わせることができるということである。この窒素と酸素の断面積については、2-5MeV付近の弾性散乱など変更したとのことである。
2)広島型爆弾のソーススペクトルは詳しくなったが本質的な変更はない。
3)広島の1km以遠では測定データがDS86計算値よりも大きく、データや計算の見直しをする必要がある。(ソーススペクトルが変わらずに近距離が低くなれば、計算値はそのままでは遠距離ではDS86よりも低くなる方向となり矛盾する。)
4)測定データの再評価により1km以遠のデータが低くなればそれで良いが、もし低くならなければ、散乱断面積をまず変更する可能性が考えられる。
5)もしそれでも測定値と合わなかったら、データの距離分布から逆算してでも、ソースタームを変更する可能性もある。再評価による測定データの距離分布が確定すれば、最終的には計算により測定データに合わすことが可能である。
しかし、今回示された結果については疑問点もあり、日本側としては今後、1)上述のENDF B-6.2と変更があるというMCNP4Cのプログラムを早期に入手し、すでに米国側から入手済みのソースタームを使って計算をして結果を確認すること、2)輸送計算のみでこのような変更が可能ならば、今までのカリフォルニウムを使ったベンチマークの実験の計算が変わらないのか、東海村の事故の計算と測定値の一致は再現できるのか、長崎の計算は変更なしで済むのか、それとも静間の測定データのとおりなのか、など早期に検討する必要がある。
時間的な制約から、できるだけ多くの機会に日米実務班が会合することの必要性が強調された。2001年6月には米国保健物理学会(原爆再評価のセッション有り)を利用して、少数の日本人研究者の参加による日米合同会議を開き(オハイオ州クリーブランド)、新しい測定値および計算値に関する進捗状況の評価を行う。さらに,2001年秋には日米の実務研究班会議を開催する(広島)予定である。これらの実務研究班による活動を経て、2002年前半には新しい線量評価体系(DS86の改訂版)を完成させる予定である。その後、この線量計算プログラムは放射線影響研究所に導入されて、個々の被爆者の被曝線量が計算される。この被曝線量を使用して、原爆放射線の健康後影響の再評価が行われることになる。この被曝線量に有意な変更が行われた場合には、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告の基礎の大きな変更となり、世界の放射線防護対策に多大な影響を与えるものと考える。また、被爆者援護法における認定業務の適正な実施に資するものと考えられる。ただし、再評価が行われている現在においても、現在のDS86を、放射線による被曝線量の決定とその健康後影響を検討することに用いることは妥当であると考えられており、新方式が完成し、日米合同の上級線量委員会により新方式が承認されるまで、現在のDS86の使用を続けることが2000年3月の日米線量ワークショップで確認されている。
日米で合意している現状認識を以下に示す。1)日米線量実務班合同会議でも一部示された、広島型原爆からの放射線アウトプットに関する新しい計算を行い、この結果を用いて新しい放射線量計算方式を完成させる。2)これまでの測定値に加え、焦点を絞って新しい測定を行い、爆心地から1 km以遠における放射線量をより明確にし、その精度を高める。これらの測定は2001年中に終える。3)新しい測定値および計算値に関する進捗状況の評価のため、2001年6月に少数の日本人研究者の参加による会合を開き(オハイオ州クリーブランド)、2001年秋に日米の実務研究班会議を開催する(広島)予定である。4)2002年前半までに測定値と計算値の不一致を解消するよう努める。
日本側の研究成果としては次のようなものがある。
1)爆発モデルを仮想し、もし爆発過程でクラックが出来、また、爆発高度の変更が可能なら、計算値と測定値の不一致の解決ができる、と提案した。
2)長崎の被爆試料の測定を行った(爆心から約1.6 km地点のコンクリート、Eu-152)。
3)速中性子によるNi-63の反応断面積について検討した。又逆同時計数による低バックグランドβ線測定装置を制作し性能評価と被爆資料の測定を行った。
4)低バックグランド装置による広島の被爆試料の測定を行った。(爆心より382m、日本銀行屋上避雷針に使用された銅線、Ni-63、)
5)環境中に含まれる中性子によるバックグランドの被曝試料測定への影響の評価。
結論
DS86は、基本的には今日の科学的知見からみて最良のものであるものの、広島の中性子に関する計算値と測定値の不一致の問題を中心に不確定性が存在する。DS86の発表後14年の間に、計算能力および測定技術は再び大きく向上した。その結果、原爆被爆試料における計算値と測定値の不一致をはじめとする、DS86について以前指摘されていた問題を解決することが可能になってきた。そこで、このDS86に関する不確定性を解消し、新しい原爆線量評価体系を作成するために、日米両国に線量再評価実務研究班を設置し、日米合同会議を開催して研究成果の検討し、日米共同歩調による将来計画について討議した。米国側は、広島原爆のソーススペクトルに関する詳細な計算とこのペクトルに基づいた放射線の空気中輸送計算を行った。さらに、測定データに合わせるための数々の計算技法も紹介しかつ必要に応じて実行することを約束した。そのためにも、遠距離の測定データについての理解を深め、その距離別分布の変動幅を減少させることの必要性が強調された。再度の日米合同会議を経て、2002年の前半には新しい線量体系(DS86の改訂版)を完成させる予定である。この体系は日米それぞれの上級委員会(今後設置の予定)により承認されるべきものと考えられている。本報告は関係する諸機関への情報提供に資するものと考えられ、また、その成果は世界の放射線防護対策にも影響を与えるものと考える。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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