文献情報
文献番号
200000034A
報告書区分
総括
研究課題名
社会的問題行動を起こす新たな精神病理に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武彦(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
- 西園昌久(福岡大学医学部名誉教授、心理社会的精神医学研究所)
- 中島豊爾(岡山県立岡山病院)
- 高橋紳吾(東邦大学医学部精神医学講座)
- 伊藤順一郎(国立精神・神経センター精神保健研究所)
- 高塚雄介(早稲田大学学生相談センター)
- 児玉隆治(東京学芸大学保健管理センター)
- 荒田寛(国立精神・神経センター精神保健研究所)
- 川野健治(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
「引きこもり」は社会からの撤退(withdrawal)を意味するが、本来これは自我防衛の機制であり従来の精神医学で言う精神病理とは言えない。しかしながら多様化する価値観や状況の変転する現代社会にあって、直面した状況において適切な判断ができないままに社会から撤退をしているという意味では、今日的現象としてみられる「引きこもり」は「新たな社会病理」現象でもあるが、これらの社会現象には現代社会におけるこころの育ちに関わる『新たな精神病理』があると考えることもできよう。
このような「新たな精神病理」に深く関係すると思われる社会的問題行動や社会病理現象はここに挙げた「引きこもり」のみならず、いわゆる「いじめ」や「家庭内暴力」あるいは「校内暴力」などを挙げることもできる。このような状況下にあって、非行意識や犯罪意識も薄い「有機溶剤乱用」や「覚醒剤乱用」などの社会病理現象が広がるほか、いわゆる「17歳問題」として取り上げられた青少年犯罪は増加の傾向が見られる。その一方で、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年たちも増加の傾向にあると見ることができる。
本研究では、社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造と、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることによってこれらの「新たな社会病理」現象の解明に寄与し、国民の精神的健康の保持及び増進を図るとともに精神保健福祉行政のいっそうの推進を図ろうとするものである。
このような「新たな精神病理」に深く関係すると思われる社会的問題行動や社会病理現象はここに挙げた「引きこもり」のみならず、いわゆる「いじめ」や「家庭内暴力」あるいは「校内暴力」などを挙げることもできる。このような状況下にあって、非行意識や犯罪意識も薄い「有機溶剤乱用」や「覚醒剤乱用」などの社会病理現象が広がるほか、いわゆる「17歳問題」として取り上げられた青少年犯罪は増加の傾向が見られる。その一方で、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年たちも増加の傾向にあると見ることができる。
本研究では、社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造と、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることによってこれらの「新たな社会病理」現象の解明に寄与し、国民の精神的健康の保持及び増進を図るとともに精神保健福祉行政のいっそうの推進を図ろうとするものである。
研究方法
本研究は、これらの青少年犯罪に共通する精神構造をとらえるとともに、特定集団の信者あるいは元信者に共通する精神構造をとらえることによって、「新たな社会病理」現象ともいえるこれらの事象に通底する精神構造を「新たな精神病理」としてとらえようとしたものである。
このような社会病理現象が全体的に拡大する傾向にあるほか個々の社会病理現象が増加の傾向にあるが、これらの社会病理現象を個々の事象の集積としてとらえるとそこには個人の精神的健康の障害の存在を推定することができる。これらの精神的健康の障害には現代社会における人間関係が深く関与していると推定され、それは人間関係の希薄化がもたらしたと考えられる。本研究では、これらの精神的健康の障害を従来からの疾病概念とは異なった考えでくくることとし、これを「新たな精神病理」としてとらえることとした。
研究は、多発するこれらの社会病理現象に通底すると考えられる「新たな精神病理」をマクロな視点でとらえるとともに、具体的な問題を解明することによってこれらの「新たな精神病理」をミクロな視点からとらえて研究を進めた。
マクロな視点からは、社会的問題行動を起こす「新たな精神病理」として一括してとらえる総括的研究を行うとともに、人間関係スキルを開発する心理教育の研究を実践している活動を解析することによって行おうとした。
一方、ミクロな視点からは大きく分けて2方向から行った。その1は、社会的問題行動を起こす「新たな精神病理」を青少年の精神発達と精神構造の面から解明しようとするもので、問題の背景に潜む青少年心理を解明することによって現代青少年がもつ特異性を明らかにしようとするとともに、動機がわかりにくい青少年犯罪を種々の角度から検討を行い精神医学的にどのような対応が望まれるかを検討した。
その2は、オウム真理教等の特定集団への入信過程と離脱過程の研究を事例検討を通じて「心理操作」と「自己責任」の視点から行うほか、離脱過程についての研究を行い「新たな精神病理」との関係を明らかにするとともに諸外国における実状についてこれらの現象にどのように対処しているのかを明らかにした。さらにこれら特定集団と関わりをもつ人々で援助を求めてくるものに対する公的援助の実態に関する調査を行うことによって、わが国におけるこのたぐいの実態を明らかにするとともに、これらのいわゆるカルト集団に関わりをもつ人々に対する公的機関の援助がどのような実態にあるのかを調査した。
このような社会病理現象が全体的に拡大する傾向にあるほか個々の社会病理現象が増加の傾向にあるが、これらの社会病理現象を個々の事象の集積としてとらえるとそこには個人の精神的健康の障害の存在を推定することができる。これらの精神的健康の障害には現代社会における人間関係が深く関与していると推定され、それは人間関係の希薄化がもたらしたと考えられる。本研究では、これらの精神的健康の障害を従来からの疾病概念とは異なった考えでくくることとし、これを「新たな精神病理」としてとらえることとした。
研究は、多発するこれらの社会病理現象に通底すると考えられる「新たな精神病理」をマクロな視点でとらえるとともに、具体的な問題を解明することによってこれらの「新たな精神病理」をミクロな視点からとらえて研究を進めた。
マクロな視点からは、社会的問題行動を起こす「新たな精神病理」として一括してとらえる総括的研究を行うとともに、人間関係スキルを開発する心理教育の研究を実践している活動を解析することによって行おうとした。
一方、ミクロな視点からは大きく分けて2方向から行った。その1は、社会的問題行動を起こす「新たな精神病理」を青少年の精神発達と精神構造の面から解明しようとするもので、問題の背景に潜む青少年心理を解明することによって現代青少年がもつ特異性を明らかにしようとするとともに、動機がわかりにくい青少年犯罪を種々の角度から検討を行い精神医学的にどのような対応が望まれるかを検討した。
その2は、オウム真理教等の特定集団への入信過程と離脱過程の研究を事例検討を通じて「心理操作」と「自己責任」の視点から行うほか、離脱過程についての研究を行い「新たな精神病理」との関係を明らかにするとともに諸外国における実状についてこれらの現象にどのように対処しているのかを明らかにした。さらにこれら特定集団と関わりをもつ人々で援助を求めてくるものに対する公的援助の実態に関する調査を行うことによって、わが国におけるこのたぐいの実態を明らかにするとともに、これらのいわゆるカルト集団に関わりをもつ人々に対する公的機関の援助がどのような実態にあるのかを調査した。
結果と考察
マクロな視点から行った総括的な研究(分担研究者:西園昌久)では、ここでいう「新しい精神病理」に共通する特徴として、個別的な心性としては「引きこもり」に内在する攻撃性や同一性障害をとらえて現実生活体験の乏しさを抜き出した。また社会てきな視点からは近代化過程における精神病理としてこれをとらえるとともにわが国における伝統的コミュニティの崩壊と子育ての変化を挙げた。個別的な問題としては人格発達への影響が見られることとコミュニケーション障害を取り上げた。さらに対策的な視点として個人精神療法や集団精神療法などを含めた精神医学的対応の必要性を示唆し、またSSTや健康教育の重要性についても考察を進めた。
さらに、人間関係スキルを開発する心理教育の研究(分担研究者:児玉隆治)からは、非社会的・反社会的な問題行動を起こす青少年に通底する心理発達的な問題として人間関係の希薄化が明らかにされ、健康的・適応的な生活を送っていると見られる多くの青少年においてもソーシャル・スキルの未熟性が見られることから健全な心理発達をうながすためにも学校教育や地域社会は青少年が「群れる」体験を積める場を提供する必要があることが指摘された。さらにその実践を通して人間関係のスキルを開発してソーシャル・スキルを育てることの効用について論じた。
ミクロな視点から行った研究では、青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態を解明する(分担研究者:高塚雄介)ことから「新たな精神病理」を明らかにしようとした。ここでは教育相談や学生相談あるいは病院の臨床を通じて心理臨床の現場において体験する「引きこもり」と「切れる」心理の解明にあたった。これによれば、「引きこもり」と「切れる」心理には表裏をなすもので、両者に共通するのは対人関係の困難さであるという指摘がされた。対人関係の困難さがもたらされた理由を仮説的に、①自立を迫る社会の落とし穴、②信頼感を前提とする対人関係のもろさ、③「母性」的関わりの喪失と感受性の減弱、④ギャング・エイジの消失、⑤競争原理の強化が挙げられた。
また、ここ数年に見られる少年による特異的で動機がわかりにくい犯罪を入手可能な情報をもとに分析し可能な範囲で発達的な観点から検討を行った(分担研究者:中島豊爾)。その結果、これらの少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定した。高機能広汎性発達障害の少年たちの多くは凶悪な事件とは無縁であり、むしろきまじめすぎるほど過剰に適応しているものが多い。しかしながら一方では「切れる(キレル)」と限度を知らず、凶悪な犯罪につながる行為を示す少年もおり、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定した。衝動性亢進と満たされない愛着欲求との間で不安緊張と葛藤状況のなかで育つ彼らが、反抗挑戦性障害から行為障害へさらに反社会性人格障害へと発展していく破壊性行動マーチ(DBDマーチとも呼ばれ)をたどることも少なくないものと考えた。 いわゆるカルト集団に関する研究を通じて社会的問題行動を起こす新たな精神病理を明らかにしようとした(分担研究者:高橋伸吾)。カルト関連問題に共通する個人心理に関することとして心理操作と自己責任についての考察を行い、それらに基づいてこうした議論の多い集団になぜ若者たちが引きつけられていくのかそのメカニズムを調査し、さらにこうした集団から離脱していく過程を当該集団のもとメンバーたちの面接を通じて解明した。その結果、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることが指摘された。
これらの集団から離脱する過程を明らかにするために面接調査をした。面接調査にあたったものは大学教員、弁護士、教諭、臨床心理士、宗教者など12人である。面接調査に協力を得られたのは276人であった。この中で自然脱会したものはわずかに47人であった。主な説得者は肉親であるがその肉親に関わったものは専門家など多様である。元メンバーなどのが直接関わりDeprogramming の手法によって脱会にいたったケースもある。しかしながらこうしていったんは脱会したものの、そのあと専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものは276人のうち245人であり極めて多数であることも明らかにされた。
また、いわゆるカルト集団に関する問題をもつ人々に対する公的機関の援助の実態(分担研究者:伊藤順一郎、荒田寛、川野健治)を明らかにする目的で、関連すると考えられる公的機関2229カ所にアンケート調査を行った。調査期間内に回収し得た有効票は1159票(52%)であり、この中で平成11年以降にこれらカルト集団に関係する問題の相談事例をもった機関は73機関、132件、133人であった。相談者は家族がが多く、本人がそれに続いている。また他機関からの相談もあることがわかった。内容的には、マインドコントロールなどの「心理的動揺」に関するをはじめ「経済的問題」や「対人関係の問題」などが多く見られた。行われている支援については「他機関への紹介」がもっとも多く、「家族支援・家族療法」がこれに続いている。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かった。援助に関するニーズは多様であり、心理社会的サポートに加えて機関間連携による多様なサービス展開が求められていることが明らかになった。
これらの研究結果から、次のように考察をすすめた。
社会的問題行動を起こす青少年が増加傾向にあるが、これら青少年が示す特異な行動を解明することから通底すると考えられる「新しい精神病理」の存在を浮かび上がらせることに成功した。これらの「新しい精神病理」は、わが国における伝統的コミュニティの崩壊と子育ての変化に起因すると考えられるものであり、人格発達への影響を見ることができるとともにコミュニケーション障害があることが指摘できる。こうした「新しい精神病理」は、犯罪行為等の激しい社会的問題行動をともなうものばかりでなく、健康的・適応的な生活を送っていると見られる多くの青少年においてもソーシャル・スキルの未熟性として見られることがあることも指摘されよう。本研究の主任研究者である吉川は、かねてからこれらを総合的に指摘してきたところでもある。
青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態が「新たな精神病理」と深い関係にあることも明らかにされたが、「引きこもり」と「切れる」心理が互いに表裏をなすものであるという指摘は重要である、この両者に共通するのは対人関係の困難さであろうが、これに関してもこれまで「対人関係の発達には順序性があり、その順序を踏まない子育てや学校教育の在り方の問題がある」と吉川は指摘してきた。いわゆる「17歳問題」をはじめとする動機がわかりにくい青少年犯罪の分析から、これら青少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定し、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定したことも重要である。この問題に関してはさらに検討を進める必要があろう。
一方、いわゆるカルト集団に関する研究の結果指摘された問題として、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることを指摘したほか、離脱者の面接調査の結果では自然脱会したものは極めてわずかであり、あとは説得されて脱会したものであったことが判明した。その主な説得者は肉親であったが、脱会後も専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものが大多数であったことは「新たな精神病理」がわが国における伝統的コミュニティの崩壊と子育ての変化に起因する人格発達の未熟さとコミュニケーション障害に深い関わりがあることが指摘できる。こうした「新しい精神病理」はカルト集団へ引かれていくという、いわば健康的・適応的な生活を送っていると見られたソーシャル・スキルの未熟性と重ね合わせてさらに検討する必要があろう。この点に関してもさらに検討する必要がある。
平成11年度厚生科学研究事業特別研究報告書「特定集団から離れたものに対する保健指導のあり方に関する研究」(主任研究者:吉川武彦)でも、いわゆるカルト等の特定集団からの離脱や離脱を試みようとしているものに対して公的機関が果たすべき役割は大きいことを指摘した。本研究ではこれらの研究結果を踏まえてこれらカルト等の特定集団に関係する問題に公的機関がどのように関わっているかを調査した。相談事例は多いとは言えなかったが、今回の調査からは相談者は家族がが多く続いて本人からの相談が多いことがわかったほか、他機関からの照会もかなりあることが判明した。相談内容は「心理的動揺」「経済的問題」や「対人関係の問題」などでるが、支援内容は「他機関への紹介」がもっとも多く「家族支援・家族療法」がこれに続いていた。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かったが、本研究の分担研究者である高橋も指摘しているように、援助に関するニーズは多様でありこれからは機関間連携による多様なサービス展開が求められている。その点に関しては、すでに平成11年度研究において伊藤が詳細に述べている。
社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造と、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることによってこれらの社会病理現象の解明に寄与し、国民の精神的健康の保持及び増進を図るとともに精神保健福祉行政のいっそうの推進を図ろうとする目的で本研究を行ったが、明らかにされた「新しい精神病理」に基づく社会的問題行動をさらに検討するためにも今後のこの種の研究がさらに進められる必要があることがわかった。
研究としては問題発生を始点として研究を開始するのではなく、いわば定点観測的にも青少年の精神構造の変化を追う必要がある。これによって「引きこもり」「いじめ」「家庭内暴力」「校内暴力」などの背景にある『新しい精神病理』をモニターすることができよう。その結果、「有機溶剤乱用」や「覚醒剤乱用」などの社会病理現象が広がりを予防し、またいわゆる「17歳問題」や「少年犯罪」の拡大を予防することもできると考える。さらには、オウム真理教等のいわゆるカルト特定集団問題の増加をくい止めることができると考える。そのためには省庁横断的な研究体制を組むことが重要であり、さらに定点観測的な意味を込めて腰を落ち着けた研究体制を組む必要があることを指摘した。
さらに、人間関係スキルを開発する心理教育の研究(分担研究者:児玉隆治)からは、非社会的・反社会的な問題行動を起こす青少年に通底する心理発達的な問題として人間関係の希薄化が明らかにされ、健康的・適応的な生活を送っていると見られる多くの青少年においてもソーシャル・スキルの未熟性が見られることから健全な心理発達をうながすためにも学校教育や地域社会は青少年が「群れる」体験を積める場を提供する必要があることが指摘された。さらにその実践を通して人間関係のスキルを開発してソーシャル・スキルを育てることの効用について論じた。
ミクロな視点から行った研究では、青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態を解明する(分担研究者:高塚雄介)ことから「新たな精神病理」を明らかにしようとした。ここでは教育相談や学生相談あるいは病院の臨床を通じて心理臨床の現場において体験する「引きこもり」と「切れる」心理の解明にあたった。これによれば、「引きこもり」と「切れる」心理には表裏をなすもので、両者に共通するのは対人関係の困難さであるという指摘がされた。対人関係の困難さがもたらされた理由を仮説的に、①自立を迫る社会の落とし穴、②信頼感を前提とする対人関係のもろさ、③「母性」的関わりの喪失と感受性の減弱、④ギャング・エイジの消失、⑤競争原理の強化が挙げられた。
また、ここ数年に見られる少年による特異的で動機がわかりにくい犯罪を入手可能な情報をもとに分析し可能な範囲で発達的な観点から検討を行った(分担研究者:中島豊爾)。その結果、これらの少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定した。高機能広汎性発達障害の少年たちの多くは凶悪な事件とは無縁であり、むしろきまじめすぎるほど過剰に適応しているものが多い。しかしながら一方では「切れる(キレル)」と限度を知らず、凶悪な犯罪につながる行為を示す少年もおり、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定した。衝動性亢進と満たされない愛着欲求との間で不安緊張と葛藤状況のなかで育つ彼らが、反抗挑戦性障害から行為障害へさらに反社会性人格障害へと発展していく破壊性行動マーチ(DBDマーチとも呼ばれ)をたどることも少なくないものと考えた。 いわゆるカルト集団に関する研究を通じて社会的問題行動を起こす新たな精神病理を明らかにしようとした(分担研究者:高橋伸吾)。カルト関連問題に共通する個人心理に関することとして心理操作と自己責任についての考察を行い、それらに基づいてこうした議論の多い集団になぜ若者たちが引きつけられていくのかそのメカニズムを調査し、さらにこうした集団から離脱していく過程を当該集団のもとメンバーたちの面接を通じて解明した。その結果、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることが指摘された。
これらの集団から離脱する過程を明らかにするために面接調査をした。面接調査にあたったものは大学教員、弁護士、教諭、臨床心理士、宗教者など12人である。面接調査に協力を得られたのは276人であった。この中で自然脱会したものはわずかに47人であった。主な説得者は肉親であるがその肉親に関わったものは専門家など多様である。元メンバーなどのが直接関わりDeprogramming の手法によって脱会にいたったケースもある。しかしながらこうしていったんは脱会したものの、そのあと専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものは276人のうち245人であり極めて多数であることも明らかにされた。
また、いわゆるカルト集団に関する問題をもつ人々に対する公的機関の援助の実態(分担研究者:伊藤順一郎、荒田寛、川野健治)を明らかにする目的で、関連すると考えられる公的機関2229カ所にアンケート調査を行った。調査期間内に回収し得た有効票は1159票(52%)であり、この中で平成11年以降にこれらカルト集団に関係する問題の相談事例をもった機関は73機関、132件、133人であった。相談者は家族がが多く、本人がそれに続いている。また他機関からの相談もあることがわかった。内容的には、マインドコントロールなどの「心理的動揺」に関するをはじめ「経済的問題」や「対人関係の問題」などが多く見られた。行われている支援については「他機関への紹介」がもっとも多く、「家族支援・家族療法」がこれに続いている。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かった。援助に関するニーズは多様であり、心理社会的サポートに加えて機関間連携による多様なサービス展開が求められていることが明らかになった。
これらの研究結果から、次のように考察をすすめた。
社会的問題行動を起こす青少年が増加傾向にあるが、これら青少年が示す特異な行動を解明することから通底すると考えられる「新しい精神病理」の存在を浮かび上がらせることに成功した。これらの「新しい精神病理」は、わが国における伝統的コミュニティの崩壊と子育ての変化に起因すると考えられるものであり、人格発達への影響を見ることができるとともにコミュニケーション障害があることが指摘できる。こうした「新しい精神病理」は、犯罪行為等の激しい社会的問題行動をともなうものばかりでなく、健康的・適応的な生活を送っていると見られる多くの青少年においてもソーシャル・スキルの未熟性として見られることがあることも指摘されよう。本研究の主任研究者である吉川は、かねてからこれらを総合的に指摘してきたところでもある。
青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態が「新たな精神病理」と深い関係にあることも明らかにされたが、「引きこもり」と「切れる」心理が互いに表裏をなすものであるという指摘は重要である、この両者に共通するのは対人関係の困難さであろうが、これに関してもこれまで「対人関係の発達には順序性があり、その順序を踏まない子育てや学校教育の在り方の問題がある」と吉川は指摘してきた。いわゆる「17歳問題」をはじめとする動機がわかりにくい青少年犯罪の分析から、これら青少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定し、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定したことも重要である。この問題に関してはさらに検討を進める必要があろう。
一方、いわゆるカルト集団に関する研究の結果指摘された問題として、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることを指摘したほか、離脱者の面接調査の結果では自然脱会したものは極めてわずかであり、あとは説得されて脱会したものであったことが判明した。その主な説得者は肉親であったが、脱会後も専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものが大多数であったことは「新たな精神病理」がわが国における伝統的コミュニティの崩壊と子育ての変化に起因する人格発達の未熟さとコミュニケーション障害に深い関わりがあることが指摘できる。こうした「新しい精神病理」はカルト集団へ引かれていくという、いわば健康的・適応的な生活を送っていると見られたソーシャル・スキルの未熟性と重ね合わせてさらに検討する必要があろう。この点に関してもさらに検討する必要がある。
平成11年度厚生科学研究事業特別研究報告書「特定集団から離れたものに対する保健指導のあり方に関する研究」(主任研究者:吉川武彦)でも、いわゆるカルト等の特定集団からの離脱や離脱を試みようとしているものに対して公的機関が果たすべき役割は大きいことを指摘した。本研究ではこれらの研究結果を踏まえてこれらカルト等の特定集団に関係する問題に公的機関がどのように関わっているかを調査した。相談事例は多いとは言えなかったが、今回の調査からは相談者は家族がが多く続いて本人からの相談が多いことがわかったほか、他機関からの照会もかなりあることが判明した。相談内容は「心理的動揺」「経済的問題」や「対人関係の問題」などでるが、支援内容は「他機関への紹介」がもっとも多く「家族支援・家族療法」がこれに続いていた。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かったが、本研究の分担研究者である高橋も指摘しているように、援助に関するニーズは多様でありこれからは機関間連携による多様なサービス展開が求められている。その点に関しては、すでに平成11年度研究において伊藤が詳細に述べている。
社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造と、オウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることによってこれらの社会病理現象の解明に寄与し、国民の精神的健康の保持及び増進を図るとともに精神保健福祉行政のいっそうの推進を図ろうとする目的で本研究を行ったが、明らかにされた「新しい精神病理」に基づく社会的問題行動をさらに検討するためにも今後のこの種の研究がさらに進められる必要があることがわかった。
研究としては問題発生を始点として研究を開始するのではなく、いわば定点観測的にも青少年の精神構造の変化を追う必要がある。これによって「引きこもり」「いじめ」「家庭内暴力」「校内暴力」などの背景にある『新しい精神病理』をモニターすることができよう。その結果、「有機溶剤乱用」や「覚醒剤乱用」などの社会病理現象が広がりを予防し、またいわゆる「17歳問題」や「少年犯罪」の拡大を予防することもできると考える。さらには、オウム真理教等のいわゆるカルト特定集団問題の増加をくい止めることができると考える。そのためには省庁横断的な研究体制を組むことが重要であり、さらに定点観測的な意味を込めて腰を落ち着けた研究体制を組む必要があることを指摘した。
結論
「社会的問題行動を起こす新たな精神病理」の解明を試みた。これらの事象に通底する精神構造を「新たな精神病理」としてとらえる必要があり、さらにこれらの精神的健康の障害には現代社会における人間関係が深く関与していると推定され、またさらにそれらは人間関係の希薄化がもたらしたと考えられたからである。
マクロな視点からは、「新しい精神病理」に共通する特徴として個別的な心性としては「引きこもり」に内在する攻撃性や同一性障害をとらえ、現実生活体験の乏しさを抜き出し近代化過程における精神病理としてこれをとらえた。ミクロな視点からは総説的に青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態を明らかにし、「引きこもり」と「切れる」心理には表裏をなすもので両者に共通するのは対人関係の困難さであると指摘した。
また、いわゆる「17歳問題」をはじめとする動機がわかりにくい青少年犯罪の分析からは、これら青少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定し、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定したほか、いわゆるカルト集団に関する問題からは、集団から離脱していく過程を当該集団のもとメンバーたちの面接を通じて解明した。その結果、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることを指摘した。
離脱者の面接調査からは自然脱会者は僅少であり、専門家の関与が重要であることを指摘した。脱会後も専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものが多いことも指摘した。公的機関の調査からは、相談事例をもった機関は少ないが内容的には「心理的動揺」「経済的問題」「対人関係の問題」などが多く見られ、行われている支援は「他機関への紹介」がもっとも多く「家族支援・家族療法」がこれに続いていることが明らかになった。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かった。援助に関するニーズは多様であり、心理社会的サポートに加えて機関間連携による多様なサービス展開が求められていることが明らかになった。
これらの結果、社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造とオウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることができたが、さらに問題を深く解明するためにはこの種の研究がさらに進められる必要があることを指摘した。具体的には、いわば定点観測的な研究が重要であることを指摘し、このためにも省庁横断的な研究体制を組むことが重要であり腰を落ち着けた研究体制を組む必要があることを指摘した。
マクロな視点からは、「新しい精神病理」に共通する特徴として個別的な心性としては「引きこもり」に内在する攻撃性や同一性障害をとらえ、現実生活体験の乏しさを抜き出し近代化過程における精神病理としてこれをとらえた。ミクロな視点からは総説的に青少年の「引きこもり」や「切れる(キレル)」状態を明らかにし、「引きこもり」と「切れる」心理には表裏をなすもので両者に共通するのは対人関係の困難さであると指摘した。
また、いわゆる「17歳問題」をはじめとする動機がわかりにくい青少年犯罪の分析からは、これら青少年が起こす社会的問題行動の背景にアスペルガー症候群を含む高機能広汎性発達障害の存在を推定し、発達的観点からは注意欠陥多動性障害との関連も考慮しないわけにはいかないことを推定したほか、いわゆるカルト集団に関する問題からは、集団から離脱していく過程を当該集団のもとメンバーたちの面接を通じて解明した。その結果、犯罪行為にまでいたったケースとそうでないケースとの差異は心理操作という点では僅少なものでありさらに精神病理学的な検討が重要であることを指摘した。
離脱者の面接調査からは自然脱会者は僅少であり、専門家の関与が重要であることを指摘した。脱会後も専門家や元メンバーによってこころのケアを受けているものが多いことも指摘した。公的機関の調査からは、相談事例をもった機関は少ないが内容的には「心理的動揺」「経済的問題」「対人関係の問題」などが多く見られ、行われている支援は「他機関への紹介」がもっとも多く「家族支援・家族療法」がこれに続いていることが明らかになった。他機関への紹介では「精神科医療機関」と「警察」が多かった。援助に関するニーズは多様であり、心理社会的サポートに加えて機関間連携による多様なサービス展開が求められていることが明らかになった。
これらの結果、社会を震撼させる青少年犯罪に通底する精神構造とオウム真理教等の特定集団に入信する青少年の精神構造とに通底すると考えられる「新たな精神病理」を明らかにすることができたが、さらに問題を深く解明するためにはこの種の研究がさらに進められる必要があることを指摘した。具体的には、いわば定点観測的な研究が重要であることを指摘し、このためにも省庁横断的な研究体制を組むことが重要であり腰を落ち着けた研究体制を組む必要があることを指摘した。
公開日・更新日
公開日
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