米国の社会保障施策の評価に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000017A
報告書区分
総括
研究課題名
米国の社会保障施策の評価に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
野口 正人(株式会社三和総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田極春美(株式会社三和総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
1,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
保健福祉分野における政策評価の実態についてアメリカ合衆国の取組みの現状を明らかにし、以って我が国の政策評価を実施するための基礎的な資料整備を目的としている。アメリカ合衆国における行政省庁の活動は、1993年政府業績結果法(GPRA)の成立により、新しい枠組み、政策評価システムが確立しつつある。GPRAにより、1998年から各省庁における戦略計画の作成、年次業績計画の作成が義務づけられることとなった。合衆国保健福祉省(HHS: U.S. Department of Health and Human Services)も例外ではなく、保健福祉政策における戦略計画、年次業績計画、年次業績報告が策定されることによって政策を評価するためのシステムが実効している、これらの基本文書を収集・分析することによって、明文化されたアメリカ合衆国における保健福祉省の政策評価の実態を明らかにし、中央省庁再編等を通じた我が国でも必要とされる政策評価に資する基礎的資料整備を図っている。
研究方法
本調査研究では、基本的な文書の入手については、インターネットを通じた所在情報検索を通じて行った。なお、政策評価に関する一般的情報収集については、参議院行政監視委員会調査室「政策評価の手法に関する調査」報告書、衆議院調査局「事務・事業の評価・監視システム導入に関する予備的調査」、通商産業省「政策評価の現状と課題」等をはじめとする一連の文献調査を行っているが、これらは本調査研究を進めるための国内文献である。なお本調査研究では特にGAO/GGD-96-118、GAO/GGD-10.1.16、GAO/T-GGD-98-66、GAO/GGD/AIMD-10.1.18、GAO/GGD-10.1.20、OMB/Circular No.A-11(part2)等を参考としつつ、合衆国保健・福祉省における社会保障施策を評価するために有効ないくつかのパイロットスタディをサーベイすることによって、社会保障分野に関する政策評価の考え方を示している。
結果と考察
本調査研究では、以下の(1)~(7)について調査結果を得た。
(1)合衆国でGPRA法成立以降の政策評価の仕組みの整備として、連邦省庁、行政管理予算局(OMB Office of Management and Budget)、GAOがいくつかの正式な文書として考え方・見解を明らかにしており、政策評価の考え方、手法、計画策定の方法、計画の評価等を示した文書等について明らかにした。
(2)GPRAでは、合衆国の連邦行政省庁が、5会計年度を対象とした戦略計画を策定することを義務化しており、この戦略計画には、以下の6つの基本的な項目を含んでいなければならないとしている。「①各行政機関の主要な機能と運営に関する包括的使命、②各行政機関の主要な機能と運営のための成果に関する目標と目的を含んだ全般的な目標と目的、③目標や目的の達成に必要となる運営上のプロセス・技能や技術・人・資本・情報・その他の資源の説明を含んだ、目標や目的の達成方法、④業績計画における業績目標がどのように戦略計画の全般的目標や目的に関連しているかについての説明、⑤全般的目標や目的の達成に重大な影響を与える可能性がある行政機関のコントロールできない外的要因の特定、⑥将来のプログラム評価の計画に伴い全般的目標や目的を設定したり改訂したりする際に用いられるプログラム評価に関する説明」である。また連邦省庁の戦略計画の下、会計年度毎に年次業績計画を策定することを義務化している。この年次業績計画について、連邦行政省庁がどの程度達成することができたのかについて、客観的測定と体系的分析を行うことを通じて、年次業績報告(プログラム業績報告)を作成することを義務化したものがGPRAである。
(3)1997年9月30日に策定した、合衆国保健福祉省戦略計画では、省の包括的使命を「アメリカ国民の健康と福祉の増進のために効果的な保健福祉サービスを提供するとともに、医療、公衆衛生、社会サービスの基礎となる科学の強く継続的な進歩を育むこと」と定め、以下の6つを保健福祉省の基本目標として定めた。「①すべての国民の健康と生産活動に関わる主要な脅威を軽減する。②合衆国における個人、家族、地域社会の経済的、社会的福祉を改善する。③保健サービスのアクセスを改善し、国民の健康に対する権利とセイフティネットプログラムの透明性を確立する。④ヘルスケアと対人サービスの質を改善する。⑤公衆衛生システムを改善する。⑥国の厚生科学研究事業を強化し、その生産性を増進する。」この基本目標について、業績を測定できるための、より具体的な目標を定めており、新しい法規、外的要因についても併記されている。
(4)合衆国保健福祉省は、上の戦略計画に基づいて、既に1999年度及び2000年度年次業績計画を策定している。2000年度年次業績計画では、保健福祉省の優先事項、横断的プログラム活動、管理向上とデータへの取組みに関する考え方を示したセクション1及び保健福祉省の施策プログラムによって達成すべき業績計画の目標水準について、1999年度の対比を示す等して明確な業績評価指標を示している。
(5)合衆国保健福祉省の年次業績計画については、計画書内において掲げられた業績目標を実際に達成することができたのかどうかを報告することが義務付けられており、2000年3月において1999年度の年次業績報告が連邦議会に対して提出された。保健福祉省の活動を評価するための業績指標は750にも及んでおり、今後業績を測定した上で議会に対して報告していくことが必要であるとしている。
(6)保健福祉省では、戦略計画、年次業績計画、年次業績報告等の正式な政策評価文書として作成する以前からの取組みとして、保健福祉政策を評価するためのパイロットスタディも行われていた。むしろ過去におけるパイロットスタディを調査することによって、評価を実際に行っていくための課題や評価方法の問題点等を明らかにする上で有効なものと考えることができる。
(7)上の(1)から(6)の調査活動に基づいて考察を加えることによって、我が国の厚生労働省が所管している政策を評価するために必要とされる基本的視点を明らかにした。特に保健福祉分野において、政策評価を実施していくために検討すべき事柄、アメリカ合衆国におけるGPRAの経験を踏まえて、我が国の政策評価システムの確立のために必要とされるいくつかの視点を挙げている。
結論
本調査研究は、平成11年度及び本年度と二年間の調査研究事業として実施された。二年度目としての本年度事業においては、1999年度の年次業績報告を入手・概要取りまとめを行った上で、GAOが報告している文書について、政策評価を進める上で検討すべき課題、改善勧告を行っている報告書について分析した。その上で合衆国保健福祉省が保健福祉分野において政策を評価していくための課題を明らかにするために取組んだ過去の評価事例を取りあげることによって、保健福祉分野における政策評価活動において具体的に示された課題や評価方法の問題点を明らかにしている。合衆国政府における政策評価のこうした実例を取り上げること自体、基礎的な文献資料としての利用が有り得るという点での成果があるばかりでなく、既に我が国の中央省庁においても政策評価が義務化されており、平成13年度より具体的な政策評価活動が実施されるという点においては、既に先行する形で体系的に政策評価を実施しているアメリカ合衆国の事例を収集し、参考資料とすることが考えられる。本調査研究事業において取り上げたGPRA下における連邦省庁の政策評価の取組み、そして政府全体のアカウンタビリティ向上に対する各機関の取組み自体は、政治システム、統治システムが異なっているため、直接的な意味での利用可能性は低いものと考えられる。しかしながら、政策を評価するために必要とされる業績評価指標及びそのためのデータ入手といった点では、多くの参考となる知見を得ることができるものとみることができる。なお、本調査研究事業の実施において、いくつかの発表論文を提起しているが、当該政策所管である厚生労働省ばかりでなく、政策評価を実施する他の中央省庁や会計検査院、地方自治体からも調査研究報告書に関する照会や意見交換を求められていることからも、今後保健・医療・福祉分野における政策評価の実態調査を実施し、情報を蓄積していくことの有用性は高いものと考えられる。
なお、我が国において政策評価システムの質を高めていくためには、アメリカ合衆国におけるGPRAの実施として作成される基本文書を入手・蓄積することが有用であるばかりではなく、これらの大部な文書について多年度の分析を実施していくことも有効であると考えられる。また、政策評価システムの確立に取組んでいるのはアメリカ合衆国や日本ばかりでなく、しばしばアングロサクソン諸国と呼称されるイギリス・カナダ・オーストラリア等といった国々についても、比較できる形で情報を整備することも有効であり、それ以外の国々についても、政策評価に関する将来的な取組み状況を適時情報を収集・蓄積していくことは政策的観点からも必要な活動であるということができる。
本調査研究を通じて、我が国の厚生労働省が今後政策評価を実施していく上で留意するべき点として以下の点を示した。<政策評価を行うための基本的視点>○政策を政策-施策-事業といった階層構造を前提とした場合、常に各レベルの目的と目標が上位レベルとのつながりを維持していることが求められる。○政策の目的、目標を明確に設定することは、政策評価の前提として必要である。特定の分野に限定しない政策の評価においては、設定された目標の達成を明らかにした上で公表するというプロセスによって評価を行うことが必要である。○評価を行うための考え方として、基準となる評価指標を設定することが望ましい。どの程度達成できたのか、将来的にどの程度まで達成するのかを明らかにする評価によって、国民にとって分かり易い評価結果を示すことは重要な視点であろう。○政策評価を行っていくために必要とされる能力の向上が必要とされる場合、あるいは客観的評価を行うためには、適宜外部の機関や有識者等を活用していくことが必要である。特に評価活動が「お手盛り」とならないためにも、こうした外部の活用は有効である。○国内外の政策評価事例の収集と分析研究が必要である。政策を適切に評価するためには、国内外の評価の事例、評価機関との情報交換によって、より適切な評価方法等に関する情報を蓄積していくことが必要である。特に業績評価に積極的姿勢を示している最高検査機関等の情報を収集し、また各国の当該政策担当省庁(例えば合衆国では保健・福祉省など)の情報を常に収集することは有効であろう。○分かり易い評価結果の公開が必要である。政策評価に関する情報を公開し、国民の理解を得るとともに、評価結果の反映について国民に説明する責任を明確にすることが必要とされていることから、国民の視点に立脚した分かり易い評価結果の公開が必要である。同時に、国民からの意見を受け入れるための窓口、ホームページ等への表示等の取り組みも望ましいものと考えられる。○客観性を確保することが必要である。政策を評価していくためには客観的であることが求められている。どのように評価することが客観性を確保できるのかについて検討が必要であり、そのために必要なデータをどのようにして収集することのかという方法論まで明らかにすることの必要性も検討していくことが望ましいであろう。○評価結果のフィードバックが必要である。評価した結果をどのように活用することができるのか、次の政策展開をどうするのかといった評価サイクルを確立することが必要である。そのため、公開された評価結果について、省内での議論、審議と同時にサイクルとして次の政策の企画・立案・予算化のプロセスとの連携を図ることが望ましい。
こうした基本的視点に対して、全てに答えていく政策評価というものは、必ずしもスタートの時点から可能なわけではない。それは、合衆国のGPRAの実施においてもいわれているように、決してスタートから有益な情報ではないかもしれないが、やがて政策サイクルの確立、評価データの公表と議論を深めるプロセスを通じて、国民の支持を得ることができるものになっていくものと期待される。したがって、政策評価は、一つの永続的活動として捉え、毎年の評価サイクルの中で改善を図っていくという基本的なスタンスを貫くことが望ましいものと考えられる。

公開日・更新日

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