オレゴンヘルスプランの方法論とその社会的インパクトに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000010A
報告書区分
総括
研究課題名
オレゴンヘルスプランの方法論とその社会的インパクトに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
濃沼 信夫(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 小山秀夫(国立医療・病院管理研究所医療経済研究部)
  • 工藤啓(宮城大学看護学部)
  • 鎌江伊三夫(神戸大学都市安全研究センター都市安全医学研究室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
2,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
経済の低成長、人口の高齢化に伴って国家財政は厳しさを増しており、限られたヘルスケアの資源をいかに合理的に配分すべきかが問われている。そこで、保健医療サービスの優先順位を決定する方法論、その妥当性、汎用性、倫理性などについて経済分析、意志決定分析の手法を用いて検討を試みた。すなわち、保健医療の効果を支払い方式に連動させたプログラムである、アメリカのオレゴンヘルスプラン(OHP)の社会的インパクトについて、その有用性や課題について考察した。考察の主たる視点は、ヘルスケア資源を配分する方法論、保健医療サービスの優先順位に用いる診断・治療行為の分類、優先順位を決定するための経済分析および意志決定分析、優先順位の保健医療システム効率化への寄与、保健医療サービスの優先順位決定に係る社会的・倫理的課題の5点である。
研究方法
1)疾病、医療行為の経済評価に関する文献を、既存のデータベースにより網羅的に収集精査した。検討の結果、Cochrane Library 2000が最新かつ最も網羅的なデータベースであること、そして、優先度はCost/QALY(質で調整した生存年を単位期間延長するのに必要なコスト)の順位に並べることが適切であると考えられた。そこで、Cochrane Libraryの費用効用分析のデータを用いて、Cost/QALYの大小により医療(疾患・治療)の優先度の順位付けを行い、OHPの優先順位リスト(1999年版Prioritized List)と比較考量する。また、わが国の患者調査(平成8年)を用いて、OHPの優先順位と患者数との関係について検討する。
2)診療データが整っている日本の病院における患者データを対象として、OHPの方法論を日本の医療制度に適用した場合の、医療費に与える影響についてシミュレーションを試みる。対象は、T病院において1998年6月に入院し、12月末日までに退院した患者819名。条件等で除外したところ、解析対象人数は789名である。オレゴン州の順位リストで最大の給付額が推計されている574番までを支払い対象疾患、575番以降を非支払い対象疾患とする。
3)現在試行中のJ-DRG(「急性期入院医療の定額払い方式」における日本版診断群分類)と、現行のレセプト分類(国民健康保険団体連合会の診療報酬請求明細書に使用される病名分類「社会保険表章用疾病分類表」)を対象に、OHPの順位リストと比較検討しながら、診断治療行為の理論的な分類の可能性を検討する。
4)効用分析によるOHP優先リストの妥当性を検証するパイロット調査を行い、OHPの日本への適用性について検討する。すなわち、大学市民公開講座に参加した200人の市民に講義形式で疾病の説明を行いながらVAS(評点尺度法)による疾病の効用値測定を行う。調査対象の疾病は、OHP1999年改訂版の疾病優先順位のうち高位(1~5位)、中位(160~166位)、低位(339~347位)の3群を選択した。回答より得られた個人の各疾病に対する効用値を用い各3群の平均効用値を求めて、それらの大小関係を統計学的に分析する。
結果と考察
1)OHPの科学的根拠の妥当性、汎用性の検証
Cochrane Libraryを精査したところ、cost per およびQALY をともに含む文献は300件であるが、特殊な疾患を除き、またCost/QALYの実データが記載されたものに限ると28件となる。疾患名を対応させて、OHPの 優先順位とCochrane LibraryによるCost/QALYの順位とを比較したところ、1991年のStep1(疾病を17の医療サービスカテゴリーに分類、n=15)、およびStep2(QWBを用いたNet Benefitによるサービスの順位、n=15)、さらに1999年(住民のコンセンサスに基づいた順位の入れ替え)との相関係数をみると、順にR=-0.25518、0.13274、-0.04413と低下している。OHPの順位決めの過程でStepが踏まれるごとに、OHPの 優先順位とCochrane LibraryによるCost/QALYの順位と相関関係が失われていく様子がうかがえる。これから、1999年の優先順位リストからは、OHPの根拠となった費用効用分析という科学性は大きく失われていることが検証された。
OHP の 優先順位と、患者調査の傷病分類(348分類)との対応を図り、OHP の項目(C/T pair、診断治療群)ごとにわが国の患者数を割り当てると、限られた数の傷病分類にC/Tが集中しており、項目数は傷病分類の方が少ないにも関わらず、C/T pairに現れないものが少なくなかった。OHP における疾病の優先順位と、患者数の多い順に疾病を並べた場合の順位との相関係数は低く、単純な昇順あるいは降順としての傾向は見いだせなかった。これからも、優先順位と患者数の分布とは一定の関係がないものと考えられ、プライマリケア、2次医療、3次医療の区分でしばしば用いられるような、優先順位の高い致命的な疾患は少なく、優先順位の低い一般的な疾病が多いという三角形の構成となっておらず、釣り鐘型の構成になっていることがわかる。
2) わが国の診療報酬支払制度への応用可能性の検討
支払い、非支払いに分けた場合の、診療報酬上の各項の平均及び標準誤差を算出し、T検定にて有意差検定を行った。2群間で顕著な差を示したのは、手術、検査、画像診断などであった。いずれも支払い群において顕著に高い値を示した。また、医療費合計も有意差を示している。一方、差額ベッド料にも有意な傾向が見られた。手術については有意ではないが非支払い群の方が多い傾向があり、検査については有意に支払い群の方が多かった。
3)順位リスト作成ための疾病分類の検討
OHPリストと比較して国際疾病分類の章にあたる大分類すなわちMDC毎に、レセプト分類の分類数がどれくらい過不足するかを検討した。OHPリストに比べてレセプト分類が20以上過不足するものは3つの大分類のみであり、疾病構造や対象とする保険受給者層の違いを考慮するとそれほど大きな差はないことが示唆される。中分類毎にOHPリストとレセプト分類を比較すると、中分類全体では、レセプト分類の方が診断名の多いことがわかるが、極端にOHPリストに比べてレセプト分類が少ない中分類があることが示唆される。
現行のJ-DRGは13MDCで、総分類数は約500、レセプト分類は20MDCで総分類数は約700であり、かつレセプト分類はほぼ日常診療の90パーセント以上をカバーする。OHPリストの総分類数は743であり、今後、J-DRGは15MDC、総分類数を600にし、患者該当率を75パーセントにする予測が出されている。本邦の優先順位に用いる診療行為の分類でも、700から800前後の総分類数で十分に実用的な分類が可能と思われる。
4)優先順位決定に関する効用分析
参加者200人中118人の回答を得た。各疾病は、完全な健康状態を10点、死を0点として10点満点によるVASで数値化された。一般に、VASでは重症度や緊急度が高い疾病ほど低得点になる傾向になるため、OHPの優先リストから抽出した3群の効用値平均においては上位群の平均<中位群の平均<下位群の平均の関係が成立することが予想される。実際に得られた各群の平均と標準偏差をみると、上位から下位に向かって効用値平均が増加する順序性が認められた。各分布は正規性と等分散性が比較的保たれていた。
すなわち、OHPの優先順位とアンケートによる効用値には整合性が示唆されたことになり、この仮説を分散分析法を用いて検定した。その結果、各群の95%信頼区間にはいずれも重なりが認められず、有意な結果が示された。さらに多重比較を考慮すればLSD法およびTukey法により、各々2群に有意差が認められた。以上より、上位、中位、下位の順序性が成立することが統計学的に検証された。
結論
主要な医療サービスについては、Cost/QALYにより優先度の順位付けを行うことが可能であること、OHP の科学的根拠となった費用効用分析に基づく初期段階の優先順位とCochrane LibraryによるCost/QALYの順位には一定の相関関係が見いだせることが判明した。一方、OHPの順位決めの過程でStepが踏まれるごとに、OHPの 優先順位とCochrane LibraryによるCost/QALYの順位と相関関係が失われていったこと、従って、1999年の優先順位リストからは、OHPの根拠となった費用効用分析という科学性は大きく失われていることが、検証された。また、わが国の患者数に当てはめた場合、OHPの優先順位と患者数の多寡とは一定の関係を見いだせないことが判明した。
OHPの方法論を日本の医療制度に適用した場合の医療費に与える影響の検討では、順位リストの順列は日本のT病院に入院中の患者に適用することが可能と考えられた。順位リスト作成ための疾病分類の検討からは、J-DRGはまだ総分類数で相対的に少ないため診断と治療ペアという利点があるものの、現時点ではレセプト分類をベースに優先順位に用いる診療行為の分類の検討を行うのが妥当であり、総分類数は700超前後と考えられる。
また、日本人の疾病に対する効用値を用いた順位決定がOHPの優先度と整合性を持つかどうかを効用分析を用いて検証したところ、良好な整合性が認められ、OHPのわが国での応用可能性が示唆された。わが国の医療の質の向上と効率化に向けて、OHPの基礎となった合理的な意思決定の基本手法を検討することは大きな意義があると考えられる。

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