看護教育における卒後臨床研修のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199900920A
報告書区分
総括
研究課題名
看護教育における卒後臨床研修のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
井部 俊子(聖路加国際病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は2年間に渡って実施された。平成10年度は新卒者の卒後臨床研修の実態を明らかにするため、本研究の研究協力者が所属する4施設で、①就職時における新卒者の臨床実践能力について、②現在の時点(卒後10ヶ月)における新卒者の臨床実践能力について、③新卒者の臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因についての3点について、新卒者と婦長等に対してフォーカスグループインタビューを行ない、質問内容に関して内容分析を行いカテゴリー化をした。平成11年度は平成10年度のデータをもとに質問紙を開発し、対象者を拡大してわが国における新卒看護婦・士の臨床実践能力の実態とその成長や変化に影響を及ぼした要因について調査した。
研究方法
1.予備調査:平成11年度における看護職員採用状況と本調査への協力の意向を確かめるため、精神病院、結核病院、老人病院等を除いた複数科を有する病床100床以上の総合病院2686施設に対して質問紙を郵送し、Faxによる回答を得た。回収率は44.4%であり、協力を承諾した施設は915、このうち平成11年度新卒者を採用している施設は876施設であり、看護系大学卒者を採用した施設は229施設であった。2.質問紙の作成:質問紙は新卒者用と新卒者が所属する施設の教育担当者(あるいはそれに準ずる人)用の2種類を作成した。新卒者に対しては平成10年度のインタビュー調査より新卒者の臨床実践能力として81項目の質問項目を抽出、5段階尺度とし「経験していない又は該当しない」を加えた。プレテストを実施し項目間相関を参考に1項目を削除、80項目を本調査に使用し、就職時および卒後10ヶ月の状況に関して同一の質問紙でそれぞれ回答してもらうこととした。回答はまず2000年1月の質問紙配布時点を「現在」とし、さらに「就職時」の状況を回想して回答するように求めた。また昨年度のインタビューより導いた臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因について、新卒者には10項目,教育担当者には採用者の育成上の課題として6項目の質問項目を抽出した。各施設の教育担当者に対しては施設の概要と新卒者の教育体制等に関する質問項目を求めた。3.対象の抽出:看護系大学卒者と養成所卒者の教育背景による臨床実践能力の比較を行なうため、それぞれの標本数を均等にすることとした。したがって、看護系大学卒者の全数1143およびほぼ同数の養成所卒者を調査対象とした。そのため調査対象施設は看護系大学卒者を採用している施設とし、同施設の看護系大学卒者に匹敵する養成所卒者にも回答を依頼した。尚、看護系短期大学卒者も養成所卒者に含めた。4.調査:調査期間は2000年1月8日から1月20日で、調査用紙は郵送による留置法とし、回答者が閉封したものを回収した。5.分析:統計ソフトエクセルとSPSSを用い統計処理を行なった。
結果と考察
1.新卒者の臨床実践能力:予備調査で承諾の得られた全国229施設の新卒者と教育担当者を対象に、質問紙調査を行なった。回答施設は198施設(86.5%)であり、新卒者の有効回答は1930であり、看護系大学卒者は924(46.8%)であった。臨床実践能力80項目のうち、就職時の自己評価が高い項目は、「仕事への取り組み・プロ意識」と「生活への援助技術」に関連した項目であり、自己評価が低い項目は「現実とのギャップ」「アセスメント能力」「マニュアルからの脱却・急変時の対応」に関する能力であった。卒後10ヶ月では、全体的に自己評価が高くなっているが、なかでも「治療・処置技術」に関する項目が伸びていた。しかし、卒後10ヶ月の伸び率には項目によるばらつきが顕著であった。就職時と卒後10ヶ月における臨床実践能力の変化には5つの類型がみられた。類型Ⅰは、自己評価が高い割合が就職時で50%以上、卒後10ヶ
月で80%以上の項目であり、「基礎看護技術」と「意志の継続とロールモデルの存在」に関連していた。類型Ⅱは、自己評価が高い割合が50%以下であったが卒後10ヶ月に倍増した項目であり、「治療処置の遂行能力」「アセスメント能力と判断能力」「複数の患者のマネジメント」に関連していた。倍増してはいるが80%には満たなかった項目には、「治療処置技術と判断能力」「マネジメント能力」「成熟性」「コミュニケーション能力」「記録能力」および「複数の業務を同時にこなし、マニュアルを超えた個別性への対応や社会人としての姿勢」に関連していた。類型Ⅲは、就職時、卒後10ヶ月ともに50%以下の項目であり、「現実とのギャップ」「プロ意識」「安定性」「より高度なアセスメント能力」および「効率性を含んだ高度な業務遂行能力」に関連していた。類型Ⅳは、一定の水準を維持し変化が少ない項目であり、「先輩に助けを求める」「話しかけや傾聴」などといった対人関係能力に関連していた。類型Ⅴは、就職時より卒後10ヶ月の方が自己評価が低くなった項目であり「仕事ができない現実への悩み」であった。因子分析で新卒者の臨床実践能力の構成要素をみると、就職時は①患者対応と業務組み立てに関する能力、②医療処置に関する技術、③仕事への積極性、④緊張と依存、⑤基礎的看護技術であり、卒後10ヶ月は①判断と見通しの能力、②ケア技術、③安定性と不安、④仕事への積極性、⑤重症・急変・困難への対応に分類された。累積寄与率は34.7%と41.7%であった。2.新卒者の背景による臨床実践能力への影響:教育背景では、看護系大学卒者は相対的に就職時は「周囲にふりまわされ、うまく先輩に助けを求めることもできず、処置のうまくできず、物品の場所もわからず」戸惑って傾向がみられたが、卒後10ヶ月では養成所卒者との差は減少している。施設の特性として高機能病院と一般病院を比較すると、高機能病院の新卒者は就職時、他者に依存する傾向があり、治療処置技術の評価も低い項目があったが、卒後10ヶ月では仕事に対する責任感が強い傾向にあった。新採用者数による新卒者の臨床実践能力のちがいでは、施設調査票における看護職員総数のうち新採用者数比率の平均値13.4%を基準として、新採用者比率13.4%以上と13.4%未満の新卒者集団を比較した。看護職員総数における新採用者数の比率が平均値より少ない施設の新卒者の就職時は、他者に頼り、手を出せない傾向があり、相対的に消極的であったが、卒後10ヶ月では、採血や筋肉注射といった技術項目について自己評価が高まった。新採用者数が平均値より多い施設の新卒者は、ケアに前向きに取り組んでいるものの、精神的ストレスが高い傾向にあった。3.新卒者の臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因について:新卒者の臨床実践能力の成長や変化に影響を及ぼした要因の10項目すべてに高い評価をしているが、なかでも「経験を積むことや失敗をすること」「知識と実践をつなぐような先輩の教え」「職場の雰囲気や同僚との関係」では90%以上が肯定している。一方、新卒者を受け入れている教育担当者は、「基礎的看護技術が十分でないため育成に力をいれている」と「知識と技術を統合する力が不足しているので指導に力を入れている」という項目に97.0%以上の施設が「そうである」と回答している。

様式A(4)
1
2
結論
本研究は新卒看護婦・士の臨床実践能力ならびに受け入れ施設の取り組みに関する実態調査をした。就職時の新卒者の臨床実践能力は全体的に低いが、卒後10ヶ月では類型Iと類型IIに含まれる43項目(54.0%)において新卒者の成長を示していた。しかし卒後10ヶ月を経ても自己評価の低い項目が半数近くあり、これらの項目については従来の対応では限界があると思われる。新卒者の臨床実践能力の構成要素からみると、第一因子の「患者対応と業務の組み立てに関する能力」が「判断と見通しの能力」に進化することが求められており、次いで「技術を行使する能力」と「情緒的安定性」が必要であることがわかる。新卒者の教育背景による影響では、就職時に26項目にちがいがみられたが、卒後10ヶ月では4項目に減少した。とりわけ就職時では看護系大学卒業者の方が戸惑っている傾向がみられた。施設の特性による影響では、就職時6項目、卒後10ヶ月では7項目にちがいがあった。新採用者の多少による影響では、就職時10項目、卒後10ヶ月では8項目にちがいがあった。卒業者の就業先からみると、新卒者の臨床家として出発する場所は「病院」が圧倒的に多く、病院が専門職業人としての入門の場となっている。看護実践に必要な臨床的知識・技術・態度は3年もしくは4年間の看護基礎教育で習得するのは困難であり、医療ならびに福祉サービスの質の向上を確保するためには医師・歯科医師の臨床研修の必修化に引き続いて、看護職の臨床研修の必修化について検討を開始すべきである。本研究結果はその根拠を提示するものであり、かつ臨床研修プログラムや臨床研修方法についても参考資料として活用できる。

公開日・更新日

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