プレホスピタル・ケアの向上に関する研究

文献情報

文献番号
199900914A
報告書区分
総括
研究課題名
プレホスピタル・ケアの向上に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山村 秀夫(財団法人日本救急医療財団)
研究分担者(所属機関)
  • 美濃部嶢(財団法人日本救急医療財団)
  • 山中郁男(聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院)
  • 杉山貢(横浜市立大学医学部附属浦舟病院)
  • 石井昇(神戸大学医学部)
  • 多治見公高(帝京大学医学部附属病院)
  • 岡田和夫(帝京大学医学部)
  • 越智元郎(愛媛大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プレホスピタル・ケアの向上を図るため、救急救命士制度、ドクターカー、救急蘇生法の教育・啓蒙・普及並びに救急医療情報システムについての現状の分析と問題点につき検討した。更に重症喘息症例への胸郭外胸部圧迫法の有効性を検討した。同時に欧州連合で採用されるSAMU方式の救急医療体制での利点をわが国のプレホスピタル・ケアに一部導入することにより限られた救急医療資源の有効活用を図ることの可能性を検討することを目的とする。
研究方法
救急救命士の活動評価について;兵庫県での救急隊の活動状況の調査を人員、車両、救急業務、心肺停患者について調査項目を定めてアンケート調査を実施し解析した。また神戸市での院外心肺停止患者のUtstein様式による記録の評価と地域ごとの救急隊の活動状況と治療成績の解析を行い、さらにSAMUやパラメディック制度との比較を試みた。救急救命士制度運用上でのMedical Controlのあり方;福岡市消防局における生体情報システムとナビゲーションシステム、また佐賀医科大学での救急救命士の活動支援策としての画像伝送システム、さらに横浜市消防局での12誘導心電図伝送システムとの3点に的を絞って、現地調査を中心にMedical Control System構築における有用性を検討した。
ドクターカー運用について;船橋市での地域人口当たりの喘息発作についてのデータベースの構築を1 年間の症例について実施した。また胸郭外胸部圧迫法(ECC)の有効性について、現場にて救急救命士またはドクターカー同乗医師によりECCを施行された喘息症例の SpO2 の変化を非施行例と比較した。更にドクターカーに同乗する救急救命士の教育的効果につき検討した。
SAMU方式の導入の可能性について;SAMUにおけるMedical Regulation実施上の一般的指導要項及び個々の疾病、病態についての救急要請に対する指導票等の実態調査を行った。同時にこの方式をわが国の病院前救護体制に受け入れられ、活用されるための前題条件となるべき課題を検討した。
さらに医師による現場及び指令センターへの参画がプレホスピタル・ケアの質の向上に寄与する効果の検討として、救急車に同乗した医師による救命士のトリアージに対する現状評価、Medical Regulationの基礎となるTelemedicineに関しての指令センターにおける重症度判断の現状調査と緊急通報時の日本語による表現の仕方の解析及び市民ボランティアによる緊急通報表現のシミュレーション調査を行い、またMedical Regulation Systemの試行を地域と期間を限って実施した。
CPCRの教育・啓蒙・普及について;教職員を対象とし蘇生学会認定の蘇生法指導医が講師となり講習会を実施した。午前は講義、午後は実習として、講習会の前・後でCPRに関する知識、実施体験、実際の場面での実施の意志などについての同じ設問により受講前後の変化及び講習会に対する評価について調査を実施し解析を行った。
救急医療情報システムの現状分析については、その運用状況調査、インターネットによる市民のための情報提供に関する調査、災害医療情報システム運営上の問題点の調査・検討を実施した。
結果と考察
救急救命士の活動評価について;兵庫県においては、救急救命士や高規格自動車の整備は進んでいるが、特定行為の実施率や施行回数には地域差が認められ、地域間の院外心肺停止患者に対する救急隊の活動状況や治療成績を比較するためのウツタイン様式は有用であると考えられた。神戸市においては、覚知から患者接触までの時間が人口密度の低いrural areaで延長し、現場から病院到着に要する時間はCPA患者の受入が可能な医療施設が少ないurban areaにおいて延長していたが、いずれの地域においても、患者接触から最初の特定行為実施までや、特定行為実施から現場出発までに要する時間が長く、救急隊員の技術の向上、医師の指示体制、CPA患者を受け入れることのできる医療施設の確保、消防隊や複数の救急隊による支援体制、などの制度上の整備が必要であると考えられた。地域のかかえる救急医療の実情は様々であり、救急現場から高度な医療を開始するための医師の参画と、柔軟性のある体制の確立が望まれる。
救急救命士制度運用上でのMedical Controlのあり方については;救急救命士の教育や指示体制の構築には地理的条件や人的条件などにより普遍的な結論を出すことは難しい。救急活動の広域化に向けてのナビゲーション・システム、救急指導医の人的資源不足の解決に向けての搬送途上の画像伝送による指導、より早く適切な病院選定に向けての12誘導心電図伝送の検証を行った。それぞれ今後の課題はあるもののその有用性は証明されたと考えて良い。
ドクターカーの意義に関しては;重症気管支喘息に対するドクターカーシステムおよび胸郭外胸部圧迫法の効果については同法実施症例では非実施症例より病院到着時の平均酸素飽和度は高値を示し、特に実施症例の酸素飽和度はすべて97%以上であり、有効性を認めたが、EBMによる検討には大規模な無作為比較試験が必要である。救急救命士の卒後教育に対しては、ドクターカーと一般救急隊による二層構造の救急医療システムの構築は有効でかつ効率的に患者の予後を改善しうると考える。
わが国へのSAMU型ホスピタル・ケア導入の検討では、これを実施するための条件として■救急要請を受けた時点で医療が開始されるので最初から医師が関与すべきこと■Medical Controlの構築がされること■Telemedicineの学問的体系の確立とこれに基づくMedical Regulationとが医療者側のみならず救急医療サービスを受ける側にも理解され、認知されること、■すべての救急医療に関与する医療機関と消防機関との緊密なネットワークの構築■さらにこれを有効に運用するために必要な法律の整備が必要である。
SAMU方式のモデル試行は横浜市で実施した。(1)緊急通報調整の基礎となるTelemedicineに関しては指令センターへの緊急通報を傍受した実際の救急要請者の表現また意識障害、胸背部痛、呼吸困難などをきたす脳卒中、虚血性心疾患など想定したボランティアによる緊急通報表現などの緊急第一通報表現を解析し医療調整の手がかりとした。(2)救急医療調整システム試行結果;意識障害、胸背部痛、呼吸困難などを対象にドクターカーによる医師現場出動を15回試行した。現場医師によるトリアージは三次機能病院へ6例、二次機能病院へ5例、不搬送4例、福祉対応1例であった。現場での医師と救命士とのトリアージ判断の差は15例中8例にみとめられた。
CPRの教育・啓蒙・普及に関しては;主に教員を対象としてCPRの講義を午前、実技を午後という丸一日コースにより実技を体験させた。講習後はCPRへの積極性、CPRの知識が向上し、受講者のCPRの対応が進んで行うようになった。反覆教育が大切であり、市民が受け入れられるようなCPRの方法の改訂も必要になろう。AHA の2000年ガイドラインが本邦で導入され、一般に広く利用されることを期待したい。
救急医療情報システムの現状分析に関しては;救急医療情報センターを運営していない県は平成11年度末の段階で9県に上る。医療機関の傷病者収容要請への応需率が50%を下回る地域が11県にも上る。これらの地域の救急医療情報システムが十分に機能していないと考える。救急医療情報システムの効果的な運用が、わが国のプレホスピタル・ケアの向上を左右すると考える。
結論
兵庫県においては、特定行為の実施率や施行回数には地域差が認められ、院外心肺停止患者に対する救急隊の活動状況や治療成績の比較には、ウツタイン様式は有用であると考えられた。神戸市では、覚知から患者接触が人口密度の低い地域で延長し、現場から病院到着に要する時間はCPA患者の受入が可能な医療施設が少ない都市部において延長していた。いずれの地域においても、患者接触から特定行為実施までや、特定行為実施から現場出発までに要する時間が長く、救急隊員の技術の向上、医師の指示体制、医療施設の確保、消防隊や複数の救急隊による支援体制、などの制度上の整備が必要であると考えられた。地域のかかえる救急医療の実情は様々であり、救急現場より高度な医療を開始するための医師の参画と、柔軟性のある体制の確立が望まれる。
救急救命士制度の運用に関してのMedical Control Systemは救急救命士の育成、現場での活躍をサポートし、この制度の普及と成果を左右する重要な因子であることは明白である。全国的な制度構築に遅れがあり、各地域の特性を生かしての制度の工夫が各地で展開されてきたが、地理的条件や人的資源の不足などのが壁となっている。高度に進んだ通信工学のメディアをシステム構築の中に取り入れる作業によりMedical Control Systemの推進に拍車がかかる事となる。
ドクターカーシステムの運用に関して、重症気管支喘息に対する同システム及び胸郭外胸部圧迫法の効果は、同法施行例では非施行例に比較し病院到着時の Spo2 値は高値を示し、その有効性が認められた。今後大規模な無作為比較試験の実施が望まれる。
救急救命士の卒後教育に対するドクターカーシステムの効果は、ドクターカーと一般救急隊による二層構造の救急医療システムの構築が有効であり、患者の予後を改善しうると考えられた。
わが国のプレホスピタル・ケアの向上には、限られた人的・物的・経済的資源を有効に活用し機能させることが重要である。
これらを実施するために解決すべき課題は第1に救急医療は救急要請を受けた時から開始され、従って当初から医師が関与すべきこと、第2にMedical Control体制の構築がされること、第3にTelemedicineの学問的体系の確立とこれに基づく医療調整の実施が医療者側のみならず救急医療サービスを受ける側にも理解され、認知されること、第4に各種救急医療機関と各消防機関との緊密なネットワークの構築、さらに第5としてこれらを有効に機能させ、運用するために必要な救急医療に関する法律の制度が極めて重要である。 医師の現場参画と指令センターでの緊急通報解析・調整システムは、現場のトリアージの質向上と救命士の直接指導に有用である可能性が示唆された。今後さらに医師を中心とした院外救急医療の必要性を治療成績の点も含めて検証するためには、今回試行したシステムを継続していく必要がある。
教員の学校での生徒へのCPR教育への影響や、学校現場での緊急事故への積極的実施、蘇生率の向上のためにも意義深いと思う。
これを市民全般の教育という観点から考えると講習の内容の充実と、正しい手技の教え方、人形の使い方などの改良と共に、講師のCPR教育能力のレベルも均等に向上させる努力も必要である。市民へのCPRの反覆教育を実施することの重要性を強調して結論とする。 わが国の救急医療情報システムの運用状況について調査した。現在においても、情報センターを持たない県が9県に上った。また医療機関の傷病者収容要請への平均応需率が50%を切る地域が少なくないことからみて、情報システム導入県においても、実効的な運用がなされていない地域が少なくないと考えられた。救急医療情報システムの効果的な運用が、わが国のプレホスピタル・ケアの様々な問題を解消する上で鍵を握ると考えられ、応需情報の忠実な入力や市民への情報提供などの一層の充実が望まれる。

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