高齢者の口腔保健と全身的な健康状態の関係についての総合研究

文献情報

文献番号
199900869A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の口腔保健と全身的な健康状態の関係についての総合研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小林 修平(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 養老孟司(北里大学)
  • 斎藤毅(日本大学)
  • 花田信弘(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「8020者データバンク構築の研究目的」:新潟市では、高齢者における口腔健康状態が全身健康状態にどのような影響を及ぼしているかという点を明らかにすることを目的に、1998年度より追跡調査が開始された。
「口腔と脳の老化の研究目的」: 歯の喪失が脳の老化に対してどのような影響を与えるかを解明することにある。
「糖尿病・肥満患者と口腔疾患の研究目的」:私たちは本研究班の2年前の検討で、40-50歳代の東京医大通院中の糖尿病患者では、健常者に比べて歯牙の脱落が多く、歯周組織の障害も強いことを報告した1)。今回は疾患を糖尿病のみならず肥満をも対象とし、代謝疾患の症例における口腔内の状態を把握する事を目的とした。
「唾液検査による歯周病診断の可能性の検討の研究目的」:唾液が非侵襲的採取が可能であり,比較的簡易に口腔内から得られる試料である。この唾液中の成分変化により,歯周病の病態を把握できれば,集団検診などにおいて歯周病患者のスクリーニングに役立つと考えられる。本研究では,歯周病に罹患している患者,罹患していない患者をふるい分け,唾液中の各種成分変化と歯周病の病態との関係性を検討した。
研究方法
「8020者データバンク構築の研究方法」: 1998年現在、新潟市に在住している70歳(昭和2年生まれ)および80歳(大正6年生まれ)の全員(6,629人)を対象とした。歯科健診を受診した者は70歳600名、80歳163名、合計763名であった。
「咬合と運動能力に関する研究の方法」:不正咬合がなく,下肢に障害の既往のない健常成人男子9名を被験対象とし,筋力測定にはCybex 6000を使用した。
「口腔と脳の老化の研究方法」: 痴呆群は豊橋福祉村病院に入院中のアルツハイマー型痴呆36名と脳血管性痴呆39名であり、対照群は同病院関連施設の老人ホームに入所している非痴呆老年者78名である。痴呆群および対照群の痴呆、非痴呆の診断は、アメリカ精神医学会の
痴呆の診断基準(DSM-Ⅲ)により診断を行った。また、アルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆の鑑別診断にはNINCDS-ADRDAの診断基準により行った。
「糖尿病・肥満患者と口腔疾患の研究方法」: 対象患者は各施設通院中或いは入院中のⅡ型糖尿病患者、あるいは肥満者とした。対照者は内科受診患者で特に異常を認めない症例,或いは健康診断にて異常の指摘のない症例とした。糖尿病患者,肥満者,対照者、全例につき同意を得たのちに口腔内の病態評価を行った。対象例数は、糖尿病患者は男性432例(平均年齢52.6歳),女性314例(平均年齢52.3歳)、肥満者は男性16例 (平均年齢39.1歳),女性33例(平均年齢40.6歳)であった。対照者は男性74例(平均年齢35.9歳),女性56例(平均年齢40.5歳)、年齢分布は肥満者、対照者では30歳台がピークで、糖尿病患者では60歳台がピークであった。
「唾液検査による歯周病診断の可能性の検討の研究方法」:健常者は,企業検診時に診査・検査により歯肉炎,歯周炎に罹患している者を20名および,日本歯科大学歯周病科に来院した18歳以上の歯周炎を有している患者で,当研究の主旨を理解し,協力に同意した者20名を各々選択した。問診により,被験者の全身状態や既往歴,家族歴,生活習慣などを調査した。唾液の検査は,5分間パラフィンを噛んで,減菌スピッ管に唾液を吐き出す。5分内の唾液溜量を記録し,その5?を減菌スピッ管に分注し,冷蔵保存する。成分の調査項目は,1.総タンパク(TP),2.酸脱水素酵素(LDH),3.アルカリフォスファターゼ(ALP),4.GOT,5.GPT,6.CRP,7.遊離ヘモグロビン,8.IgGを測定した。更にPCR法(Polymerase chain reaction)による歯周病原菌の検出(Ashimotonの方法 1996)を行った。
結果と考察
「8020者データバンク構築の研究結果・考察」:現在歯数と食物摂取状況との関連を重回帰分析により評価した結果、現在歯数別では総摂取エネルギーに有意差は認められなかったが、20本以上の群に比べ0本群、1~10本群で6群別の野菜群の摂取エネルギーが有意(p<0.05)に少なくなっていた。また口腔内の自覚症状の項目で歯の動揺ありと回答した者は有意(p<0.05)に野菜群の摂取エネルギーが少なくなっていた。口腔健康状態と全身健康状態との関連について、第1に特筆されるべき結果は、現在歯数が少ない者ほど、野菜類の摂取量が少ないことが示されたことである。野菜類に含まれるビタミンC・Eやカロテン類は抗酸化剤としての重要性が認められており、これらの適量摂取は心血管系疾患やある種のガンの予防に役立つと考えられている。したがって、現在歯数の減少は、これらの摂取を低下されていることとなり、全身健康状態のリスクファクターである可能性が示唆されたといえる。このほか、統計的にはそれほど強い関連ではないものの、歯周(BOP)と高血圧の既往および血清IgG値との関連と、未処置う蝕と血清アルブミン値との関連が認められた。これらの関連については、今後、追跡調査によって精査していく予定である。
「咬合と運動能力に関する研究の結果・考察」: 1)毎秒30,60および150度における最大噛みしめと下顎安静位時のピ-クトルクの間には,それぞれ7.0%,7.4%および4.9%の有意な差が認められ,アベレ-ジパワ-の間には6.5%,6.1%,および6.9%の有意な差が認められた。しかし,毎秒300および450度ではいずれも有意な差は認められなかった。2)等速性の角速度とピ-クトルクの差の間には,相関係数が-0.699の有意な負の相関が認められたが、等速性の角速度とアベレ-ジパワ-の差の間には有意な負の相関は認められなかった。以上のことから、膝関節伸展筋力においては,低中速域で歯を食いしばることが同筋力の増強につながり、噛みしめの効果と角速度の間に負の相関が認められたことから、高速になるにつれて噛みしめの効果がなくなることが判明した。
「口腔と脳の老化の研究結果・考察」:残存歯数別痴呆発生リスクは、脳血管性痴呆群では対照群と有意差を認めなかった。しかし、アルツハイマー型痴呆群では、残存歯数の平均は3.11±5.85本、対照群で9.01±10.09本とアルツハイマー型痴呆群で有意に少なかった。また、残存歯数が増える(1?7,8?14,15?)につれて、アルツハイマー型痴呆発症リスクは有意に減少した。両群で痴呆の程度、発症期間、年齢に有意差が認められず痴呆発症後の歯の喪失要因に差がないものと考えるならば、アルツハイマー型痴呆発症の危険要因として歯の喪失が深く関与しているのではないかと考えられた。
「糖尿病・肥満患者と口腔疾患の研究結果・考察」:対象とした全例で評価すると、糖尿病患者群では総歯数は22.5±7.8本で、対照者群の総歯数27.4±2.8本に比し有意に少ない成績であった(P<0.01)。
「唾液検査による歯周病診断の可能性の検討の研究結果・考察」:歯周病の臨床症状を区分するのに歯周ポケットの深さが一般的基準となっている。通常4mmから6mm以内は,歯周病罹患では中程度の疾患を意味し,6mm以上になると重度歯周炎と云われる。中等度歯周炎患者においては, LDHとALPにおいて,歯周ポケットの部位数が多くなるにつれて,当該検査値の増加がみられた。
結論
「8020者データバンク構築の結論」:高齢者763名(70歳600名、80歳163名)に対して口腔および全身健康状態に関する調査を行った。口腔健康状態と全身健康状態との関連については、現在歯数が少ない者では野菜摂取が少なくなることなどが明らかとなった。
「咬合と運動能力に関する研究の結論」:本研究は,同じ動的筋力でも噛みしめの効果が低速と高速では異なることを初めて明らかにした。健全に噛みしめができる咬合を保持することが、各種のスポーツシーンにおいてそのパフォーマンスを高め得ること、また、口腔機能が全身の運動機能に深く関与していることを示唆するものである。
「口腔と脳の老化の結論」:歯の喪失はアルツハイマー型痴呆の危険要因となる可能性がある。
「糖尿病・肥満患者と口腔疾患の結論」:今回の調査では糖尿病患者においては咀嚼能が低下している所見を得た。
「唾液検査による歯周病診断の可能性の検討の結論」:唾液のLDH,ALP活性の程度により,歯周病の罹患状態を予測できることが示唆された。

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