全国規模ネットワークシステムでの患者登録による糖尿病性腎症の疾病構造の解析と腎症進展阻止指針作成の為の体制整備に関する研究

文献情報

文献番号
199900868A
報告書区分
総括
研究課題名
全国規模ネットワークシステムでの患者登録による糖尿病性腎症の疾病構造の解析と腎症進展阻止指針作成の為の体制整備に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山田 研一(国立佐倉病院)
研究分担者(所属機関)
  • 柏原英彦(国立佐倉病院)
  • 木田寛(国立金沢病院)
  • 斎藤康(千葉大学医学部第二内科)
  • 酒巻建夫(国立佐倉病院)
  • 川口毅(昭和大学医学部公衆衛生学)
  • 星山佳治(昭和大学医学部公衆衛生学)
  • 秋山昌範(国立国際医療センター)
  • 西村元伸(国立佐倉病院)
  • 涌井佐和子(国立佐倉病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
9,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国では、国家規模での糖尿病性腎症各病期の疾病構造や疫学調査、予後判定などのための登録システムは存在しない。腎症患者データベースは、罹患率や、病態特性の把握のもとハイリスクの評価、腎死の実態、将来予測等の研究ならびに予防対策のために不可欠である。今後、このデータベースを基に、糖尿病性腎症発症・進展候補遺伝子と治療薬易反応性関連遺伝子の解析も可能となる。それらの結果は腎症進展阻止指針作成とオーダーメイドの医療の確立に最も相応しく、その有用性は計り知れないと考えられる。さらに、データベースの有効利用は、糖尿病患者ならびに一般国民への腎症予防策としても十分応用可能となる。
研究方法
本研究は、全国規模で利用可能なコンピューターネットワーク(HOSPnet)によりイントラネット方式で国立佐倉病院へ登録するシステム(腎ネット)の構築を行う。共通プロトコールの詳細については、平成10年度の報告書を参照。今年度までは、Observational Study であり経年観察は、次年度以後とする。統計方法は、カイ二乗検定、Wilcoxon signed rank 検定、Kruskal Wallis 検定、重回帰分析、ロジスティック回帰分析 により行った。
結果と考察
研究結果=2000.2.18現在、初期登録229例(内 HOSPnet活用による登録128例)あり、データ完成を認め解析可能対象症例は185例であった(登録対象は、8年以上の糖尿病罹病期間を認める65才以下の、血清Cr<2.0mg/dlであり、糖尿病性網膜症(SDR以上)を有し、かつ文書同意を得た症例)。内、正常アルブミン尿群;70例、微量アルブミン尿群;59例、顕性腎症群;56例であった。(Ⅰ)登録症例全般の特徴:①登録症例の他の血管合併症の分布と相互関連性:登録症例の糖尿病性網膜症のステージと糖尿病性神経障害の頻度はよく相関していた。しかし、大血管障害の頻度とは相関性を認めなかった。②登録症例の血糖管理、栄養管理状況:平均HbA1cは7.86±1.36%であった。又、HOMA指数(インスリン非使用例)とBMIは有意の正相関を示し、インスリン抵抗性肥満を示していた。一方、登録症例の栄養管理状況のうち、24時間蓄尿による推定蛋白摂取量(g/日)(EPI)は、3日間食事調査よりの蛋白摂取量(g/日)とよく相関していた。更に、24時間蓄尿よりの1日食塩摂取量(g/日)は、3日間食事調査よりの食塩摂取量ともよく相関していた。③登録症例全般の血圧管理状況:降圧治療群は、非降圧治療群に比較し、降圧治療下にもかかわらず血圧値は有意に高値を示していた(その時の電解質代謝には両群有意な差を認めなかった)。④全登録症例遺伝子解析の特徴:(④-(1)):健常対照例との比較;登録糖尿病患者は、健常者に比較し、有意にACE遺伝子多型DD型が多かった。しかし、ec-NOS遺伝子多型偏位は観察できなかった。(④-(2)):登録糖尿病群のうちでACEもec-NOS遺伝子も高血圧の有無での差を認めなかった。(④-(3)):登録糖尿病患者網膜症ステージと候補遺伝子(ACE、ec-NOS)多型との関連;網膜症の進展度とACE、ec-NOS遺伝子多型性とは相関性を認めなかった。⑤NOx の意義づけ:今回、血管内皮細胞機能の-指標として想定したNOx の意義について解析した。尿NOx 排泄値は、血圧と負の相関を示した。更に、尿Alb、尿NAG、尿β2MG 排泄とも負の相関を示した。一方、Ccrとは有意の正相関を示した。しかし、血漿NOx 値は、血圧や腎機能と、病態
との関連から意義のある関連性は認めなかった。(Ⅱ)腎症各病期群別の疫学的病態特性:腎症各病期群(正常アルブミン尿群(n=70)、微量アルブミン尿群(n=59)、顕性腎症群(n=56))の各群間での相対危険度検定の為、腎症病期を従属変数とした単変量ロジスティック回帰分析の結果を行った。対象患者では、正常アルブミン尿群に比較しても、微量アルブミン尿群、顕性腎症群も糖尿病罹病期間では有意差を認めなかった。糖尿病性腎症進展に伴って、糖尿病性網膜症の進展を認めるも、大血管障害の頻度は必ずしも平行していなかった。微量アルブミン尿群、顕性腎症群とも正常アルブミン尿群に比較し血糖管理が悪く、肥満傾向を認めインスリン抵抗性(HOMA指数の有意な高値)を認めた。同様に、進展に伴ない高血圧を呈し、高血圧症の相対危険度が高く、血圧管理の重要性が強く示唆された。一方、脂質代謝では顕性腎症群で高TCHO血症、低HDL-CHO血症、レムナントコレステロール値のより高値を認め、ディスク電気泳動上での有意な高Midband陽性率とLDL/HDL泳動比の有意な変動を認め、腎症進展に伴いリポ蛋白代謝異常の病態を呈していた。また、正常アルブミン尿群に比較し顕性腎症群で、また微量アルブミン尿群でも、血漿フィブリノーゲン値、血漿vWF値の高値を呈し、より強い凝固系亢進、血管内皮細胞障害の存在を示唆していた。腎症進展に伴い、当然、腎間質障害マーカーの高値を認めた。又、尿NOx排泄の減少、尿Ⅳコラーゲン排泄の亢進を呈し、腎での基質増生が示唆された。興味あることに、24時間蓄尿検査より顕性腎症群で、正常アルブミン尿群 に比較し、一日尿中Na排泄でなく一日尿中Ca排泄が有意に減少(血清補正Ca値は不変)を認め、腎でのCa代謝の変動が示唆された。一方、3群間でのACE遺伝子、ec-NOS遺伝子多型の偏位は全く認めず、対象糖尿病患者での血清Cr<2.0mg/dlまでの腎症の発症・進展自体へのACE遺伝子多型性の直接的関与は薄いと考えられた。以上が、今年度多施設共同による共通プロトコールの解析成果である。このデータベース構築作業のなかで、相原班員は、全国施設からWebブラウザソフト経由で、共通基本情報、腎疾患共通情報、腎疾患固有情報と層別化したデータベース構造により、患者登録、検索、閲覧、統計が可能な診療支援+臨床研究型のデータベース仕様を作成した。木田班員は、NIDDMの糖尿病性腎症病理所見評価法作成にあたり、糖尿病性腎症の古典的腎病変であるび慢性病変、結節性病変、滲出性病変に加えて虚血腎病変と考えられる、巣状糸球体硬化症様病変、糸球体係蹄壁の不整と二重化、糸球体係蹄の分葉化、全節状メサンギオライシスなどを、間質病変とともに評価対象項目として必要とした。斎藤班員は、自然発症糖尿病モデルラットであるOLETFラットの糖尿病性腎症の進展に、TGFβ刺激伝達系の一つであるSmadの発現の重要性を指摘した。又、西村班員は、血清Cr>2.0mg/dl又は透析導入例の糖尿病性腎症例(全例網膜症あり)と糖尿病罹病歴をmatchさせた顕性腎症非発症例とのpaired retrospective study により、腎疾患家族歴、ACE遺伝子多型の偏位の重要性、更に腎不全になるまでの放置例や中途治療中断例が腎不全群で有意に多いため、疾患に対する啓蒙・啓発と早期検診の重要性を示唆した。又、同時に血糖管理とともに血圧管理、脂質代謝の管理が、腎不全進展速度へ影響する重要因子となり、管理の重要性を指摘した。最後に、統計・解析を担当した星山・川口両班員は、登録されたデータベースを単変量ロジスティック回帰分析結果を踏まえて、多変量解析の手法を用いて検討もした。
考察=今回、全国規模ネットワークシステムであるHOSPnetを活用した、糖尿病性腎症データベース構築を試み、日本人の糖尿病性腎障害の疫学的な病態特性の解析を行った。コンピューターネットワークであるHOSPnetを何らかの形で利用した、患者初期登録(2000年3月14日現在)は229例中128例であり、まだまだ活用が不十分であるとともに、インフラ面での整備が必要と考えられた。疫学的病態特性の面では、いくつかの重要な問題点(テーマ)が浮び上がってきた。今回の登録criteriaは長期(8年以上)の糖尿病罹病期間がある65才以下の糖尿病患者で、糖尿病性網膜症(SDR以上)を有した又は有する患者で、血清Cr<2.0mg/dlの患者である。今回の解析可能な検討対象患者は、188名であり内IDDMは14名のみ登録された。このような糖尿病対象集団は、健常成人(n=134)との比較でACE遺伝子多型でDD型が有意に多かったことは少なくとも糖尿病性細小血管症(網膜症)の易罹患性と(その程度とは別に)ACE遺伝子多型性に関連のあることを示唆している。また、一方、進展に伴いより強い糖代謝異常を呈していた。このような背景のもと、腎障害進展に伴い肥満傾向を認め、有意なインスリン抵抗性を呈しており、脂質代謝異常もより強く認めた。特に、顕性腎症群では有意に高血圧を呈し、血圧管理の重要性が強く示唆された。この時、この群で腎でのCa代謝異常(一日尿Ca排泄の減少)を認めたことは、興味あることである。今後、Ca感応性受容体を含め、その病態への関与の検討が必要であろう。更に、腎障害進展に伴い、凝固系亢進を認めた。この様な病態とともに、腎障害進展時は腎・血管内皮細胞障害とともに、細胞外基質増生が強く認められた。この病態特性が原因か、結果なのかは今後の経過と治療介入により判明されると考える。いずれにしても、肥満・インスリン抵抗性、脂質代謝異常、高血圧(腎でのCa代謝異常を含む)、凝固系異常、腎・血管内皮細胞異常、細胞外基質増生、等に関する生活習慣因子の管理とともに、これらの浮上した問題事項に関連した遺伝子群の多型性と多様性の検討が必要となる。又、個々の治療介入による病態の変化も観察が必要となる。このデータベースを活用し、治療薬剤等の易感受性遺伝子の多型性等の検討も可能となろう。
結論
全国規模データベースシステムの解析により、日本人の糖尿病性腎障害の病態特性を明らかにした。腎障害進展に伴い、増大する危険・寄与因子が明らかになり、それに関連する生活習慣の管理と、遺伝背景の解析の必要性が急がれる。

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