脳検診で発見される未破裂脳動脈瘤例の経過観察(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900859A
報告書区分
総括
研究課題名
脳検診で発見される未破裂脳動脈瘤例の経過観察(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
桐野 高明(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 端 和夫(札幌医科大学)
  • 吉本高志(東北大学)
  • 斎藤 勇(杏林大学)
  • 大本堯史(岡山大学)
  • 橋本信夫(京都大学)
  • 河瀬 斌(慶応大学)
  • 櫻井恒太郎(北海道大学)
  • 福井次矢(京都大学)
  • 福原俊一(東京大学)
  • 八巻稔明(札幌医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この調査の基本的目的は、未破裂脳動脈瘤の自然経過を知ること、および保存的、外科的治療の効果および危険性を把握することにより、各々の症例における最善の治療を確立することにある。あわせてこの疾患の疫学的データや疾患の社会・経済的意義に関する情報を収集することを目的とする。
研究方法
昨年度研究案を提出した際には、本研究の方法は脳ドックなどにより積極的に検索して発見された未破裂脳動脈瘤全例を治療せず経過を観察しその破裂率を求めることであった。しかし、現況では未破裂脳動脈瘤の半数以上が治療されている考えられ、この研究をおこなうためには従来の治療方針をかなり変更しなければならない。したがって多くの脳神経外科医の協力を得ることは困難であると判断された。また脳動脈瘤が観察中に破裂した場合、患者が死亡したり高度機能障害を来す可能性が高いので。現段階では一定の治療方針を患者に強制するのは倫理的に問題があると判断された。したがって、この研究方法による未破裂脳動脈瘤の予後の検討は不可能であるとの結論に達した。そこで脳血管障害を専門とする脳神経外科医および統計学者の会議において代替え案を検討した。出された案は、脳ドックや他の治療の際に偶然発見された、または出血以外の症状を呈して発見された未破裂脳動脈瘤すべてを、治療例・非治療例を含めて経過観察するというものである。この方法によれば治療は主治医または患者の自由な選択にまかされ、治療選択の面で倫理的な問題を来すことは考えにくい。しかし、一方でなぜ治療が選択されなかったのかという問題点、特殊に選択された症例をのぞいた症例のみが経過観察され、脳動脈瘤の自然経過を観察しているとは言えないと言う問題が生じる。そこで、今回我々は、調査に入る前に各治療施設の基本方針を提出していただき、ある一定の大きさ以下であれば治療しない、または大きくならないものは治療しないなどの方針にのっとった施設の症例を抽出して、破裂率を求める。また全症例において、発見から治療日までの期間を観察期間とする、のべ症例数×期間による検討を加えることとした。
上記案より、今回対象症例は調査への参加に承諾するすべての未破裂脳動脈瘤症例とした。動脈瘤は一定の基準で撮影されたMR angiography, CT angiography,または通常の脳血管撮影により診断されたものとし、計測された径3ミリ以上のものを追跡することとした。
参加施設は本調査をそれぞれの倫理委員会に提出し、許可を得た後、調査に参加する。患者の登録は患者のインフォームドコンセントを得た後に始めることとした。
データエントリーの簡便さ、刻々と報告される重要なデータの解析を迅速に行い、何らかの治療指針を早期に提唱できる可能性を考慮して、患者情報をインターネットによる電子情報として扱うこととした。データの内容は個人の同定のできるものは含まず、安全性に配慮した。取得するデータとしては、身体合併症、画像情報、神経学的所見、および健康に関するQOLなどとし、診断時および治療1ヶ月後、診断後1年毎、症状変化時にデータを取得することとした。
この調査から未破裂脳動脈瘤の疫学的データ、動脈瘤の破裂率、神経症状の発現率、そのリスクファクター、治療の危険性、リスクファクター、治療の長期効果を検討し、把握するという計画をたてている。
本年は3年計画研究の1年目であり、実際のデータはまだ得られておらず、本年の実務として1)当研究プロトコールおよび2)データエントリープログラムの作成、3)脳動脈瘤の診断プロトコールの作成に従事した。
多くの研究追跡症例数を確保するために、昨年10月、本研究者らは、今回の研究を日本脳神経外科学会の事業として承認していただいた。日本脳神経外科認定施設へ本調査への参加の諾否を問い、また未破裂脳動脈瘤診療の現況を把握するため日本脳神経外科学会認定A項、C項1134施設にアンケートを送付した。
結果と考察
まず本調査のデザインについては、特に特殊な治療方針や積極的な診断方法などを押しつけない方法が倫理的な側面から妥当であると判断された。一方の術者の選択によるバイアスについては1センチ以下の動脈瘤では手術しないと前提をおいた施設からの症例の経過、また診断から治療前の期間を自然歴観察期間とすること、また多数の症例を集めることによって、有意義な自然歴の把握が可能であると考えられた。また一方で、選択バイアスのかかった症例群との自然歴の差を検討する事が可能となると考えられる。その他、本調査の2次的な目標として、治療のリスクの把握、治療の長期的な効果、治療後の再発率、患者の健康に関するQOLを測定する事により、この疾患および治療の社会的な意義付けを検討することが可能であると考えている。
アンケート調査の結果として、まず返事は509施設(45%)から得られた。うち本調査へは479施設(94%)が参加すると回答した。参加しないと回答した施設は、小児疾患や腫瘍を主に扱い脳動脈瘤を治療する事が殆どない病院であった。インターネットアクセスについては178施設(35%)がないと回答しており、このような病院へ対応するためには、ファックスや郵送によるデータの収集も行う必要があることが判明した。
未破裂脳動脈瘤の診療状況について、動脈瘤の正確な数は、271施設から回答があり(総施設数の24%)、5,707例の未破裂脳動脈瘤症例が新たにみつかるか紹介されている。そのうち1年間に手術またはコイルで治療される症例数は4,530例(発見された症例の約80%)(うち開頭手術3,734例、血管内治療796例(治療例の17.5%))であった、少なくとも一年間に1,000例の未破裂脳動脈瘤は自然経過を観察されているということもわかった。治療の方法については、開頭クリッピングのみを行う施設が224施設、どちらか症例により決定すると答えた施設が267施設、血管内治療のみと回答した施設は0であった。
参考として提出していただいた、破裂脳動脈瘤(くも膜下出血)の一年間の症例数は423施設から報告があり、総数は12,349例であり、そのうち治療を受けたものは8,985例であった。したがって、未破裂脳動脈瘤の治療数は破裂脳動脈瘤治療数の少なくとも約半数近くにおよぶことがわかった。
今回のアンケート集計は全施設から回答を受けているわけではないので、正確な数ではないが、現在本邦では少なく見積もっても5000例近くの未破裂脳動脈瘤症例が発見されていることが判明し、10万人のうち5人が毎年このための何らかの診療を受ける極めて重大な疾病であることが証明された。したがって、本調査によってこの治療成績(年4000例)および治療しなかった場合(年1000例)の予後を確定することは極めて重大な事項であることを再確認した。
結論
未破裂脳動脈瘤はもし破裂すると極めて重篤な障害または死亡を来しうる疾患である。この疾患は本邦では少なくとも一年間に5000例以上が発見されている。また現在これらの症例の内約8割は治療を受けていることが判明した。このような多数の症例における実際の破裂の危険性は不明であり、治療の危険性もゼロではない。そこで、未破裂脳動脈瘤の自然歴、どのような症例の破裂率が高いのか、治療の危険性の把握、また個々の症例における最善の治療方針を確立する必要がある。そのためには数多くの症例の検討を迅速に行う必要があり、インターネットによる情報収集および電子情報の解析という手段が最も優れていると考えられた。倫理面での慎重な配慮を行いながら、この新しい試みを実行してゆく予定である。

公開日・更新日

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