脳卒中急性期患者データベースの構築に関する研究 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900857A
報告書区分
総括
研究課題名
脳卒中急性期患者データベースの構築に関する研究 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小林 祥泰(島根医科大学第3内科)
研究分担者(所属機関)
  • 小川 彰(岩手医大脳神経外科)
  • 棚橋紀夫(.慶應大学医学部神経内科)
  • 大櫛陽一(東海大学医用工学情報系)
  • 峰松一夫(国立循環器病センター脳血管内科)
  • 松浦達雄(香川成人医学研究所)
  • 井林雪郎(九州大学第2内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
29,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国は脳卒中大国でありながら、脳卒中の予防、治療等の評価と標準化(ガイドライン作成)に必要なEvidence Based Medicine (EBM)が欧米に比し立ち遅れている。EBMを確立するためには全国レベルの大規模かつ継続性のある脳卒中急性期患者データベースを作成することが急務である。パソコンによる脳卒中データベースは各施設で開発途上にあるが、いまだ十分に機能しうるものは開発されておらず、臨床研究だけでなく種々の調査にも対応できる標準フォーマットが切望されている。また、近い将来の電子カルテ化に向けてデータ項目および定量的評価の統一を早急に行う必要がある。本研究は従来型の登録用紙による調査を入力するものではなく、急性期脳卒中を扱う中核病院のデータベースを兼ねた、パソコンによる情報精度の高い将来型データベースシステムを開発するものである。平成11年度(初年度)の目的はまずパソコンによる全国標準脳卒中急性期患者データベースの項目、評価基準を検討し試作版を作成し、その妥当性、有用性、入力上の問題点を検討することにある。
研究方法
従来困難とされてきたパソコンによるデータベースシステムを全国レベルで機能させるためには、まずEBMに不可欠な調査項目を検討し、将来計画も含めた必要最低限の項目を抽出すること、急性期脳卒中診療に携わる多忙な医師が短時間に入力でき、かつ自らの資産として各自のデータを利用出来ることが必要である。本研究では全国各地の脳卒中救急を扱う第一線の専門医等により共同でパソコンを用いたデータベースのシステム設計を行い、まずFilemaker Pro (version 4.1)を用いた試作版を作成した。次いで分担研究者7施設及び研究協力者12施設に試作版を配布し、現場での試行経験を集積し、問題点を解析することにより上記の必要条件について検討した。 さらに集積されたデータを統計解析し、解析面からみた項目、判定基準の問題点を検討した。また、神経心理面で前頭葉機能検査の標準化のためにWisconsin card sorting test (WCST)を選択し、省力化・普及のためパソコン版開発を検討した。
結果と考察
1.データベース項目及び評価基準の選定:主任研究者の作成した原案を基に項目選定作業を行い、166項目を試作版入力項目として選択した。また、評価基準選定作業を行い、国際比較を考慮に入れて以下のような基準を選択した。脳血管障害診断の分類はNINDS-IIIを採用、画像診断では頸動脈狭窄判定をNASCET studyに準じ、MRI白質病変はFazekas分類を採用した。さらに診断統一のためこれらの基準の画像をヘルプ画面に表示できるようにした。神経症候評価は国際的なNIHSSと日本脳卒中学会で開発したJSSを採用し、評価時間の省力化のためにJSS-NIHSS combined scaleを作成した。退院時機能予後はmodified Rankin scaleを採用した。くも膜下出血ではHunt & Kosmic grading及びWorld Federation of Neurological Surgeons Scale (WFNSS) を採用、予後評価にはGlasgow Outcome Scaleも加えた。2.データベース試作版の作成:以下の入力用画面を作成し、各画面ではスクロールすることなく入力できるよう項目を設定した。診断名等は用語の統一を図るためポップアップメニューからの入力方式を採用した。基本情報入力画面:個人情報と発症時間、来院時間、紹介機関、主治医名等。発症時間、来院時間、治療開始時間の入力により自動的に所要時間が計算できるようにした。診断・病歴画面:脳卒中病型診断、神経症状
、病歴、既往歴、家族歴、生活歴、基礎疾患等の項目を設定し、退院時入力項目も同じ画面に設定した。介護保険との関係でも考慮し自立度、痴呆度についても項目を設定した。画像診断入力画面:初回及び2回目以降の画像検査法、診断を選択形式で入力できるものとした。血管狭窄、白質病変等の評価基準をヘルプ画面を開くことにより実際の画像でみれるよう設計した。治療入力画面:急性期医療が発症からの時間毎に評価できるよう設定した。また、発症1週間以内治療、退院処方項目も設けた。またくも膜下出血を除く外科的治療の入力項目を設定した。神経症候評価画面:標準化のためJSSとNIHSSを入院時と退院時に入れるよう設計した。入力省力化のためJSS-NIHSS combined scaleを入力すると煩雑な計算を要するJSSが自動計算され、同時にNIHSSも計算され閲覧できるように作成した。退院後予後入力画面:予後調査に使えるよう発症6ヶ月~3年の予後入力項目を設けた。入力項目は簡単なものとし、画像も入力可能とした。画像入力画面:画像が直接確認できるように、CCDカメラ等で入力されたCT,MRI等の主要な画像を入れ込み参照できるよう設計した。くも膜下出血入力画面:くも膜下出血は特殊なため専用入力画面を設け、詳細な経過及び治療内容と共に未破裂脳動脈瘤入力も可能とした。3.入力試行結果及び問題点。解析結果:全国18施設において、試作版による実際の患者データ入力を実施し問題点の検討を行った。症例入力は373例で行われ、プライバシー保護のため個人情報を消去したデータを電子媒体で集積し検討した。まず入力に関する問題点の検討の結果、本データベースの改訂すべき点として、入力項目の削減、入力方法の省力化、症状及び基礎疾患名の適正化、虚血性脳卒中と出血性脳卒中の画面を分けた入力、画像診断入力法の改善、データの退院サマリーへの応用等が主要項目として抽出された。症例データの集計から入力率を計算した結果、急性期薬物治療や手術入力は3項目まで入力項目を設定していたが、3項目目の入力率は極めて低く最大でも2項目で十分であること、SPECT検査入力も必須化する必要はないことなどが明かとなった。また、くも膜下出血でも動脈瘤の分類法の簡略化を行う必要性が示された。JSS-NIHSS combined scaleによる評価は臨床現場での省力化に役立つことが実証された。4.症例データ集積及び解析からみた問題点:倫理上の問題点である個人情報の漏洩防止については施設で入力したデータベースからすべての個人情報を抹消したものを電子媒体で集積しており、集計者にも全く個人情報は確認できないため機密保持についての心配はないと考えられた。データ解析を行った結果、解析に適さない項目や内容分類が基礎疾患等においていくつか抽出された。これらについては解析面から効率的な集計が出来る分類に変更する必要がある。5.神経症候評価スケールデータ解析結果:本データベースで最も重要な神経症候評価の定量化法の妥当性に関する検討では、入院時JSSとNIHSSの間にr=0.906 (p<0.0001)、退院時スコアでr=0.969 (p<0.0001)という極めて良好な相関が得られた。入院時と退院時のスコアの変化率についても両スケール間の相関はr=0.895 (p<0.0001)と良好であった。6. Wisconsin card sorting test (WCST)のパソコン版開発:神経心理面で前頭葉機能検査の国際標準であるWCSTパソコン版(慶應F-S version)を開発した。主任研究者の施設で本検査法の妥当性、実用性を検証した結果、従来の方式と互換性のあることが確認され、時間的にも従来の約3分の1と検査の省力化が実証された。今回我が国で初めて全国各地の脳卒中救急を扱う第一線の専門医等により共同でデータベースのシステム設計を行い、パソコンによる全国標準脳卒中急性期患者データベース試作版を作成した。標準データベースでは診断基準や神経症候評価、画像診断評価、予後評価などの標準化が必須であり、これらの点について脳卒中専門医によるコンセンサス作りが行われた意義は大きい。実用化に際しては実際の試行により問題点を集積し改善していく必要があるが373例の入力及び解析はこの点で
有用であり、次年度の改訂版作成に向けて十分なデータを得ることが出来た。今年度の研究によりEBMに向けてデータベースの重要性の認識が深まったことも大きな成果である。また、標準的前頭葉機能検査WCSTがパソコン化出来たことは、前頭葉機能障害が多い脳血管障害の機能予後評価の標準化に役立つものと思われる。
結論
我が国で初めてパソコンによる全国標準脳卒中急性期患者データベース試作版を作成し、その有用性を確認すると共に実用化に向けて問題点を解析した。本研究の成果は脳卒中ガイドライン策定において重要な基礎資料になると期待される。

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