疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関する研究と倫理ガイドライン策定研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900848A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関する研究と倫理ガイドライン策定研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
玉腰 暁子(名古屋大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 石川鎮清(自治医科大学)
  • 尾島俊之(自治医科大学)
  • 菊地正悟(愛知医科大学)
  • 小橋 元(北海道大学医学部)
  • 斎藤有紀子(明治大学法学部)
  • 杉森裕樹(聖マリアンナ医科大学)
  • 中村好一(自治医科大学)
  • 武藤香織(医療科学研究所)
  • 山縣然太朗(山梨医科大学)
  • 鷲尾昌一(北九州津屋崎病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
5,550,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
諸外国では、疫学研究の場でも近年インフォームド・コンセント(以下IC)の必要性が重視され始め、ガイドラインが策定されるなど、研究に際し従来とは違った対応が求められている。日本でも近年テーマとして取り上げられ始めているが、今までにもICの必要性が説かれてきた臨床の現場に比較し、疫学研究は対象者の数が多く、対象者の身体への侵襲度が比較的低いという特質があるためか、その動きは十分とは言えない。そこで、疫学研究におけるICを中心とする倫理的問題を今年度は対象者の側から把握することを目的とする。さらに、包括的に把握した現状と諸外国での実状を勘案し、疫学研究におけるICに関するガイドラインを策定する。
研究方法
1.一般住民に対する疫学研究の倫理的問題に関する意識調査
1-1 公聴会
医療問題に関心の深い一般の方3名を対象に実施した。半構造化面接として、対象者による意見陳述を中心に、自由に班員と対論を行う形式をとった。対象者の許可を得て録音を行い、その内容を逐語化したのち、データ対話型理論に基づき内容の分析を行い、論点のカテゴリー化を試みた。
1-2 福岡県M町乳幼児健診の場を利用した面接調査
乳幼児健診の場を利用し、健診終了後にアンケート調査を実施した。調査は、4ないし5人の班員もしくは面接調査に慣れた調査員が、待機順に行った。アンケートの様式は質問票を用いた聞き取り調査で、構造化面接の方法を用いた。
1-3 特に職域の問題を中心とした被雇用者調査
班員の知人ら計81名を対象に特に職域でデータを収集する疫学研究を実施する際の問題点に焦点を当てた面接調査を実施した。質問票を用いた聞き取り調査で、構造化面接の方法を用いた。
2.諸外国における疫学研究の倫理的問題についての情報収集および整理
アメリカやイギリス、フランスなどを対象に、疫学研究に関連して収集したガイドライン(CIOMS、産業疫学フォーラムなど)や法令(個人情報保護関連)を集積し、ICと既存資料に関連する箇所の規定内容を比較した。また、イギリスのLocal Research Ethics Committee (LREC) とアメリカのInstitutional Review Board (IRB) という研究の審査システムの歴史と、現在双方で行われている改革の流れを検討し、諸外国で疫学研究に特有の問題点と考えられている点を絞り込み、今後の展開を予測する作業を行った。
3.疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン案ver1の策定
広く倫理的な問題のなかで、疫学研究のICを位置づけ、上述の研究成果をもとに「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン案」を作成した。班内での議論を含めた作業に加え、疫学会若手メイリングリスト登録者、一部の専門家(疫学者、法学者など)と医療問題に関心の深い一般対象者数名に案を送付し意見を求め、またセミ・オープン会議を開催し班外の疫学研究者と議論を交わした。
結果と考察
一般に疫学研究の対象者は多く、侵襲は少ない。それを背景に研究者からは、個々の対象者に対しICを行なうことは数の上から現実的でなく、さらにわざわざ知らせることで対象者に不信感、不安感を生じさせる可能性を避けてもよいのではないかという意見が、昨年度の調査ではあげられた。しかし、対象候補者である一般の人びとの意見は異なる。
公聴会では、
・「臨床」と「研究」に対する不信感の強さ
・ 大量データを取り扱うことへの危機感 
・「代表者による承諾」に対する抵抗感
が、明らかとなった。
子どもに関するICを中心に51名から意見収集したM町の結果では、子供の精神発達の検査、保護者自身の母子手帳のための血液検査m同居人数などの生活環境では約50%、さい帯血・胎盤、フェニルケトン尿症などのスクリーニング検査では約60%、健診と無関係の血液検査、遺伝子の解析、両親や兄弟の病気では80%の者が、個別の承諾が必要と答えていた。また、職域での情報収集の問題を中心に調査した職域調査では、昨年のK町や今回のM町と異なり、個別同意が必要な割合が、肝炎ウイルス,AIDS,遺伝子で30%前後と低く、逆に既往歴,家族歴,収入などの個人情報で70%近くが必要となっていた。今回の結果は、人びとが所属する集団により考え方を流動的に変化させている可能性を示唆している。もしICを取らないような疫学研究を企画立案実施するのであれば、少なくとも第三者的な機関での審査が必要であろう。
M町では代諾の問題として、保護者だけではなく子供の意見を聞かねば調査協力の諾否を決められない子供の年齢についての考えを尋ねた。平均値11歳、中央値10歳、最頻値10歳であった。また子供だけの判断で調査協力の諾否を決められる年齢は、全て16歳であった。
アメリカやイギリスなどを対象に、疫学研究における倫理的な問題に関する施策について、最新の情報とその歴史的経緯に関する情報を収集した。イギリスの取り組みの特筆すべき点は、子どもへの介入研究を対象としてRoyal College of Physicians (RCP) によって自主的に開始された倫理委員会が、のちに地域をベースとしたLocal Research Ethics Committee (LREC)として制度化され、疫学研究も含む、ヒトを対象とした医学研究の倫理的な審査を行ってきた点である。しかし、各LRECの見解や対応のばらつきに批判があったことから、多地域にまたがる研究を対象にしたMulti-centre Research Ethic Committee(MREC)を発足させた。また、RCPは倫理委員会の審査を円滑に進めるために、既存資料を用いる研究への審査をできるだけ軽減しようと試みる働きかけを行った。個人情報保護に関しては、直接的な診療以外に利用する診療情報の取り扱いに関して各施設での責任の所在を明確にさせるため、Caldicott Guardianという情報保護監視人を設置する提案がなされ 、1999年1月の保健省令にて実施されている。一方、アメリカでは、人種差別に基づく梅毒研究(タスケギー事件)を契機に国家研究規制法によって設置されたInstitutional Review Board (IRB)制度がある。連邦政府拠出の医学研究すべてがIRBによる審査を受ける義務を負っているが、民間拠出研究費の増加、学際化、プロジェクトの大型化などの変化にあわせNational Bioethics Advisory Commissionによる制度の見直しが始まっている。そのなかで、既存の資料については簡略的な審査によって積極的に活用していこうとする動きがみられる。アメリカでは、審査の実質的な運営は連邦規則によって固められているが、専門職集団が自主的な倫理コードを策定するなど、できるだけ社会からの信頼と理解を勝ち取ろうという試みを行っている。
倫理的審査のガイドラインについては、日本でも既に検討が始まっている。しかし、その審査の場となる可能性が高い、現在の大学医学部・医科大学の倫理委員会では、侵襲性の高い医学研究や臨床応用ばかりが対象となっており、観察的な疫学研究が審査されてこなかった点は問題である。また、特に疫学研究者は公衆衛生の実践の場を基盤とし大学に在籍しているとは限らないため、各大学の倫理委員会が地域の拠点審査機関として広く活用されなければ、審査を受けられない研究者も出てくる。ガイドラインに実効性を持たせるためには、制度的な基盤づくりも同時に並行していくことが不可欠である。
今回、我々は昨年度実施した調査と上述の研究成果を踏まえ、「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン案ver1」を策定した。本ガイドラインでは、疫学研究を情報収集が新規か否か、生体由来試料か否か、個人への遡及可能資料を含むか否か、で分けている。いずれの場合も原則として、疫学研究を行う際には対象候補者へのICが必要であり、何らかの理由でICのプロセスを経ることのできない研究では、研究倫理審査委員会(もしくは倫理的協議)での審議を行うよう提言している。地域や学校の代表者による代諾は想定していない。
疫学研究者自らが法学、社会学、生命倫理などの他領域の専門家と共同して、ガイドライン案を世に示した意義は少なくないと考える。
結論
一般住民に対する疫学研究の倫理的問題に関する意識調査と諸外国における疫学研究の倫理的問題についての情報収集および整理を進めた。さらに昨年度実施した疫学研究におけるICの実態調査も勘案して「疫学研究におけるインフォームド・コンセントに関するガイドライン案ver1」を策定した。ガイドラインが実効性を持つためには、今後研究者、対象者双方からの意見収集に加え、疫学研究の周知を図ることが重要である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-