たばこ含有物質による健康増進に及ぼす影響に燗する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900827A
報告書区分
総括
研究課題名
たばこ含有物質による健康増進に及ぼす影響に燗する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
佐竹 元吉(国立医薬品食品衛生研究所生薬部)
研究分担者(所属機関)
  • 松村年郎(国立医薬品食品衛生研究所環境衛生化学部)
  • 山田 隆(国立医薬品食品衛生研究所食品添加物部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
たばこは喫煙によると思われる疾病が増加していること、たばこの煙に対する嫌煙権が広く社会で認められてきたこと、若い女性の喫煙者の増加や喫煙の初心年齢の低下していることなどから国民の健康被害になる煙の物質の解明と環境への影響を明らかにすることが WHO や国民から広く要望されてきている。たばこは専売制度が廃止されて以後、国内のたばこの煙に関する化学的な報告はあまり出されていない。たばこの煙の成分研究は主に 1960 年代、70 年代にGC (Gas Chromatography)または GC-Mass を用い盛んに行われ、1988年 D.L.Roberts によってたばこの煙には3,796 種類の物質が含まれていると整理されたが、その詳細は明確ではなく、さらに現在知られている化合物についても詳しいデータが存在しない。従ってたばこの煙の成分の実体は明確ではないのでそれらを明らかにする目的で研究を行った。この目的のために、主流煙の成分分析や副流煙および吐出煙による室内汚染、また喫煙前のたばこの製品の成分分析を行った。
研究方法
1.たばこの主流煙に含有される成分分析
ハンブルク II タイプ装置によりガラスフィルターにたばこの主流煙を捕集し、このフィルターをメタノールで3回抽出した。得られたエキスをクロロホルム、n-ブタノールおよび水で順次分配を行った後、順相および 逆相 カラムクロマトグラフィーを用い分離・精製した結果、ニコチンを始めとする 24 種類の化合物が単離された。これらの化合物については各種分光機器を用い、構造決定をした。
2.たばこの葉の添加物の分析
たばこの葉を溶媒で冷浸し、溶媒を留去してhexane , CHCl3 , AcOEt , acetone ,MeOH , H2O 各エキス を得た。これらをGC-MSで解析した。3.室内空気汚染に及ぼす喫煙の影響床面積14m2(約8畳)、容積33m3、換気回数は0.5回/hrをモデルハウスとして実験を行った。喫煙条件は、3日間、自然換気の状態で喫煙実験を行い、1日1銘柄、タバコの種類を変えながら喫煙者3人が1時間に計6本をフィルターの先端約1cmまで喫煙した。具体的には1日目がタール1mg(ニコチン0.1mg)、2日目がタール6mg(ニコチン0.5mg)、3日目がタール24mg(ニコチン2.4mg)のタバコを喫煙した。4日目は換気扇を稼働しながらタール1mg(ニコチン0.1mg)のタバコを喫煙した。測定物質は一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOx, NO, NO2)、浮遊粒子状物質(Dust PM10)、浮遊粒子個数(Dust >5μm, Dust <0.5μm )、ホルムアルデヒド(HCHO)、多環芳香族炭化水素類(PAHs)。気象要素として温度、湿度を測定対象とした。
結果と考察
1. たばこの主流煙に含有される成分分析
各種スペクトルデータを用い、アルカロイド、テルペン、配糖体、クマリンなど、2種の新規化合物(Cigatin A 、Cigatin )及び6種のたばこ煙から初めての化合物など 24 種類を単離し、構造決定した。新規化合物のCigatin A はFAB massスペクトルにおいて、分子量204 (M+H)+ のイオンピークから N が存在していると推測し、FAB-high mass スペクトルデータより分子式 C11H10O3N と決定した。また、1H-NMRスペクトルでピリジン骨格を有するシグナルとベンゼン環を示唆するシグナルが観測された。さらに、13C-NMRで 4級炭素の存在が確認され、oxyl- 基または水酸基の存在が予想された。一方、HMBC並びに HMQC の相関も測定した。また、水酸基の確認のためアセチル体に誘導し、NMR や ACPI MS により2つのアセチル基を確認したことから、二つの水酸基の存在を明らかにした。Cigatin B は分子式 C12H12O3N で、Cigatin Aの 1H-, 13C-NMR データと比較すると、メチル基の存在を除いて、ほぼ一致した。このメチル基は HMBC によりピリジン骨格のC-4 に結合していると決定した。その他の化合物は NMR スペクトルおよび GC-MS により同定した。これらの中、6化合物はたばこ煙からは始めて同定された。たばこの主流煙には多くの化合物が含有され、それらは燃焼により熱分解および熱合成の反応が起きる。今回単離されたCigatin A とB は その反応によるものと考えられた。また、二つのsesquiterpenoidはたばこ煙からは始めて同定され,タバコの葉からも単離された。このようにたばこの煙には葉からの成分がそのまま移動する場合や燃焼により熱分解または熱合成などが起きることも確認された。今後、この Cigatin A とB の生物的な作用についてさらに研究を進めようと思っている。
2.たばこの葉の添加物の分析
市販たばアの葉の溶媒抽出物を GC/MSによって検討した。Hexane ext.は、nicotine、isomenthol, vanillinの香料成分、及びnicotin N'-oxide, cotinine の含窒素化合物、carotenoide分解物等多数のピークが検出された。また、長鎖カルボン酸、エステル、長鎖炭化水素類、及びたばこ特有のジテルペン炭化水素neophentadieneなどが検出された。CHCl3 ext. からは、nicotine とneophentadieneの他に微量のscopoletin及びvitamin Eが検出された。また、AcOEt ext.及びacetone ext.からは、glycerol, isopropylidene glycol等の香料の保留性、保湿効果の促進を目的としてたばこ製品に加えられたと考えられる化合物を検出した. Novotnyらが述べているのと同様に、我々が得たGCの結果は、彼らとほぼ同様のパターンを示し、このことからも、低~中極性成分は、喫煙時に煙中に速やかに移行することが示唆された。高極性成分としてscopolin とrutin 等の配糖体を同定した。 また、H2O ext.からはcaffeic acidが得られた。高極性成分として今回2種の配糖体を含む3種の化合物を同定したが、今後更にたばこの葉の高極性成分を単離・精製し、NMR等により構造決定を行わなければならない。
3. 室内空気汚染に及ぼす喫煙の影響
O2及び Dust (PM10)の最高値は1632ppm及び3635μg/m3でビル管理法の基準 を超えていた。一方、NO2及びCO は基準以下であった。また、Dust濃度、特に、Dust(<0.5μm) の微細粒子は喫煙時に約24万個と高い値を示していた。また、単純に自然換気時と換気扇使用時の汚染物質濃度を比較すると、換気扇使用時は各物質とも減少(34-99%)しており換気扇の使用効果は大きい。
このことから、約8畳の部屋で1時間に6本程度の喫煙ではDust(PM10)についてのみ注意が必要と思われる。その低減対策としてはキッチンに設置してある換気扇を1時間程度稼働すればDsut(PM10)についても基準を満たすことが判った。喫煙5時間後の各物質の減少はCOは62%, CO2は47%, NOは70%, NO2は0%, Dust(<0.5μm)は99%, Dust(>5μm)は50%, Dust(PM10)は92%, HCHOは0%であった。HCHOの場合、建材等からのHCHO放散量と自然換気によって排出されるHCHO量が平衡状態になり、事実上、自然換気による減少が起きていないことになる。
結論
たばこの煙には数千種類の含有物が存在すると言われているがそれらの化学構造は明らかではなく、GC および GC-Mass により検出したピークの数あるいはライブラリーで比較したものであった。そこでこれらの個々の化合物の物性を明らかにするために、分離・精製を行い 各種分光機器を用いそれらの化合物の構造を決定した。今回単離された化合物は Phenol 系、Indol 骨格を有する化合物、およびSesquiterpenoid などの化合物が単離された。 ニコチンと同じくピリジン骨格を有するCigatin A および Cigatin B が新規化合物として単離された。その他、6種類の化合物がたばこの煙から始めて単離された。これらは、比較的揮発性が高く、喫煙時にはその殆どが、熱分解や熱合成されることなくそのままの形で煙中に含有されると考えられる。
8畳の室内での喫煙がビル管理や環境基準と比較して見たが、喫煙方法、部屋の換気条件など考慮して再度実験を行い、正確な基準を作る必要がある。その上で、健康への障害を議論すべきであろう。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-