災害犯罪時のストレス性障害の予後予測とヒアリング技法の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900825A
報告書区分
総括
研究課題名
災害犯罪時のストレス性障害の予後予測とヒアリング技法の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 笠原敏彦(国立国際医療センター)
  • 小西聖子(武蔵野女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
被害者支援のための基礎研究としての各種災害、犯罪における心理特性とケアに際しての留意点を明らかにすること。具体的には、a.人質テロ事件における人質の心理をケアに関する文献研究, b.人質テロ事件における家族ケアに関する実践研究, c.性被害に対する実態調査, d.性被害を中心とするPTSD被害者に対する基礎調査, e.PTSD概念とトラウマ論一般との対比研究を行った。
研究方法
人質テロの文献研究については、キーワードを人質、テロ、の両面に絞り、誘拐などの一般的な人質事件を含めて内外の文献121編を系統的に通覧し、途中で何度かの要約を作成し、本研究班員によって査読し、今後の医療活動にとって有用なものとなるような配慮のもとにその都度の修正を加え、反応段階説の図示とストックホルム症候群の精神病理学的な背景を明らかにした。家族ケアについてはペルー人質事件における家族ケアの活動を踏まえ、同事件に同行した本研究班員によって討議を行うと共に、ペルー国立精神衛生研究所精神医療チームが同事件中に留守家族に対して行った支援活動に関して平成10年に本研究班とのあいだでリマでおこなった検討会の討論成果を踏まえ、今後の活動にとっての指針を作成した。性被害については東京都3地域より多段層化抽出により20歳から59歳までの成人女性を各年代層毎に600人、計2,400人抽出、調査票をmail-mail法により回収。調査票は、人工統計学的項目、12項目GHQ、性暴力被害に関する質問、IESR、直近のできごとについての質問、自由記述欄により構成された。回収数は461名(19.3%)であり、20代の回収率がやや低かった。本年度では、この結果についてさらに解析を進めた。性被害者の治療に際しての留意点の抽出、生理については、分担研究者である小西がこれまで行ってきた研究結果を主とし、総合的に考察した。対象となる被害者はレイプなどの性的被害者にとどまらず、監禁事件の被害者なども含まれる。ただしこれらの犯罪は特定されやすく、プライバシー保護については慎重な取り扱いが必要であることから、ここでは事例の報告はせず、個人データに関わる内容については触れないこととした。PTSD概念の治療的意義の再検討とトラウマ反応におけるその位置づけについては、内外の論文・書籍102編を系統的に通覧し、特にペルー事件、和歌山カレー事件、東海村放射線事件などでの経験を踏まえながら、班員間での討論を行い、特に今後の災害時の地域活動にとって有益であろうと思われる諸点を抜き出した。その際の鍵概念として、ライフイベント、トラウマ、生理神経症、社会支援、ストレスを用いた。また従来のトラウマ研究で用いられてきた概念との整合性を検討し、PTSD論をより広い視点から柔軟にとらえることとした。
結果と考察
1.については人質事件の各段階ごとの心理的な変化として、衝撃、現実受容、対処行動、解体期に分けることが重要であり、またストックホルム症候群の背景について明らかにした。2.としてはペルー人質時圏における実際の家族支援の立場からケアにおける留意点を明らかにした。3.4.としては20-59才の成人女性におけるレイプの経験者が約6%であることを明らかにし、また性被害者のカウンセリングにおいて、こ治療経験が重視すべき点を例示した。また5.については、いわゆるトラウマ体験の全体におけるPTSDの位置づけについて明らかにし、この概念の治療的な有用性を再検討した。 PTSD研究はとかく事例の個別性を優先しがちであり、災害、犯罪などの個別的事例についての症状、対処などの提言がなされてきた。これに対してトラウマ体験という一
般的な印紙を抽出した者がPTSDであるが、やはり現在の日本の状況では事例ごとの指針をたてることの必要性が高い。
人質事件については、日本では初めて反応の段階説を提起し、その経過を図示することによって今後の有事の際の活用に役立てることが可能となった。特に援助者に敵意を向け、解放後も犯人の側に立って社会への再適応を意図的に拒絶するストックホルム症候群の成り立ちを明らかにし、この事例の防止への方策を示した。また事件本人のケアにとって重要なのは家族に対する支持であることが、ペルー事件などの教訓から明らかとなっており、家族支援のあり方について実践の報告と支援の方策を明示し、今後の活動に供した。家族ストレスとしては、拘禁、家事と育児、親族知人との交際、マスコミ、レクリエーション、人質との通信、対策本部との意志疎通、解放後の再適応などが挙げられた。
性被害については、そもそもその実態が明らかではなかったが、本調査において成人女性の実に6%弱にレイプ被害が見られているなどの被害が明らかなり、今後の様々な方策への応用が可能となった。また治療における重要な留意点を明らかにしたことは、実際の治療活動にとって、また本研究の最終目標であること炉の治療マニュアルの作成にとって非常に重要な点である。
PTSD治療については医療のみならず周囲の一般の者の理解が肝心であるが、PTSD概念はとかく拡大解釈をされがちであり、その問題を指摘すると共に、一般に心的な外傷からの回復過程の中でPTSDを適切に位置づけるべきことを明らかにした。
結論
人質心理は主に四段階を経て変遷する。第一段階では、事件に巻き込まれたことに衝撃を受け、その事実が信じられず、否認しようとする。第二段階では事実を受け入れるのにつれて、「凍り付いた恐怖」もしくは「偽りの静けさ」が現れ、行動の現実感が失われる。ついで解放後に第三段階として、外傷的な抑うつが生じ、最終の第四段階として外傷体験を解決し、通常の生活に復帰するとされる。また予後悪化要因としては、犯人側の統制の欠如、心理的な孤立感、身体運動の著しい制限、感覚遮断、暴力や死の恐怖、解放の条件・期限の不明確さ、援助者への信頼の欠如、事件およびそれに伴う心理的な変化についての予備知識の欠如、精神的な脆弱さの素因が挙げられる。こうした事件においては、犯人との交渉過程そのものも一種の心理戦となるが、異常な状況に置かれた人質、及びそれを取り巻く家族が様々な心理的な困難を感じていることも念頭に置く必要がある。とかく心理的な問題を表に出すことは憚られがちであるが、長期の交渉に耐えて良好なメンタルヘルスを保つためには、こうした問題を率直に認め、受容できるような姿勢が、事件の交渉当事者並びにマスコミをはじめとする周囲に求められる。また、PTSD発症の要因としてはトラウマ体験への暴露の程度だけではなく、様々な生物・心理・社会的な影響を考える必要がある。とりわけ先行するトラウマ体験による脆弱性の亢進, 心理的準備性の予防的効果、急性期のトラウマ体験に関する精神療法の逆効果, 精神疾患の既往歴や家族負因、女性における慢性化傾向などは、実際のケアにおいても重要な点である。また剤ペルー日本大使公邸占拠事件は拘禁期間中のほとんどは、メンタルヘルス面を含めた家族への支援が大きな課題となった。今後も国内外を問わずに同種の事件が発生する危険がある。その際に、人質のみならず家族のケアに留意することが必要である。
性被害に関しては、捕虜監禁や性的虐待などの被害者における解離症状は、短期的にも長期的にも、被害者の精神医学的適応に大きな影響を及ぼす。短期的な影響は、トラウマ周辺期の解離とよばれるような症状に最も典型的に見られ、決してめずらしいものではない。しかしながら、これらの症状が現在精神科臨床で正しく評価されているとはいいがたい。また監禁状態においてはそれぞれの状況に応じて、特殊な適応方法が生み出されてくるのが普通である。ただし、強制収容所における体験とその研究は、極限の事例として捕虜監禁や虐待におけるトラウマ研究に大きな意味を持っている。 また長期的な被害の中で、動員された対処行動は、事件が終わっても、多くの事例で使われ続けるため、慢性期の解離症状も治療に際して大きな問題となってくる。日本での研究はまだ数少なく、ここではもっとも進んでいる米国の研究状況をあげるに留まった。

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