保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900802A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの効果の評価に関するコホートおよび介入研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 大森浩明(東北大学大学院)
  • 永井謙一(岩手県立大迫病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疾病予防と健康増進に向けた保健サービスの拡充により健康な生存期間(健康寿命)を延長できれば、国民の生活の質の向上および社会保障資源の効率的運用への貢献は大きい。本研究の目的は、各種の保健サービスについて、コホート研究及び無作為割り付け対照試験(RCT)により、その効果と効率を評価することである。これにより今後の地域保健サービス立案のための基礎資料を提供し、もって費用効果的な疾病予防対策の確立に資することを目指す。そのため、3名の研究者による共同研究を実施した。
研究方法
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究(辻) 宮城県大崎保健所管内の国民健康保険加入者(40~79歳)で、平成6年末の生活習慣に関する自記式アンケート調査に回答した約5万名を対象に、平成7年1月から国保レセプトとのリンケージにより、入院・入院外別の受診回数と医療費を追跡している。なお生活習慣のデータ・ファイルと国保レセプトのデータ・ファイルの双方から個人名を削除し、国保番号のみで連結している。したがって解析時データは匿名で処理され、研究対象者のプライバシーは保護される。本研究は、東北大学医学部倫理委員会の承認のもとに行われている。肥満度が死亡リスクと医療費に及ぼす影響を分析するため、平成6年ベースライン調査時のBody Mass Index(BMI=kg/m2)値から6つのレベル(18.5未満、18.5~21、21~23、23~25、25~30、30以上)に対象者を分類した。平成7年1月から平成10年12月までの4年間の死亡リスク、1ヶ月当りの受診回数と医療費について、BMIとの関係を分析した。飲酒量が死亡リスクと医療費に及ぼす影響を分析するため、男性を対象に平成6年ベースライン調査時の飲酒習慣(非飲酒者、過去飲酒者、現在飲酒者)と1日当りの飲酒量(1合未満、1~2合、2~3合、3合以上)をもとに対象者を分類した。平成7年1月から平成10年12月までの4年間の死亡リスク、1ヶ月当りの受診回数と医療費について、飲酒習慣・飲酒量との関係を分析した。健診結果が死亡リスクと医療費に及ぼす影響を分析するため、平成7年度の基本健康診査の受診者を対象に4つの危険因子(高血圧、糖尿病、喫煙、脳心血管疾患の既往)と死亡リスク・医療費(平成7年1月から平成10年12月までの4年間)との関連を分析した。次に、該当する危険因子の数と死亡リスク・医療費との関連について分析した。
(2) 高齢者に対する身体運動訓練の効果に関する無作為割付け対照試験(大森) 昨年度の本研究で仙台市在住の60歳以上の高齢者65名を対象に運動訓練の安全性と有効性を検証した。平成10年3月に検査測定を実施した後、運動群と対照群のいずれかに無作為に割付けた。同年4月から9月までの6ヶ月間、運動群32名に対して、仙台市シルバーセンターで1回2時間、週2回~3回の運動訓練を6ヶ月間実施した。対照群33名に対しては、月1回~2回の健康講話・レクリエーション活動の機会を提供した。平成10年9月末に両群に検査測定を実施した。その結果、運動群では最大酸素摂取量や筋力など各種の身体機能が改善した。今年度は、運動訓練の効果の持続状況を評価するため、運動訓練が終了してから半年後(平成11年4月)に、身長・体重、最大酸素摂取量、膝伸展筋力、肘屈曲筋力、握力、生活体力テスト、さらに身体活動量や血清データなどの検査測定を実施し、運動訓練開始前・訓練終了直後の数値との間で比較した。
(3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究(永井) 岩手県稗貫郡大迫町では、家庭血圧測定による循環器管理対策を町全体として昭和62年より実施している。その結果、国保医療費の増加が抑止できている。本年度では以下の2点について検討した。第1に、この家庭血圧導入前後における健康指標 (高血圧者の割合、尿中塩分排泄量、基本健診・胃がん検診受診率) の推移を分析して、大迫町の血圧管理対策の効果を検討した。第2に、大迫研究のデータを全国数値に敷衍する形で、随時血圧の代替として家庭血圧検診を実施した場合の費用効果を評価し、適正と思われる家庭血圧の価格を検討した。
結果と考察
(1) 生活習慣と地域保健サービスが医療費に及ぼす影響に関するコホート研究(辻) 死亡リスクと1人当り医療費(1ヶ月当り)とも、BMIとの間でU-型のパターンを示した。死亡リスクはBMI23-25のレベルで最低であった。医療費はBMI21-23のレベル(男性:2.4万円、女性:2.3万円)で最低となった。そのレベルに比べると、BMI30以上の者の医療費は男性で7.8%増、女性で18.7%増であった。死亡リスクと飲酒量とはJ-型の関係を示し、死亡リスクは1合未満の飲酒レベル(ハザード比=0.90)で最も低かった。1日当り3合未満の飲酒者では非飲酒者との間で医療費に差がなかった(3万円から3万1千円台)。一方、1日3合以上の飲酒者では1ヶ月当り医療費が4万円と、著明に増大した。1ヶ月当り平均医療費は、高血圧のある者で(ない者に対して)22%増、糖尿病のある者で(同)56%増、喫煙者で(非喫煙者に対して)16%増、脳心血管疾患の既往のある者で(ない者に対して)79%増であった。この危険因子の該当数が増すにつれて、死亡リスクも医療費も顕著に上昇した。該当項目ない者に比べて死亡のハザード比は、1項目該当する者で1.9、2項目該当する者で2.8、3または4項目すべて該当する者で4.1と、直線的に増大した。医療費も、該当項目ない者に比べて、1項目該当する者で1.4倍、2項目該当する者で1.9倍、3または4項目すべて該当する者で2.8倍となった。 (2) 高齢者に対する身体運動訓練の効果に関する無作為割付け対照試験(大森) 体重は介入後減少し、訓練終了半年後も、減少したまま維持されていた。BMIも同様の傾向にあった。最大酸素摂取量と肘関節屈腕力は、訓練終了半年後も低下せず維持されていた。生活体力テストのうち、歩行動作とロープ動作の所要時間も維持されていた。身体活動量は介入後に有意に増加した。介入より半年後では若干低下したが、介入前の値より高い状態を維持していた。 (3) 家庭血圧測定に基づく高血圧管理の効果と費用効果に関する介入研究(永井) 大迫町における正常血圧者の割合は平成元年71.6%から平成7年75.1%へ増加した。他の近隣の市町で正常血圧者の割合が増加(高血圧者の割合が減少)している箇所はなかった。大迫町住民から無作為抽出された対象に実施された24時間蓄尿検査によると、尿中塩分排泄量は著明に低下していた。基本健診および胃がん検診受診率は、大迫町では漸増傾向を続けている。以上より、大迫町で家庭血圧導入後に医療費の増加程度が低下しているのは、住民における全般的な生活習慣と健康指標の改善によることが示唆された。大迫研究のデータを全国の数値に敷衍する形で、随時血圧の代替として家庭血圧検診を実施した場合の費用と効果を検討した。その結果、随時血圧に代えて家庭血圧を導入すれば、降圧剤費用として102億円の増加、合併症の予防により1160億円の減少、合計1058億円の医療費の減少が見込まれる。この計算に家庭血圧の費用は含まれていない。総医療費への影響は、家庭血圧の検査費用による。そこで損益分岐となる家庭血圧の価格を計算したところ1人当り1490円であった。この額は十分に妥当かつ現実的な範囲と思われた。以上の研究成果は、生活習慣病対策の効果と経済性を強く示すものである。「健康日本21」では、健康寿命の延長と早世の予防を目標に、生活習慣の改善に向けた国民運動が計画されている。本研究で示された数々の知見は、「健康日本21」のめざすものと合致するところが多い。本研究は有
効で効率的な1次・2次予防対策の拡充強化に向けた根拠の提供を目指しており、今後とも研究を深めるものである。
結論
宮城県大崎保健所管内の国保加入者コホートをもとに、BMIと飲酒習慣が死亡リスクと医療費に及ぼす影響を検討した。医療費が最低であったBMIレベル(21~23)と比べて、BMI30以上の医療費は男性で7.8%増、女性で18.7%増であった。1日3合以上の飲酒者では医療費が著明に増大した。高齢者に対する運動訓練の終了半年後に各種の検査測定を行った結果、身体活動量や体力は十分に維持されていた。運動訓練により体力が改善した結果、日常生活中の身体活動量が増加し、運動習慣として定着し、さらには体力が維持改善する、という良い意味での循環が生じた。家庭血圧測定に基づいた高血圧対策を展開している岩手県大迫町で医療費の増加が抑止されている要因として、住民の健康意識の全般的な向上と健康指標の改善によることが示唆された。家庭血圧による高血圧管理の費用効果を検討し、1人当りの測定価格が1490円未満であれば、総医療費を増やすことなく臨床効果を改善できることを示した。生活習慣病対策の効果と経済効果に関する研究は、今後の少子高齢化社会に対応するための重要な対策と思われた。

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