がん検診受診者が抱く安心感と不安感の数量化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900781A
報告書区分
総括
研究課題名
がん検診受診者が抱く安心感と不安感の数量化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
清水 弘之(岐阜大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 樫木良友(厚生連岐北総合病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんの早期発見のために行われている医療行為が一般地域住民に及ぼす心理的影響を明らかにすることを目的に、がん検診受診によって生じる“安心"と“不安"の程度を様々な角度から、特に金銭的価値を評価の尺度に加えて、評価することを計画し、平成10年度からデータを収集している。これまでに、私共は、乳がん検診の便益について、検診の結果異常なしと言われて得られる安心感と検診の結果異常ありといわれて感じる不安感を、仮に、それぞれWTP(Willingness to pay:支払い意思額)、WTA(Willingness to acceptance:受け取り意思額)として評価を試みてきた。
平成10年度、個人のWTP、WTAの測定法として、自由表記法と競りゲーム法の比較を行った。その結果、競りゲーム法の方が優れているとの一応の結論を得たが、質問開始時点に設定する価格をどの程度にするかということに問題が残った。
そこで、他の調査法を検討するとともに、実際に聴取したWTPとWTAがどのような因子と密接な関連性があるかを明らかにしようとした。そして、乳がん検診による便益の変化について、検診の結果異常なしといわれて得られる安心感、検診の結果異常ありと言われて感じる不安感をそれぞれWTP、WTAとして定量化し、比較することを目的とした。 
研究方法
対象は岐阜市近郊の某総合病院における乳がん検診受診者で、平成10年度の予備調査を経て、平成11年8月末までに受診した379名、および同病院における乳がん精密検査受診者51名である。
乳がん検診受診者に対しては受診直前に、①乳がん検診の価値、②検診により得られる安心感についてのWTP (安心料)、および③検診受診後結果を受け取るまでの不安感についてのWTA (不安料)を二人の面接者が競りゲーム法と二項選択法を用いて聴取した。受診後異常なしとの結果を受けた者には、後日電話により検診価値と安心料について事後評定額を聴取した。また外来における乳がん精密検査受診者には過去に受けた乳がん検診の不安料の事後評定額を聴取した。これら検診価値、安心料および不安料に影響を及ぼすと考えられる要因として、年齢、検診受診歴、がん既往、家族歴、STAI(状況不安尺度)、Health Locus of Control (HLC)(日本版) 得点(健康事象が何に由来するか超自然、内的自我、偶然、家族、専門家それぞれについて得点化)について聴取した。
競りゲーム法では検診価値、安心料であれば最大支払い意思を、不安料であれば最小受取り意思を最初にある金額を提示してそれより高い値を考えているのであれば、次の初回提示額より高い数値を提示するといった要領で、4回くりかえし、最終的な金額を推定した。二項選択法では対象者を無作為に7群に分け、それぞれに対して低額から高額までのある一つの金額を提示し、その支払い意思もしくは受け取り意思をYesまたは Noで聴取した。それぞれの金額においてYesと回答するものの割合をもとめ、ロジットモデルより得られた回帰係数を用いて検診価値、安心料の中央値を推定した。
なお、研究の実施に当たっては、主任研究者の所属機関に設置されている倫理委員会で研究の目的と方法について説明し、承認を受けた。また、調査対象者には研究目的を口頭で説明するとともに文書を提示して同意の署名を得た。
結果と考察
競りゲーム法によって得られた検診価値の事前評価額の幾何平均値は22,012円、安心料は18,689円、そして不安料は7,498円であった。一方、二項選択法によって得られた検診事前の検診価値と安心料の推定中央値はそれぞれ24,198円、21,668円であり、競りゲーム法による値と比較的類似していた。しかし、不安料に対する回答は提示した額によってYesと回答する者の割合にほとんど差がなく、中央値の推定が不可能であった。そこで、初回提示額によって結果が左右されるという問題点を残しながらではあるが、本年度も競りゲーム法による結果を用いて、以後の解析を行うこととした。
対象者の中乳がん検診受診者は379名であり、その内訳は自覚なしに検診を受けた者340名、何らかの自覚があって検診を受けた者は39名であった。また、乳がんの精密検査を目的に外来を訪れた者は51名であった。
検診価値の評価額は22,000~30,000円であった。安心料は自覚なしの検診者より自覚ありの検診者の方が高く見積もっていたが、統計学的に有意ではなかった。不安料は、自覚なし検診、自覚あり検診、精検受診の順で高く見積もられていた。特に、精検受診者での不安料は526円と低かった。また、検診の後でも電話でインタビューできたのは、自覚なし群で121名、自覚あり群では6名と少数ではあったが、検診価値の評価は自覚なし群で19,875円、自覚あり群では23,439円と若干低く見積もられていた。安心料は、自覚なし群で16,426円、自覚あり群では33,463円であり、自覚なし群では検診後に評価がやや低下したのに比べ、自覚あり群では逆に上昇していた。
なお、事前調査による検診価値に関する回答額の対数値を従属変数とし、前述の調査項目を独立変数とした重回帰分析の結果、扱った変数の中で年齢以外に統計学的に有意を示したのはSTAIのみであった。
安心料としての回答の対数値を従属変数とした場合の重回帰分析によると、前述の検診価値での結果と同様に、年齢以外にSTAIが統計学的に有意を示し、さらにがん既往歴が有意(既往ありの方が安心料が低い)であった。
さらに、不安料としての回答の対数値を従属変数とした場合の重回帰分析では、前述の二者と異なり、分析対象とした因子の中には統計学的に有意を示したものはなかった。
検診の現場で、研究の目的等を説明し、WTP、WTAなどを聴取したわけであるが、やはり金銭に換算するということへの抵抗が見られ、対象者の本音をどの程度把握できたかについては未だ問題が残っている。また、実際に乳がんが発見された例に遭遇せず、がんが発見された場合の安心、不安の評価を行うことが出来なかった。実際乳がん例に遭遇したとしても、質問の方法等に問題が残ったと想像できる。つまり、本研究の方法論に弱点があったと言わざるを得ないが、わが国で行われているがん検診を評価するに当たって新しい切り口を提示できたと考えている。安心感、不安感の数量化の方法は当然金銭価値への変換以外にもあるが、cost-benefit analysisへの応用を考えると、このような経済指標を用いて評価を行うことは意義深いものと思われる。
結論
乳がん検診者が抱いている乳がん検診の価値は約2~3万円であり、安心料は約2万円、不安料は6~7千円と推定された。自覚症状の有無によってはこれらの額に差を認めなかった。精検受診者と集団検診受診者が事前に下した検診価値はほぼ同額であったが、不安の額は精検受診者が低く回答した。自覚症状のある者は検診後の安心の評価額が高くなる傾向にあった。相対的に優れていると判断した競りゲーム法によって聴取した検診価値はSTAI(不安尺度)と強い関連性を示した。安心料と関連性の強い因子はSTAI(不安尺度)とがん既往歴であった。しかし、ともに家族歴、既往歴、HLC(個人が抱いている健康観)などとの関連性は比較的弱かった。不安料と関連性の強い因子は今回の分析からは認められなかった。
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