精神安定剤および睡眠薬の乱用・依存の実態と予防に関する研究

文献情報

文献番号
199900775A
報告書区分
総括
研究課題名
精神安定剤および睡眠薬の乱用・依存の実態と予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
川上 憲人(岐阜大学医学部公衆衛生学教室助教授)
研究分担者(所属機関)
  • 宮里勝政(聖マリアンナ医科大学助教授)
  • 今津 清(千葉少年鑑別所医務官)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ストレス性疾患や睡眠障害の増加にともない、精神科だけでなく一般診療科においても精神安定剤や睡眠薬の処方が日常化している。精神安定剤・睡眠薬を使用した犯罪の発生やインターネットなどによる精神安定剤・睡眠薬の薬物売買広告の増加などからも、その不適正な入手や使用、乱用の機会が今日きわめて一般化しつつあることが危惧される。麻薬や覚醒剤など法的に厳しい規制がなされている物質以外にも、精神安定剤や睡眠薬の不適正使用、乱用あるいは依存症が増加していると推測される。平成9年度厚生白書は青少年における薬物乱用対策が今後の課題であること指摘しているが、不眠に悩む高齢者にも精神安定剤・睡眠薬の乱用や依存が増加している可能性がある。
本研究の目的は、一般住民および2つのハイリスク群(精神科患者および非行少年少女)における精神安定剤・睡眠薬の使用状況、不適正使用(医師の指示に従わない使用や目的外使用など)、精神科診断基準による乱用および依存症の実態を明らかにすることである。また、精神安定剤・睡眠薬の種類、入手経路(処方による適正な入手やそれ以外の経路からの入手)、使用目的、効果、副作用、社会心理的障害について明らかにする。さらに、不適正使用、乱用および依存症が男女あるいは若年者と高齢者のいずれに多いのか、また精神安定剤・睡眠薬の使用と身体的および社会心理的な危険因子(うつ病などの精神疾患、高血圧などの身体疾患、配偶者の死亡や離婚などの生活出来事など)との関連性を明らかにする。
研究方法
地域における調査:岐阜県都市部G市(人口約40万人)の20歳以上全人口から選挙人名簿に基づいて2012名を無作為に集出した。これらに対して2日間の訓練を受けた面接員(学生、看護婦、主婦)約30名が個別に調査を実施した。 結果としてG市では合計1031名の面接を実施した。入院、死亡、転居者、住所なしを除いた対象者に対する回答率は57%であった。なお、回答率は若年者で低い傾向にあり、20-34歳では回答率は44%、65歳以上高齢者では回答率は70%であった。訓練を受けた面接員は、電話あるいは直接訪問によって対象者に接触し、調査への参加を依頼した。調査への参加に同意した対象者の自宅を訪問し、1人あたり平均約1時間の面接を実施した。面接における調査項目は、性別、年齢、家族構成などの基本的属性のほか、WHO統合国際診断面接(WHO-CIDI)のミシガン大学修正版(UM-CIDI)から、うつ病、躁病、パニック(恐慌性)障害、全般性不安障害、アルコール・薬物依存症に関する質問項目である。薬物依存症については特に精神安定剤(睡眠薬を含む)および鎮痛剤に限定して調査を実施した。これらの2種類の薬物に対して、これまでに(A)2週間以上の処方による服用経験、(B)その際の処方の非遵守(処方以上の量や期間の使用)あるいは習慣性・依存性の自覚、(C)処方以外で非医療的な目的(リラックスする。気分がよくなる等)のために6回以上の使用経験を質問し、(B)または(C)に該当した場合に、さらに乱用・依存症の診断のために必要なCIDIの質問を行った。回答に基づき、WHOから提供された計算プログラムを利用して精神安定剤および鎮痛剤の乱用および依存症のDSM-III-R診断を行った。調査にあたっては、調査の目的や守秘について十分に説明した上で、インフォームドコンセントにサインをもらった。本調査については岐阜大学医学部研究倫理審査委員会で審査を受け、承認されている。精神科患者における検討:ハイリスク集団である精神科患者における精神安定剤および睡眠薬乱用・依存症の動向を知るために、精神科領域での精神安定剤および睡眠薬の乱用・依存症に関する文献レビューを行った。非行少年少女における検討:1999年1年間に千葉少年鑑別所に入所した少年少女(1056人、男子967人、女子89人)を対象とした面接調査を行った。調査項目は、(1)性、入所日、国籍等の基本的属性、(2)覚醒剤、大麻、有機溶剤の乱用状況、(3)薬物関係以外の問題行動歴、(4)父母の養育態度、(5)現在の家庭の問題であった。
結果と考察
(1)岐阜県G市の20歳以上地域住民を対象とした面接調査では、地域住民の8%が精神安定剤を2週間以上処方された経験があった。また4.5%が問題のある精神安定剤の使用を経験していた。高齢者において特にこの頻度が高かった。DSM-III-R診断にもとづく精神安定剤の乱用・依存症の6ヶ月有病率は250人に1人で、精神安定剤乱用・依存症患者は全国で約40万人と推定された。(2)精神科患者における精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存に関する文献レビューからは、社会における精神安定剤および睡眠薬の乱用が多くの薬物を要指示薬へと向かわせ、乱用機序の解明が急速に進み、乱用として一括されていた問題が臨床的には薬物依存として理解される病態を含んでいることが明らかとなった。医療という管理された状況下では治療を要するほどのベンゾジアゼピン系薬物(BZ)による依存症の
発生はまれであったが、米国からの報告を契機としてわが国でも報告が散見されるようになった。しかし、医療場面における抗不安薬睡眠薬依存問題のわが国における現状はまだよくわかっていない。BZに対する依存症は常用量依存者が多く、中高年で女性に多い、内向的で神経質、不安、不眠、抑うつ感の治療目的で受診し、神経症、抑うつ状態の診断でBZを投与、平均使用期間が5年と長いにもかかわらず抗不安作用に耐性は形成されず常用量で安定、依存的ではあるが自己抑制の強さがあり、服薬中断により高率の症状再燃があり内容は不安と不眠が中心、服薬中断による退薬症候は15%で軽症、服薬により社会生活は安定しているのが特徴であるとされている。精神安定剤睡眠薬依存症の治療は、一度に大量を服用し意識障害の場合は、薬物急性中毒治療ととして治療が進められる。退薬症候の治療は、2~6週間にわたって徐々に用量を減らしていき、休薬へと向かう。例えば1日量を三分の一づつ減量していき、うまくいけば1日おきへと進み、さらに必要な時のみの使用としていく。短時間作用性薬物への依存症の場合には、長時間型作用性薬物にいったん置き換えてから、徐々に減らしていく方法もとられる。(3)少年鑑別所に入所した非行少年少女を対象とした面接調査からは、有機溶剤乱用が圧倒的に多く、覚醒剤がこれに次いでいた。また、薬物関係以外の問題行動歴もかなり多く、無免許運転を6回以上行った者が46%と際立っていた。父親および母親の養育態度は放任が多かった。現在の家族の問題は、指導力を欠くが44%(464人)と最も多く、交流不足が36%(380人)とこれに次いだ。
結論
本研究では、地域住民、精神科患者および非行少年少女を対象として精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存症の実態を明らかにした。(1)岐阜県G市の20歳以上地域住民を対象とした面接調査では、地域住民の4.5%が問題のある精神安定剤の使用を経験していた。高齢者においてこの頻度が高かった。DSM-III-R診断にもとづく精神安定剤の乱用・依存症の6ヶ月有病率は250人に1人で、精神安定剤乱用・依存症患者は全国で約40万人と推定された。(2)精神科患者における精神安定剤・睡眠薬の乱用・依存に関する文献レビューを行い、乱用・依存の発生は以前に比べると抑制されているが、従来および新規のベンゾジアゼピン系薬物についても乱用・依存が発生していおり注意が必要と考えられた。(3)少年鑑別所に入所した非行少年少女を対象とした面接調査からは、有機溶剤乱用が圧倒的に多く、覚醒剤がこれに次いでいた。10代の薬物乱用が、家庭や非行文化の環境と相俟って根が深いものとなっていることが判明した。

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