日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900757A
報告書区分
総括
研究課題名
日本版処方イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
久保田 潔(東京大学医学部薬剤疫学講座)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本厚生科学研究「日本版処方-イベントモニタリング(J-PEM)のパイロットスタディ」ではパイロットスタディでモニター対象となる医薬品(新医薬品)に関する安全性のデータを得ることを一つの目的とするが、J-PEM自体を確固としたシステムとして確立することをも目的とする。J-PEMの確立により、我が国の市販後調査の水準の向上に寄与し、我が国の医薬品に対する国際的な信頼性を増し、さらに我が国の医療に対する内外からの信頼をより高めることに寄与することが究極的目標である。
研究方法
研究方法については平成10年度の研究計画書に記述されているほか、国際薬剤疫学会の会誌Pharmacoepidemiology and Drug Safetyに掲載された論文に報告されており、また、詳細なプロトコールはインターネット上に公開されている
(http://square.umin.ac.jp/~pe//)。要約すると、PEMでは患者ID登録は日常診療下で医師が処方を決定した後に、処方医以外のものが行う。本研究では患者IDは保険薬局、病院内薬局・薬剤部(科)が登録する。登録にあたっては患者本人の特定に結びつく項目(氏名、成年月日など)は登録せず、コード番号のみが登録される。本パイロットスタディではテスト薬とコントロール薬の比較対照を可能とするためテスト薬(本研究では我が国で初めて市販されたアンギオテンシンII阻害薬のロサルタン[ニューロタン、萬有])とともに、テスト薬市販開始日以後にコントロール薬(ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬またはACE阻害薬)を初めて処方された患者も登録対象とした。個々の患者に対するモニター対象薬(テスト薬とコントロール薬)処方開始日以後6ヶ月以上経過後に1人の患者に対して患者IDを登録した薬剤師と医師に対して各1通、合計2通の質問票が送付された。質問票においては、医師と薬剤師両者に対してモニター対象薬処方開始後に患者が経験したイベントの報告を求めたが、その他医師に対しては処方開始時の合併症、検査値などについての記載を求め、薬剤師に対しては併用薬などの詳細に関する記載を求めた。返送された質問票の内容は全てコンピュータ上に記録し、さらに報告されたイベントについてはICH国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J)を用いてコード化した。本研究はパイロットスタディであり、解析の方法自体も研究対象事項であるが、その解析は、本パイロットスタディに先行するトログリタゾンをテスト薬とするJ-PEMの最終結果の解析において有望と判断された方法を基礎にして解析が進められることになろう。トログリタゾンPEMにおける解析方法については「結果と考察」の項に記述した。
結果と考察
①本研究の中間集計結果:平成12年4月7日現在の中間集計では、登録総数は7417(ニューロタン4970、コントロール2447)、このうち質問票が発送されたのは薬剤師2811例、医師2717例である。最終的に発送対象となるのは4000から5000例の間と考えられる。回答数は薬剤師1632(58%)、医師666(25%)であるが、回答率は時間の経過とともに上昇するので、最終的にはトログリタゾンPEMにおける回答率(薬剤師87%、医師36%)前後に達すると推定される。返送された質問票のうちコード化作業が終了しているのは医師562例(テスト薬361、コントロール薬201)、薬剤師1508例(テスト薬925、コントロール薬583)である。MedDRA/JのPreferred Term Code(PTコード)を用いた集計で現時点でテスト薬(ニューロタン)における粗発生率がコントロール薬におけるそれより有意に高いイベントは薬剤師報告例において「呼吸困難NOS」「浮腫NOS」の2つ、医師報告例において「感覚減退」「嘔気」の2つである。中間報告で粗発生率に差があるイベントが最終集計において差を認めなくなる可能性は存在し、また、現時点で全く問題としていないイベントが最終集計で粗発生率に差があるイベントとして浮上する可能性は否定しえない。
②本研究と関連するMedDRA/Jの使用にあたっての問題点に関する検討結果:J-PEMにおけるMedDRA/Jの使用上の問題の検討結果[2]を記す。MedDRA/JはMedDRAに日本語訳を付加したものであり、それ以外はMedDRAと同一である。MedDRAはICHで承認された医薬品などの規制などに関連して使用されるべき国際的用語集である。MedDRAは5層構造をなすが、Lowest Level Term(LLT)と呼ばれる最下位の用語は用語数が多いという利点があり、J-PEMでもこれを用いてデータ入力をすることとした。シグナル検出はPTレベルで行うのが一般には妥当と判断される。
③本研究に先行するトログリタゾンPEMの最終結果の検討にもとづいて得られたJ-PEMにおける結果の解析とシグナル検出の基本方法:トログリタゾンPEMの最終結果の解析によって得られたJ-PEMに適すると考えられるシグナル検出の方法について述べる。以下の手順によりシグナルを検出することが比較的有効と判断される。[1] 最終集計結果に基づくイベント粗発生率の計算とその差についての有意差の統計的検定を行う。[2] 上記結果のうち、医師と薬剤師からの集計結果に関する粗発生率の差の検定結果を相互に比較し、両者で共通に有意差が認められるか、医師と薬剤師からの集計結果のうち、一方で有意差を認め、他方で同様の傾向(p<0.2)を認めたものを"strong primary signal"とし、一方のみで有意差を認め、他方では全く有意差も傾向も認めないものを"weak primary signal"とする。[3] 薬以外の要因についてテスト薬群とコントロール薬群における分布に差があるものを見出し、薬物ではなく、薬以外の要因の分布差が両群における粗発生率の見かけ上の差を生み出した可能性がないかをPoisson回帰分析などで検討し、可能性の否定されたものを"final sigal"("strong primary signal"で他の要因の関与が考えにくい場合は"strong fial signal"、"weak primary signal"で他の要因の関与が考えにくい場合は"weak fial signal")とする。以上の解析方法に特長的なのは、報告された個々のイベントに関する因果性の判断によってではなく、発生率の比較と、交絡因子の調整という疫学本来の方法によってシグナルを検出する点である。我が国で長年にわたって行われてきた「使用成績調査」では薬とイベントとの関係に対する判断は、もっぱら担当医、もしくは企業内の医師などによって症例ごとに行われてきた。多数の患者をモニターする「使用成績調査」や"Phase IV Study"で特に期待されているのは既知の副作用の市販後における発生頻度の推定とともに、自発報告とは異なる疫学的な方法によってしか発見しえない副作用の発見である。しかし、対象群をもたず、薬とイベントとの因果関係判断を症例ごとに行う方法でこれらの期待に応えることは不可能である。J-PEMについては検出された(されなかった)シグナルの妥当性については今後検証作業が必要であるが、症例ごとの因果性の判断以外に評価方法をもちえない「使用成績調査」と異なり、J-PEMは疫学的方法によるシグナル検出を目指した調査方法として、さらに改良を加えることを前提に今後有望な方法と考えることができる。
結論
現在、本パイロットスタディでは質問票が発送されつつあり、現時点では中間集計とそこから計算される粗発生率の有意差の検定以上の結果は示しえない。しかし、本パイロットスタディに関連する事項であるMedDRA/Jの活用方法や、ニューロタンPEMに先行するトログリタゾンPEMの最終集計結果にもとづくシグナル検出方法の検討結果などが出始めており、その一部は論文化され、国際医学雑誌に受理されつつある。ニューロタンをテスト薬とする本研究では患者ID登録数が本研究に先行するトログリタゾンPEMにおける登録数の2倍以上になるなど、調査規模の拡大も実現されてきており、J-PEMは我が国の「使用成績調査」で期待されながら、方法論上の根本的問題ゆえに実現することが不可能であった「疫学的方法によるシグナル検出」を可能にしうるものとして、我が国における市販後調査の今後を議論する上での重要な礎として機能することが期待される。

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