薬物代謝酵素の遺伝子型を利用した医薬品の有効性・安全性の評価と使用基準の確立に関する研究

文献情報

文献番号
199900752A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物代謝酵素の遺伝子型を利用した医薬品の有効性・安全性の評価と使用基準の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
奥村 勝彦(神戸大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 青山伸郎(神戸大学医学部附属病院)
  • 谷川原祐介(慶應義塾大学病院)
  • 五味田裕(岡山大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
薬物血中濃度並びに薬効・毒性の個体差の原因の一つとして、薬物代謝酵素の遺伝的多型が挙げられ、中でもN-acetyltransferase2(NAT2)、CYP2C9及びCYP2C19が有名である。近年、これら代謝酵素の遺伝子上の変異部分が明かとなり、遺伝子型と表現型との相関性に関する検討が進められている。ここで表現型は、健常人単回投与後の血中又は尿中薬物濃度による判定が主である。我々は、薬物代謝酵素の遺伝子解析(genotyping)を臨床へ応用することを目的に、以下の検討を行った。すなわち、①フェニトイン(PHT)服用患者におけるPHT血中濃度と、CYP2C9および2C19の遺伝的多型との相関性、並びに、PHTとゾニサミド(ZNS)との薬物間相互作用におよぼす両酵素遺伝子型の影響、に関する検討。
②サラゾスルファピリジン(SASP)の健常人反復投与試験におけるNAT2遺伝子型と薬物体内動態パラメータ値との相関性及び単回投与時との比較検討。③オメプラゾール(OPZ)、ランソプラゾール(LPZ)もしくはラベプラゾール(RPZ)を用いたH.pylori除菌治療における、CYP2C19遺伝子型と薬物血中濃度、治療効果・副作用との相関解析。
研究方法
NAT2、CYP2C9、CYP2C19のgenotypingは、血液サンプル(0.5ml)からゲノムDNAを抽出した後、polymerase chain reaction ?restriction fragment length polymorphism法により行った。
①PHTの血中濃度が定常状態にある15歳以上のてんかん患者を対象とし、PHT服用2~5時間後の血中PHT濃度は蛍光偏光免疫測定法により測定した。PHTの最大消失速度(Vmax)およびMichaelis定数(Km)はMamiyaらの母集団パラメータを用いて算出した。CYP2C19*2および*3変異について、判定された遺伝子型により被験者を群分けし、血中PHT濃度/投与量比、KmおよびVmaxに対する遺伝子型の影響を検討した。次に患者10名について、ZNSを併用する前後のPHT血中濃度の変化率を算出し、遺伝子型の影響を検討した。また、ヒトリンパ芽球様細胞系のCYP2C9、2C19および3A4発現系ミクロゾームを用いたPHTのin vitro代謝実験から、主代謝物S-およびR-5-(p-hydroxyphenyl)-5-phenylhydantoin (HPPH)産生に及ぼすZNSの影響について検討した。
②SASPを1日1回朝食前に1gずつ8日間反復経口投与し、投与1日目および8日目に経時的に血液並びに尿を採取した。なお、投与5日目の投与直前にも採血した。SASP、スルファピリジン (SP)、アセチルスルファピリジン(AcSP)の各試料中濃度はHPLC法により測定した。解析においては、ヒト体内をblack boxと仮定し、SASPの経口投与を入力関数として、SPおよびAcSPの血漿中濃度並びに尿中排泄量の時間推移を出力関数と定義した。また、SPおよびAcSPを独立変数としてとらえ、それぞれについて物質収支式をたて、Runge-Kutta-Gill法に基づき最小二乗回帰解析を行った。
③H.pylori抗体陽性の消化性潰瘍もしくは胃炎患者45例を対象に、RPZと抗生剤(アモキシシリン+クラリスロマイシン)の一週間H.pylori除菌治療を行った。治療効果の判定は、培養、組織及び尿素呼気試験法により行ない、除菌率とCYP2C19遺伝子型との関連性を検討した。さらに、除菌治療最終日の朝、薬物服用3時間後に採血を行い、RPZ未変化体及び代謝物(チオエーテル体及びスルフォン体)の血中濃度をHPLC法により測定した。
結果と考察
①85名の健常人におけるCYP2C9遺伝子型を診断した結果、変異型遺伝子はCYP2C9*3の1タイプのみが検出され、CYP2C9*3をヘテロ接合で保有する頻度は約7%、ホモ接合で有する被験者は見つからなかった。また44名のてんかん患者のうち、CYP2C9および2C19の両方の変異を有する患者は、PHTの血中濃度/投与量比(C/D比)が他群より有意に高く、Vmaxは他の遺伝子型の患者より有意に低い値を示した。一方、CYP2C9のみに変異を有する患者のVmaxは、他の患者と比較して有意な差が見られなかった。Kmは各群間に差は見られなかった。
次に、ZNS併用前後での血中PHT濃度の変化率は、-23.3~148.8%と大きくばらついていたが、CYP2C9遺伝子型で分類したところ、変異を有する*3/*1群(n=2)の平均変化率は100.8%で、変異を有さない*1/*1群(n=8)の平均変化率0.57%に比し、著しく高い値を示した。またCYP2C19遺伝子型の影響を見たところ、CYP2C9の変異を有する被験者のうち、2C19 *3/*1の患者のPHT変化率は148.8%であり、2C19 *1/*1の患者は52.7%であった。CYP2C9の変異を有さない被験者については、CYP2C19遺伝子型の影響は見られなかった。さらにCYP発現系を用いた実験では、2C9および2C19発現系においてのみS-およびR-HPPHが産生された。ZNSは2C9発現系におけるS-HPPHの産生を濃度依存的に阻害したが、2C19発現系におけるHPPHの産生には影響を与えなかった。
②Rapid type(NAT2*4/NAT2*4)と比較してintermediate type(NAT2*4/NAT2*6A, NAT2*4/NAT2*7B)では、投与1日目及び8日目とも血漿中SP並びにAcSP濃度が高く、各々の尿中排泄量も多かった。また、血漿中AcSP/SP濃度比並びにAcSP/SP尿中排泄量比は低値を示す傾向にあり、特に投与8日目の血漿中AcSP/SP濃度比は有意に低値を示した。投与1日目と比較して8日目では、両typeともSP並びにAcSPの血漿中濃度、尿中排泄量が増大する傾向がみられた。ただし、rapid typeにおける血漿中SP濃度のみ投与1日目と8日目とで不変であった。また、血漿中AcSP/SP濃度比はrapid typeで増大傾向であったが、intermediate typeでは減少傾向を示した。AcSP/SP尿中排泄量比は両typeとも増大傾向であった。
薬物動態学的解析においては、入力関数を1次関数と仮定するよりも、0次関数の方がfittingは良好であり、消化管内でのSASPの分解過程における飽和が示唆された。また0次関数としての解析の結果、両typeでは投与後約5日で定常状態に達していることが示された。SPおよびAcSPの血漿中からの消失過程においては、両type間で有意な差は認められなかったが、rapid typeに比べintermediate typeでは、SPからAcSPへの変換が遅かった。よって、単回投与・反復投与ともに、NAT2の遺伝子型と表現型とが一致し、SASP反復投与後のSP並びにAcSPの体内動態はNAT2 genotypingにより予測できることが示された。
③RPZを用いたH. pylori除菌治療において、CYP2C19遺伝子型が正常遺伝子を含む場合(Extensive Metabolizers(EM))、90%(10 mg×2/日)または89%(20 mg×2/日)、変異遺伝子同士の患者の場合(Poor Metabolizers(PM))、75%(10 mg×2/日)または100%(20 mg×2/日)の除菌成功率となり、遺伝子型による効果の違いは認められなかった。また、副作用(主に消化器症状)の遺伝子型による違いも認められなかった。さらに投与後3時間後でのRPZ血中濃度値は、ばらつきが大きいものの、CYP2C19遺伝子型間の有意な差は認められなかった。よって、RPZを用いたH. pylori除菌治療において、薬物血中濃度並びに除菌治療効果・副作用とCYP2C19遺伝子型との関連性は認められなかった。
この結果は、H. pylori除菌治療において、薬物血中濃度並びに除菌治療効果・副作用とCYP2C19遺伝子型との関連性がほぼ認められたOPZもしくはLPZの場合と異なる。よって、RPZの血中動態に及ぼす遺伝子型の影響がなかったことから、RPZの代謝におけるCYP2C19の寄与は小さく、RPZを用いたH.pylori除菌治療ではCYP2C19遺伝子型による治療効果の差異はないと推察された。
結論
①CYP2C9および2C19の両方の変異を有する患者はPHTの代謝能が著しく低下し、ZNSを併用すると薬物相互作用の影響を受けやすいことが明らかとなった。しかし、PHT代謝能の個体差はCYP2C遺伝子型のみでは十分説明できず、今回検討した遺伝的多型以外の要因もあると考えられる。②SASP反復投与後の体内動態はNAT2 genotypingにより予測できることが示され、臨床上genotypingは有用であることが示唆された。③プロトンポンプ阻害剤(OPZ、LPZ、RPZ)はCYP2C19により代謝されるが、薬物血中濃度並びにH.pylori除菌治療効果・副作用とCYP2C19遺伝子型との相関性が認められたのはOPZのみであり、LPZ、RPZを用いた除菌治療の効果・副作用は、CYP2C19遺伝子型による違いが認められな
かった。その原因として、各代謝経路におけるCYP2C19の寄与率の違いが考えられた。

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