ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立

文献情報

文献番号
199900747A
報告書区分
総括
研究課題名
ヘム代謝を指標とする定量的毒性試験法の確立
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
藤田 博美(北海道大学大学院・医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 柴原茂樹(東北大学大学院・医学系研究科)
  • 杉田修(サントリー株式会社・医薬開発研究所)
  • 小川和宏(東北大学大学院・医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
各種病態における細胞内遊離ヘムの役割を明らかにすることで、本研究計画の最終目的である薬物の定量的毒性検出法の確立を目指す。これまで、細胞内には多くのヘム蛋白質が存在するために遊離ヘムの分光学的な直接定量は不可能であった。今回の最終目的は新たな技術の導入によりこの定量を可能にすることである。
研究方法
まず薬物毒性の病態としてよく知られているハロタン肝炎の発病機構におけるヘム代謝系の役割を明らかにする。次に薬物の解毒を司る第二相反応の異常がヘム代謝系に及ぼす影響について明らかにする。また、ヘム代謝と密接に関連する鉄動態の先天異常の遺伝背景について解析を行う。さらにこれらの病態が遊離ヘム濃度とどのように関連しているかを考察する。
次に遊離ヘム濃度の直接定量法の開発を目指すためにヘムによる機能調節を受けている生体蛋白質の機能ドメインとヘム結合ドメインの解析を行う。さらに、ヘム結合がどのように機能ドメインを制御しているかをあきらかにし、遊離ヘムの定量を可能にするレポーターとしての応用への筋道をつける。
結果と考察
研究結果=薬物毒性の代表であるハロタン肝炎の発病機構の解析を行ったところ、ハロタン肝炎発症には細胞内遊離ヘムの上昇がプロオキシダントとして関与しているという新たな機構が明らかとなった。この細胞内遊離ヘムの上昇にはハウスキーピング型デルタアミノレブリン酸合成酵素とヘムオキシゲナーゼ-1の発現から推定される合成系と分解系のバランスだけでなく、代謝されるべき薬剤の生体内活性化を担うチトクロームP450が代謝に伴って分解し補欠分子族であるヘムが遊離するにもかかわらず、ヘムの分解系の誘導が時間的に遅れることも関与していると考えられる(前年度の成果に追加実験を行い論文発表すみ)。
薬物は上記に述べたような第一相反応による生体内活性化の後、第二相反応によって解毒される。この解毒機構の異常がどのようにヘム代謝系に影響するかを病態モデルを用いて解析したところ、第二相反応の欠落によりその基質の一つであるビリベルジンからビリルビンを供給する系が抑制されること、したがって抑制の結果として細胞内遊離ヘムが増加することが病態に深く関連することが示された。このことは、薬物の投与により第一層反応を担うチトクロームP450が分解された場合にはより重篤な病態を示すことをも示唆している(学会発表すみ)。
このように遊離ヘムが病態と深く関わっていることが示されたので、ヘムに供給される鉄の動態が異常になり後天的なヘム代謝障害を引き起こすと考えられているヘモクロマトージスの遺伝的背景について解析を行った。意外なことに欧米で知られているトランスフェリンとの結合を妨げて鉄動態の異常をもたらす遺伝子異常は、予測に反して我が国の後天性ヘム代謝障害の症例では見付からなかった。本件に関しては本邦に特有の突然変異が存在するかあるいは本邦ではまったく別の機構で発病する可能性を示唆しており、今後更に解析を行うことが必要であるが、同時にこの結果は、現在のような国際化の時代において薬物毒性を考える上で人種差が重要な因子となりうることをも示している(論文発表すみ)。
本年度の成果により、薬物代謝病態を考える上で遊離ヘム濃度の定量が必須であることが示唆された。しかしながらこれまで遊離ヘムを直接定量することは細胞内に存在する大量のヘム蛋白質により分光学的な干渉を受けることで不可能であった。そこで、現在までのところ、遊離ヘム量は以下の指標を総合して推定されてきた。第一に、ヘムを必須としながらヘムに対する親和性が低く細胞内遊離ヘム濃度により活性が調節されると考えられてきたトリプトファンピロラーゼのヘム飽和度、第二に、非造血組織における最多のヘム蛋白質であるチトクロームP450の細胞内濃度、第三に、ヘム合成のsでありヘムにより負のフィードバック調節を受けることが知られているハウスキーピング型のデルタアミノレブリン酸合成酵素の発現量、第四に、ヘム分解系の律速酵素のヘムによる誘導を受けるアイソザイムであるヘムオキシゲナーゼ-1の発現量、第五にハウスキーピング型デルタアミノレブリン酸合成酵素とヘムオキシゲナーゼ-1の発現から推定される合成系と分解系のバランスである。しかしながら、トリプトファンピロラーゼの発現には組織特異性がありまたヘム飽和度は指標としてはしばしば鋭敏すぎること、チトクロームP450濃度は指標としては感度が低すぎること、ハウスキーピング型デルタアミノレブリン酸合成酵素には組織特異的調節が存在し必ずしもヘムによる調節が受けられるわけではないこと、ヘムオキシゲナーゼ-1はヘムのみならず金属、ストレス、温熱環境、急性期、酸素環境といった様々な要因で誘導されるためにしばしば遊離ヘム濃度と関係しないこと等、それぞれの方法には欠陥があり(論文発表すみ)、直接定量法の開発が待たれている。
そこで今回我々はこれまでの方法とは異なる、転写調節機構を指標とする定量法の開発を試みることにした。そのために現在、転写調節因子Bach1に着目し本調節因子がどのようにヘムと相互作用するか、その相互作用がどのように調節機構と結びついているかの解析を行っている。その結果として例えばヘム結合ドメインに存在するシステインープロリン配列がヘム結合に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。また、ヘムのみならず他の金属プロトポルフィリンも結合することが示されており、このことは酸素環境応答ホルモンのエリスロポエチンの誘導機序を考え合わせると非常に興味深い。(学会発表すみ。さらに論文作成のための研究を遂行している)。
考察=今年度の研究により、薬物毒性をふくむさまざまな病態の発現に細胞内遊離ヘム濃度が関与していることが明らかとされた。このことは汎用性に富み、かつ簡便な薬物毒性の検出方法として遊離ヘム濃度を応用した場合の利点を示唆している。
そこで、遊離ヘム濃度の直接定量法の開発を行う目的で転写調節因子のヘムによる調節機構の解析を進めている。次年度には培養細胞系に導入することにより生物活性を利用した検査法が開発可能と考えられる。
一方、薬剤の解毒を司る第二相反応の欠損がヘムを介して薬剤毒性の発現と関連することが示されたが、この事を応用することでより鋭敏な毒性の検出が可能となると期待される。そこで次年度の計画では第二相反応を抑制したノックアウトマウスの利用と検出細胞系の樹立をも試みたい。
結論
二年度の成果としてヘム合成系あるいは分解系の律速酵素であるデルタアミノレブリン酸合成酵素およびヘムオキシゲナーゼ-1のバランスの上に成立すると考えられる細胞内遊離ヘム濃度が様々な病態発現と関連していることが明らかとなった。このことはプロオキシダントとしての遊離ヘムがアンチオキシダントとしてのビリベルジンに変換されるヘムオキシゲナーゼの生体防御機構としての性格として理解できると同時に、遊離ヘムそのものがもつ転写関与因子としての機能を介した防御蛋白質群の発現の結果とも考えられる。したがって、ヘムそのものがどのように転写調節に関与するかを明らかにし、その理解の上に立って遊離ヘム濃度の直接定量を行う技術の開発は、本計画の目的である汎用性のある薬物毒性の定量法として大いに役立つと期待される。
本年度においてはこの直接定量法の確立に向けての基礎的解析を行ったが、こうした初年度および二年度の成果をもとに今後三年次の開発研究・解析が進展すれば、本計画で提案した、分子メカニズムにもとづく、あらたなかつ検出感度に優れ定量的な薬物毒性検出系が肝細胞、造血細胞、神経細胞、筋細胞さらには胎児・胎盤系といった広範な組織で、様々な病態発現をも見込んだ形で可能になると期待される。

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