医薬品等の安全性確保の基礎となる研究

文献情報

文献番号
199900744A
報告書区分
総括
研究課題名
医薬品等の安全性確保の基礎となる研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
安原 一(昭和大学医学部、主任教授)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤哲男(HAB協議会霊長類機能研究所)
  • 草野満夫(昭和大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A. 研究目的
薬物のヒトでの有効性及び安全性を評価する上で動物実験は欠かせない。しかし、ヒトと動物との間には大きな種差が存在し、ヒトへの外挿を行う上での障害となっている。欧米諸国においては、ヒト組織の利用に関しては、移植目的で提供され、適合者が見いだせなかった場合の臓器は研究目的で使用することが可能であるが、我が国ではその使用は法的に認められていない。そのため、ヒト臓器・組織を用いた研究は、手術材料に頼るほか方法はない。しかし、手術材料より得られる試料は、治療目的で行われる手術に付随して得られるものであり、本来の治療目的を達成した後に二次的に得られる。脳死臓器の場合には、脳死後数分で冷却された灌流液で灌流され、冷蔵保存される。これに対して、手術切除組織は手術中、長時間温阻血状態におかれる。そのため、脳死者から得られる臓器・組織とは異なり、その状態は施行される手術の方法、摘出に要する時間、麻酔薬の種類、手術に伴う阻血状態の時間、摘出後の時間経過および癌、肝硬変などの病態の影響が大きい。これらの要因は提供者個々で異なっており、実際に研究への使用に充分な信頼性を保証するものであるのかに関しては不明な点が多く残されている。このような状況を勘案し、本研究は、ヒト手術材料、特に肝癌患者より得られた試料の信頼性と有用性を明らかにする事を目的として実験的に検討した。また、我が国におけるヒト臓器・組織を用いた研究を行うに当たっての基本的な問題、即ちヒト臓器・組織の供給方法、保存、利用および倫理性の問題等に関して討議を重ね、文献的に検討し、整理する事により広く社会的に認容されうるヒト臓器・組織を用いた研究の推進方法の提示を目的として行なった。
本年度は、平成10年度本研究事業の成果を基に、昨年度作成した説明文書を用い、臓器提供および研究に対する利用に関するインフォームド・コンセントの取得を行ない、得られた組織を使用してサブセルラーフラクションおよび単離細胞での薬物代謝活性を各種cytochrome P450(CYP)分子種に対する代表的基質を用いて評価し、手術材料の有用性、信頼性について更に例数を増やして検討した。さらに、昨年度、日本全国の主たる医学部および医療機関の外科医に実施したアンケート調査「ヒト臓器・組織の利用に関する現状調査」について結果の解析を行なった。また、アンケートの調査結果および社会的現況を踏まえ、手術材料等を対象としたヒト臓器・組織の研究利用に関する倫理規定案の作成も同時に試みた。
研究方法
B. 研究方法
手術材料を薬物代謝研究に使用に際し、平成10年度本研究事業において作成した同意説明文書を用い、さらに口頭での説明を行った後、自由意思に基づき書面での同意を得た。得られた組織を使用してサブセルラーフラクションおよび単離細胞での薬物代謝活性を各種cytochrome P450(CYP)分子種に対する代表的基質を用いて評価し、手術材料の有用性、信頼性について検討した。比較の対照として米国における脳死患者より研究用に提供された肝臓より調製したミクロソーム酵素源および凍結保存肝細胞を用いた。一方、我が国におけるヒト臓器・組織の供給体制と実施に向けた検討項目について討議、調査を行い、その一環として平成10年度に実施した日本全国の主たる医学部および医療機関の外科にヒト臓器・組織の利用に関する現状調査の結果の集計および解析を行なった。
結果と考察
C. 結果、考察
C-1. 手術材料の信頼性と有用性に関する研究
C-1-1.本研究における肝切除症例
1)平成11年度は、転移性肝癌患者3例、原発性肝癌患者6例より試料の提供を受け、研究を実施した。本研究報告においては、平成10年度に実施した2例の結果も加え、11例での結果を示す。
C-1-2. サブセルラーフラクションでの薬物代謝酵素活性評価
今回提供されたそれぞれの肝臓に関して、切除に要した時間経過および切除後の試料の処理に要した時間経過と、残存酵素活性、含量との関連性について検討した。
〔1〕肝臓試料の摘出に要した時間(虚血-再灌流) 本検討で得られた肝臓試料の切除の為の肝臓虚血-再灌流は、15分間の血流遮断-5分間の血流再開を1サイクルとするPringle法にて行なった。11例のPringle法施行回数は0回から5回であり、過半数の例で4回実施された。各種CYP活性とPringle法施行回数との間の相関性に関して検討した結果、有意な相関性は見出せず、本検討の5回以内程度の虚血-再灌流では直接酵素活性に影響は無い事が示唆された。
〔2〕手術材料切除後の温阻血の影響切除後、試料を氷冷するまでの時間と、各種CYP活性の間の関連性に関して検討した結果、本検討で最長40分の温阻血状態があったが、酵素活性の著しい低下は示されず、温阻血時間ほぼ0分の例に比較して活性は充分に保持されていた。本検討においては、温阻血時間は20分程度の例が多かったが、この程度の温阻血時間は直接酵素活性に影響しない事が示唆された。
C-1-3.各肝試料の各種CYP分子種活性および酵素含量の腫瘍部位からの距離による差異に関する検討
各肝臓試料を、腫瘍部位、腫瘍部位から1cm以内(腫瘍辺縁部)および1cm 以遠(正常部)の3部位に分割し、上述の8種基質に対する代謝活性を測定した。また、癌種による差が認められるか否かを検討するため、原発性肝癌と転移性肝癌に分別し検討した。
1〕転移性肝癌試料
正常部位におけるCYP各分子種の活性は、米国NDRIより供給されたヒト肝プールドミクロソームと比較して、CYP2C19で著明な低値を示し、一方、CYP2D6で約4倍、CYP2C9で約倍の高値を示した以外は、平均20%から50%程度の低値を示した。また、各部位における活性は、CYP1A2は正常部位と腫瘍辺縁部でほぼ同等の活性を示したが、CYP2C9、CYP2C19で約15%の低下、CYP2D6、およびCYP3A4では約30%の活性低下が認められた。また、腫瘍部位における各分子種の酵素活性は、CYP1A2で正常部位の約20%、CYP2C9で正常部位の約30%の残存活性が認められたほかは、全て15%以下であった。特に、CYP2C19、CYP3A4でほぼ完全な活性の消失が認められた。
2〕原発性肝癌試料
原発性肝癌試料では、正常部位におけるCYP各分子種の活性は、米国NDRIより供給されたヒト肝プールドミクロソームと比較して、CYP2C19で著明な低値を示し、約半数の例でほぼ完全な活性の消失が認められた。一方、CYP2C9で約2倍の高値を示した以外は、平均20%から50%程度の低値を示した。また、各部位における活性は、CYP1A2活性が辺縁部で正常部より約10%の低下を示し、腫瘍部位では、正常部位の約40%の活性を示した。また、CYP2C9、CYP2D6、CYP2E1およびCYP3A4においては、正常部位と比較して腫瘍辺縁部で、各分子種とも平均値で約10%の低下が示された。腫瘍部位における各種CYP分子種活性はCYP2C9で正常部位の約50%、CYP3A4で約40~50%の高値が示された。また、CYP2D6、CYP2E1においても約20%の残存活性が示され、転移性肝癌と比較して、全般的に高値が示される傾向にあった。
C-2.単離ヘパトサイトを用いた肝薬物代謝酵素活性評価
11例の手術切除肝の非癌部位が、本試験に供され、肝小片の平均重量は9.2gであった。試験に供与された切除肝臓小片をコラゲナーゼ灌流法によりヘパトサイトを単離した。組織小片の灌流は良好に行われ、トリパンブルー染色で、生細胞数を計測した。オーバーナイトで培養した後、培地を無血清培地に換え培養を続け、検鏡し求めた接着率は、11例中2例で全く接着しない例があったが、これは、1例は高度の肝硬変を有する患者から提供された試料であり他の1例は肝試料を一晩氷冷下でブロックのまま保存した状態で細胞分離を行なったためである。その他の9例に関しては、その接着率は、35%~100%、平均69.4%であった。さらに各種CYP分子種に対するRI標識特異基質を添加し、P450アイソザイムの活性を測定したところ、播種40時間後の結果においては、主要なCYP分子種において薬物代謝能および代謝経路等の評価に十分利用しうる、高い薬物代謝能を示した。したがって、手術切除組織においても十分に医薬品の開発等の研究に使え得ることが示された。一方、凍結保存肝細胞による薬物代謝能に関して検討した結果、接着率、代謝能共に比較的高値が示され研究目的での有用性は示唆されたが、手術材料に比較して低値であった。
C-3ヒト組織利用及び供給の現状
C-3-1 アンケート調査結果
今回我々が行なったアンケート調査は、手術材料を使用する際には決して切り離す事が出来ない患者との直接の接点である外科医を中心に行なった。調査項目は①ヒト臓器・組織の使用状況、使用目的②使用に際してのインフォームド・コンセントの必要性に関する意識と現状③倫理委員会の審査・承認の必要性の意識と現状④術式、施行手術例数⑤他施設等への採取試料の供与、提供⑥リサーチリソースバンク事業に対する認識・理解度の概略6領域に関して回答を得た。
今回のアンケート調査により約75%の回収率で回答が得られた。手術材料の研究に対する利用に関しては、病変部、非病変部共に8割以上の研究者が何らかの目的で使用している事が明らかとなった。この事は、手術によって切除された臓器・組織は高い頻度ですでに研究に利用されている事を示している。一方、その使用に対する患者(試料提供者)に対するインフォームド・コンセントの有無に関しては、その使用目的を問わず必要ないと考えている医師は20%以下であり、殆どの医師は同意取得の必要性を認識している。しかし、実際にインフォームド・コンセントを取得して研究に使用している医師は、診療を目的とした研究に対しては15%、診療とは直接関連しない研究の場合で23%程度と、意識と現状が大きくかけ離れている実態が明らかとなった。
ヒト臓器・組織の使用に際しての倫理委員会による研究計画の審査・承認に関しては、診療を目的とした研究に関しては必要と考えている医師は、約16%、診療と無関係の研究への使用に対しては約半数の医師が審査が必要と考えていた。しかし、診療と無関係の研究への試料の使用に際して実際に倫理委員会の審査・承認を得ていると回答した医師は約20%であり、ここにおいても倫理的意識と実際の状況には大きな隔壁が存在している事が明らかとなった。
これらの実態は、これまで長年にわたり広く認識され伝承されてきた医師の裁量権の拡大解釈が根深く生き続けている事を示しており、近年の行政の動きと、社会一般の意識の変化を勘案すると、研究者に対する早急な倫理的意識に関する啓発活動の必要性と研究機関全体の意識の改革の必要性を示しているものと考える。また、同時に標準的な倫理的解釈に関するガイドラインの必要性も示唆された。
C-3-2.ヒト臓器・組織を用いた研究に係る倫理規定案の作成
本研究では、平成10年度本研究事業で実施したアンケート調査の結果を基に、研究現場が先行し、倫理規定が立ち遅れた状態にある現況を危惧し、早急の対応が求められている手術材料の使用に関する倫理規定の作成を試みた。
規定案の作成に関しては、ヘルシンキ宣言を遵守し、提供者および提供者の家族、親族のプライバシーの保護、精神的、肉体的被害の予防等を念頭おき、研究推進に係る責任の所在を明確にした倫理規定案の作成を行なった。規定案の施行・運営等に関しては現在昭和大学内において準備中である。
結論

公開日・更新日

公開日
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更新日
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