分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立

文献情報

文献番号
199900743A
報告書区分
総括
研究課題名
分子運動性スケールの利用による効率的省資源型安定性試験法の確立
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 澄江(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿曽幸男(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 村勢則郎(東京電機大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、医薬品製剤の有効期間の推定は、製剤を一定条件に長期にわたって保存し、その品質の経時的変化を実際に観察する保存安定性試験のデータを基にして行われている。試験を長期にわたって行なわなければならないことから、かなりの労力が必要であり、また大量の検体も必要とされる。地球の環境問題から資源の節約が叫ばれている現在において、医薬品を保存するという保存安定性試験の概念から全く離れ、保存することなく有効期間を推定できる方法が確立されれば、効率的省資源型安定性試験として、新世紀への画期的なステップとなると考えられる。本研究は、この目標に向かって、医薬品製剤中の分子の運動性を解析することによって保存試験を行わずに有効期間を推定する方法を確立するための基礎研究を行うことを目的とする。
研究方法
牛血清γグロブリン(BGG)をモデルタンパク質とする凍結乾燥製剤は、デキストランおよびBGGの混合溶液を、液体窒素で凍結し、23.5時間、約5Paで凍結乾燥して調製した。製剤中のデキストランのメチン炭素およびBGGのカルボニル炭素のそれぞれについて、固体高分解能13C-NMRを用いてスピン-格子緩和時間(T1)を測定した。測定には Torchiaのパルス系列を用いた。
架橋デキストラン(セファデックスG25ゲル)を含水率50wt%に調整し、ODSCおよびX線回折-DSCを測定した。ODSCの測定は試料を5℃/minで20℃から-50℃付近まで冷却し、その後1℃/minで20℃まで昇温して行った(温度振動の周波数は0.01~0.05Hz、振幅は2℃)。X線回折-DSCの同時測定は試料を5℃/minで-50℃付近まで冷却し、その後1℃/minで昇温して行った。
結果と考察
(1)BGGのカルボニル炭素の運動性
BGG凍結乾燥製剤中のBGGのカルボニル炭素およびデキストランを含有しないBGG単独の凍結乾燥製剤中のBGGのカルボニル炭素について観察されたT1を用いて相関時間τcを計算した。ここで、BGGのカルボニル炭素のτcは、相関関数が一つの相関時間τcで減衰すること、また化学シフトの異方性による緩和機構が支配的であることを仮定した。
デキストランを含有しないBGG単独の凍結乾燥製剤においては、BGGのカルボニル炭素のτcは温度依存性が小さく、ほとんど直線的であるのに対して、デキストランを含有したBGG凍結乾燥製剤では、Tmc付近で温度依存性が不連続になり、高温領域では温度依存性が大きくなった。デキストランを含有したBGG凍結乾燥製剤では、BGGカルボニル炭素のτcはデキストランメチン炭素のτcと同様のパターンの温度依存性を示すことが分かった。以上の結果から、デキストランが存在するBGG凍結乾燥製剤中では、BGGはデキストランの動きに連動し、Tmcを境に高温領域で運動性が急激に高まることが明らかになった。すなわち、Tmcを境にしてデキストランの運動のモードが変化し、Tmc以下の温度領域ではローカルなセグメントの動きが支配的であるのに対して、Tmc以上の温度領域ではグローバルなセグメントの動きが支配的になり、タンパク質の運動性もデキストランの動きに連動して急激に高まることが明らかになった。
(2)凍結挙動からみた水分子の運動性
セファデックスG25ゲルの凍結後のDSC曲線は、一定速度で昇温した場合、-18℃付近から吸熱方向に移行し、-11℃付近で発熱ピークを示してから、氷の融解による吸熱ピークが観測された。振動モード測定において、振動に追随できるのは比熱変化など、平衡論にしたがった状態変化であり、条件さえ適切に選べば、速度論にしたがった緩和過程は昇温曲線から除去することができる。しかし、条件を変えても吸熱方向への移行の度合いはほとんど変化せず、この移行はエンタルピー緩和によるものではなく、氷の融解によるものである可能性の強いことが明らかになった。
X線回折-DSC同時測定を行った結果、氷の結晶によるメインの回折ピークは22゜<2θ<26゜に三本観測された。DSC曲線でみられる発熱ピークに対応して、特に22゜付近の回折ピーク強度が顕著に増大したことから、このピークは氷の結晶化によるものであることが確認された。一方、昇温結晶化に先行する吸熱方向への移行の際には、いずれの回折ピークにおいても、強度変化はほとんど観測されず、この移行が氷融解によると断定できなかった。X線回折-DSC同時測定において、X線回折の測定角度範囲に対しスキャン速度が充分に速くないので、データは温度変化を忠実に反映していなかったためと考えられる。しかし、X線回折-DSC同時測定は熱の出入りとミクロな構造変化を同時に測定できるために、現象の本質を理解するのに有力な研究手段であると考えられる。氷晶の形成、融解を鋭敏に対応する22゜付近の回折ピーク強度に着目して更に詳しい測定を行えば、より精度良く熱挙動が追跡可能となり、吸熱方向への移行の原因を突きとめることができると期待される。
結論
デキストランを含有したBGG凍結乾燥製剤について、固体高分解能13C-NMR を用いて、BGGカルボニル炭素のτcおよびデキストランメチン炭素のτcの温度依存性を解析した結果、Tmcを境にしてデキストランの運動のモードが変化し、Tmc以下の温度領域ではローカルなセグメントの動きが支配的であるのに対して、Tmc以上の温度領域ではグローバルなセグメントの動きが支配的になり、タンパク質の運動性もデキストランの動きに連動して急激に高まることが明らかになった。
凍結した架橋デキストラン水溶液の凍結及び融解挙動をODSCおよびX線回折-DSC同時測定によって解析した結果、DSC昇温曲線は、昇温結晶化による発熱ピークに先行して吸熱方向へ移行するが、その原因は融点降下したサイズの小さな氷晶の融解によるものである可能性がODSCの解析によって明らかになった。X線回折-DSC同時測定では氷晶の融解を示唆するデータは得られなかったが、水の凍結を示すDSCの発熱ピークに対応して水の結晶のピークが観察され、水分子の存在状態と運動性に関する有用な情報が得られることが分かった。
NMR、ODSCおよびX線回折-DSCが、医薬品製剤中の分子運動性に関して重要な知見を提供することが分かり、製剤の安定性評価を行う上で有用な手段となることが明らかになった。

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