医薬品等の安全性確保の基礎となる研究 -アポトーシスを指標とした毒性評価のための動物組織・細胞の利用法に関する研究-

文献情報

文献番号
199900739A
報告書区分
総括
研究課題名
医薬品等の安全性確保の基礎となる研究 -アポトーシスを指標とした毒性評価のための動物組織・細胞の利用法に関する研究-
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
川崎 靖(国立医薬品食品衛生研究所・室長)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 達(国立医薬品食品衛生研究所・部長)
  • 小野 宏(財・食品薬品安全センター)
  • 香川 順(東京女子医科大学)
  • 大塚 雅則(財・化学物質評価研究機構)
  • 山中すみへ(東京歯科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
毒性学の分野において、化学物質の毒性指標の鍵となっているLD50値(50%致死量)は、「死」と言う多様な背景を包含したend pointを用いている。このため、直接的に急性死に至らしめないような物質群の毒性が不当に軽く評価されるなどの様々な矛盾を内包している。 本研究では、化学物質の毒性指標を「死」以外の生命に対する普遍的指標に置き換えるために、化学物質の1)個体レベル:個体群の生存曲線(survival curve)に与える影響、2) 組織・臓器レベル:諸臓器での細胞死に関わる分子指標(当面アポトーシスを標的とする)に与える影響、および、3) 分子レベル:上記1)と2)に関わるいくつかの責任遺伝子群の発現や制御へ与える影響、の3つの視点からその毒性を再整理して、新しい分子毒性学的な指標を構築しようとするものである。なお、ここでとりあげるアポトーシスは外来性化学物質によって生じる病理・毒性学アポトーシス並びに過大もしくは過小に誘導される生理的アポトーシスの双方を持って総合的に評価するものであり、近年種々の試みがなされている。
今年度は、上記の「個体レベル」、「組織・臓器レベル」及び「分子レベル」が新しい分子毒性学的な指標となり得るか否かを、主として遺伝子改変動物を用いたアポトーシスやその他の指標(8OHdGなど)との関連性の検討[in vivoの系](井上、香川)及び培養細胞を用いた従来の細胞毒性とアポトーシスとの関連性の検討[in vitroの系](小野、大塚、山中)に取り組んだ。
研究方法
井上 達:アポトーシスを指標とした、遺伝子改変動物による毒性評価
①-1 p53ノックアウトマウスを用いたBenzene吸入毒性試験:前年度に引き続き発がん試験の生涯観察を進め、過半のマウスが死に至った。現在死亡マウスの病理組織学的検索を行っている。また、この背景にある生物反応性として我々が開発したin vivo造血幹細胞動態解析法(BUUV法)を用いた動態解析を行い、同時にWestern法及びDNA chip解析などによる発現遺伝子の解析を進めた。
①-2チオレドキシン遺伝子変異マウスを用いたパラコート誘発アポトーシス:パラコートの反応性投与標的臓器の解明と、その急性毒性に対する感受性の変化について、腹腔内単回投与の投与濃度・投与後の経時変化などをチオレドキシン遺伝子過剰発現マウス及び、遺伝子欠失マウスを用いて検証を進めている。
②加齢促進効果
klothoマウスの有用性の検討:急性毒性と加齢との関係の早期検出系ならびに、毒性発現の当該遺伝子機能との関係を明らかにすることを目的として、最近樹立されたklotho遺伝子への挿入変異によるヘテロ機能欠失マウス(Kuro-o M et al., Nature 390:45-51 1997)を鍋島教授から供与を受け、系統維持ならびにホモ変異マウス生産を行った。klotho遺伝子ホモ変異マウスは加齢促進マウスとして知られ、寿命の平均は60.7日、胸腺及び性腺萎縮、粥状硬化症、骨粗鬆症など複合的な老化発現系を示すものであるが、極度の短寿命ともあいまって、唯一発がん促進だけは観察されていない。そこで、ホモマウス骨髄細胞を同系の致死線量照射したマウスへ移植して多数の均質な骨髄再建マウスを作成し、MNUによる発がん試験を開始した。また、同時にこのものの骨髄造血幹細胞を対象にMNUへの反応性に関する表現型の検索を進めた。
小野 宏:アポトーシスを指標とした、培養細胞による毒性評価のための基礎的研究
Diethylstilbestol(DES)は、低血清濃度の条件下で、培養細胞に対し強力にアポトーシスを誘導する。この結果は、血清中にアポトーシスを阻害する物質が含まれていることを示唆している。そこで、サイトカインを用いて、血清中の何がDESによるアポトーシスを阻害しているのかを検討した。更にアポトーシス阻害剤及び活性酸素阻害剤も用いて検討した。また、DESは細胞の種、組織、エストロジェン受容体の有無に関係なくアポトーシスを誘導するが、その程度は細胞毎に若干異なる感受性を示しており、そこでHu-MI細胞及びその形質転換細胞を用いてDESの影響を検討した。
香川 順:動物を用いたアポトーシスを指標とした毒性評価とその他の指標との比較
化学物質の毒物性、劇物性の毒性の強さの程度を、動物に侵襲をできるだけ与えずに、細胞レベル、遺伝子レベルで捕えることを目指した。ラットにパラコートを単回投与し、血液と肺胞洗浄液と組織を用いて、肺の炎症傷害時および酸化的損傷時に増加するものなどの項目に絞って検討した。
大塚雅則:アポトーシスを指標にしたほ乳類培養細胞による毒性評価
本研究ではほ乳類培養細胞を用いて急性毒性を予知するために、毒性物質を細胞に暴露した後、細胞の生存率とアポトーシスによる細胞死を定量的に調べ、アポトーシスが毒性影響の早期指標として適用できるか否かを検討した。
本年度は2種類の細胞株を用いてアポトーシス誘発物質に対する致死感受性及び二重染色法によるアポトーシス出現頻度の定量的評価について検討を行った。
山中すみへ:培養細胞を用いた化学物質の毒性評価法に関する基礎的研究
今年度は培養細胞を用いた細胞毒性試験法を検討する。細胞毒性試験での50%細胞増殖阻害濃度(IC50値)を求めるとともに、とくに細胞死の1つであり、DNAの死でもあるアポトーシスに焦点を当て、化学物質によるアポトーシスの誘発を指標とする細胞毒性試験法の可能性を検討した。
結果と考察
研究結果
井上 達:アポトーシスを指標とした、遺伝子改変動物による毒性評価
①-1 ワイルドマウスでBenzene暴露の造血幹細胞動態解析をBUUV法によって解析し、Benzene暴露中は細胞回転が停止すること、更に投与中止によって速やかに細胞回転が再開することが初めて見いだされた。更に、骨髄細胞から調整した蛋白を用いたWestern法によって、2週間のBenzene暴露直後にp21がup-regulateすることを明らかとした。またワイルドマウスでの細胞回転停止はp53遺伝子欠失マウスを用い場合には観察されないことも見いだした。
①-2 前年度に示唆的に得られたパラコート投与による精巣毒性誘発機序にチオレドキシン分子が関与する可能性と、アポトーシスが急性毒性の強さの指標としてのLD50値に変わり得る可能性について検証を進めているが、まとまった結果を得るに至っていない。
② 骨髄再建マウスによる発がん試験の結果、ホモマウス由来骨髄細胞再建群ではワイルドに比べて早期に死亡し、その背景として造血器腫瘍発生頻度が高くなっていることも観察された。さらにこの背景として、骨髄再建後のMNU投与によって造血幹細胞数の回復がホモマウスでワイルドに比べて悪いにも関わらず、末梢血数ではワイルドと差異なく回復傾向を認め、遺残傷害が高くなる可能性を持っていることが示唆された。
小野 宏:アポトーシスを指標とした、培養細胞による毒性評価のための基礎的研究
1)種々の物質のBALB 3T3細胞におけるDES誘導アポトーシスに対する影響として、FCS 0.5%の培地におけるDESによるアポトーシスは、サイトカインであるTNF, TGF-b,Transferrin, EGF及びinsulinの影響を受けなかった。一方、カタラーゼ及びZ-VAD-FMKはDESによるアポトーシスを阻害した。しかし、SODは影響を与えなかった。
2)DESのHu-MI細胞及びその形質転換細胞における増殖に対する影響として、DESによるアポトーシスはHu-MI細胞に対して見られなかった。一方、その形質転換細胞であるHuMI-Ttu2及びHuMI-MCA-TPA-1細胞では、DESによるアポトーシスが観察された。
香川 順:動物を用いたアポトーシスを指標とした毒性評価とその他の指標との比較
一般所見:ラットの状態は、異常は認められなかった。しかしPQ-4時間群で、投与2時間後くらいからうずくまり状態となり動きが鈍くなってきた。臓器重量:全ての群で、有意差は認められなかった。血液所見:白血球分画では、T-Neu%がPQ-4時間群で有意に増加した。これは、パラコートによる何らかの急性炎症反応が起きた証拠であると思われた。一般生化学検査においては、TPがPQ-4時間群において有意な増加が認められた。Gluは、PQ-1時間、PQ-4時間群とも有意に増加した。また、CREはPQ-1時間群、PQ-4時間群とも有意に増加した。活性酸素の消去作用があるSODやVEには顕著な変化は認められなかった。コルチゾールの最終産物であるコルチコステロンが、PQ-1時間群、PQ-4時間群とも有意に増加した。アポトーシスとの関連において、細胞膜上でPSが漏出する現象が報告されており、何らかの影響があったことが示唆された。気道粘液の過分泌時に増加するSIALとFucoseについては、パラコート投与で増加傾向はあったが有意ではなかった。抗酸化物質であるGSHは、PQ-4時間群で有意に増加した。脾臓中8OHdGが、パラコート投与により増加傾向があったが有意ではなく、また、その他の組織においても顕著な変化は認められなかった。また、ラットに対する特異的なプローブを作成したが、条件が合わずに、標的臓器と思われる肺組織での定量はできなかった。しかし、末梢血白血球中p53遺伝子のmRNA量は定量可能となり、パラコート投与群で有意ではないが、増加傾向が認められ、アポトーシスが起きた可能性が示唆された。
大塚雅則:アポトーシスを指標にしたほ乳類培養細胞による毒性評価
アポトーシス誘発物質に対する致死感受性
CHL/IU細胞とV79細胞を、それぞれ1~60 nMのActDで24時間、1~30 mMのTAAで48時間処理した後、MTT assayにより細胞毒性を調べた。ActDのIC50はいずれの細胞においても約30 nMであったが、TAAのIC50はCHL/IU細胞において17 mMであったのに対し、V79細胞においては35 mMであった。一方、ActD処理では細胞間でAI (%)に差はみられなかったが、TAA処理ではCHL/IU細胞においてアポトーシスがより高頻度に誘発されていた。
次に、アポトーシスの誘発を定量的に比較するためにAI (%)が10%となる濃度(AC10)を多項式近似値より算出した。ActD処理におけるAC10はいずれの細胞においても約25 nMであったが、細胞間で生存率に顕著な差がみられたTAA処理におけるAC10は、CHL/IU細胞で約10 mMであったのに対し、V79細胞では約23 mMであった。
二重染色によるアポトーシスとネクローシスの定量的評価
0~200 nMのActDで24時間処理したCHL/IU細胞をacridine orangeとethidium bromideで二重染色し、500細胞中に占めるアポトーシスとネクローシスの割合を算出した。IC50値の30 nMに近い25 nMからアポトーシスが誘発され、100 nMまで濃度に依存して増加し、100 nMでピークの65%を示した。一方、ネクローシス細胞の割合は、上限の500 nMまで増加する傾向を示した。次に、25、50 nMのActDでCHL/IU細胞を処理し、経時的変化(0~48時間)について調べた。25 nMでは24時間でアポトーシスが誘発され、48時間でピークの39%に達した。一方、50 nMでは12時間でアポトーシスが誘発され、24時間でアポトーシス誘発ピークの60%に達し、その後漸減していった。
DNRについても同様の検討を行なった。0~50 mMのDNRを20時間暴露したCHL/IU細胞を二重染色した結果、1 mMからアポトーシスが誘発され、10 mMで約30%の誘発がみられた。次に1、5 mMのDNRでCHL/IU細胞を処理し、48時間までの経時的変化を調べたところ、1 mMのDNR処理では15時間でアポトーシスが誘発され、36時間でピークの56%に達した。一方、5 mMのDNRでは12時間でアポトーシスが誘発され、18時間でアポトーシス誘発ピークに達した。
山中すみへ:培養細胞を用いた化学物質の毒性評価法に関する基礎的研究
1. 細胞毒性試験によるIC50値
4種の細胞を用いた細胞毒性試験法によりI C50値を求め比較したところ、高い相関性が得られたが、細胞による特異性が認められた。すなわちGinn-1細胞とCHL細胞とでは相関性も高く、比較的近似したIC50値が得られているが、KB細胞やMCF-7細胞によるIC50値は、CHL細胞に比べて大きく、毒性が低く現れるという細胞特異性がみられた。またCHL細胞は継代培養による変化が少なかったが、KB細胞やMCF細胞、Gin-1細胞では継代による変化が比較的観察された。したがって一般細胞毒性試験に用いる細胞としては、細胞の特異性が比較的少なく、かつ継代培養が容易なCHL細胞が適当であろう。
また細胞毒性試験法での比較では、今回フローサイトメトリーで求めたIC50値は、従来のニュートラルレッド法やギムザ染色法との相関性が高かったが、フローサイトメトリーでのIC50値が大きく求められる傾向にあった。しかしフローサイトメトリーによる方法では、IC50値とともに、後述のアポトーシス細胞を分別しうることから有用性が大きいと考えられる。
次に、細胞毒性試験で求めたIC50値と、げっ歯類で求めたin vivoでの経口LD50値との関係であるが、ヨードやホルマリンのような皮膚・粘膜刺激性物質を除いた場合には、LD50値と LC50値とは有意な相関関係がみられた。これらの刺激性物質では、LD50値に比してLC50値が小さく現れることを示した。したがって刺激性物質の評価と、急性毒性の一次試験としての細胞毒性試験を個別に考える必要がある。
2. アポトーシス細胞の誘導
アポトーシス細胞をアガロース電気泳動法と蛍光顕微鏡法により確認するとともに、フローサイトメトリーにより、生細胞、アポトーシス細胞および死細胞の分別を試みた。CHL/ IU細胞とヒト・リンパ球に、水銀あるいはActinomycin Dを添加して8?72時間培養後に、IC50値を求めるとともに、アポトーシス細胞の誘導を検討した。IC50値は、CHL/IU細胞に比べてリンパ細胞で低く、また水銀に比べてActinomycin-Dの値が低い結果であった。このIC50値は、フローサイトメトリーによる生細胞の推移から求めたものであるが、生細胞、アポトーシス細胞および死細胞の割合の推移を示している。CHL/ IU細胞では、アポトーシス細胞が、水銀の15および20 ppmの添加で検出され、Actinomycin-Dでは低濃度の0.5 nmol添加で認められた。またヒト・リンパ細胞でも同様の傾向がみられ、水銀の10および15ppm添加でアポトーシス細胞が認められ、Actinomycin-Dの添加では0.15nmolの低濃度から高い割合のアポトーシス細胞が観察された。さらに接触時間との関係では、8時間ではアポトーシス細胞の割合は少ないが、16?48時間の接触で最も高い割合で認められ、72時間後では減少する傾向にあった。
これらのことから、水銀では、IC50値に近い濃度でアポトーシス細胞を検出したのに対して、Actinomycin Dでは、IC50値よりもかなり低濃度で高率のアポトーシス細胞の誘導を認めた。フローサイトメトリーによる細胞毒性評価では、細胞の致死的影響をIC50値で評価できるとともに、アポトーシスの誘導の程度も把握できることを示した。
結論
考察・結論
井上 達:アポトーシスを指標とした、遺伝子改変動物による毒性評価
①-1 従来Benzeneによって造血幹細胞は細胞回転が上がるものと考えられてきたが、これをBUUV法によって解析した結果、Benzene投与は細胞回転を止めること、更に投与中止によって速やかに細胞回転が再開することが明らかとなった。またこの細胞回転停止はp53遺伝子欠失マウスでは観察されないことから、その分子基盤はp53依存性であることが示唆された。この結果はワイルドマウス由来骨髄細胞を用いたWestern法でp21がup-regulateにしていたことと良く符合する。
これまでklothoマウスでの発がん高感受性は予想されるものの、短寿命のため検証できなかった。また、klotho遺伝子産物は膜結合型と共に液性因子としても存在することが示されており、少なくともヘテロマウスでの血管反応性については、ワイルドマウスとのパラビオーシスによって正常化することも示されていて、実態の予測を困難にしていた。今回のワイルドマウスをrecipientとして用いたホモ欠失マウス由来骨髄再建系での発がん高感受性の証明は、当該遺伝子産物の欠失がrecipientから供給される液性因子では代償されない機能欠失をまねくことを示唆する事象として興味深い。
小野 宏:アポトーシスを指標とした、培養細胞による毒性評価のための基礎的研究
血清中に存在すると考えられるアポトーシスを阻害する物質を見つけ出す目的で、5種類のサイトカインを添加してみたが、いずれのサイトカインもアポトーシスを阻害しなかった。一方、アポトーシスの過程において活性酸素の種の生成が見られることから、カタラーゼとSODと添加したところ、カタラーゼのみアポトーシスを阻害した。この結果から、DESによるアポトーシスの誘導には、H2O2の生成が関与していることが示唆された。
P53の発現はアポトーシスを誘導することが知られている。一方、SV40のlarge T抗原はp53タンパクと結合し、p53の転写活性機能を阻害する。そこでSV40の導入により形質転換したHu-MI細胞を用いてDESの影響を検討したところ、DESはアポトーシスを誘導しなかった。このことからDESはp53を介してアポトーシスを誘導することが示唆された。
DESによるアポトーシスを阻害している血清中の物質を見いだすことはできなかった。しかし、その機構にH2O2の生成及びp53が関与していることが示唆され、DESの新しい機能が示された。
香川 順:動物を用いたアポトーシスを指標とした毒性評価とその他の指標との比較
一般的にアポトーシスは、組織内では散在的に起こり、細胞の内容物はほとんど漏れ出さないために、通常の炎症反応はみられないと言われている。一方、ネクローシスの場合は、細胞の膨潤、融解、流出、崩壊などの炎症反応がしばしばみられる。以上のことから、本研究に使用したマーカーは、アポトーシスのマーカーとしては不適当であったのかもしれない。癌抑制遺伝子であるp53遺伝子は、アポトーシス関連遺伝子である。末梢血白血球中p53遺伝子mRNA量は、パラコートにより増加傾向を示したことから、傷害を持った細胞を排除すべくアポトーシス現象が誘導された可能性が示唆された。しかし、動物を屠殺しないで、アポトーシスの有無を確認することは、特に標的臓器の場合は不可能であり、本研究の主旨とは合っていない。また、血液の場合はその限りではないが、化学物質の毒性の強さを鋭敏に示すほどの結果は得られていない。
大塚雅則:アポトーシスを指標にしたほ乳類培養細胞による毒性評価
アポトーシス誘発物質に対する致死感受性の結果から、アポトーシスの誘発が細胞株におけるTAAの毒性影響の違いに関与していることが示唆された。また、二重染色法の適用により、単染色では困難であったアポトーシス初期細胞とアポトーシス後期細胞をより明確に識別することが可能になり、定量化の精度を向上させることができた。さらにネクローシス細胞を併せて観察することにより、アポトーシスからネクローシスへの細胞死の移行を詳細に解析することが可能であると考えられる。
acridine orangeとethidium bromideの二重染色を用いることにより、アポトーシスを指標に比較的低濃度の領域で毒性評価が可能であると考えられた。
山中すみへ:アポトーシスを指標とした培養細胞による毒性評価と一般細胞毒性試験との比較
in vitro でのIC50値とin vivoでのLD50値との関係では、刺激性物質を含めた場合には相関性がみられなかったが、刺激性物質を除いた場合には有意な相関関係がみられた。皮膚・粘膜刺激性は、in vivoでの毒性が低く経口LD50値が大きいのに比して、直接的な膜障害性作用により細胞毒性が強く現れ、in vitroでのIC50値が低くなると考えられた。したがって細胞毒性試験によるIC50値は、急性毒性や膜障害性など個別には相関性が高いと考えられるので、目的に応じた個別の評価には有効であろう。一方、アポトーシス細胞の検出では、p53に依存してアポトーシスを誘導するとされているActinomycin Dでは、水銀の場合とは異なり、IC50値よりもかなり低濃度の添加でアポトーシス細胞を高率に出現した。細胞毒性評価の1つとして、致死的影響のIC50値とともにアポトーシスの誘導の程度も指標となりうる可能性を示した。培養細胞を用いた細胞毒性試験によるIC50値は、個別に急性毒性や膜障害性を評価する一次試験法としては有用であることを示した。またアポトーシス細胞の検出により、化学物質によるアポトーシスの誘導の程度が把握でき、IC50値とともにアポトーシス誘導の程度も細胞毒性の一指標となりうることを示唆した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-