モルヒネを主軸とした癌疼痛管理のガイドラインの有用性に関する研究

文献情報

文献番号
199900730A
報告書区分
総括
研究課題名
モルヒネを主軸とした癌疼痛管理のガイドラインの有用性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
平賀 一陽(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 福井次矢(京都大学)
  • 大橋京一(群馬大学)
  • 村国 均(東邦大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本緩和医療学会が作成した「Evidence-based Medicine(EBM)に則ったがん疼痛治療ガイドライン」(1999年9月発行)の有効性を評価することが目的である。同時にガイドラインのなかでEBMが希薄であるモルヒネの副作用の機序を明らかにして、その対策を確立することである。
モルヒネの副作用として頻度の多い便秘、悪心・嘔吐などを制御する薬剤の投与方法について検討する。癌疼痛管理上、モルヒネ投与のガイドラインを設定するうえで有用な投与方法を示唆することを目的とする。
研究方法
Ⅰ.多施設共同臨床試験(個々の患者の疼痛治療の推移からの有用性の検討)
1.臨床試験内容と方法
1)研究施設及び研究対象
がん診療施設に指定されている国立病院を研究施設とし、施設長に研究の概要を説明したプロトコ-ルを郵送して、参加の意志を確認して代表者を選定してもらった。参加施設に入院している患者のうち、がん疼痛を訴えるがん患者を研究対象とする。
2)対象患者の登録期間と痛みの評価時期
がん疼痛治療ガイドラインの配布前として、参加施設の対象病棟に1ヶ月間に入院したがん疼痛を訴える患者全員(WHOのどの段階でも良い)を登録し、今までの方法による除痛治療を行う。痛みの評価は1週間毎、2週間行う。
3)痛みの評価者
対象病院でのがん患者について、プロトコ-ルに基づいて、患者の背景、全身状態、疼痛の原因、使用薬剤、薬の副作用、疼痛の強さの時間経過などについて観察開始時と1週間後、2週間後に観察し、記録する。疼痛の程度、有痛時間、日常生活の程度、眠気、便秘、嘔気などの副作用の有無を記載してもらうアンケ-ト用紙を患者に配布して記載してもらい、がん疼痛調査用紙に転記する。背景因子(病期、診断名、疼痛の原因、転移の有無、PSなど)を担当医ががん疼痛調査用紙に記載する。
2.臨床研究プロトコール
臨床研究プロトコール(がん疼痛調査用紙を含む)を作成し、8月下旬~9月に患者のエントリーを行い、個々の患者のガイドライン配布前のがん疼痛治療状況を調査した。10月にガイドラインを配布し、ガイドラインに対する医師へのアンケ-トを行うと同時に、平成12年2~3月に配布後の患者のエントリ-を行った。
Ⅱ.看護婦、医師への癌疼痛実態調査
エントリ-した施設に入院しているがん患者の疼痛の出現率・鎮痛法の現状と除痛率などについて看護婦・医師にアンケ-ト調査を行った。看護婦へのアンケ-ト調査の項目は病期別鎮痛対策患者数(有痛患者)と鎮痛効果(患者が十分に満足する除痛率)、鎮痛法の汎用頻度とそれらの鎮痛効果などである。がん治療医へのアンケ-ト調査項目は、鎮痛法選択の順位、モルヒネ投与の時期、モルヒネ投与時の薬品の説明、モルヒネ経口投与が中止になる原因、今までに経験したモルヒネ経口の最高投与量、末期がん患者に対する病名告知の有無などである。
Ⅲ.よりよきモルヒネ投与についての研究
モルヒネの血漿中濃度と除痛の関係についてやモルヒネの消化管への作用のEvidenceは少ないので、大橋教授にはモルヒネ血漿中濃度と除痛についての研究を、村國講師にはモルヒネ投与時の便秘対策についての研究をしていただき、その結果をガイドラインに反映させる。
結果と考察
研究結果
Ⅰ.多施設共同臨床試験(個々の患者の疼痛治療の推移からの有用性の検討)
1.対象施設と対象患者数、および背景因子
対象施設は37国立病院で、対象患者数は313名(男性187名[58%]、女性135名[42%])であった。平均年齢は62.5歳で、入院治療中の患者は87%であった。
PSの中央値は2で、経口摂取が可能であった患者は81%、転移を有する患者は87%であった。疼痛の原因(複数回答可)は骨転移が41%、神経圧迫が26%、軟部組織浸潤が25%、内臓転移浸潤が37%などであった。疼痛の部位(複数回答可)は上肢肩部が13%、背部が22%、前胸部が14%、腹部が32%、腰部が25%、会陰臀部が14%、下肢部が18%であった。
2.使用薬剤
主な薬剤のうち、塩酸モルヒネ(経口)が使われていた患者は13%、塩酸モルヒネ(注射)が15%、硫酸モルヒネ(MSコンチン錠)経口が39%、モルヒネ坐剤(アンペック坐薬)が13%で使用されていた。
3.痛みの程度
1)一日を通しての疼痛程度は“0:痛まない"から“3:非常に痛い"の4段階評価で、“0:痛まない"と答えた患者の割合は、観察開始日は11%であったが、1週間後16%、2週間後20%と増加していた。経過が進むにつれ、痛みを訴える患者は減少していた。
2)一日の平均有痛時間
観察開始時6.7時間であったが、1週間後が5.2時間、2週間後が4.3時間と経過が進むにつれて短くなった。
3)安静時のVAS
VASによる痛みのスケール(0mm:全く痛みなし、100mm:最高に痛い)では、観察開始時の平均が29mm、1週間後が25mm、2週間後が23mmと次第に低下した。
4)疼痛時のVAS
観察開始時が42mm、1週間後が37mm、2週間後が33mmと次第に低下した。
5)最も辛い時期のVAS
観察開始時が55mm、1週間後が45mm、2週間後が39mmと次第に低下した。
6)最も辛い疼痛の持続時間
観察開始時が2.1時間、1週間後が1.8時間、2週間後が1.5時間と徐々に短縮した。
以上により、経過とともに患者が感じる疼痛の強さは弱くなり、痛みの持続時間も短くなった。
4.薬の副作用
1)便秘:便秘を訴えた患者は、観察開始時が53%、1週間後が50%、2週間後が53%と、有意な変化はなかった。
2)嘔気・嘔吐:嘔気・嘔吐を訴えた患者の割合は、観察開始時が23%、1週間後が25%、2週間後が24%と、有意な変化はなかった。
3)眠気:眠気を訴えた患者の割合は、観察開始時が39%、1週間後が48%、2週間後が46%であった。
[多施設共同臨床試験の小括]
経過とともに、がん患者が感じる疼痛の強さは弱くなり、痛みの持続時間も短くなった。まったく痛みを訴えなくなった患者の割合は、2週間で、11%から20%に増加し、1日の有痛時間も6.7時間から4.3時間に短縮された。安静時の疼痛の強さは、VASスケールで、29mmから23mmまで低下した。入浴が可能な患者の割合に有意な変化はなかった。便秘、嘔気・嘔吐、眠気などのオピオイド薬の副作用は増加する傾向を示さなかった。
以上の結果は、現在の国立病院におけるがん患者での除痛の状況をよく反映するものであり、次年度は「Evidence-based Medicineに則ったがん疼痛治療ガイドライン」を配布後の除痛状況のデータと比較する予定である。
Ⅱ.看護婦、医師への癌疼痛実態調査
平成11年7月(配布前)と平成12年1月(配布後)に実施したがん診療施設の国立病院を対象にしたがん疼痛の実態調査の結果は次の通りであった。
1.看護婦へのアンケ-ト結果
1)有痛率と除痛率
保存的患者の有痛率はGL配布前が36.4%(平成10年は38.7%)、配布後が35.0%で、除痛率はGL配布前が65.7%(平成10年は48.9%)、配布後が65.2%で、保存的治療期の患者における有痛率も除痛率もGL配布前後で有意差がなかった。
末期状態の患者の有痛率と除痛率はそれぞれ配布前が67.0%、59.8%(平成10年は72.2%、52.3%)、配布後が66.7%、66.7%で、有痛率は変わりがなかったが、末期状態の患者における除痛率はGL配布後は配布前、前年と比較して向上する傾向があった。
2)モルヒネ使用頻度とその除痛率
保存的治療期の有痛患者での経口モルヒネ使用頻度と除痛率は、それぞれGL配布前が48.8%、41.9%(平成10年は43.3%、42.3%)、配布後が32.3%、66.7%で、保存的治療期の患者におけるモルヒネ経口による除痛率は配布後の方が配布前、前年と比較して有意に向上していた。
末期状態の有痛患者での経口モルヒネ使用頻度と除痛率は、それぞれGL配布前が47.3%、47.8%(平成10年は41.8%、50.0%)、配布後が63.0%、62.0%で、末期状態の患者における経口モルヒネの使用頻度、除痛率とも、配布後の方が配布前、前年と比較して有意に高かった。
末期状態の有痛患者でのモルヒネ注射の使用頻度と除痛率は、それぞれGL配布前が28.2%、55.8%(平成10年は35.0%、64.5%)、配布後が24.3%、67.3%で、末期状態の有痛患者でのモルヒネ注射の除痛率は、配布後の方が配布前と比較して有意に高かった。
3)モルヒネ服用患者への服薬指導
モルヒネ服用患者への服薬指導を行っている病棟はGL配布前が37.5%(うち、口頭のみで行っている病棟が25.5%)で、配布後は47.9%(うち、口頭のみで行っている病棟が32.9%)であった。
2.医師へのアンケ-ト結果
1)がん治療医へのアンケート結果での鎮痛法の順位
「WHO方式(非ステロイド性抗炎症鎮痛薬→モルヒネ経口)」を実践している医師は配布前で68.9%(平成10年は69.1%)、配布後が73.6%であった。
2)モルヒネ投与の時期については
「病期に拘らず、必要なら積極的に投与する」と答えた医師は配布前で81.1%(平成10年は68.0%)、配布後が82.1とGLの配布前後で変化は見られなかった。
3)モルヒネ投与時の薬品の説明
「患者にモルヒネ(麻薬)であることを話している」医師は配布前で41.2%(29.8%)、配布後が42.1%と、GLの配布前後で変化は見られなかった。
4)モルヒネ経口投与が中止になる原因
「経口摂取不能」の項が配布前、配布後とも一番多く、約70%であった。ついで「副作用のため」の項がGL配布前で59.4%(平成10年は61.4%)、GL配布後が58.3%と両群に有意差がなかった。副作用の内容は嘔気、便秘などの消化器系と眠気、幻覚・混乱などの中枢神経系が主なもので配布前後での有意差はなかった。
5)経験したモルヒネ経口の最高投与量
経験したモルヒネ経口の最高投与量をみると、60mg以下/日が配布前後とも30%前後で、両群間に差が見られなかった。
[看護婦、医師への癌疼痛実態調査の小括]
GL配布前と後の各病期における有痛率、およびGL配布前の除痛率は昨年の調査とほぼ同じであった。GL配布後の除痛率は、保存的治療期の患者、末期状態の患者ともGL配布前の除痛率に比して有意に改善していた。
GL配布後のモルヒネ経口投与による除痛率は保存的治療期の患者、末期状態の患者ともGL配布前のモルヒネ経口投与による除痛率に比して有意に改善していた。
医師のがん疼痛治療に対する診療態度はGL配布前後で変化がなかった。
考察
参加施設が希望するだけ「EBMに則ったがん疼痛治療のガイドライン」を平成11年10月に発送した。配布してから3カ月後の調査では、医師のがん疼痛治療への診療態度には変化が見られなかった。個々の患者の配布後の調査結果の集計・解析はまだ行っていないが、WHOが1986年に癌疼痛治療法を発刊し、全てのがん患者の痛みが除去される目標を14年後の2000年においていることから、GL配布後3カ月で医師のがん疼痛治療への意識・知識・技量が変化して、GLの有効性の判定ができると考えた計画に無理があったと思われる。
医師だけでなく薬剤部、病棟にも配布した結果、癌疼痛治療の看護婦の意識調査で、がん疼痛治療を困難にしている原因の中で「医療者の認識不足」の項が配布前の29%から、配布後は48.9%と有意に高かった。また、看護婦評価による入院がん患者の除痛率もGL配布後は、保存的治療期の患者、末期状態の患者ともGL配布前の除痛率に比して有意に改善していた。また、GL配布後のモルヒネ経口投与による除痛率は保存的治療期の患者、末期状態の患者ともGL配布前のモルヒネ経口投与による除痛率に比して有意に改善していた。
「EBMに則ったがん疼痛治療のガイドライン」の有効性を判定するためには、平成12年もGL配布後の調査を継続する必要がある。また、モルヒネ経口投与の中止理由として「副作用のために中止」の項がGL配布前後ともほぼ60%あったので、モルヒネ投与時の副作用発現の機序とそれらへの対策の研究が必要である。
結論
結語
日本緩和医療学会が作成した「Evidence-based Medicine(EBM)に則ったがん疼痛治療のガイドライン」(1999年9月発行)の有効性を評価するための臨床試験およびガイドラインのなかでEBMの希薄な項目であるモルヒネの副作用の機序と対応の基礎的実験を行った。
①ガイドライン配布前(介入前)でのがん患者の除痛状況についての調査では、経過とともにがん患者が感じる疼痛の強さは弱くなり、痛みの持続時間も短くなった。まったく痛みを訴えなくなった患者の割合は、2週間で11%から20%に増加し、1日の有痛時間も6.7時間から4.3時間に短縮された。安静時の疼痛の強さは、VASスケール29mmから23mmまで低下した。入浴が可能な患者の割合は変化がなく、便秘、嘔気・嘔吐、眠気などのオピオイド薬の副作用は増加する傾向を示さなかった。
②看護婦、医師へのアンケ-トによる癌疼痛実態調査では、ガイドライン配布前と後の各病期における有痛率、およびガイドライン配布前の除痛率は昨年の調査とほぼ同じであったが、ガイドライン配布後の除痛率は、保存的治療期の患者、末期状態の患者ともガイドライン配布前の除痛率に比して有意に改善していた。また、ガイドライン配布後のモルヒネ経口投与による除痛率は保存的治療期の患者、末期状態の患者ともガイドライン配布前のモルヒネ経口投与による除痛率に比して有意に改善していた。医師だけでなく薬剤部、病棟にもガイドラインを配布した結果、がん疼痛治療を困難にしている原因のうち、「医療従事者の認識不足」の項が配布前の29%から、配布後は48.9%と有意に高かった。一方、医師のがん疼痛治療に対する診療態度(モルヒネの開始時期、薬品名の説明、モルヒネ投与量など)はガイドライン配布前後で変化が見られなかった。
個々の患者の配布後の調査結果の集計・解析はまだ行っていないが、WHOが癌疼痛治療法を発刊した1986年に全てのがん患者の痛みが除去される目標を14年後の2000年においていることから、ガイドライン配布後3カ月で医師のがん疼痛治療への意識・知識・技量が変化して、ガイドラインの有効性の判定ができると考えた計画に無理があったと思われる。「EBMに則ったがん疼痛治療のガイドライン」の有効性を判定するためには、平成12年もガイドライン配布後の調査を継続する必要がある。また、モルヒネ経口投与の中止理由として「副作用のために中止」の項がガイドライン配布前後ともほぼ60%あったので、モルヒネ投与時の副作用発現の機序を明らかにすることとそれらへの対策のEvidenceが必要である。

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