医薬品の致死的催不整脈作用スクリーニング法の開発

文献情報

文献番号
199900716A
報告書区分
総括
研究課題名
医薬品の致死的催不整脈作用スクリーニング法の開発
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 純一(鳥取大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 久留一郎(鳥取大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医薬安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
抗生物質や抗アレルギー薬等、一般に突然死と無関係と思われていた薬剤の副作用で突然死が生じている。それらの突然死の原因は、薬剤に起因する致死的不整脈であり、更にその発生機序が心筋細胞カリウム電流阻害なかでも遅延整流カリウム電流の早い活性化成分の阻害による事が指摘されている。本研究ではこれら一般の薬剤の催不整脈作用を検出する方法として、動物の心筋細胞の利用法を検討する。更に現在一般的に行われている複数の薬剤の併用に関し、相互作用により上述の作用を発現することもあることから、ある程度予測し得る範囲において、予め実験的に検討できるか否かについても調査研究を行うこととした。突然死の原因として現在判明している催不整脈機序を中心に、可能性が疑われる薬剤等の心筋細胞膜チャネル電流に対する影響を検討し、薬剤濃度や他剤併用、代謝の影響等も総合的に検討するスクリーニング体制の確立に向けた研究を行う。
研究方法
主任研究者が主に心筋細胞のカリウム電流によるものを中心に研究を行ったのに対し、分担研究者は主にナトリウム電流に原因を持つ致死的な不整脈の可能性について研究を深める研究を分担した。動物等の倫理的取り扱い方法を含め、研究はすべて学内動物実験委員会の承認を得て行った。具体的にはモルモットおよびラット心筋細胞をコラゲナーゼ処理により単離し、倒立型顕微鏡のステージ上の灌流槽に静置し、タイロード液で灌流した。細胞にパッチ電極を密着し、全細胞記録法により膜電位と膜電流を計測した。薬剤を臨床上の血中濃度および高濃度で作用させ、催不整脈作用に関与すると考えられる電流系への効果を検討した。またナトリウム電流に関する検討の一部は、分子生物学的手法を用いヒト心筋型およびヒト骨格筋型ナトリウムチャネルアルファサブユニットを発現させたCOS-7細胞に酸化ストレスを生じる薬剤等を作用させた。動物個体を用いた実験は、麻酔下モルモット、ラットの気道、静脈路を確保し、経静脈的に薬剤を投与し、経時的に12誘導心電図を記録した。薬剤の投与量と時間、心電図の変化について検討した。
結果と考察
消化管運動調整薬のモルモット心筋カリウム電流に対する作用の検討として、致死的催不整脈作用が問題となっている非潰瘍性消化器症状改善薬シサプリドと同効薬であるのみならず、化学構造式にも類似点をもつ新規開発薬のイトプリドのモルモット遅延整流カリウム電流、内向き整流カリウム電流およびカルシウム電流に対する効果を検討した。その結果、シサプリドで不整脈源性と考えられている活性化の速いカリウム電流成分のみならず、遅い成分に対しても殆ど影響が無く、問題となっている催不整脈作用とは異なること、同じく心電図上QT延長に関与し得る内向き整流カリウム電流に対しては殆ど作用が無いこと、更にL型カルシウム電流に対する抑制作用もかなり高濃度で出現し、臨床上の血中濃度とは100倍以上の差があること等が判明した。イトプリドは代謝面でもチトクロームP450を介しないことからも問題の致死的催不整脈作用の危険が少ないと考えられる。これらのことから、主作用、構造式の類似性からは必ずしも副作用の類似性は判定できないことが示唆される。
ナトリウム電流抑制作用に関与する種々の要因の内、酸化ストレスによるナトリウムチャネル抑制、ならびに還元剤による可逆性について、病態との関連を想定して検討した。すなわち各種薬剤にによる心電図QT延長に伴う致死的不整脈の機序として心筋細胞ナトリウム電流抑制が関与する可能性を検討した。酸化剤であるクロラミンTはモルモット心室筋細胞のナトリウム電流を完全に抑制するが、還元剤ジスレイトールを作用させてからクロラミンTを追加投与した場合はナトリウム電流には変化がなかった。その後クロラミンT単独作用ではナトリウム電流の不活性化が遅くなり、その後徐々に抑制が強くなった。一方心筋細胞の酸化ストレスによるナトリウム電流抑制作用に関し、ヒト心筋型および骨格筋型ナトリウムチャネルアルファサブユニットを発現させた系を用いて検討した結果では、二酸化水銀による酸化ストレスにより、ヒト心筋型および骨格筋型におけるナトリウム電流は濃度依存的に抑制される他、心筋型の方が抑制が大きく、10マイクロモルの濃度で完全に抑制された。この酸化ストレスによるナトリウム電流抑制はSH基を有するL-システインの投与下では30~40%の抑制にとどまり、L-システイン除去後に加えた酸化ストレスでは、完全抑制までに時間がかかり、特に心筋型で長かった。すなわちヒト心筋型の方が骨格筋型より酸化ストレスによる抑制が強いものの、L-システインによる防御効果は長く続くことがわかった。
ナトリウムチャネルを抑制する種々の要因のうち、心筋細胞の酸化を惹起する薬剤が心筋型のナトリウムチャネルを強く抑制することが判明した点は、心筋虚血時などの病態時ばかりでなく、薬剤によってはその可能性のあるものをチェックする必要性を示している。さらに薬剤による酸化ストレスによってはナトリウム電流の不活性化が遅くなり、遺伝的QT延長症候群LQT3と同様のナトリウムチャネルの修飾が起こり、後天的QT延長症候群を引き起こす可能性すなわちtorsades de pointesと称される致死的不整脈を引き起こす危険があることを示している。
モルモット等動物個体を用いた実験では、心筋細胞遅延整流カリウム電流の活性化の早い成分を抑制することが既知の薬剤であるニフェカラントを投与し、心電図変化を検討した。しかし各電流系を抑制した際の特徴は特になく、また個体差もやや認められた。致死的不整脈が危惧される量でも実際の不整脈は見られない場合が多かった。動物個体の心電図変化を用いて致死的不整脈発生の可能性を検討する事に関し、初期のスクリーニングには利用できる可能性があると考えられる。しかし細胞利用よりも効率的とは必ずしもいえず、致死的不整脈の起こり安さを判定するには機序の検討ができないことから最終的には細胞利用が必要と考えられる。
結論
遅延整流カリウム電流抑制効果に関し、薬剤の主作用、構造式の類似性からは必ずしも類似性は判定できないことが示唆された。また他の電流系への影響に関しても、その力価と主作用の力価、臨床上の血中濃度の関係が重要であることが判明した。ナトリウムチャネルの抑制作用を有する薬剤に関し、それぞれ作用容態に差があり、種々の外的修飾要因に影響されることが判明した。これらの要因に関し予め検討しておくことにより、それぞれの病態において最適な種類と最適な用量の設定が可能となると思われる。心筋細胞に対する酸化ストレスで生じるナトリウムチャネルへの影響も非常に重要かつ危険で、遺伝的QT延長症候群LQT3と同様のナトリウムチャネルの修飾が起こり、致死的不整脈の発現を危惧させる後天的QT延長症候群を引き起こす可能性があることが示唆された。そこで、事前にこれらの要因に関し検討しておくことにより、予防的な措置が検討できるものと思われる。動物の個体を用い心電図を検討することは、初期のスクリーニングには利用できる可能性が残されていると考えられる。

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