腸炎ビブリオ食中毒発生予測・予防対策構築に関する研究

文献情報

文献番号
199900703A
報告書区分
総括
研究課題名
腸炎ビブリオ食中毒発生予測・予防対策構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
宮島 嘉道(秋田県衛生科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福夛寛二(青森県環境保健センター)
  • 早坂晃一(山形県衛生研究所)
  • 横山新吉(元仙台市衛生研究所、現横山小児科医院)
  • 玉田清治(岩手県衛生研究所)
  • 加藤一夫(福島県衛生公害研究所)
  • 小笠原久夫(宮城県保健環境センター)
  • 熊谷 進(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腸炎ビブリオO3:K6は'96年2月にカルカッタで分離されて以来、地球規模で感染者が多発している。腸炎ビブリオO3:K6食中毒の発生予防対策を構築する際に、本菌感染症の多発に関する疫学的背景を解明することが重要と考えられるが、本菌感染症の感染源や感染ルートに関する知見は非常に少ない。一方、腸炎ビブリオ感染症の発生予測が可能であれば、特に食中毒発生予防に関する有益な情報となり得る。本研究班では「東北食中毒研究会」のネットワークを活用して腸炎ビブリオ食中毒の発生予測のための基礎的検討、感染源調査、および分離株の分子疫学的性状の解析を実施した。また、食品からの病原腸炎ビブリオの検出が困難であることから、食品からの腸炎ビブリオ検出方法の改良について検討した。
研究方法
1.患者発生予測:協力医療機関・検査機関から収集した散発患者発生情報に基づき、散発患者初発時期と腸炎ビブリオO3:K6食中毒発生時期との関連について検討した。一方、沿岸表層海水温度の週平均と週別腸炎ビブリオO3:K6散発患者発生数の関連について検討した。
2.感染源調査:観測定点から原則として月に1回海水と海泥を採取して腸炎ビブリオの検索を実施した。海水・海泥、及び食品からのTDH(Thermostable Direct Hemolysin)またはTRH(TDH-Related Hemolysin)遺伝子保有腸炎ビブリオの分離は、食塩ポリミキシンブイヨン培地による定性的検出と3管法によるMPNの測定にTDH遺伝子、TRH遺伝子、ToxR遺伝子をターゲットとしたPCRを併用して実施した。
3.分離株の分子疫学的性状:平成11年度に分離された腸炎ビブリオO3:K6の散発患者由来株146株、食中毒由来株57株(25事例)、合計204株を供試した。また、福島県岩ノ子の海泥から分離した腸炎ビブリオO3:K6 TDH+株を供試した。パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)解析用制限酵素にはNot Iを使用した。
4.食品からの腸炎ビブリオ検出方法:TDH産生菌と非産生菌を試験菌として、食塩ポリミキシンブイヨンと食塩加アルカリペプトンのpHと選択性の関連について検討した。さらに、食塩ポリミキシンブイヨン、食塩加アルカリペプトン、TSA培地を種々の組み合わせ条件において複数段階の増菌培養法を実施し、選択性の優れた条件を検索した。
結果と考察
1.患者発生予測:O3:K6食中毒は、散発患者初発の翌週から最長5週間後に発生した。このことは、散発患者の初発をモニターすることにより、食中毒の発生をある程度予測し得ることを示していると考えられた。但し、秋田県においてはO3:K6散発患者の初発の前週にO1:K25による食中毒が発生した。一方、秋田県男鹿市台島で測定された表層海水温の週平均値と、散発患者発生数増加の動態にそれぞれ注目すると、海水温は6月13-19日に約20度に達した後、7月4-10日以降連続して上昇に転じ、8月8-14日に約28℃のピークに達し、以後低下した。一方、散発患者は7月11-17日に初発がみられた後、7月18日から8月21日にかけて急激に発生数が増加し、その後減少した。宮城県においては、海水温が約20℃を超えた後、海水温度が連続的に上昇し、その約1-2週間後に患者発生数が急激に増加した。青森県においては海水温17℃以上、平均気温23℃以上で散発患者が散見され、海水温21℃以上、平均気温26℃以上で散発患者が急激に増加し、海水温20℃未満、平均気温20℃未満で患者発生がほぼ終息する傾向がみられた。この週平均海水温度と患者発生数の関連については、今後もさらに検証を重ねる必要があると考えられた。
2.感染源調査:海水、海泥ともにPCRによるスクリーニングではTDHまたはTRH遺伝子保有株が検出されたが、それらの遺伝子を保有する腸炎ビブリオを分離することは極めて困難であり、唯一、福島県の12月の調査において岩ノ子地区の海泥から腸炎ビブリオO3:K6 TDH+を分離し得た。一方、食品からTDHまたはTRH遺伝子を保有する腸炎ビブリオは全く分離されなかった。但し、秋田県においてはPCRによるスクリーニングで男鹿半島産サザエ1検体がTDH遺伝子陽性、岩カキ9検体がTRH遺伝子陽性であった。なお、平成11年度に発生した食中毒の推定原因食品には回転寿司、すし、刺身、毛がに、ウニなど生食用生鮮魚介類が含まれていた。環境試料、食品共にスクリーニング陽性検体からTDHまたはTRH遺伝子を保有する病原腸炎ビブリオを分離することが困難である原因の一つとして、培養系の腸炎ビブリオに対する選択性が不充分であることが考えられることから、これらの検体から腸炎ビブリオをより特異的に分離するための分離培養法を確立する必要があると考えられた。
3.分離株の分子疫学的性状:供試した腸炎ビブリオO3:K6 204株のパターンはいずれも非常に類似していたが、約300Kbのバンドの有無が特に目立った特徴であったことから、約300Kbのバンドがあるパターンを任意にA型、無いパターンをB型とした。さらに、A型、B型ともにバンド約3本以内の違いではあるが、300Kb以外のバンドにも違いがみられる株があり、それぞれA型グループ、B型グループとした。これらは全て同一Cloneのサブタイプに属すると考えられた。散発患者由来株では青森県、福島県、秋田県、山形県で分離された株にA及びA型グループが多く、岩手県で分離された株にB及びB型グループが多い傾向がみられた。一方、食中毒由来株では青森県、福島県、山形県、秋田県にA型の株による事例が多い傾向がみられ、宮城県ではA型による事例が3事例、B型による事例が4事例みられた。分離株のPFGEパターンにこのような地域的特徴が生じる理由は不明であるが、感染経路や感染源の地域的特徴が反映されている可能性が推察される。環境由来株として唯一、福島県岩ノ子の海泥から分離された腸炎ビブリオO3:K6 TDH+のパターンは、散発、食中毒由来株共に多くみられたA型であった。このことは、ヒトの下痢症原因菌と同一分子疫学性状の腸炎ビブリオO3:K6が海泥に分布している事実を証明したこととして注目される。
4.食品からの腸炎ビブリオ検出方法
食塩ポリミキシンブイヨン、食塩加アルカリペプトン共に、pHの変更では選択性の向上はなし得なかった。一方、食塩ポリミキシンブイヨン、食塩加アルカリペプトン、TSA培地を使用して種々の組み合わせ条件において複数段階の増菌培養法を試行した結果、トリプチケースソイブロスにより36-37℃で6時間培養した後、食塩ポリミキシンブイヨンにより同温度で18時間培養し、TCBS寒天培地で分離培養する方法が比較的優れていることが判明した。今後、更に選択性の高い分離培養方法が確立される可能性があると考えられる。
結論
今回検討した散発患者の初発を腸炎ビブリオ感染症発生動向の指標とする手法、及び海水温変動の動態を指標とする手法は、いずれも腸炎ビブリオ食中毒発生予測のための手法として有用である可能性が示され、今後更なる検証が必要と考えられた。一方、福島県岩ノ子地区の海泥から腸炎ビブリオO3:K6(TDH+)を分離することに成功し、当該菌が東北地方の沿岸海域に実際に分布していることを証明すると同時に、当該菌のPFGEパターンがヒト由来株のパターンと同一であることを示した。また、腸炎ビブリオ食中毒発生予防策構築に際して重要である感染源・感染ルートの解明を試みるためには、環境試料や食品から病原腸炎ビブリオを効率よく分離する方法を確立する必要のあることが強く示された。

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