アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究

文献情報

文献番号
199900699A
報告書区分
総括
研究課題名
アルミニウムなど金属とアルツハイマー病発症機構との因果関係に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 柏木雄次郎(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 飯塚舜介(鳥取大学医学部)
  • 遠山正彌(大阪大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
28,312,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルミニウムとアルツハイマー病発症との因果関係を示唆する研究報告には、実験的神経原線維変化やアルツハイマー病脳組織での高アルミニウム濃度、痴呆症状を呈する人工透析治療患者(透析脳症)と透析液中のアルミニウム濃度が高いことの相関、透析脳症患者が高リン血症予防目的で水酸化アルミニウムゲルを内服しているため高アルミニウム血症となっていること、水道水中のアルミニウム濃度とアルツハイマー病の因果関係が疫学的調査から示唆されたこと、などがある。しかしながら、その毒性機序については未だ解明されていない。本研究では、アルミニウムのヒト体内における動態と脳内移行の調節機構を明らかにし、さらに神経細胞内のアルミニウムの作用機序を分子細胞生物学的に明らかにすることを目的としている。
研究方法
柏木は、初代培養神経細胞の培地中にアルミニウム塩を添加し、軸索細胞骨格蛋白の分布異常、軸索輸送障害、神経細胞死について検討した。武田は、アルツハイマー病の原因遺伝子変異導入動物の妊娠母体の腹腔内にアルミニウムを投与し、軸索細胞骨格蛋白の分布異常、大脳皮質形成異常、神経機能発達障害、遺伝子変異による脆弱性などに対するアルミニウムの影響について検討した。飯塚は、アルミニウムの1日摂取量及び尿中排泄量の測定、とくにアルミニウム含有量の多いヒジキ摂取後のアルミニウムの1日尿中排泄量とアルミニウム含有解熱鎮痛剤服用後の1日尿排泄量の測定を行った。遠山は、ヒト神経芽細胞腫SK-N-SH細胞での小胞体ストレス応答に与えるアルミニウムの影響を、細胞死とストレス応答蛋白のmRNA発現量により検討した。
結果と考察
生後7日目のラットの大脳各部位において、対照群ではneurofilament陽性の線維構造形成を認めたが、アルミニウム投与群では認めなかった。生後16日目の所見では、対照群でさらに線維構造が増加していたが、アルミニウム投与群では線維構造形成が著しく遅延していた。またneurofilamentに代わり、vimentinが残存して軸索形態維持を代償していた。神経機能発達検査を行ったところ、アルミニウム投与群では、新生児期早期において小脳および脳幹を含む前庭系と筋との統合運動発達の障害を認めた。アルツハイマー病の原因遺伝子である変異プレセニリン1ノックイン・マウスの脳切片において、wild typeとheterozygousではneurofilament陽性の線維状構造物を認めたが、homozygousでは認めず、大脳皮質形成過程の遅延を認めた。この変異プレセニリン1ノックイン・マウスにアルミニウムを投与すると、wild typeやheterozygousでも大脳皮質形成過程に障害を認めたことから、アルミニウムは変異プレセニリン1による脆弱性を増強させる事が示唆された。また、変異プレセニリン1ノックイン・マウスのheterozygous同士を交配させて出生するマウスのgenotypeを検討したところ、アルミニウムを母体腹腔内に投与することで、heterozygousとhomozygousの比率が減少し、特にhomozygousの比率が著しく減少した。プレセニリン1は、中胚葉系の発生分化に関与するNotchとの相同部分を有している。プレセニリン1のノックアウト・マウスは中胚葉系細胞の分化異常を示し、胎生期に死亡するという報告がある。変異が存在するとノックアウト・マウスほどではないが、中枢神経系細胞の発生分化に障害を与えると考えられた。さらに、アルミニウムの毒性により変異導入動物の胎生期の死亡率をさらに増悪させたと考えられた。
軸索形成初期のアルミニウム・パルス曝露により、軸索の3種の細胞骨格蛋白のうち、スローコンポネントaに属するニューロフィラメントのみが障害を認め、スローコンポーネンbに属するチュブリン、アクチンは障害を認めなかった。これは、スローコンポーネントbは可溶性のダイナミック型分子であり、神経損傷後、反応性に増加し、障害に対して抵抗性であるという報告に沿うものと考えられ、一方、スローコンポネントaの安定重合型分子はアルミニウムなどによる障害に対して抵抗性に乏しい事を示唆していた。軸索輸送蛋白では、ファースト・コンポーンネントに属するキネシン、シナプトフィジン、GAP43がアルミニウムの影響を受けていた。また、このアルミニウム投与による軸索輸送障害に続いて、遅発性の神経細胞死が生じていた。この細胞死は、アポトーシスによるものであった。軸索輸送障害とアポトーシスの関連について、アルツハイマー病ではNGFの逆行性軸索輸送障害の関与が指摘されているが、対照群では成長円錐から細胞体に至る軸索上に逆行輸送された外来性NGFの分布を認めたのに対して、アルミニウム投与群では内在性NGFが核周囲に分布したものの、軸索上にはNGFが分布せず逆行性軸索輸送障害を認めた。
日本人の日常の食生活におけるアルミニウム摂取量を検討した結果、日本人も外国の報告と同程度のアルミニウムを摂取をしていることがわかった。また、食物中のアルミニウムは腸管から吸収され尿中に排泄されていることが確められた。ヒジキから摂取されるアルミニウムの尿中排泄量は対照群と全く変らなかった。これは、アルミニウムが食物繊維と結合し吸収されにくいためと考えられた。また、鎮痛剤に含まれるアルミニウムは吸収されやすいことが分った。見かけの吸収率は制酸剤と比べて高かった。食物からのアルミニウムの摂取はある程度は避けられないが、摂食に伴うアルミニウムは人類が適応してきた環境条件の範囲内のもので、健康に有害な作用をするとは考えられない。これに対し、医薬品で使用されるアルミニウム化合物については吸収率は非常に小さいが、人の健康状態や服用量によっては注意が必要かもしれない。アルミニウムはその存在状態によって著しく吸収率が異なることがわかった。吸収量を推定する上で、食品中のアルミニウム含有量あるいはアルミニウムの総摂取量にはあまり意味がなく、共存物質の存在や、どのような化学種で結合状態のものをいくら摂取するかが吸収量を決定すると考えられた。
アルミニウム・マルトール混合液をSK-N-SH細胞の培養液中に添加しても、LDH活性を上昇させる細胞死効果は認めず、ストレス応答蛋白GRP78のmRNA発現量も変化しなかった。トニカマイシンを3μg/mlの濃度で添加すると約30時間ごろから死に始め、40時間後には大多数の細胞が死滅した。あらかじめアルミニウム・マルトール混合液をトニカマイシン刺激前に24時間に渡って処理し、その後トニカマイシン刺激を同様に行うと、細胞死の進行を明らかに促進し、GRP78mRNAの発現誘導は対照群の3分の1程度であった。
我々は、プレセニリン1変異体が小胞体の正常なストレス応答機構を障害し、分子シャペロンGRP78の発現誘導を抑制することを明らかにしてきた。今回の研究結果から、アルミニウムもPS1変異体と同様にGRP78誘導機構に障害を与える可能性が強く示唆された。プレセニリン1変異体によるGRP78誘導機構の障害は小胞体の膜上に存在するストレスセンサーIre1のリン酸化抑制に基づくことがすでに明らかにされている。本研究ではストレスセンサーに対するアルミニウムの効果については未解決であるが、アルミニウムがリン酸基に強く結合することから、Ire1のリン酸化障害を起こす可能性は強い。今後、アルミニウムによるGRP78誘導障害の分子メカニズムに関して詳細に解析していく必要がある。
結論
1)アルミニウムが軸索細胞骨格蛋白の形成に障害を与えている。神経機能発達において、アルミニウム投与群で発達障害を認めた。変異プレセニリン1ノックイン・マウスの変異がhomozygousな場合、大脳皮質形成過程に遅延を認めた。さらに、アルミニウムを投与すると、wild typeやheterozygousでも大脳皮質形成過程に障害を認めた。変異プレセニリン1ノックイン・マウスのheterozygous同士を交配させて出生するマウスのgenotypeを検討したところ、アルミニウム投与によりgenotypeは、heterozygousとhomozygousの比率が減少し、特にhomozygousの比率が著しく減少した。2)神経細胞の培養初期にアルミニウムをパルス曝露することにより、ニューロフィラメントの分布異常と軸索輸送障害が生じ、次いで神経細胞がアポト-シスに至る現象がみられた。3)ヒジキから摂取されるアルミニウムの尿中排泄量は対照群と全く変らなかった。鎮痛剤に含まれるアルミニウムは吸収されやすいことが分った。吸収量を推定する上で、食品中のアルミニウム含有量あるいはアルミニウムの総摂取量にはあまり意味がない。アルミニウムの化学種と結合状態が吸収量を決定すると考えられる。4)アルミニウムが小胞体ストレス応答機構に障害を与える可能性が示された。また、アルミニウムによる神経細胞死はこのストレス応答機構の抑制に基づいて起こる可能性がある。

公開日・更新日

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