内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響、特に生殖泌尿器系・先天異常の成因に関する疫学的研究

文献情報

文献番号
199900693A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響、特に生殖泌尿器系・先天異常の成因に関する疫学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
岸 玲子(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小柳知彦(北海道大学)
  • 藤本征一郎(北海道大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱物質の多くは、催奇形性と神経発達の異常等の次世代影響が大きいのが特徴である。今回の研究では、尿道下裂、停留精巣等の先天異常の疫学研究をpopulation-basedで行い、発生率そのものが近年、真に増加しているかどうかを検討する。ついで、症例対照研究で、症例の親が、患児の生殖器が分化形成する時期に、内分泌かく乱物質への曝露の有無、曝露量、種類等を調査する。同時に臍帯血や母体血中の内分泌かく乱の疑いのある環境化学物質の濃度の測定を行う。同時に、内分泌かく乱物質の代謝に関係の深い薬物代謝酵素等の遺伝子多型について検討する。このような遺伝子多型による個体の感受性の検討は予防上も重要である。以上の研究は、WHO等で研究の必要性が指摘されながら、科学的な根拠がこれまで乏しかった生殖機能や次世代影響について、日本の疫学データの蓄積をもって応えるもので確実な成果が期待される。
子宮内膜症は慢性骨盤痛や不妊をきたす疾患であり、QOLや妊孕能を障害し、少子化にも関与していく。有病率も高く、本疾患の成因を明らかにすることの社会的意義は大きい。子宮内膜症とダイオキシンとの関連が報告されており、内分泌かく乱物質と子宮内膜症の関連を調査することは意義が深く、その解明が発症予防につながる。不妊・不育症に関しては、乏精子症、女性の排卵障害、生殖器の奇形等は内分泌環境や発生時の母体内での影響が強いとされている。不妊症の予防は生産年齢層の上昇のほか、医療経済学的に莫大なメリットがある。
研究方法
尿道下裂、停留精巣等の生殖尿路系の先天異常の患者および不妊症の患者を対象に、内分泌かく乱物質曝露との関連を明らかにするために、以下の項目の調査研究を行う。
曝露評価、生活習慣、栄養摂取量等に関する質問紙調査:職業、生活習慣、栄養摂取量、疾病の有無、医薬品の服用の有無、種々の曝露の有無等を含めた質問紙調査票を作成する。北大泌尿器科で手術を受けた尿道下裂の症例約180名の親に郵送法にて、質問紙調査を実施する。次年度に、停留精巣と精巣がんの患者の親を対象に、同様に質問紙調査を実施する。質問紙調査から、これら疾病を引き起こすリスク要因となる化学物質を選定し、測定の準備を進める。
次世代影響に関する実験的研究:実験的に発達の初期から、成長後までそれぞれの時期に対応した鋭敏な次世代影響の検出手法の開発を行う。内分泌かく乱物質を妊娠ラットに曝露し、生殖毒性の検討とともに、次世代の性分化や神経発達/行動障害の多様性の検討、次世代影響をひきおこすメカニズムを検討する。
尿道下裂等の生殖尿路系の先天異常の症例対照研究:尿道形成術を受けた尿道下裂症例61例を対象とし、尿道下裂の程度、生下時体重と手術時までの身体的発育、尿路性器合併異常、家族歴、妊娠中の薬剤投与の有無を調る。1~6歳の31例の尿道下裂症例にLH-RH試験、hCG負荷試験を行い、尿道下裂を認めない同年代の18例の健常男児と比較する。次年度に、尿道下裂発生とステロイド代謝酵素異常との関連を調べる。
先天異常の発生動向および不妊・不育症に対する症例対照研究:不育症例、不妊・子宮内膜症例に関し、薬物代謝酵素や凝固系の遺伝子多型、NK細胞活性との関連を調べる。胎児形態異常や原発性無月経症等の家系を対象とし、保存されている生体試料を用い、内分泌かく乱物質の定量を行い、後方視的に環境要因と遺伝要因の相互作用を検討する。
遺伝子多型および機能の解析:内分泌かく乱物質の代謝に関連のあると考えられているCYP1A1、1B1、3A4、GSTM1、Ah受容体等の薬物代謝酵素、核内受容体の遺伝子多型の解析を行う。尿道下裂等の先天異常の患者と親および不育・不妊症例の末梢血からDNA抽出し、PCR-RFLP法により、遺伝子型を解析する。in vitroの発現系を用い、酵素機能の解析を行う。
倫理面への配慮:疫学調査におけるインフォームドコンセントはヘルシンキ宣言に基づき、プライバシーの保持には細心の注意を払う。実験動物の扱いに関しては、北海道大学の指針に従う。
結果と考察
曝露評価、生活習慣、栄養摂取量等に関する質問紙調査:北大病院泌尿器科で経過観察中の過去12年間に尿道下裂の手術を受けた約200症例(道内在住者)のうち、104名に郵送法により質問紙調査を実施したところ、57名より回答が得られた(回収率56%)。
次世代影響に関する実験的研究:スチレンを妊娠6~20日のラットに曝露した場合、生後直後のセロトニンの減少、生後離乳期の21日目にセロトニンの代謝物5-HIAAの減少と5-HIAA/5-HT比の低下がみられた。
尿道下裂等の生殖尿路系の先天異常の症例対照研究:尿道下裂の症例では、LH-RHに対し過剰反応を示し、hCG刺激に対してテストステロンは低反応を示したことから、思春期前の段階から既に何らか精巣機能障害、特にライディヒ細胞の機能障害が存在することが示唆された。
先天異常の発生動向および不妊・不育症に対する症例対照研究:不育症では、GSTM1遺伝子の機能欠損型の頻度が高いこと、妊娠6-7週における末梢血NK細胞の高活性と染色体正常流産とに関連がみられた。
遺伝子多型および機能の解析:バキュロウィルスを用いた発現系により、CYP3A4遺伝子の変異型アリルCYP3A4*2(S222P)は、ニフェジピンに対して、低い固有クリアランスを持つが、テストステロンに対しては、変化は認められなかった。
尿道下裂の発生原因は、初産あるいは高齢出産のような母親側の因子、胎生中の変異原への曝露等の環境因子と遺伝的要因の相互作用の結果として発生するのではないかと考えられている。1970年代に妊娠テストや妊娠継続のために使われた合成ホルモン剤(DES)の胎児への曝露が尿道下裂を引き起こし、発生の上昇と関連があるとする報告があった。また、ラットによる動物実験で、胎児期のDES曝露が尿道下裂を引き起こすことが示されている。本研究では、尿道下裂等の先天異常の患者および家族の内分泌かく乱物質の曝露状況を詳細に調査すると同時に、内分泌かく乱物質の代謝に関連のある遺伝子の多型を解析することで、遺伝要因の評価も併せて行うことが独創的な点である。
Rierら(1993)がアカゲザルを用いたダイオキシンを曝露実験により、子宮内膜症を発症させることに成功し、Mayaniら(1997)は子宮内膜症の患者血液中のダイオキシン濃度を調べ、検出率が高かったと報告している。精巣機能に関してMablyら(1992)はラットにダイオキシンを投与することにより精子数が減少することを報告している。また、Heimlerら(1998)はダイオキシンがラットの卵巣内の卵胞数の減少と関連があることを報告している。ヒトを対象にした遺伝子多型との関連に関する研究としては、Baranovaら(1997, 1999)が、子宮内膜症患者にGSTM1の完全欠損型およびNAT2の代謝遅延型の頻度が高いことを示し、内分泌かく乱物質の生殖機能への影響の可能性を指摘している。不育症に関しては、NK細胞系の免疫異常、凝固系の異常との関連を示唆する報告が多い。本研究では、不育症とGSTM1遺伝子の機能欠損型との関連、妊娠6-7週における末梢血NK細胞の高活性と染色体正常流産との関連など新しい知見が得られた。
スチレンを用いた曝露実験より、脳の発達にとって鋭敏な時期における神経障害作用のある化学物質の曝露は、生後の発達に影響を与える可能性が示唆された。
結論
内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響、特に生殖泌尿器系・先天異常の成因を明らかにするために、尿道下裂、停留精巣等の先天異常、不育症、不妊・子宮内膜症等に関する疫学調査と実験動物を用いた曝露実験を行った。尿道下裂の症例では、LH-RHに対し過剰反応を示し、hCG刺激に対してテストステロンは低反応を示したことから、思春期前の段階から既に何らか精巣機能障害、特にライディヒ細胞の機能障害が存在することが示唆された。また、不育症では、GSTM1遺伝子の機能欠損型の頻度が高いこと、妊娠6-7週における末梢血NK細胞の高活性と染色体正常流産とに関連がみられることなど新しい知見が得られた。スチレンの妊娠ラットへの曝露実験から、生後直後のセロトニンの減少、生後離乳期の21日目にセロトニンの代謝物5-HIAAの減少と5-HIAA/5-HT比の低下がみられたことより、脳の発達にとって鋭敏な時期における神経障害作用のある化学物質の曝露は、生後の発達に影響を与える可能性が示唆された。今後、population-basedの疫学研究、症例対照研究および動物実験を継続し、内分泌かく乱物質の生殖機能と次世代への影響を詳細に検討する予定である。

公開日・更新日

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