内分泌かく乱化学物質の作用機構に焦点を当てた新しいハイ・スルー・プットスクリーニング法の開発(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
199900685A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の作用機構に焦点を当てた新しいハイ・スルー・プットスクリーニング法の開発(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小野 敦(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 橋本せつ子(ビアコア株式会社)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質(EDCs)についての対応は、その候補物質であるホルモン作動性化学物質がすでにヒトを取り巻く環境中に存在し、それらが日常的に暴露対象となっていると考えられるものも少なくない事などから、緊急性を有している。同時にその影響の大きさから科学的に裏付けられた厳正な対応の必要性が求められている。このため、米国が提案している化学物質の内分泌かく乱作用の有無を評価する方法の有用性を独自の立場から検討するとともに、必要な改良を行うための研究を平成10年度に立ち上げ、75物質(350測定)を行った結果、信頼性のあるHTPSを確立した。
本研究の第1の目的は、H10年度に引き続いて対象となる化学物質に対する測定を行うことであり、今年度は118の化学物質について測定を行った。
本研究の第2の目的は、表面プラズモン共鳴高速分析(表面プラズモン共鳴 HighThrough Put Screening、SPR-HTPS)による上記ホルモン受容体に対する結合・解離等に関するデータの高速取得技術の開発を、HTPSに特化することにより行うことである。SPR-HTPSは、in vitroの系における、受容体と結合物質との相互作用をリアルタイムで測定し数値化(グラフ化)できるシステムであり、化学物質の結合と解離の状況が明らかとなる。この情報は、受容体におけるagonist効果(作動)/antagonist効果(阻害)の予測に有効であると考えられる。また、共役因子等を系に加えることにより詳細な機能の測定が期待され、他方、in vitroの系であることから、検体内の夾雑物に対する寛容性が大いに期待されている系でもある。これより、他の研究により生成されるin vivoデータとの対比に用いる情報が、高速にしかも比較的安価に効率よく収拾されることが期待され、内分泌かく乱作用の予測等の方法の確立に大きく貢献することを目的とした。
研究方法
エストロジェンを始めとするホルモンは、その「特異的」レセプターと結合することでその作用を発現する。ホルモンと結合したレセプターは、DNA上の応答性DNA配列に結合し、更に補因子が結合して転写因子として機能しこれに続く生体反応を引き起こす。これら相互作用の変化はリガンド結合による受容体立体構造の変化によるものであり、これまでの研究から化合物のリガンドとしての生体作用は、その化合物が結合した受容体の構造と関連する事が指摘されている。
本研究では、内分泌かく乱物質問題の緊急性に鑑みて、その(1)ハイ・スルー・プットスクリーニング(High Through Put Screening、HTPS)を利用した超高速分析法の検証に関する調査研究は、(1)-1. レポーター遺伝子導入ヒト由来培養細胞株を用いた超高速分析法の検証に関する試験研究 (主任研究者:(財)化学物質評価研究機構に対する委託業務)および(1)-2. 超高速選別法の検証の評価に関する調査研究 (分担研究者 井上 達 国立医薬品食品衛生研究所・毒性部)よりなり、前者委託研究では通産省との共同研究として、EDSTACが提案した化学物質の内分泌かく乱作用の有無を評価する方法としてのヒト由来培養細胞レポーターアッセイ系の有用性を独自の立場から検討した。新しい視点からリガンド結合と受容体構造変化の関連に注目した、(2)表面プラズモン共鳴による新規無細胞系高速分析(表面プラズモン共鳴 High Through Put Screening、SPR-HTPS) の開発研究は、(2)-1. 「表面プラズモン共鳴高速分析によるデータの高速取得技術及びHTPS に特化するための試験」 (主任研究者:ビアコア株式会社に対する委託業務)(2)-2. 内分泌かく乱化学物質の作用機構を考慮した表面プラズモン共鳴法による検出系の開発(分担研究者:小野 敦 国立医薬品食品衛生研究所・毒性部)、及び(2)-3. 表面プラズモン共鳴高速分析によるデータの高速取得技術及びHTPS に特化するための試験 (分担研究者 橋本 せつ子 ビアコア株式会社 開発部)よりなる。本委託研究ではビアコア社が開発した表面プラズモン共鳴センサーを用いて、核内受容体をターゲットにした内分泌かく乱候補物質のアッセイ系の確立、また、このアッセイ系をもとに、高速分析法とそれに基くハイスループット化のための技術開発を行い、大規模なスクリーニングが可能なアッセイ系の確立を目的としている。この系には受容体タンパクが必要であり、その合成と基礎的解析を中心とした委託業務と、現在使用可能な試薬で検討可能な基礎的メカニズム研究及び技術的研究から構成されている。
結果と考察
(1) については、従来のERα/HeLa旧株(H10年度入手)のER遺伝子に点突然変異が生じ、Ligand binding domain (LBD)にアミノ酸置換が生じていることが指摘され、点突然変異を含まないERα/HeLa新株(H11年度入手)による検討が追加された。多くの物質は両細胞株においてほぼ同等の結果を得たものの、興味深いことには、株間で反応性に差の見られる物質が存在した。特に、構造の類似した幾種類かのFlavone類の反応を新旧2株で比較した場合、6位に水酸基を持つ誘導体は旧株に対して反応性を有し、4'位に水酸基を持つ誘導体新株の反応を引き起こす傾向が見られた。今回新旧2株で化学物質に対する反応性に差が見られたことはLBDの一次構造の相違が化学物質による転写活性化誘導能に変化を与え得ることを示している。LBDの一次構造は多くの動物種間でよく保存され相同性が高いものの、動物種の違いによっても化学物質に対する感受性に差違が存在する可能性を示唆している。LBDの一次構造とそれに伴う二次、三次構造の変化、更にはLBDの構造の相違による化学物質に対する反応性の変化を解析することは化学物質のホルモン様作用の発現メカニズム解析、構造活性相関によるホルモン様作用物質のScreening法開発に関して有用な情報を提供するものと思われる。他方、超高速選別法の検証の評価に関する調査研究においては、米国EPA/EDSTAC、OECD等との連携の方向性が示され、国内では、無細胞系の新しい方法の開発も同時進行する重要性が認識される。即ち、HTPSはEDCs スクリーニング法の中でも迅速且つ高感度に多種類の類化学物質のホルモン作用を検出する手法と位置付けられており、現在、本邦において継続的に実験手法の開発及び検証試験が進められている。
本年度は、WHO/IPCS、EPA/EDSTAC、及びOECD/EDTA等の各方面からの情報を収集し、もって、HTPSの国際的位置関係、将来性を含んだ当HTPSの将来性の評価、問題点を整理した。 (2) については、現在タンパク作製が進んでいる。各種cDNAコンストラクトを用い、ウイルス粒子を調整中の段階である。メカニズム研究としての成果は、リガンド結合がERのDBD構造変化を引き起こす事、特にBisphenol-A(BPA)や植物性エストロジェンのGenisteine(Gen)結合ERは、E2結合ERとは異なる立体構造を持つことが示された点にある。即ち、現行の多くのアッセイ系では作用の強弱のみが測定されるが、今回の結果より、BPAとGenとの間には結合によりER構造に違いを生じるということから、強弱以外に質の異なった作用を有する可能性が示唆された。技術面ではバッファーの至適組成を得た。この作業は幾つかの要素を総当たり的に変動させる手法では膨大な組み合わせが生じ、膨大な時間と労力がかかるが、ビアコア本社の協力により比較的容易に結果が得られ、解析精度の向上に大きく寄与した。
結論
内分泌かく乱化学物質問題には、(1)ヒトが暴露されうる既存化学物質及び、今後暴露されうる新規化学物質の類ホルモン作用活性の緊急的検出作業、(2)無作用量と無毒性量の見極めや、胎児影響の解析など、化学物質による内分泌かく乱の分子生物学的メカニズム解明が必要な研究対象とがあり、既存概念に基づく手法の技術開発のみならず、メカニズム研究によりもたらされる新しいエンドポイントと手法の検討が必須である。現在、ヒト由来培養細胞レポーターアッセイ系で代謝活性系を含み実用に耐え得るレベルにあるものとしては、我が国のERαに関するシステムが世界をリードしている。今後、この系から発信されるデータの有用性を含めて、今後の研究開発の方向性を見極める作業が必要である。
本研究班においては、上記(1)に重点を置き計画立案・遂行をしてきた結果、初年度に達成すべき成果を上げたと考えられる。さらに、若干の予期せぬ事態に遭遇するも、それを利用してデータの収集を進めた結果、分子生物学的メカニズム解明に繋がる様な興味深い事象を掴むことが出来たと考える。今後の班研究の進展に伴い、更なる試験系開発が進み、それと表裏を成す基礎研究として意味のあるデータの集積が同時に行われるものと期待される。

公開日・更新日

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